2005-06-05 15:45:13
posted by co-buddha
自分の未来になるように~エピローグ
テーマ:時計じかけのリンゴ
「愛されること 信じること」(過去ログ)を書いた時から私は変わった。私の内から生じる病と、それを克服する力がまだ残っているのを認めるに至った。
私の心は死んだわけではなかった。一時は私の心が死んだかのように思えた時期もあった。
今でも抗鬱剤は必要だ。
不特定多数の人間と会う前と寝る前には必ず飲まなければいけない。でも、自分の部屋で一人きり、こうやってブログを書いている時などは薬がなくても大丈夫。徐々に薬の種類も弱いものに変わって、量も減っていくと良いと思う。ただ私にはPTSD(トラウマ)があるので、それが完治するのには少々時間を要すると思う。
洗脳体験も一種のトラウマになったと思うけど、それはそれでどうにかしていく。この洗脳体験に私は負けるわけにはいかない。
私が洗脳体験に遭ってから現在に至るまで、ほぼ十年の歳月が流れた。私が自分の人生と真面目に向き合って心療クリニックに通い出してからは、ちょうど一年経つ。
一年前、心療クリニックに通い出すことを決意した時に私が悟ったことは、「時」は決して私を救ってくれるわけではない、ということだった。
人は誰しも、老い、病み、死ぬ。
もの皆、生滅しないものはない。
宇宙においても然り。
「時」はただ自然の法則に従って規則正しく流れているに過ぎない。その「時」が私を救ってくれるなどと、なんて都合の良い「逃げ文句」だったのだろう。結果、私はこの九年間「時」が心を癒してくれるのを待って、唯ネガティヴにだらだらと無駄に時間を費やしただけだった。
心療クリニックに通い出して(過去ログ「きっかけ」、よかったら読んでね)、予想はしていたけど、ほとんど闘病生活のような状態に落ち入った。自分が精神病の治療を受けるというのは自ら精神異常を認めることと同じことなのだ。薬で精神状態がコントロールされることにも大いに抵抗があった。しかし、今では薬に依存することで心の負担を少し軽くすることができている。
先日、心療クリニックに行ってきた。
いつも癒し系の笑顔で「最近はどうですか?」と優しく尋ねるM先生。M先生は多分、患者に合わせて診察の仕方を変えることができる優秀な医者だと思う。そのくせ気取るところがなく、いつも包容力のある笑顔で話を聞いてくれる。私の場合、いつも多くは語らず大抵は薬の相談をする。時には1分くらいで診察を終えることもあるくらいだ。
しかし、この間だけは少しお時間を頂戴して先生に話をした。
「私、この前ブログっていうのをやってるって話したでしょ。
あれ、今でもずっと続けてるんですよ。
この間ね、ズーンと鬱に落ちた時があって、それをそのまんま記事に書いたんですよ。
そしたら読者の人達がコメントくれて。
何気ないコメントなんですけどね。
その・・『頑張って』とか『元気になって』とか、そんな感じのね。
でもそれを見てたら、こんなつまらない私のことでも心配したり思ってくれたりしてくれる人達もいるんだなって、顔も知らないのになって思ったんですよ。
そしたら、私って今までこういった人からの愛情ってもんを感じてきたのかなって思ったんです。
考えてみると私、人から愛されてるって感じたことが無いんですよね。
先生が初めて私の診察をした時に仰っていたでしょう?『鬱になったのは洗脳体験のせいじゃなくて子供の頃の経験が原因』なんだって。
それ、あの時は全く信じられなかったんですよ。
だって洗脳体験の前は全然、そんな鬱の徴候なかったですもん。
でもこの間よく考えたら先生が言った意味がよく解ったんですよ。
よく考えると私は子供の頃から今まで、誰からも愛された記憶が無いんですよ。
それで人に愛されよう愛されようと頑張ってきた努力が、洗脳体験に遭ってそれが人間に対する不信感に形を変えて私の中で崩壊したんです・・・。
私、恋愛関係では失敗ばかりしてきてるんですけど、それも彼氏の愛を信じてあげれなかったのがいけなかったのかな、と思って。昔っから愛されてると感じると逆に気色悪く感じるんです。
『私のことが好きだなんて、こいつ頭おかしいんじゃないか?』みたいな。
だから今まで付き合った男性も、私がその人の愛を信じてあげられなかったのが敗因だったんじゃないかって思ったんです。
きっと今の私には、人から愛されていることを信じられる心が必要なんですよ。
だからこれからは人の好意は素直に受け止めていこうって思ってます。」
普通に無表情で語る私の頬には、一筋の涙が静かに伝っていた。
M先生は手振りを交えて、
「愛情って段階があると思うんですよ。こう、高いところから低いところまでね。そのベースになっている部分の、子供の頃の愛情は非常に大切ですよね。必要とされてないと身の置き場が無いっていうかね。・・・それは、大事な事に気付きましたね。」
M先生は感心深げにそういうと、普段通りに「じゃ、薬は今まで通りで良いですね?」と聞いて、薬の処方箋を書いた。
M先生は私がセンチメンタルになるのが嫌いな性格だということをよく知っている。
心療クリニックを跡にして、私はまた普段通りの生活に戻った。今はこれが私の生活であり、心療クリニックに通うのもまた私の生活の一部なのだ。
昔の私はどこまでも明るく元気だった。だが、同時にその頃の私は無知でもあった。以前のように友達と涙を流すほど大笑いすることが再びできるのかどうか分らない。しかし今の私は、何も知らなかった若い頃よりも、確かに人に愛されていることを強く信じることができる。
それは苦しみの末に勝ち取った、何物にも変え難い私の心の中の宝石なのだ。その宝石は未来へ光を放ち闇の中から私を救い出してくれるだろう。
私の心は死んだわけではなかった。一時は私の心が死んだかのように思えた時期もあった。
今でも抗鬱剤は必要だ。
不特定多数の人間と会う前と寝る前には必ず飲まなければいけない。でも、自分の部屋で一人きり、こうやってブログを書いている時などは薬がなくても大丈夫。徐々に薬の種類も弱いものに変わって、量も減っていくと良いと思う。ただ私にはPTSD(トラウマ)があるので、それが完治するのには少々時間を要すると思う。
洗脳体験も一種のトラウマになったと思うけど、それはそれでどうにかしていく。この洗脳体験に私は負けるわけにはいかない。
私が洗脳体験に遭ってから現在に至るまで、ほぼ十年の歳月が流れた。私が自分の人生と真面目に向き合って心療クリニックに通い出してからは、ちょうど一年経つ。
一年前、心療クリニックに通い出すことを決意した時に私が悟ったことは、「時」は決して私を救ってくれるわけではない、ということだった。
人は誰しも、老い、病み、死ぬ。
もの皆、生滅しないものはない。
宇宙においても然り。
「時」はただ自然の法則に従って規則正しく流れているに過ぎない。その「時」が私を救ってくれるなどと、なんて都合の良い「逃げ文句」だったのだろう。結果、私はこの九年間「時」が心を癒してくれるのを待って、唯ネガティヴにだらだらと無駄に時間を費やしただけだった。
心療クリニックに通い出して(過去ログ「きっかけ」、よかったら読んでね)、予想はしていたけど、ほとんど闘病生活のような状態に落ち入った。自分が精神病の治療を受けるというのは自ら精神異常を認めることと同じことなのだ。薬で精神状態がコントロールされることにも大いに抵抗があった。しかし、今では薬に依存することで心の負担を少し軽くすることができている。
先日、心療クリニックに行ってきた。
いつも癒し系の笑顔で「最近はどうですか?」と優しく尋ねるM先生。M先生は多分、患者に合わせて診察の仕方を変えることができる優秀な医者だと思う。そのくせ気取るところがなく、いつも包容力のある笑顔で話を聞いてくれる。私の場合、いつも多くは語らず大抵は薬の相談をする。時には1分くらいで診察を終えることもあるくらいだ。
しかし、この間だけは少しお時間を頂戴して先生に話をした。
「私、この前ブログっていうのをやってるって話したでしょ。
あれ、今でもずっと続けてるんですよ。
この間ね、ズーンと鬱に落ちた時があって、それをそのまんま記事に書いたんですよ。
そしたら読者の人達がコメントくれて。
何気ないコメントなんですけどね。
その・・『頑張って』とか『元気になって』とか、そんな感じのね。
でもそれを見てたら、こんなつまらない私のことでも心配したり思ってくれたりしてくれる人達もいるんだなって、顔も知らないのになって思ったんですよ。
そしたら、私って今までこういった人からの愛情ってもんを感じてきたのかなって思ったんです。
考えてみると私、人から愛されてるって感じたことが無いんですよね。
先生が初めて私の診察をした時に仰っていたでしょう?『鬱になったのは洗脳体験のせいじゃなくて子供の頃の経験が原因』なんだって。
それ、あの時は全く信じられなかったんですよ。
だって洗脳体験の前は全然、そんな鬱の徴候なかったですもん。
でもこの間よく考えたら先生が言った意味がよく解ったんですよ。
よく考えると私は子供の頃から今まで、誰からも愛された記憶が無いんですよ。
それで人に愛されよう愛されようと頑張ってきた努力が、洗脳体験に遭ってそれが人間に対する不信感に形を変えて私の中で崩壊したんです・・・。
私、恋愛関係では失敗ばかりしてきてるんですけど、それも彼氏の愛を信じてあげれなかったのがいけなかったのかな、と思って。昔っから愛されてると感じると逆に気色悪く感じるんです。
『私のことが好きだなんて、こいつ頭おかしいんじゃないか?』みたいな。
だから今まで付き合った男性も、私がその人の愛を信じてあげられなかったのが敗因だったんじゃないかって思ったんです。
きっと今の私には、人から愛されていることを信じられる心が必要なんですよ。
だからこれからは人の好意は素直に受け止めていこうって思ってます。」
普通に無表情で語る私の頬には、一筋の涙が静かに伝っていた。
M先生は手振りを交えて、
「愛情って段階があると思うんですよ。こう、高いところから低いところまでね。そのベースになっている部分の、子供の頃の愛情は非常に大切ですよね。必要とされてないと身の置き場が無いっていうかね。・・・それは、大事な事に気付きましたね。」
M先生は感心深げにそういうと、普段通りに「じゃ、薬は今まで通りで良いですね?」と聞いて、薬の処方箋を書いた。
M先生は私がセンチメンタルになるのが嫌いな性格だということをよく知っている。
心療クリニックを跡にして、私はまた普段通りの生活に戻った。今はこれが私の生活であり、心療クリニックに通うのもまた私の生活の一部なのだ。
昔の私はどこまでも明るく元気だった。だが、同時にその頃の私は無知でもあった。以前のように友達と涙を流すほど大笑いすることが再びできるのかどうか分らない。しかし今の私は、何も知らなかった若い頃よりも、確かに人に愛されていることを強く信じることができる。
それは苦しみの末に勝ち取った、何物にも変え難い私の心の中の宝石なのだ。その宝石は未来へ光を放ち闇の中から私を救い出してくれるだろう。









