今年の初東北 気仙沼・小泉編
テーマ:ボランティア前回の続き、気仙沼本吉・小泉編です。
月が変わり、5/1 今日の主催はNPO RQ小泉。 とはいっても現在はまだ小泉に拠点をもっておらず、東北本部のある登米市に同居している。 小泉付近に拠点を探してはいるそうだが、なかなか見つからないらしい。
朝8時に集合だけど30分も早く着いてしまった。 参加手続きをすませ、名札、ビブスを借り受ける。 RQの方に聞くと、元はまセンメンバーの参加がけっこう多いらしい。 むろん今日も来ている とのこと。
8時過ぎ、出発準備で中庭にぞろぞろと人が出てくると、見かけた顔がポツポツ。 元はまセンメンバーである。
「よう、よう!」と、再会を喜びあう。
本日のボラ人数 約20名。 登米から車に分乗して、本日の現場へ向う。 約30分。 途中、本吉はずれのコンビニで食料調達。 仮小泉大橋 を渡り、小泉小向こうの現場到着。 はまなす館の下あたり。
昨年は述べ3ヶ月にわたり長期滞在していた小泉。 懐かしい。
作業は前日に仙台でやったことと同様。 スコップで30cmくらい掘り起こし、その土から小さいガレキや石などを取り除く。 ただ、ここはその後に土を入れるらしいので、作業は仙台よりちょっと荒い。
仙台のほうは地主の依頼だが、ここはRQが地主から借り受け、共同の畑にするらしい。 震災後、被災者は仮設住宅に移っているが、農家は田畑を失い、することがない。
それでも女性たちは「ミサンガ」を作ったり、手仕事をしているが、男性 特にじいさん連中は引きこもり状態。 その引きこもりの人たちを引っ張り出そう という計画らしい。
確かに、女性はコミュニティをうまく作ることが多いが、男性はダメなことが多い。 都会でも、趣味の少ない定年退職した男性が、引きこもりやパチンコ、ゲーセンに通い詰め というのはよくある。
農家は土に触れないと、死んだようになってしまうものだ。 そのためにも農地再生は必要だろう。
まず仙台同様、スコップで土起こし。 元はまセンメンバー、早い! さすが である。 ちなみに私も午前中はスコップ隊。 つい負けん気が出て、ガンバッテしまう。
「あまりがんばりすぎると死にますよ」 と、口の悪い元はまセンメンバーに言われる。 遠慮なくタメ口が言えるのも元はまセンメンバーの特徴。 ま、チトがんばりすぎか。
次に中腰での潮干狩り作業状態。 長時間やってると、かなり腰に負担が大きい。 それに、今日はピーカン天気。 こりゃ日に焼けるわ。
右上遠くに見えるのが「はまなす館」
桜は満開。 昨年は桜どころではなかったな。 あちこち走り回っていた。 特にGW中はゆっくり食事もとれないほど。 朝6時から夜9時まで、チョー過剰労働。 今から考えると、よくやったわ。
さて、1日目終了。 めっちゃ早い! 前日に(他の人たちが)やった という面積の約3倍、約400㎡くらい処理できた。
2日目 同様の作業だが、今日は曇っていて、前日より作業環境は良い。 ただ、やはり前日の疲れもあり、若干作業スピードが遅い。 前日 帰った人もいるが、新規に加わった人もいるので、ほぼ同数。
前日のスピードがあれば今日中にこの田んぼ1枚は済ませられる と思ったが、残念ながらあと少し(約80㎡)ほど残して作業終了。 明日から雨の予報なので、済ませたかったのだが・・・
ちょっと早めに作業を終え、小泉小駐車場にある慰霊碑に行く。
【未来の人びとに】
二〇一一年三月十一日 午後二時四十六分
東日本大震災が起こり
大津波が太平洋沿岸に襲来した。
気仙沼市小泉地区は大津波を受け
多くの命と家を失ってしまった。
学んだことは『地震があったら津波が来る』
ともかく上へ上へと逃げること。
『てんでんこに逃げよ』
その教えを伝えたい。
気仙沼市では、死亡者1032名、いまだに行方不明者が300名以上あります。 ここ、小泉でもかなりの数になります。 多くの犠牲者に、黙祷。
さて、またまた長くなったので、5/4の豪雨については次回に続きます。
尚、お時間があれば、こちらもご覧ください→「あれから1年 」














