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本日のためし読みは原作マンガもいよいよクライマックスのこちら!





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『アオハライド6』
(阿部暁子 原作/咲坂伊緒)


(あらすじ)中学時代のつらい記憶を、塗り替えることのできた洸。みんなで見た夕日と共に、笑顔の思い出をつくることが出来た。そして洸の気持ちは、次の段階へ--。いっぽう双葉は冬馬との関係を大切にしようと努めるが……、ひょんなことから洸とある行動に出てしまい!? 波乱が広がる修学旅行の行方は--!? 世界は、こんなにもキラキラしている。駆け抜けた青春、大人気漫画のノベライズ堂々完結!!


 マグマのような激しい光を放っていた太陽は、じょじょにその輝きをひそめながら、海の向こうに広がる山々の奥に姿を消した。

 太陽を失った空は、それでも暗闇に沈むのではなく、夕暮れの色を残している。

 洸はゆっくりと目を閉じ、冬の澄んだ空気を吸いこんだ。そうして深く呼吸したのは、長崎に来てから初めてかもしれない。空港の自動ドアの外に出て、なつかしいというにはあまりに生々しい長崎のにおいを感じてから、ずっと息をひそめていた気がする。

 まぶたを上げて、洸はかすかな輝きを残す山頂の空をながめた。

 別に何かが大きく変わったわけじゃない。こうして長崎の地面に立っているだけで何度でも母の記憶はよみがえる。勉強にかまけて母の病に気づかなかった自分、さびしいと笑った母の顔、母と最後に見た灰にまみれたような夕陽。

 でも、ほんの少し前までは数秒直視することすら耐えられなかったそういう記憶を、今は両手にのせて見つめることができる。もちろんまだ胸は痛む。後悔の重さは変わらない。それでも、自分の罪を、本当に最期まで自分を気遣っていた母のことを、今は自分でもふしぎなほど透明な気持ちで受けとめられた。

 東京に吹くそれよりもやわらかい風を感じながら、変わりたい、と思う。

 いつまでも過去に囚われて前に進めない自分から、もっと、本当の意味で強い自分に。今こうしてひとつの痛みを乗り越えられたように、少しずつでもいいから。

 駐車場に停まった二年二組の大型バスには、自由行動から戻ってきた生徒が続々と乗りこんでいた。そろそろ戻らないといけない。けどその前に、と洸は友達の姿を捜した。

「小湊ー」

 バスから少し離れたところで、こちらに背中を向けていた亜耶がふり返った。耳にスマートフォンを当てていたので、しまったという気分になった。亜耶は電話をしていた誰かに短い返事をすると、スマートフォンを制服のズボンにしまいながら、こちらへ歩いて来た。

「わり、電話中に」
「んーや、ちょうど終わるとこだったから」

 笑みを浮かべる亜耶に、洸は小さな違和感を覚えた。どことなく、いつものあのうざいほどの元気がないというか、笑い方が翳っているというか。

「小湊、何かあった?」
「え? や、腹へったって以外は別に?」

 にぱっと笑う顔は確かにいつも通りな気もするし、不自然に明るすぎるという気もするし、いや自分の考えすぎなのかという気もする。次の出方に悩んでいると、

「そんで何? どした?」

 と亜耶から先に訊ねられてしまった。

 こんなことを言ったら悪事の片棒を担がせるみたいで気がとがめないでもなかったが、でも亜耶ならわかってくれるという信頼もあった。洸は腹を決めた。

「あのさ……明日のことなんだけどさ」



     *



 修学旅行二日目の夜は、朝から夕方まで長崎の街を歩きまわったからか、ホテルに帰って夕飯をすませると、途端に双葉は眠くなってしまった。悠里と修子が「先にいいよ」と言ってくれたので閉じそうになる目を必死に開けてお風呂に入り、濡れた頭にタオルをかぶせて悠里と交代すると、もう我慢できなくて自分のベッドにもぐりこんだ。まっ白なカバーに覆われたホテルの枕はちょっと固くて、布団は薄いのにずしりと重い。

「双葉。髪、ちゃんと乾かさないと風邪ひくよ」

 自分のベッドで本を読んでいた修子が声をかけてくれたけど、一度横になってしまうと、もう起き上がるのは無理だった。んー、とまぶたを閉じたまま生返事をすると「もー……」とため息まじりの声が近づいてきて、お腹のあたりに掛けていた布団を肩まで引き上げてくれた。ありがと、と言おうとしたけれど、吐息のような音にしかならない。

 意識がとけていく間、その日の記憶がいくつも浮かび上がってきた。水底から無数の小さな銀色の泡がのぼってくるみたいに、とりとめもなく、とめどもなく。

 大浦天主堂の美しいステンドグラス。そこから射しこむ光を受けた洸の横顔。グラバー園の花にあふれた庭園。そこで一人だけ離れて、長崎湾をながめる洸の背中。お土産屋さん、眼鏡橋、龍馬通りの長い上り坂。後ろをついてくる洸の気だるそうな顔、あきれたように眉を上げる仕草、ときどき見せるほのかな笑み。

 長崎の街並みと長崎湾を見下ろす風頭公園。

 そこで見た、燃えるような黄金の夕焼け。


 まぶしい光のなかで過去の痛みを乗り越えた洸の、そのみずみずしい笑顔。
 双葉ちゃん、風邪ひくよ、と遠くから声が聞こえる。悠里だ。でも目を開けたくない。


 この夢から覚めたくない。こんな夢を見てはいけない、わかっているのに。

「――やばっ! 二人とも起きてっ、超寝坊したっ!!」

 次の日の朝は、修子の珍しく動揺した声で目が覚めた。なにっ!? と双葉が跳ね起きるのと同時に、悠里もとろんとした目のまま布団の中から顔を出して、そんな二人に修子が自分のスマートフォンを向けた。

「もう八時すぎてるっ! 集合八時半だからやばいよ、急がなきゃ!」
「うそっ、だって私七時に目覚ましセットして……ぎゃー! アラームかけ忘れてたー!」
「あー! 私もだよー!」

 三人そろって目覚ましをかけ忘れるという信じられない失態にぼうぜんとすること数秒間、いっせいにベッドをとび出した。今日は八時半に、ホテルの駐車場に集合だ。寝起きで髪はボサボサだし、顔だって洗っていないし、朝食(バイキングだから双葉は楽しみにしていた)だって食べていないのに、もう残り時間は三十分もない。「ねえ朝ごはんは!?」「無理だって! 時間ない!」「双葉ちゃん、バスでお菓子あげるから!」などと大騒ぎしながら何とか準備を終えて駐車場に全力疾走していくと、もうクラスメートは双葉たちを除いて全員がバスの座席に落ち着いていた。腕組みして怖い顔をする担任の先生に「すいません、すいません」と謝りながら、バスに乗りこんだ。

 修学旅行三日目。今日の目的地は、あの有名なハウステンボスだ。

 班のメンバーで下調べしたところ、ハウステンボスとはオランダ語で『森の家』という意味で、オランダのハウステンボス宮殿を再現したことからつけられた名前らしい。ちなみにハウステンボスが建つ場所は『ハウステンボス町』という地名がついていて、すぐ近くには『ハウステンボス駅』がある。長崎市のホテルからはバスに乗って一時間半程度で到着した。

「それじゃ園内に入るけど、ほかのお客さんに迷惑かからないように静かにな」

 先生に釘を刺されながらバスを降りて、ぞろぞろとクラスごとにウェルカムゲートをくぐった。ゲートはココアパウダーみたいな赤茶色の石で造られた建物で、ハウステンボスではここから園内に入ることを「入場」ではなく「入国」というらしい。「すごいね!」「本格的!」と悠里とはしゃぎながらゲートを抜けた双葉は、思わず感動の声をもらした。前方や後方からも生徒の歓声が聞こえてくる。

 ゲートを抜けた先は石畳の広場になっていて、その左手の向こうに広い運河と、絵本や社会科の資料集でしか見たことのないような素敵な風車小屋が建っていた。風車小屋の足もとには色あざやかな花畑が広がり、そのさらに奥には、ミルクチョコレートみたいな壁色の愛らしい家々が建ちならんでいる。ずっと向こうには白い観覧車の姿も、お城のような尖塔の建物もある。本当に外国に来たみたいでみんな盛り上がってしまって「こら、点呼するから静かに!」と先生たちに注意された。

「じゃあ、班ごとに園内自由行動! 何度も言うけどほかのお客さんに迷惑かけるなよー」

 点呼と集合時間の確認が終わったあと、先生の合図で生徒たちは思い思いの方向へ散った。ハウステンボスは面積が152ヘクタール(ヘクタールがどのくらいの広さか実はよくわからない)もあり、オランダの街並みを再現した敷地の中に、ミュージアムやアトラクションがひしめいている。急がないとたくさん見学できないので「じゃあ行こうか」と歩き出そうとした双葉を「あ、ちょっと待って」と修子が呼びとめた。

「とりあえずトイレ行っとかない?」
「あ、そうだね」
「洸と小湊くん、ちょっと行ってくんねー」

 ハウステンボスは班ごとに見学することになっているので、双葉は少し待たせることになる男子二人に声をかけたのだが、返事はなかった。

 洸と亜耶は、広場から少し離れた運河の鉄柵のそばで、何か話しこんでいた。二人とも深刻というほどではないが、真剣な雰囲気ではあって、双葉の声も耳に入っていない様子だ。洸は普段からそれほど騒ぐタイプではないが、お調子者の亜耶までがやけにまじめな顔をしているので、双葉は何だろうと思った。ただその時は深くは気にせずにトイレへ向かった。

 異変が起きたのは双葉がトイレを出た直後だ。

 人気のテーマパークではよくあるように、トイレには長い順番待ちの列ができていて、双葉は邪魔にならないように洸と亜耶が待っているはずの広場へ戻ろうとした。その時に、トイレの前を横切ってどこかへ歩いていく洸を目撃したのだ。

 これからみんなで園内の見学をするのに、洸はどこに行くんだろう。トイレへ行くということは、たった今素通りしたのだからないはずだ。「洸ーっ」と声をはりあげて呼びとめようとしても、聞こえないようだった。コートのポケットに両手を入れた洸はうつむき加減に、でも迷いのない足どりで、どんどん遠ざかってしまう。とっさに双葉もあとを追った。

 もしかして何か一人で見たいアトラクションでもあるのかと思ったが、どうもそれも違うようだった。洸はアトラクションタウンへ続く道には目もくれず、人の流れに逆らうように北側の道を進んでいく。双葉は嫌な予感がした。ちょっと待って、この方向って……。

 それからしばらく歩いて、まさに予感した通りにレンガ造りの建物の前に到着した時、双葉は狼狽してしまった。「出口」と書かれたこの建物はフェアウェルゲート、つまりハウステンボスからの出国口だ。なんで? こんなとこに何の用なの?

 それでもフェアウェルゲートに入っていく洸を止めなかったのは、まだ決めつけてはいけないと思ったからだ。フェアウェルゲートの内部には、帰路につく観光客をターゲットにした大きなショッピングエリアがある。もしかしたら、洸は何か買い物をしたくてここに来たのかもしれない。たとえばほら、あの有名なオランダのウサギの、ハウステンボス限定デザインのぬいぐるみとか。みんなの前で買うと恥ずかしいから一人でこっそり買いに来たのかも。

 でも洸はやっぱり広大なフロアに並ぶお菓子やグッズにも見向きもせず、建物の奥へと進んだ。そしてとうとう、出国口の自動改札に出た。何を考えているのか、しばらくその場に立ち止まってから、洸が意を決したように歩き出した時、双葉は猛ダッシュで駆けよって洸のコートの裾を引っぱった。

 ふり返った洸の、大きくまるくなった目。そんなあどけない顔したってゆるしません!

「何やってんのっ、ここ出口だよ!?」
「……わかってるけど」
「わかってるけど、じゃなくて! そうじゃなくて!!」

 勝手に抜け出そうとしたところを見つかったのに、洸は少しも悪びれた様子がない。それどころか少し考えるような間をおいて言った。

「一緒に行く?」
「はっ? 何言ってんの、行かないよ――あっ!」

 しゃべっている途中で洸がさっさと改札を抜けてしまって「ちょっ、どこ行く気!? 戻りなよ!」と双葉はあわてて洸のコートをつかもうとした。でもほんの数ミリの差で手が届かず、しかもゲートから出てしまわないようにつま先立ちの無理な体勢で必死に腕をのばしていたから、空振りした拍子にバランスを崩してしまった。

 つんのめった双葉をよけるように、ピッと電子音を鳴らしてゲートが開いた。

 数歩分、前方によろけたところで、後ろでパタンと軽い音。

 そろそろと双葉は背後をふり向き「おつかれさまでした」というように口を閉じているゲートを見て眩暈がした。

「わー、やばい出ちゃったッ!! これ再入場できるんだっけ!? つーかほんとに何してんの洸はーっ!! とにかく一緒に係の人に……」
「俺の住んでたとこ」

 背中に聞こえた洸の声は、いつもよりも少し小さく、静かだった。

「ここから結構近いんだ。だから新しい記憶、作りに行こうと思って。昨日の夕陽みたいに」

 双葉がふり返ると、洸は目が合う前に視線を落とした。

「でも、誰かと一緒のほうが心強いなって、今思っちゃった」

 まだ、はっきりと覚えている。息もとまるようなあの夕焼け。すげーと子供みたいに大きな声を出した洸は、母親と最後に見た外の景色が、どうしようもなくよどんだ夕焼けだったと言った。そのつらい思い出は消えないけど、今みんなと見たきれいな夕焼けの思い出もできたから、大丈夫になったと笑った。一生忘れられないような笑顔だった。

 双葉はずっと目をふせている洸を見つめた。さっきは気づかなかったけど、顔色が悪い。新しい記憶を作りに行くなんて、それは今までの洸に比べたら感動するほど前向きで、でもそう決めた洸自身、本当は怖いのだ。新しい記憶を作るためには、その場所に眠るつらくてかなしい記憶にも向き合わなければいけないから。

 行きたい。洸が怖くないようにそばにいて、洸が過去の痛みを乗り越えていくのを見たい。

(でも……)

 身じろいだ拍子に、チリン、と小さな音が鳴った。リュックのポケットにとりつけた、二つのストラップがふれ合った音だった。

 一つは悠里と修子とおそろいで買った、三つ合わせるとクローバーの形になるストラップ。もう一つは、二つ合わせるとハートの形になるストラップ。そこには冬馬の名前が彫られていて、双葉の名前が彫られたもう一つのかけらは、冬馬が持っている。

 私は菊池くんの彼女なのに、洸と二人で抜け出すなんて、そんなことしていいわけない。ダメだって、行かないって、言わなきゃ。――でも。

「友達代表ってことで、一緒に来て」

 ずっと足もとを見ていた洸が、顔を上げた。目が合った、ただそれだけで、自分でも説明できないくらい胸がつまった。

 ダメ、行けない。答えなければいけないのに、声が出ない。

 チリン、とリュックに下げたストラップが、警告のようにまた鳴った。

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