こちるの独り言ち

私が書きたい時に書きたい事を書きたいだけ書いて書いて書き捲るプログ


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・~、今、起きました。
ちょっと空腹だったので、映画「ターミナル」のトム・ハンクスを真似てクラッカー3枚にピザソースとマヨネーズをサンドイッチにして頬張る。(結構、イケるんだわ、これが)

昨夜は心斎橋の鰻谷北通筋をちょっと東に入ったところにOPENしたclub、「SUNSUI」に行ってきた。
むっちゃんのお誘いでいつもclubに行くけど、最近になって少し気になり出したことがある。
それはclubに行くと、そこにいる若者達に比べて自分が平均年齢を上回っていると感じること。
自分が楽しめればそれで構わないけど、大抵はすぐに踊り疲れてギブアップする。
昨夜も朝4時頃になって、場所を四ツ橋に移してカフェでずっとお喋りをしていた。

結局、あれだ、20代には20代に、30代には30代に相応しい遊び場所があるということだろう。
じゃあ、20代の深夜の遊び場がclubなら、30代の遊び場はどこか?
さて、どこでしょう?
音楽があって、会話ができて、出会いもあるところ。
なにか良い案はありませんか?
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友人に誘われて京都に行ってきました。
今日の京都は、まさに理想の五月晴れでした。
どこもかしこも若葉が繁り、風も軽やかに吹いていました。

京都に着くと私達は「青蓮院」へ歩を進めました。
私が事前にインターネットで調べて、そこでお茶会が催されているのを知っていたからです。
インターネットには「5/5(祝)までの期間中は正式なお点前も楽しめる」と書いてありました。
さて、私達は青蓮院の門をくぐり、拝観をした後、庭園に入りお茶室へ向かいました。
待合室で順番を待ち、案内されて茶室に入りました。
室内は京間で四畳半の広さでした。
障子は開け放たれ庭園がよく見えるようになっていました。

ここで終わっていれば今日は楽しいものに終わっていたと思います。と、申しますのも・・・、すみません、やっぱり納得いかないので言わせて下さい!
前日、私はお茶会を楽しみにして、茶席で無礼のないよう準備をしました。「扇子」「懐紙」「楊枝」「古帛紗(こぶくさ)」「帛紗(ふくさ)」を用意し、これらを「帛紗ばさみ」にしまいました。友人が「作法を知らない」と言うので、友人の分も用意しました。「扇子」は一本しか持っていなかったので自宅の近所のお茶屋さんで新しく買いました。白いソックスも一足しか持っていなかったので新しく買い揃えました。
これらの持ち物は、すべてに「意味」があります。
お茶の道具で意味の無い物はありません。
私は京都に行く途中、電車の中で友人に準備した道具の説明をしました。
それは単に私が、友人に少しでも本当の「茶の湯の心」というものを体験し、楽しんでほしかったからに他なりません。
おそらく友人は私から「お茶会に行く」と聞いて、お抹茶とお菓子を頂くことしか考えていなかったと思います。
でも、それ以外にも同じお茶席でお茶を楽しむ方法は他に幾らでもあるのです。

私は女子高時代に、一度だけですが裏千家お家元に招かれ今日庵の門をくぐりお茶会に参加させてもらった事があります。
季節はちょうど、夏の盛りでした。門の前には私達のために予め水が打ってありました。
狭い茶室に入るとそこは窓の障子から明かりが見える程度で、日の光は遮られ中は暗くひんやりとしています。
お茶菓子が出てきました。今でもはっきり覚えています。
「楓(かえで)」という名の主菓子で、楓の葉の形をそのまま練りあんで仕上げた深い緑色の大きなお菓子でした。一人ずつ小さな木の器に盛られて運ばれてきました。その器も水で濡らしてあります。気のせいか、主菓子も表面だけ水に湿っているように見えました。
これらは客が少しでも涼しく快適に夏を感じられるように工夫された素晴らしい趣向でした。角から角まで随所にもてなしの心が感じられ、その後のお抹茶を美味しく頂いたのは言うまでもありません。
私がやんちゃで多感な時期に、こういった「思いやりの心」「もてなしの精神」に触れたのは大きな衝撃であり、感動でもありました。

その「茶の湯の心」を私の友人にもぜひ感じてほしいと思って、私は今日のために準備したのです。
さて、私達はまず「好文亭」という名の庵に入り待合室に通されました。そこで私は準備した道具を用意して、新品の白いソックスを友人に差し出しました。すると友人は他の客が履き替えないのを見て自分はいらないと拒否をしました。
客が待合で白いソックスか白い足袋に履き替えるのには、茶室の畳に対する配慮の意味があります。そのことも説明しましたが、「私はいいの」と言うので無理強いはできません。
私は友人になんとかまだ新しい扇子を渡して案内を待ちました。
案内が来ると私達は茶室に通されました。茶室には予め青い敷物が敷かれていました。これは作法を知らない客への心配りだと思われます。
お茶室には五人の客が招かれました。私は四番目の席に正座しました。友人は最後の五番目です。
全員が席につくと一人ずつお菓子が運ばれてきました。
私はここでもガックリした・・・。
私が期待したのは季節にちなんだお菓子で、ここまで来る途中に、
「今は五月に入ったばかりだからお菓子は柏餅か粽だろうか。干菓子よりは主菓子が出てくるといいですね。」
などと友人に嬉々と語っていたからだ。
しかし、出てきたのは練りあんでこしらえた菓子ではなく、糊付けされている紙に包まれたただの茶色い饅頭だった。
「お菓子をどうぞ。」と言われたのでお辞儀をして手元に寄せ頂戴しようと思ったが、私以外の人はお菓子に手をつけようとしない。
正客(一番上座に座っている客)が菓子に手をつけないのに勝手に頂くこともできず、私は正客の御婦人が菓子に手をつけるのを待った。
薄紫の着物を着た女性が、お辞儀をして茶室に入りお点前を披露し始めた。お菓子を三度催促されて初めて正客が菓子を食べ始めた。
お陰でタイミングがずれて食べている途中でお茶が運ばれてきてしまった。
正客に茶が出されると、どこかで聞き覚えたのか次客に茶碗を寄せて、「お先に頂戴します。」と断ってから、「お点前頂戴いたします。」と言ってお茶を召し上がられた。意外だった。これには感心させられた。
それから次々にお茶が運ばれると、私達もお相伴にあずかった。
「明日は端午の節句ですさかいに、兜の絵の茶碗を用意いたしました。」と席主が私の友人に言った。
「あの、私のは・・・。」と私が尋ねると、
「紫陽花でございます。」と言う。
アジサイ?まだ初夏にも差しかかっていないゾ?と思ったけど、あえて気にとめなかった。
それから席主が棗(なつめ;お抹茶の粉を入れてある漆器)と茶杓(ちゃしゃく;お抹茶の粉をすくう竹製のスプーン)を差し出した。私達が拝見できるようにだ。
正客から順に回して拝見したが、彼等の道具の扱い方には目も当てられなかった。
お点前を披露する際の茶道具には高価なものが多い。その辺を心得ていなければ道具に傷を付けかねないのだ。
でも、ま、作法を知らないのだから仕方が無いと思って私の番になると、ずれていたフタと器の絵を合わせて繁々と見つめ先程から気になっていた棗にほどこされた蒔絵について尋ねた。
その後、差し出がましいとは思ったが、
「この中で、なにか五月にちなんだお道具などはございますか?」
と、席主に尋ねた。季節をもっと身近に感じたいという気持ちもあったし、もし、席主が私達のために特別に用意した道具などがあったら聞いておきたいという気持ちもあったので聞いてみた。
普通こういう問答は正客がするのだが、もう誰が正客という雰囲気でもなかったので気にしなかった。私の友人なんか最初っから「作法など知ったことか」と私が説明していたことを尽く無視していたしネ。
席主が言うには、通常週に一度ここで茶道教室を開いているのでその際は先生達の茶道具を持ち寄って季節にちなんだ工夫を凝らすけれども、こういった期間限定の催しなどには茶室に備え付けてある道具しか使わない、とのことだ。
私はせめて席主に、
「本日は素晴らしい五月晴れですので、お客様はさぞやツツジや新緑をお楽しみになっておいででしょう。せっかくの美しい感覚の邪魔をしないようにと思いまして、本日の室内は質素にさせて頂きました。」
と、言うくらいの器用さを持っていてほしかった。
さらに席主は暗に、「道具にこだわるのは良くない」と、サラッと言って私をたしなめた。
私は「でた京都人のイケズ(関西弁で“嫌味”の意)」と思った。
生っ粋の京都人はこういった味のある独特の嫌味を持っているのだ。(持論)
私もサラッとその言葉を受け流して、
「生けてあるお花は何というのでしょうか。」
と尋ねると、席主は紫色の花はミヤコワスレだと言ったが、黄色の花は名を知らない、と言った。
パッと見、菜の花かオミナエシに似ている。
それにしても生けた花の名くらい野で積んできた花でもなければ知っておいてほしい。

お茶席をあとにして私が期待はずれだったと残念がると友人が、
「しかたないじゃん。あれはああいう会なんだから。」
と、知った風なことを言った。
その後も、いかにも私は京都を知り尽くしているのだとばかりに引っ張りまわされたが、遠回りばっかりで散々なBAD ORGANIZEだった!
私はこの二歳年上の友人を人生の先輩と敬ってきたが、彼女に付き合うのがバカバカしくなってきたので、もうそろそろ止めようかと思う。

私は今日の出来事とその行き場のない怒りを、茶道の開祖といわれている村田珠光が心得として述べた言葉で締めくくりたい。

「一期一会」


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いや~、とうとう五月に入ってしまいましたね。
ここで私が小さい時に、遠足へ行くと必ず歌っていた歌を紹介しましょう。
メロディーを伝えられないのが残念ですが、思い思いにイメージしてください。

♪正直爺さんポチ連れ、敵は百万ありとて、
桃から生まれた、もしもしカァカァ、カラスの鳩ぽっぽ、
ポーポ、ポッポ、ポッポ、飛んで遊べ
べらぼうめ、こんちきしょうめ、やっつけろ、
五月は鯉の吹き流し、なんて長いんで正直爺さん・・・♪

と、エンドレスで歌える便利な歌です。
どっからこの歌がやって来たのか分かりません。
また、歌詞の意味もまったく分かりません。
誰か知ってたら教えて。


プータローのまま3ヶ月目に突入してしまったよ。
仕事探しは思ったよりも難航している。
この間の面談も、結局は他の人に採用が決まってしまった。
今朝はそのせいか昔の事を思い出した。

一人暮らしをしている時で多分、八年くらい前だったと思う。
私は求人雑誌を見て仕事を探していた時に、「青果商店での事務、時給1,500円」という広告に釣られて面接に行ったことがある。
電話を架けると、場所が込み入った所にあるので待ち合わせをしてそこから場所へ案内する、と言われて待ち合わせ場所に行った。
そこは西成の愛隣地区、大坂のスラム街のような場所だ。
商店街の一角で待っていると、ほっそりとした美人の姉さんが声をかけてきた。
とても「青果商店」には似合わない風貌で、どちらかと言うと「お水」の方が似合っていそうな感じ。
彼女に促されて二人で歩いていると彼女が、
「ねぇ、のみ屋って知ってる?」と聞いてきた。
私は意外で突然の質問に内心戸惑ったが、
「あれでしょ。お酒を飲む所。」と答えた。
彼女は笑顔で「違う違う。その飲み屋じゃなくて、ノミ屋。違法賭博とかやるの。ほら、よくニュースとかでやってるでしょ。」と問いかけた。
「あ~ぁ、そのノミ屋ですか。」
「そうそう、そのノミ屋。今から行くのはそこなの。」
・・・、私はその場を逃げたくなったが、そうも行かない状況だった。
「そこでね、お金の計算とか、賞金の支払いとかして欲しいのよ。」彼女は歩きながら、悪びれも無く仕事の説明をする。
「それって、ヤバくないですか?」
私が気を遣いながら聞くと彼女は急に振り返り、
「前科、ある?」
「いやぁ、無いですよ。」
「だったら大丈夫だよ。捕まっても書類送検くらいで済むから。」
・・・、言葉が無い。
やがて5分くらい歩くと愛隣公園に面したトタン張りの「小屋」を指さされた。
愛隣公園はブルーテントでいっぱいだし、鼻を突く臭いがたまらなかった。
小屋の前の駐車場にはゴミ収集車が何台もとまっていた。多分、その臭いも混ざっているのだろう。
小屋の外には屋根付きの階段があって、そこを上がったところだと言われた。
階段の下にはガッチリした体格の男が腕を組んで立っていた。
見た所、日本人ではなさそうだ。恐らく、この人が見張り役なのだろう。
彼女は階段をカンカンと音をたてながら上っていく。私もその後をついて上がった。
扉を開けて中に入るとそこは、粗末なベニヤ板が壁一面に張りめぐらされた10~12畳くらいの一室だった。三、四人の人が立ったまま何台もあるテレビに見入っている。きちんと背広を着ている人もいたが、半ば浮浪者みたいな人も見かけたように思う。
部屋の壁に備え付けられたテーブルにはブラスティックでできた銀色の大皿が置かれ、その上には串が何本も盛られている。好き勝手に食べていいような雰囲気だ。
部屋の奥にはカウンターらしき物があり、男の人が座っていた。カウンターといっても薄っぺらい剥き出しの板をビールケースの上に置いただけの格好だ。
私を案内した彼女はカウンターの中に入り男性と並んで座った。私もパイプ椅子に腰掛けるように促されてカウンターをはさんで向かい合うように座った。
まず男性に履歴書を見せるように言われ、抵抗できなかったのですんなり渡した。
仕事の概要は大体ここへ来る途中で姉さんが言った通りの事だった。
私は当初から疑問に思っていたことを口に出した。
「あの、求人には『青果商店』って書いてあったんですけど。」
すると男性は「ほら、あそこに食べ物あるでしょ。」と先ほどの大皿に盛られた串を指さした。
「・・・・・・(おいおい)。」
「ここに来る途中で西成警察署を見ましたけど、あんなに近くて大丈夫なんですか?」
私は素朴な質問をした。確かにこの近くに西成警察署があって、それも結構この場所には不釣り合いなくらいたいそう立派な建物だったのだ。
男性と姉さんは口を揃えるように、
「大丈夫だよ。ここには見張りもいるし、いざとなったら裏口を用意していて、そこから上手く逃げられるようにできてるから。」
と、自慢気に言った。

面接(?)の帰り道、浮浪者何人かに声をかけられた。
場所に不釣り合いな私の服装が目立ったのだろう。
私は無視をして家路を急いだ。
家に帰って、履歴書を渡したことが、ふっと恨まれたが私は真剣に考えた。それほど私の生活は荒んでいたのだ。
眠れなくて明け方まで考えたが、最悪の場合を考えると、やはりこの仕事を引き受けるのは賢明でないという結論に達した。
その後、例の男性から電話が架かってきたので気に障らないように、すごく丁重に断った。
男性は私を見込んでいたと言って非常に残念がっていた。
褒め言葉にならない。

今では興味深い思い出として友達同士の間で、たまに話題にする事があるが、あそこで思い留まっていて本当に良かったと思う。
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