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2012-05-10 00:07:58

今年の初東北 気仙沼・小泉編

テーマ:ボランティア

前回の続き、気仙沼本吉・小泉編です。


月が変わり、5/1 今日の主催はNPO RQ小泉。 とはいっても現在はまだ小泉に拠点をもっておらず、東北本部のある登米市に同居している。 小泉付近に拠点を探してはいるそうだが、なかなか見つからないらしい。


アウトドアのすすめ-RQ小泉・登米 


朝8時に集合だけど30分も早く着いてしまった。 参加手続きをすませ、名札、ビブスを借り受ける。 RQの方に聞くと、元はまセンメンバーの参加がけっこう多いらしい。 むろん今日も来ている とのこと。


8時過ぎ、出発準備で中庭にぞろぞろと人が出てくると、見かけた顔がポツポツ。 元はまセンメンバーである。


「よう、よう!」と、再会を喜びあう。


本日のボラ人数 約20名。 登米から車に分乗して、本日の現場へ向う。 約30分。 途中、本吉はずれのコンビニで食料調達。 仮小泉大橋 を渡り、小泉小向こうの現場到着。 はまなす館の下あたり。


昨年は述べ3ヶ月にわたり長期滞在していた小泉。 懐かしい。


作業は前日に仙台でやったことと同様。 スコップで30cmくらい掘り起こし、その土から小さいガレキや石などを取り除く。 ただ、ここはその後に土を入れるらしいので、作業は仙台よりちょっと荒い。


仙台のほうは地主の依頼だが、ここはRQが地主から借り受け、共同の畑にするらしい。 震災後、被災者は仮設住宅に移っているが、農家は田畑を失い、することがない。


それでも女性たちは「ミサンガ」を作ったり、手仕事をしているが、男性 特にじいさん連中は引きこもり状態。 その引きこもりの人たちを引っ張り出そう という計画らしい。


確かに、女性はコミュニティをうまく作ることが多いが、男性はダメなことが多い。 都会でも、趣味の少ない定年退職した男性が、引きこもりやパチンコ、ゲーセンに通い詰め というのはよくある。


農家は土に触れないと、死んだようになってしまうものだ。 そのためにも農地再生は必要だろう。


まず仙台同様、スコップで土起こし。 元はまセンメンバー、早い! さすが である。 ちなみに私も午前中はスコップ隊。 つい負けん気が出て、ガンバッテしまう。


「あまりがんばりすぎると死にますよ」 と、口の悪い元はまセンメンバーに言われる。 遠慮なくタメ口が言えるのも元はまセンメンバーの特徴。 ま、チトがんばりすぎか。  


次に中腰での潮干狩り作業状態。  長時間やってると、かなり腰に負担が大きい。 それに、今日はピーカン天気。 こりゃ日に焼けるわ。


アウトドアのすすめ-RQ小泉作業 はまなす館下


右上遠くに見えるのが「はまなす館」


桜は満開。 昨年は桜どころではなかったな。 あちこち走り回っていた。 特にGW中はゆっくり食事もとれないほど。 朝6時から夜9時まで、チョー過剰労働。 今から考えると、よくやったわ。


さて、1日目終了。 めっちゃ早い! 前日に(他の人たちが)やった という面積の約3倍、約400㎡くらい処理できた。


2日目 同様の作業だが、今日は曇っていて、前日より作業環境は良い。 ただ、やはり前日の疲れもあり、若干作業スピードが遅い。 前日 帰った人もいるが、新規に加わった人もいるので、ほぼ同数。


前日のスピードがあれば今日中にこの田んぼ1枚は済ませられる と思ったが、残念ながらあと少し(約80㎡)ほど残して作業終了。 明日から雨の予報なので、済ませたかったのだが・・・


ちょっと早めに作業を終え、小泉小駐車場にある慰霊碑に行く。


アウトドアのすすめ-小泉 慰霊碑

この慰霊碑にはこう刻まれています。


【未来の人びとに】


二〇一一年三月十一日 午後二時四十六分

東日本大震災が起こり

大津波が太平洋沿岸に襲来した。

気仙沼市小泉地区は大津波を受け

多くの命と家を失ってしまった。

学んだことは『地震があったら津波が来る』

ともかく上へ上へと逃げること。

『てんでんこに逃げよ』

その教えを伝えたい。



気仙沼市では、死亡者1032名、いまだに行方不明者が300名以上あります。 ここ、小泉でもかなりの数になります。 多くの犠牲者に、黙祷。


さて、またまた長くなったので、5/4の豪雨については次回に続きます。 



尚、お時間があれば、こちらもご覧ください→「あれから1年




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2012-05-06 21:14:54

今年の初東北 仙台編

テーマ:ボランティア

GW、皆さんはどちらへお出かけでしたか?


昨年は自粛ムードいっぱいだったので今年はお出かけになった人も多く、飛行機・電車などの交通機関も満員だったようです。 高速道路の渋滞もかなりのようでした。


昨年のGWは気仙沼本吉・小泉に長期滞在しており、目の回るような忙しさでした。 この時期どこへ行っても混むので、今年はどこも行かない予定でしたが、前回 書いたように急遽東北へ行くことに・・・


5/3(正確には5/4)深夜1時過ぎに帰ってきました。 今回は滞在先の一関で大雨にあい、連れていったゴンタがあわや被害にあうところでした。



今回の本来の目的は、昨年 長期滞在していた小泉の農地再生支援ボラ。 予定を立てていると、ボラ仲間から仙台若林区で同様の農地再生支援ボラの参加を募っており、参加人数が少ないので応援に行くことに・・・


4/29 出発予定時間を早めて(とは言っても2度寝して1時間以上遅れてしまったが)、一路 東北へ。


どの経路で行くか迷っていたところ、ラジオで関越道が事故で通行止めになっているようで、北陸道経由に決定。 こちらのほうが通行量も少なく、第1候補ではあったのだが・・・


長野道・北陸道・磐越道経由で東北道に順調な走り、当初から予定していた福島二本松 (←クリック)で途中下車。 ここは福島原発で避難を余儀なくされた人のペットを預かっている。


昨年は猫100匹を超していたが、現在は引き取りもあり、半数近くには減っているが、それでもまだかなりの数が居る。 むろん犬も居るが、どちらかと言えば猫が主体。


ここで以前お世話になった福島県議員にも会いたかったが、東京出張からまだ帰っていないということで、帰りに寄ることにする。


二本松で支援用エサを降ろし、北上。 ちょっと予定外であるが、明日から宿泊予定にしていたボラ仲間の居る岩手県一関市室根へ向う。 通行量は多いが渋滞はまったくなく、順調に午後3時過ぎ 一関 IC着。


5/30 仙台市若林区に向う。 ここはReRootsという団体が仕切っていて、スタッフのほとんど東北大学の学生である。 事務所に行くと、元はまセンメンバーとの久しぶりの再会。 懐かしい。 そのうちのひとりの実家がすぐ近くなのだそう。 実家は被害を免れたが、従兄弟の家は流されたそう。 筑後1年で・・・


朝のミーティングを済ませ、私たちは荒浜というところでの作業。 ここは昨年の震災当時、多くの方が亡くなったところである。 ほとんどが平野部で、高速道路の内陸側と海側で様相が一変する。 もちろん津波被害が激しかったのは海側。


現在はガレキも片付けられていて、家屋の基礎だけが残っており、当然 田んぼも浸水しており、稲作は当分無理。 その田んぼの埋まっている小さいガレキや石などを取り除き、とりあえず畑として使用するということで私たちが作業する。


今日のボラ人数は約20人。 スコップで30cmくらい掘り起こし、その土から小さいガレキや石などを取り除く。 潮干狩り作業状態。 一見 楽そうに見えるが、中腰での作業なのであとから腰にくる。


また、田んぼなので、日陰がなく、好天だとかなり暑さがこたえるが、幸い本日は曇天。 風もそこそこあり、作業がしやすい。(作業中の写真を撮り忘れたので、作業風景はナシ) 午後4時頃まで作業して、約150㎡ほど終了。


だいたい田んぼなどは、1区画 1反~2反(1000~2000㎡)ほどあるので、この人数でやっても1週間以上はかかるだろう。 家族数人でやっていればいつ終わるかわからない。 気持ちが萎えてしまう。


作業終了後、海岸にある慰霊碑を見に行く。


途中 廃墟のあとに黄色いハンカチを結んだポールが目に付いた。


震災後、、海沿いを南北に走る県道10号線の海側を仙台市は災害危険区域に指定し、居住を禁止する決定をしました。


津波被害にあった約2000世帯が内陸への移転を迫られており、荒浜地区の約800世帯はこの区域に含まれる。 この区域指定は住民の意向を事前に聞くことなく発表された故、一部の住民は、いままで通り荒浜に住み続けたいと主張している現れなのだそう。


防潮堤の整備や、敷地のかさ上げなどの防護策をとり、避難ビルなどを整備すれば安全は確保できるのではないか という意見である。 また、漁業関係者などは浜近くに住まないと仕事効率が悪く、遠くの地域には住めない という。 高台などはかなり遠い。

 
アウトドアのすすめ-仙台市若林区 1

右奥に見えるのが「荒浜小学校」 当時3階まで浸水した
アウトドアのすすめ-仙台市若林区 2


アウトドアのすすめ-仙台市若林区 3


この荒浜小学校は震災後、数日間 児童たちが取り残された。 そして、200~300の水死体が付近を漂っていたという。 児童救出時、その水死体をできるだけ取り除き、児童たちには「安全な場所に着くまで目をつむっていろ」と言って救出したそうである。


海岸にある慰霊碑です
アウトドアのすすめ-仙台市若林区 慰霊碑


ということで、仙台の作業は終了!



長くなったので、気仙沼本吉・小泉は次回に続きます。 作業自体は同様の作業です。




尚、お時間があれば、こちらもご覧ください→「あれから1年




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2012-04-27 08:39:40

GWは東北行き

テーマ:ボランティア

桜前線も北までのぼり、東北もどうやら咲き始めているようです。


今年のGWはどこにも行かないつもりだったのですが、ボラ仲間のお誘いもあって、急遽 気仙沼へ・・・


昨年の今頃は気仙沼本吉・小泉 (←クリック) でチョー多忙な日々をおくってました。 携帯携帯がひっきりなしに鳴り、食事の時間もないほどでした。


昨年4/18に初めて現地入りしたときの光景は、「言葉がない」ショック!状態。


アウトドアのすすめ-避難所進入路



アウトドアのすすめ-避難所進入路2


今回のメインは気仙沼本吉・小泉の農地再生のお手伝い。 5/1~2 作業予定です。 ついでに、ボラ仲間が関わっている近くのNPOなども視察目してきたいと思ってます。


4/29出発車予定で、できれば福島二本松 (←クリック)にも寄りたいですし、別のお誘いもあった仙台若林区の農地再生のお手伝いもしたいのですが、予定は未定。



尚、お時間があれば、こちらもご覧ください→「あれから1年




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2012-04-20 19:16:55

あずさ弓

テーマ:文学

<伊勢物語 第弐拾四段>より


昔、男が片田舎に住んでいた。 男は「宮仕えに行く」と言って別れを惜しんで行ったまま、3年帰ってこなかった。

 

女は待ちわびていたが、とても心をこめて求婚した人に「今晩逢いましょう」と約束していたところ、この(元の)男がやってきた。

 

(元の男が)「この戸を開けてください」と叩いたが、開けずに、歌を詠んで、外へ出したのだった。

 

「あらたまのとしのみとせをまちわびて ただ今宵こそ新枕すれ」


(離れて3年、帰ってこないあなたを待ちわびて、ちょうど今晩別の人と結婚するのです) 


注) この時代には男が3年通って来ないと離婚が事実上成立した。


と言って出したところ、


「あづさ弓ま弓つき弓年を経て わがせしがごとうるはしみせよ」


(年を経て私がしたように相手を大事にしなさい)


と言って、去って行こうとしたので、女は


「あづさ弓引けど引かねどむかしより 心は君に寄りにしものを」


(あづさ弓を引くにしろ引かないにしろ昔から心はあなたに寄り添っていたのに・・・)


と言ったが、男は帰ってしまった。


女はとても悲しくて、後から追いかけて行ったが、追いつくことができなくて清水があるところに倒れてしまった。

そこにあった岩に、指の血で書きつけた。


「あひおもはでかれぬる人をとどめかね 我が身は今ぞ消え果てぬめる」


(お互いに思い合わないで別れてしまった人を引き止めかねて、私の命はたった今消えてしまうみたいです)

と書いて、そこで死んでしまった。


ダメだとわかるとすぐ身を引く男と、3年待ってあきらめて別の人と結婚しようとした女


男のプライドと女の気持ち。 この話、あなたはどう思いますか?




尚、お時間があれば、こちらもご覧ください→「あれから1年




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2012-04-04 11:40:20

陽炎(かげろう)

テーマ:文学

 東(ひむがし)の野に
   炎(かぎろひ)の立つ見えて
    かへり見すれば月傾(かたぶ)きぬ
               柿本人麻呂   万葉集より


<東の野にあかつきの陽炎が射すのが見えて 振り返って見れば月が傾いていた>

この句、ご存知の方も多いと思います。 国語の教科書にもしばしば載っている、万葉集・柿本人麻呂の句です。



いきなりムズイ万葉集などを持ち出してしまいました。


このごろは筆不精がとみに進みまして、ブログ・日記が週記になり隔週記、はたまた月記になりつつあります。 ま、単にメンドイから書かないだけなんですが・・・にひひ



さて、本題に戻りまして、桜の開花便りもあちこちから聞かれ、もうすぐ春ですね。 春の嵐台風なんて、余計なものもおいでになって、大きな被害が出たようですが・・・



さて、万葉集や俳句などの季語として、よくもちいられるのが「陽炎」


陽炎にはカタカナで書けば、「カゲロウ」というカゲロウ目の昆虫がありますが、漢字で陽炎とした場合は気象のことをいい、厳冬のよく晴れた晴れ夜明け、日の出1時間ほど前に現れる最初の陽光をいいます。

大気が光を屈折させて起こる現象で、日本では春の季語とされます。 気象条件から夏にも多く見られる現象です。

このような現象は平原や砂浜など様々な場所で見ることができ、焚き火の炎の上、エンジンなどの排熱には明瞭なゆらぎが見られます。


また、蜃気楼の場合は、密度の異なる大気が層流的な流れをしているか静止していてほとんど混ざり合わないため、鏡写しのように一部分だけがきれいに分離して見えます。



ところで、「源氏物語」五十四帖にも「陽炎」という物語があります。

さて、この一般的なこの読み下しは、江戸時代の国学者・賀茂真淵(かものまぶち)が万葉仮名の原文を初めてこのように読んだだもので、それまでは「あづま野のけぶりの立てるところ見て かへり見すれば月かたぶきぬ」と読まれていました。

しかし、実は、この歌の読み(陽炎)について、現代の専門家の多くが懐疑的なのだそうです。

冒頭の柿本人麻呂の歌の原文は、

  「東野炎立所見而反見為者月西渡」


この歌は持統6年(692年)頃、当時10歳の軽皇子(かるのみこ):(後の文武天皇)が阿騎野で狩りをする前夜に詠まれたとされます。

東の曙(あけぼの)を即位前の軽皇子にたとえ、西に沈む月と対比させた高らかな調べは、万葉集の中でも、最も名高い歌の一つです。

しかし そもそもこの歌の「炎」を「かぎろひ」と読むことに無理があるという。 かぎろひは物が燃えたり、日差しで地面が暖められた時に、形が揺らめく「陽炎(かげろう)」のことです。

炎をかぎろひと読む例は万葉集にもありますが、動詞「立つ」が続く場合は「けぶり(煙)」と読みます。

古い写本の多くには「東野(あづまの)の煙の立てる所見て」の読みがつき、夜明けを待つ焚き火の煙の意味とされていました。

しかし 今から約240年前、江戸時代の国学者賀茂真淵(かものまぶち)が、「炎は曙光(=かぎろひ)」とする独自の注釈を付けました。 だから 今の読みは真淵の「創作=オリジナル」なのです。


万葉集にも詳しい大阪府立大(上代文学)教授 村田右富実(みぎふみ)教授は

「真淵の解釈は文法的にも無理がある。 学者のほとんどがそう思っているはず。 だが、歌の調子があまりに見事で、手が出せない」と 推察。

現在 ほとんどの注釈書や教科書は、真淵の読みを踏襲しています。 「それまでの読みでは物足らないと、真淵は感じたのだろう」とも言っています。



長い年月のうちに、歌に新たな意味や解釈が加わる。
それもまた万葉の魅力。チョキ

尚、万葉集に収められている約4500首のうち、すべてが解読できているわけではない。 約20首については、今も意味がとれない部分があるという。


例えば 額田王(ぬかたのおおきみ)の「莫囂圓隣之」の歌。 

 莫囂圓隣之大相七兄爪謁氣 吾瀬子之射立為兼五可新何本



様々な研究者が何十もの読み方を試みていますが、解釈に決め手はなく、「永遠の謎」と言われています。

後半の読みは、「わが背子(せこ)がい立たしけむ、いつ樫(かし)がもと」と一般的に解釈されていますが、前半はいまだに不明です。えっ

万葉仮名と、漢字を併用して記された歌は読み方や送りがなが難しい。 そんな中、数年前、近畿で「万葉歌木簡」が3点相次いで確認されました。

現在残っている万葉集の最古の写本は平安時代。 木簡に書かれた歌はより原本に近く、今後 発見例が増えていけば、難読歌研究の進展につながる可能性がある と期待する専門家は多いそうです。

万葉の魅力、奥が深いです。パー



尚、お時間があれば、こちらもご覧ください→「携帯とケータイ




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2012-03-18 16:38:20

ボランティア依存症

テーマ:ボランティア

東日本大震災、長野北部大震災から1年経過し、各地でいろいろな慰霊祭がおこなわれました。しょぼん もうすぐ春のお彼岸を迎えますね。 改めて災害犠牲者のご冥福をお祈りいたします。


さて、被災地各地も復興期にはいったところも多く、ボランティア活動も以前のようなガテン系のガレキ処理などもなくなってきました。(とはいえ、まだ一部には残っています)

また、ボランティア依存症という言葉もそろそろ出てくる頃です。えっ

今まで多くのボランティアが被災地の片付けをおこなってきました。 そして、その結果、片付けはボランティアがおこなうもの(もちろん行政もおこないますが・・・)と、被災者やボランティア自身が思い込んでいたかもしれません。

その片付けがなくなりつつあり、同時にボランティアの仕事も変わりつつあります。 以前のように集団でボランティア作業をしている姿を目にしなくなっています。 お互い、それに一抹の寂しさを感じる人もいるかと思います。

むろん、これは好ましいことで、除々に復興アップしてきたことの証でもあります。

しかし、「これからどうしていけばいいだろうしょぼん」と悩む方もおられるでしょう。 今までお互い、依存してきた状態が変わっていくのですから・・・

ボランティア依存症の発症期です。

今まで言われていたボランティア依存症とは、ボランティア活動を行うことで日々得られない感謝や感動を得、逆に日々報われない生活を行っているのがつらくなり、ボランティアしていないといけない と思いこんでしまうことです。


まず、ボランティアをする側の立場として、ボランティアする事に対する依存症。

献身的にボランティアをする事に熱中し自分を見失う現象。 被災者の事が気になり日常生活を継続できなくなる。 相手の生活再建が進んでいる事や周囲の状況が見えなくなり、自分の善意の押しつけ的な行動が多くなりトラブルになりやすい。

被災者が感謝してくれる事に喜び得意げを見いだし、自分の力量(経済的、能力的)以上に活動し続ける事がある。

財産¥を処分して活動し続けたり、退職や休学、留年し、ボランティア活動をし続ける事を被災住民は喜ばない。

そこまで献身的にする自分が「うとまれる」と「何故判ってくれない?」、「今まで世話になっておいて恩知らずプンプン」と被災者に自分を受け入れるよう迫る(命令がましくなる)。

など、自分の行為を強引に理由ずけして、「自分がいなければ困るんだ」と、押しつけ的行動になりがちです。


また、被災者側も、つい気軽にボランティアをアテにしがちになっていることも多くあります。  本来 自分たちでやらなければならない(被災前は自分たちでやっていた)ことも、ボランティアにお願いする ということもあるようです。

もちろん経済的¥にも厳しい立場な被災者ですから、こういうことでも「被災者のわがまま」と言わず、できることはできるだけしてあげたいですが、復興への活力まで失ってしまうのは問題なのです。


援助者(ボランティア)の欲求と、被災者(被災地)の欲求は必ずしも一致するものではありません。 援助者の「誰かのために」という思いの中には、「自分を自己肯定をしたい」という隠れた欲求が含まれています。

いわゆる「自己満足得意げ」に近いものです。 これは誰しも思っていることで、度が過ぎなければ、かまわないと思います。

この「自己肯定感」へのモチベーション、動機づけ、欲求を自分の中に認識することで初めて、援助者側は被災者へのニーズに応じた関わりができるといいます。

例えば、皆さんが被災地で、家族や家を失った方と出会ったとき、どんな言葉をかけるでしょうか。

なかなかよい言葉をかけられない自分に、もどかしさや無力感ショック!を感じるかもしれません。 しかし、相手の話をよく聞いて、ただ頷く(傾聴)だけでも、相手は安心感を覚えるものです。 よい言葉をかけてあげようと気負いすぎないことが大切です。

被災地支援で、ボランティアが気をつけなければならないことの中に、「自分の心ドキドキを守る」ということがあります。  援助する側は、隠れた被災者ともいわれます。

初期の被災地の状況は、普段の私たちの生活する場とは様子が一変します。 また、被災者の体験や彼らが抱く心境も、普段の私たちの心境とは異質のものです。

それに触れることで、援助する側も被災者と同じくらいのストレスを感じ、精神的な影響(ハイテンションになる、何かをしたくなる、感情のまひ、落ち込み、孤独、怒り、焦り、罪悪感、無力感など)が出ることがあります。

このような状況を、「二次受傷」といいます。 具体的には、私にしかできないと抱え込んでしまったり、燃え尽きメラメラ症候群(バーンアウト)になってしまったり、被災者から離れることが困難になったり、元の生活に戻れない状態になったりすることをいいます。

燃え尽き症候群:きわめてストレスの強い状況下で、その人の適応力をすべて使い果たした時にもたらされる極度の疲弊状態。 仕事から逃避したり、お酒におぼれたり、逆に仕事に没頭したりする


これを防ぐためには、両者の間に明確な境界線を引くことが重要です。 チョキ

「境界線を引く」というと非常にドライに聞こえますが、線を引くことは、相手から遠ざかることでも、距離を縮めることでもありません。

被災された方の立場に立って考えることはとても大切ですが、あくまでそれは「自分の体験ではない」ということを、しっかりと意識しておかないと、後々自分の感情と被災者の感情がごちゃ混ぜになって、日常生活に支障をきたすことがあります。

境界線はもともと揺らぎやすいもの。 だからこそ、支援者が明確な線引きをもって臨むことが大事です。 心の線引きは、自分を守るだけではなく、自分の周囲の人達(家族や同僚)、被災者のためにも引いておかねばならない心の区切りです。

これらの線引きが揺らいでしまうと、バーンアウトになってしまう可能性があります。

●普段どおりの生活を心がける
●自分なりのセルフケアを心がける
●ボランティアはできる範囲で行い、生活のメインにはしない

被災地から戻ってくると、普段の自分の生活に疑問や、ときには罪悪感を感じたりすることがあります。 ボランティアにのめりこんでしまう人もいます。 しかし、ボランティアは自分のできる範囲で行い、生活のメインにはしないNGようにすることがとても大事です。

ボランティアが生活の中心になってしまうと「こんなに頑張ってるのにどうして理解されないのだろう」と、相手や、自分を取り巻く環境を責めてしまいやすくなります。

ボランティアは元々「助っ人」 役目が終われば、いずれ帰っていくものなのです。 むろん、今回の大災害は1年や2年では元どうりにはなりません。 そのサポートをしていくのは大切ですが、ニーズは時期に応じて変わっていきます。

そのニーズに対応しきれなくなったときは、引き際です。


これからは元気ずけようと、イベントなども多くなりそうですが、それが本当に被災者のためになるのか、自分たちの存在感のためのイベント得意げにならないよう要注意です。

自然災害多発国 日本、またどこかでいつ起こるかわかりません。 そのときに備えて、お互い疲れ果てないようにしましょう。



尚、東北各地は復興へ進みつつありますが、ガレキ処理の問題、高台移転の問題、地域産業の再生 など、多くの課題が山積し、まだまだ支援が必要です。 特に福島原発周囲は手つかずの状態。 息の長い支援をお願いします。


尚、お時間があれば、こちらもご覧ください→「1年経ちました




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2012-03-11 19:03:00

あれから1年

テーマ:災害

3.11 東北地方に大地震、津波で甚大な被害が東北沿岸部広域に・・・

3.12 長野県北部・栄村に大地震、唯一の国道が通行不能、孤立化


もう1年、まだ1年。 人それぞれ、想いはいろいろあると思います。 しかし、この大災害は価値観を考えさせられる出来事でした。


効率化、利便性、経済性 etc などを追ってきた現代社会。 確かに便利になりました。 しかし、何かを忘れて置いてきたような気がしてなりません。



未曾有の被害をだした東日本大震災。 この災害が、今まで行った事のない東北へ行くきっかけになりました。


 「東北へ

 「気仙沼・小泉浜より帰ってきました

 「気仙沼・小泉浜 Part 2

 「2度目の東北から帰ってきました

 「気仙沼・小泉浜 / 住民交流会

 「気仙沼・大島

 「小泉浜から亘理郡山元町へ


復興へ進みつつありますが、ガレキ処理の問題、高台移転の問題、地域産業の再生 など、多くの課題が山積し、まだまだ支援が必要です。 特に福島原発周囲は手つかずの状態。 息の長い支援をお願いします。


尚、お時間があれば、こちらもご覧ください→「1年経ちました



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2012-02-14 09:38:35

分相応

テーマ:ブログ

「分相応」という言葉があります。 辞書によると「言動・支出・生活・待遇などが、その人の身分・地位・能力などにふさわしい様子」(新明解国語辞典)とあります。

同義語に「身の丈(程)を知る」とか「身の丈(程)をわきまえる」などがあります。

いずれも、自分を過大評価せず冷静に見つめる目 ということが説かれています。 これ、簡単なようでなかなか難しいんですよね。

特に、そこそこの年齢になり、大抵のことは自分でできるようになった頃、自信過剰になってしまうものです。

また、誰しも自分の考えが「正しい」と思い込み、それに異を唱えるものには耳耳を貸さない、もしくは排除グーしようとします。 特に若いときはそうですね。 まあ、ここが若さの良いところでもあるんですが・・・

これも冷静に振り返ってみればわかることなのですが、なかなか自分を第三者的に見ることはできません。しょぼん 何10年か前の自分を振り返ってみると、反省することは多くあると思います。

ということは、今の自分も何10年か先に、冷静に振り返ってみれば、反省することは多くあるはずなのです。 しかし、今現在はそうはできない。

なぜか? 今の自分の考えが「正しい」と思い込んでるから です。 

「分相応」、「身の丈(程)をわきまえる」

これは日本人の美徳の一つとも言えます。 しかし、現在 現代人がこれを失いつつあるように思うのですが、どうでしょうか?

自由主義、自己主張の過剰台頭。 また、黙っていると損をする、という世間の風潮も大いにあります。

特に最近は物欲や名誉欲にかられた事件も多く見聞きします。 マスコミで報じられている事件やスキャンダルなども、その感を一層強く感じます。

物やお金¥に対する欲望だけでなく、地位や名誉、肉親愛など精神的な欲望も含めた、広い意味の物欲が高じて“分”を超えてしまったばかりに、せっかく築いた社会的な地位や業績、人並みの幸せな家庭を壊し、みっともない姿を人前にさらけ出すということが、そう珍しくもない状況です。

ただ、昔の封建時代の「身分相応」にせよ、というのではありません。 人間、成長するには能力以上を志さなくてはなりません。 しかし、そこに自己陶酔しないで「自分を冷静に見つめる」目ことが大切なのです。


能力以上を志すには努力も必要です。 この努力とは体力面だけではなく、精神面も必要です。 いや、どちらかというと、精神面のほうが大切でしょうね。

前回の「己を知る 」でも書いたように、


うお座は鳥にはなれません。 魚であることを忘れて、ライオンしし座や犬わんわん、鳥などになろうとしても無理があります。 己が魚であることがわからないから、ライオンや犬、鳥などになろうとするのです。 


しかし、魚うお座でもいろいろあります。 努力して、魚のベスト10に入ることは可能かもしれません。 ただ、努力なくして一躍スーパースター王冠1にはなれません。 また、その努力がいつも報いられるかどうかはわかりませんが、努力なくしては成長は有り得ません。


が、やはり人間 向き不向きがあります。 ちょっとネガティブになるかもしれませんが、不向きな人は通常の倍の努力が必要です。 また、努力しても向いている人になかなか追いつかないかもしれません。 でも、努力次第では、そこそこのところは行く筈です。


なら、向いてる人は努力なしにスター街道を行けるのか?


そんなことはありません! スター街道を歩む人は、並々ならぬ努力をしています。 だからこそ、人よりひきい出たのです。グッド!


己を知り、その上で分相応を知り、そこから少しでも上にいけるよう、努力が大切です。 しかし、いくら努力していても、己を知らず、分相応も知らないようでは、その努力もムダになるかもしれません。



尚、お時間があれば、こちらもご覧ください→「思い出




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2012-01-31 10:50:32

己を知る

テーマ:倫理
人様の良い面、悪い面を見付けるのは比較的簡単なこと(特に悪い面は)なのですが、コト 己のことになると、わからない(というか、わかっててもわからないふりをすることも・・・)ことが多くあります。シラー

知っているようで、意外と知らないことが多いのです。

では、"己の何を知れば良いのか?"と思われるかも知れませんが、己の"長所や短所"を今一度よく知ってください。 長所が解ればそれを"伸ばす"ような努力をすれば良いですし、短所が解ればそれを"克服"してやれば良いだけですからね。 チョキ

とは言うものの、「言うは易し、行なうは難し」 にひひ

最近、うつやストレスなど、精神的に病んでいる人が急増していますが、その原因を探っていくと、原因の1つとして、

「自分を見失っている」ことが挙げられると思います。

自分を見失い、世間に合わせた自分、偽りの自分を演じながら生きるということは、自身がよくわかっていないことが多いのです。

例えば魚うお座が頑張って、陸で生きようとしているようなものなので、魚は当然弱ってしまいます。

魚であることを忘れて、ライオンしし座や犬わんわん、鳥などになろうとしているのが、現代人の特徴で、心を病んでしまう原因なのではないでしょうか。

また、己を知ることは、相手に打ち勝つグーことができる手段にもなります。

「敵を知り、己を知る」

孫子の兵法で、もっとも有名な言葉の一部です。 しかし、その言葉を理解し、活かせる人たちは意外に少ないようです。 閉塞感に包まれた日本にいると、敵を知るどころか、己すら見えない状況シラーに陥る方々が多いからだと思います。

つまり、環境の変化に戸惑い、自分の立ち位置が分からなくなっているといえます。

「己を知る」

簡単なようで意外と難しい。


尚、お時間があれば、こちらもご覧ください→「懐の深さ




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2012-01-24 19:50:23

働く

テーマ:倫理

またまたずいぶんのご無沙汰。


別に仕事が忙しいわけでもなく、体調が悪いわけでもありません。 単にズボラしてただけ・・・にひひ



さて、いきなりですが、「人はなぜ働くのでしょうか?」

主目的は「収入¥を得るため」「生計を立てるため」でしょう。

まあ、なかには母親から何億円といったおこずかいを頂く人もいますが、そういう特殊な例を除いて、働かなければ現金¥収入はありません。

一般的に、現金収入がないことには生計は成り立ちません。 自給自足の生活だとしても、多少の現金支払いは必要でしょう。

しかし、一生働かずに暮らせるだけのお金¥があったとしても、何らかの形(収入を主眼としない)で働く人も多くいます。

では、それ以外の理由は何でしょうか?

まず、収入面をみてみますと、かなり収入面が良かったとしても、

 人にほめられたり、認められることもなく、
 人の役に立っているという実感もなく、
 人から必要とされているという実感もない。

という仕事だとしたら、どうでしょう。 そういう仕事を収入が良いから、といって、長く続けられるでしょうか?

たいていの人は長続きしないと思います。しょぼん

ということは、収入が一番ではないのでは?とも思えます。 しかし、反面 ほとんどの人は収入面を一番重要視します。

では、その次に考えられる、立身出世欲。 これも多くの人が内心望んでいるはずです。

有名になりたい。 人から尊敬される人間になりたい。 など、です。

これには収入面も絡んできますが、高額所得を得れば、有名にはなれますが、尊敬されるかどうかは別です。

また、昔から「働かざる者、食うべからず」という言葉があります。

これは資本主義社会では当然のことです。 特殊な人を除いては、「働かない」→「収入がない」→「生活できない」 となりますからね。

しかし、この言葉、意外にも社会主義を唱えるレーニンが言い出したものなのです。えっ

新約聖書のパウロの言葉を引用して言った言葉で、新約聖書では「働こうとしない者は、食べることもしてはならない 」とあります。

ということは、資本主義社会ばかりでなく、社会主義社会でも「働く」ことは重要なことだとされているようです。

そして、「働く」ということは、「傍を楽させること」ともよく言われます。

なかなか意味深な例えだと思いますが、この意味の取り方は考えようによって、いろいろあると思います。

また、多くの人が、「なぜ働くのか?」との質問に、「生活のため」、「家族のため」と答える人が多いらしい。 実に単純明快な答えです。

前者は目先のため。 後者はちょっと先の将来のため。 しかし、後者はその後に続く将来のため とも言えます。

生活のために、したくない仕事をする。 それは決して否定されるべきことではないでしょう。 反面、自分の望む仕事に就いている人はごくまれです。

医者病院になりたくとも医学部に入れる人は限られているし、弁護士になりたくとも司法試験に合格するのはごく少数でしょう。

しかし、生活(収入)のためだけに仕事に就いているとすれば、いずれ無力感が漂うに違いないと思います。

いかに社会に絶望し、どれほど世間に失望しようとも、やはり生きていかなければなりません。 もっとも、その気力を無くしたときに人は重大な過ちを犯すことになります。

「なぜ働くのか?」 この答えは人によっていろいろあるでしょう。 そして、答えの見つからない人も多いと思います。

ちょっと話は逸れますが、ヨーロッパなど社会主義が起こった時、マルクス主義の根本には労働崇拝という考え方がありました。 原始の時代から労働には「喜び」ニコニコが伴っていましたが、今 その「喜び」がないように思います。

では、「働く」→「幸せを求める」としたら、どうでしょうか?
それでは、「幸せ」はどうしたら求められるのでしょうか?

こうなると、かなり哲学的になって、余計わからなくなるかもしれませんね。


ある高僧が、人間の究極の幸せとは、

「人に愛され 2.人に誉められ 3.人の役にたち 4.人に必要とされること」

と言いました。

このうち愛されること以外は、「働くことによって実現される」とも言いました。

つまり、「幸せ」=「働くこと」とは、

 愛されること
 褒められること
 人の役に立つ事
 人に必要とされること

ではないか、と思います。 でも、これが答えではありません。 残念ながら正解は永遠の謎かもしれませんし、正解はないのかもしれません。シラー

ちなみに、大卒で定年(60歳)まで勤めた大手サラリーマンの場合、トータル給与額は平均で約2億5千万円前後。 退職金の平均額2175万円を加算した生涯賃金は約2億7千万円前後、と試算されています。

しかし、従業員1000人以上の大企業と、100人未満の中小企業ではどの業種でも1億円近い開きがあります。


余談ですが、夏目漱石の「それから」に、働くことに関して興味深い話が描かれています。

実業家の父の経済的な援助のもとで裕福な生活を送り、学生時代から満たされた生活を送ってきた代助。

その代助に対し、出世して豊かな生活を獲得したいと願っている平岡が対比的に描かれ、また その代助が恵まれた生活を捨て、かつて慕っていた三千代と共に生きる決意をするまでが描かれています。

興味のある方は、ぜひご一読ください。



尚、お時間があれば、こちらもご覧ください→「懐の深さ




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