近頃「特許翻訳の基礎と応用」(倉増一著)という本を読んでいる。

 この本は発明家が特許庁に提出する「特許明細書」という書類を、国際特許を得るために英文に翻訳する際のノウハウを解説したものだ。この中で何回か、倉増氏は日本語の表現がしばしば「論理的でない」という問題を指摘している。

 たとえば:


 「赤外線カメラは暗闇や煙の充満した部屋などの通常のカメラでは撮ることの出来ないものや人を写すことが出来る。」


という文章があげられ、これについていわく:


 「この文は論理的ではありません。『などの』だと、『暗闇』や『部屋』が『物』や『人』の例えとなってしまいます。『などで』とすると意味が通じるようになります。」


 確かに逐語的に直訳したらおかしなことになる:


"An infrared camera can take pictures of objects and persons that cannot be shot with ordinary cameras, such as darkness and smorky room."


しかしまさか、こんな訳文を作る翻訳者はいまい、と思うのだが、保証の限りではない。倉増氏による正訳は:


"Infrared cameras can take pictures of objects that cannot be taken by general camera in the dark or smoke-filled rooms."


 別な「非論理的表現」の例として氏があげるのは:


 「ポリエステル製造用触媒およびそれを用いたポリエステル」


という発明の標題。これについて氏いわく:


 「ポリエステルは『触媒を用いた』のではなく、『触媒を用いて製造された』ものです。」


 直訳(=悪訳)を仮に作ってみると、


"POLYESTER POLYMERIZATION CATALYST AND POLYESTER USING THE SAME"


となって、確かに「ポリエステルが触媒を用いる」ことになってしまう。これも実際は悪訳すぎてありそうもない感じがするのだが、この本を読んでいるうちに自信がなくなってきた。困ったものだ。倉増氏訳は:


"POLYESTER POLYMERIZATION CATALYST AND POLYESTER PREPARED THEREOF"。


 さらにもう一例:


 「固体高分子電解質およびそれを用いた膜」。


 これの(私による)スカタン訳は:


"SOLID POLYMER ELECTROLYTE AND MEMBRANE USING THE SAME"


 倉増氏いわく、「この『用いた』主体は(膜ではなく)発明者なのです。」だから正訳は


"SOLID POLYMER ELECTROLYTE AND MEMBRANE PREPARED THEREFROM"


 しかしこの、ある行為の主体 (agent) を取り違えた表現をもって「日本語は非論理的だ」と苦情を述べるのは筋違いというものだろう。倉増氏に倣って言えば、非論理的な表現をするのは人間であって言語ではないのだ。

 たとえば今このブログをご覧になっている読者であるあなたは、おそらく「ブラウザ」というアプリケーションソフトウェアをお使いのことだろう。この「ブラウザ」とは "browser" であり、「閲覧する」という意味の "browse" という動詞に「~する人、物」という意味の接尾辞 "-er" をつけて派生させたものだ。このとき、「閲覧している」のはあなたという人間であってアプリケーションソフトウェアではない。

 英語でだって、派生語の中にはこういう「非論理的」なものがゴマンとある。許される錯誤の種類も、agent の取り違えにとどまらない。たとえば上のポリエステルについての倉増氏の訳の中には


"POLYESTER POLYMERIZATION CATALYST"


というのが出てくる。この表現は、英語としてはいいのだけれどこれを逐語的に日本語に翻訳するとおかしなことになるかもしれない:


「ポリエステルを重合する触媒」


ポリエステルはすでに重合した分子である。重合分子であるポリエステルをさらに重合させることも(まれには)あるかもしれないが、この句に出てくる「ポリエステル」は、その触媒を用いて何かを重合させた結果物のことなのに、日本語ではそうなってくれない。日本語は、英語と違って、漢字熟語を使わない限りこの錯誤を許さないのだ。


 形態素のどのレベルでこういう錯誤的な表現を許すか、は言語によって違うのかもしれない。agent の錯誤に関して言えば、日本語は文レベルで許す。英語は語レベルで許す。私の直感だが、どの言語でも形態素のどこかのレベルでこういうのを許すようになっているのではないだろうか。

 またどういう種類の錯誤ならどの程度許すか、も言語によって違いがあるのかもしれないし、それはそれぞれの言語を話す人々のメンタリティーと関係があるのではないだろうか。つまり人はいずれにしろ錯誤的な表現も場合によって許してもらいたい、あるいは許したい(そうでないと厳格になりすぎて日常的な会話が成り立たない)という motivation を持つのだが、その程度や方角は社会や文化のありようで違ってくるのではないか。

 ここのところ、意味論とか存在論とかいったような学問と関係してしまっていることはわかっている。しかし上記のような考察がなされているのかどうか、言語学とか哲学とかに昏い私には残念ながらよくわからない。

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ある種の普遍

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 どうやら面妖な仕事のせいで、私の精神状態は少しく変化してしまったらしい。ミラン・クンデラや時代小説のように、以前はつまらなくて読み飛ばしたり投げ出してしまったりした本を、このたび通勤電車図書室で読みなおしてみると、意外に興が乗る、といったことが続いている。

 「思想のドラマトゥルギー」という厭味なタイトルの、林達夫と久野収の対談集(平凡社 1974年)もその一冊となった。以前読んだとき面白くなかったのは、対談者の一人の思想というよりむしろ、その「人となり」が私の癪にさわったのだが、読み返してみると以前鼻についたまさにそこのところがかえって興味を掻き立ててくれるように感じられるのだから、我ながらまったく勝手なものだ。

 私はそもそも対談とか座談会とかいうものを読むのがどうも好きでない。雑誌などに出ているそれは、もちろん有名な物書きや学者が、作品や著書の中ではいろいろな事情で書けなかった裏話のたぐいを披露しているので、人々の考えの脈絡というものがわかって面白いということはある。しかし悪く流れれば、ただの野暮な楽屋オチやお上品な仲間ボメになってしまう。出版社や雑誌社がお膳立てした対談や座談というものの大半はそんな具合だから、私はなるべく敬遠することにしている。

 しかし林と久野の対談はそういうものではなくて、林の著作集の「解説」であったものを下敷きに膨らませたもので、林のいままでの「ヨーロッパ精神史」を書くという仕事の内幕を垣間見るというデバカメ的お楽しみのほかに、彼が(1974年の時点で)やろうとしてできなかったことや、half-baked なアイディア、これからやろうという目論見などの「拾遺集」といったおもむきである。ものすごい学識の持ち主(ただし、数学だけはちょっと苦手らしい)が寛いで、ヨーロッパ精神の成り立ちなどということを題材にふだん広げない大風呂敷を広げて見せているのだから、もちろん面白くないわけがない。すべて、ふつうの大学人が何人も寄ってたかって何十年も取り組んでものになるかどうか、という代物ばかり。おいおい先生よ、いくらあんたでも、そんな大ごとをそんなにたくさんできる筈はなかろうぜ。いったいあんた、幾つまで生きるつもりなんだい、と半畳を入れたくなるほどのスケールに驚かされる(・・・といって、林達夫氏はすでに故人なのだが)。というか今のご時世、大学の先生などになってしまっては林がこの本で吐き出しているような興味津津たる大問題を追いかけることなど、できない相談だろう。恐ろしい世の中だ。この問題自体もこの本の中で触れられているが、現下の大学は、ご多聞に洩れず、その後荒れ狂った市場原理主義のおかげでもっとどうにもならなくなってしまっているだろう。

 林と久野という、この顔合わせだとどうしてもソロをつとめるのは林の方になる。久野は林の話をうまく引き出し、展開させる役で、しかしところどころで自分の創意を抜かりなく合いの手として開陳する、という難しいアカンパニストをやっている。

 林というのは皮肉なじいさまである。世の中の人間に関する学問において、アカデミストどもが新しい方法を考案して夢中になってやっていると、必ず皮肉の冷や水を浴びせるようなことをする。本人としては必要なこと、言わねばならないことを最小限度の毒を持たせて言っているつもりだろうし、また実際その通りになっているのだが、なにしろものすごい、想像を絶した博学多識だから、言われたほうはさぞたまらなかっただろうと思われる。

 たとえばこの本の中で林は、自分はテレビが好きで、ハーバート・マクルーハンを大いに買うという意味のことを言っている。マクルーハンは軽薄な表面を見ただけでは理解できないような、コミュニケーションの深い認識があるという。このあたり、エンサイクロペディストとして林の衣鉢を継ぐ立場にあった故・加藤周一などはどう読んだのだろうか(読んだに決まっている)。加藤はテレビをさんざん馬鹿にし、マクルーハンについては「要するにマンガを読めってだけの話」だとこきおろしていたのだが。

 だいたい、林達夫というのは超インテリのじいさまのくせをして、自分は反インテリのアマチュアなのだ、としきりに言うのはどんなものだろうか。それではこっちの立つ瀬がないではないか。インテリたるものはすべからく鼻もちならぬインテリ風を吹かしてインテリならざる者どもの嫌悪と反発を買う義務がある。それをマンマと免れようなどとは脱税と一緒なんで、不届きなんじゃないですかね。

 あるいはまた、自分のヨーロッパ研究は書物に頼った貧乏書生のストイックな業であり、だから実物のヨーロッパそのものは団体の観光旅行でちょこっと見てきただけだ、などとのたまう。ところが大先生、話が園芸などに脱線すると途端に大変な入れ込みようを示し、「地中海ヒース」なる植物の話で「・・・これは匍匐性というか、這うようにのびる。南ヨーロッパの海岸を歩いていると、よく見つけられるよ」なんてヌケヌケと口を滑らしている。おーい先生よ、そんな団体旅行がありますかよう。

 しかし私は今、殺伐とした仕事場でコワモテコワモテで過ごしている反動で、その行き帰りの通勤電車図書室(これは一つには自分の両手をふさいで痴漢の嫌疑をかけられるのを防ぐ方策でもあるのだが)ではできるだけやさしい気持ちになろう、なろう、としているせいか、こういうのもカワイイおじいちゃんの茶目っ気に読めてきたから不思議なものだ。

 林達夫という人は世渡り上手である。しかも自分のその世渡り上手ぶりを嫌悪した風がある。ともすれば反発と嫌悪の的になりがちなインテリとして、なんとか周囲と折れ合って渡っていかねばならない世間の風というものがどんなにか冷たかったことだろうか。

 そしてその世渡り上手な韜晦ぶりこそが、かつて私がこの対談集を投げ出してしまった原因の一つだったのだが、いま読み返してみると世渡り下手な私にも意外にピンとくる―もちろん私ごときにマネのできることではなく、マネをする必要もないのだが。

 本の初めの方で彼は珍しく自分の生い立ちを語っていて、それによると彼が人生で最初に遭遇した精神的問題というのは今日の帰国子女のそれだったのだ。幼時を外国で過ごして帰ってきた彼は両親と離れて雪深い田舎にあずけられ、そこで頭のいい変わり者として田舎の悪童どもの間で手荒く扱われる。今日だったら教師やら医者やら保健の先生やらカウンセラーやらがサポートしてくれるだろうが明治の話である。その状況で林少年がどのように反骨精神を培わなければならなかったか、しかも両親のもとに返された途端、一朝にしてすべてのそういう努力が水泡に帰してしまった驚きなど、まったく身につまされる。

 もちろん大インテリなのだから、われわれ有象無象には手の届かない、知識を獲得する愉しみ、歓びというものが彼には一生あったにちがいない。しかしそうしたささやかな余得と、インテリになってしまったがために否応なく支払わされるものとは、なんと不釣り合いなことだろう。とてもとても間尺に合う話ではなかったのだ

 長じてインテリ・エリートになってしまった彼を見舞ったのは、軍靴の響きと秘密警察による「危険思想」の弾圧の嵐、それにその「危険思想」の側の党派性であった。インテリであることはそれだけで犯罪者予備軍の一員であることを意味したのだ。ところでこの方は panopticon society と化しつつある現下の瑞穂の国でもまたまたぶり返してきそうな形勢だから、覚えのある向きはこういう対談集でも読んで、方策の一助にするといいかもしれない。

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つなぎです

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 またまたネットカフェから書いています。

 面妖な仕事は繁忙を極め、その割にはもらえるものはあまりにも貧弱なので窮乏状態は改善していません。

 時間がない。


 しかし、ないならないで作り出せる愉しみもあるもの。通勤に片道1時間40分もかかるので、通勤電車図書館を再開しました。

 江戸情緒漂う下町に向かう電車の中で文庫本を読むじじいにふさわしく、以前読んだ時代小説を片っ端から再読しました。池波正太郎、藤沢周平、平岩弓枝、宇江左真理。


 でも、飽きてしまった。で、米国にいたころ買って、読み始めたもののすぐ投げ出してしまった小説本を持参したところ、これが意外に面白く、はまりそうになっています。退屈したら子守唄代わりにして眠ってやろうという魂胆だったのに。


 Milan Kundera の "The Book of Laughter and Forgetting" です。


 この著者は有名な人ですが、私はなんとなく敬遠していたのだ。短編集ですが最初のやつを辛抱すれば、私の好きなヤロスラフ・ハシェクの流れを汲むチェコのユーモア小説であることが読み取れて、そうわかればこちらも鑑賞する方角が定まる。

 おかしかったのは、つい先日まで時代小説浸りになっていたため、書かれているシチュエーションを江戸時代に置き換えたらどうなるか、とか時代小説の日本語文体に置き換えられないかとか頭の中で考えてしまうこと。これはもう、職業病としか言いようがない。

 この本がすでに邦訳されているかどうかは知りません。しかし藤沢周平風の文体に訳してみたら面白いかもしれないと思ったのは2つ目の「おっ母さん」という短編。これはもう、ものすごく笑える。

 クンデラというのは若い人に人気があると聞きます。しかしたとえば、主人公のカレルという男がエヴァというアモラルな女と友人の留守宅で密会し、ストリップ・ティーズをやらせるのにその家にはクラシック音楽のレコードしかなくて、仕方なくバッハのヴァイオリン曲(おそらく無伴奏パルティータらしい)をBGMにストリップをやる、という場面のおかしみ(電車の中で吹き出してしまいました)などは、東西冷戦の時代を知らない若者によくわかるのだろうか。


 藤沢風はそのうち時間ができたらほんとに試みて、「翻訳屋の手すさび」あたりでご披露するかもしれません。期待しないで待っていてください。

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世にも恐ろしい発想記号

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 セシル・スコット・フォレスターの「ホーンブロワー・シリーズ」に、おそらく史上もっとも恐ろしい発想記号の話が出てくる。

 実は私がこの本を読んだのは昔々で、今は手元にないのでうろ覚えである。だから以下の記事は間違いが多いと思うが、正確なところを知りたい方は本をお読みになってください。


 ホーンブロワーは英国王室海軍(ロイヤル・ネイビー)の軍人である。このシリーズの第一作では一介の士官候補生として登場する彼は、フランス革命からナポレオン戦争の時期を通じて海の男として戦い、やがて七つの海をまたにかける名提督になりおおせる、という波瀾万丈の冒険物語である。英国では国民文学の傑作と目されており、主人公も「ホーンブロワー」というより「ホレイショ」というファーストネームで親しまれている。よく、「イギリスの『鞍馬天狗』」と紹介されている。

 このホーンブロワーは、頭は切れるし勤勉で勇気凛凛、機転がきいてしかも沈着冷静という理想の海軍軍人として描かれているのだが、ひとつ、大きな欠点がある。それは彼が完全無欠な音痴で、大いに劣等感を持っている、というところ。

 なにしろ、彼は自分の国の国家すら歌えない。そう、あの「ドードーレーシードレ、ミーミーファーミーレド」が歌えず、無理して歌うと回りの人は発狂してしまうのだ。

 戦時とはいえ海の上には平穏な時もあって、そういう時は艤装の整備や演習をやる。演習の終わりには乗組員が「右舷組」と「左舷組」にわかれて余興の演芸会をやる。ホーンブロワーは艦長だからどっちの組が勝ちか審判しなければいけないのだが本人は実はなんにもわかっておらず、苦痛以外の何物でもない。しかし踊りは鑑賞できるみたいだから「リズム音痴」ではないらしいが。


 シリーズの後半の方で、ホーンブロワーは二度目の結婚をする。ちなみに一度目の奥さんとは死別し、子供が一人いる。二度目の奥さんはバーバラといって申し分のない女性で、ホーンブロワーとしてはゆっくり水入らずの時を過ごしたかったのだが海軍軍人にはなかなかその暇がない。

 やっとのことで平和な時を得て、夫婦はカリブ海のとある島国(だったと思う)に休暇に出かける。

 ところがところが、そうは問屋がおろしてくれないのだ。ホーンブロワーがその島国に駐屯している英国海軍の司令部に挨拶に行ったところ、そこの司令官めは「これはいいところに来てくださいました。実は命令でしばらくよその基地を訪問しなければならないのですが、その間ここの指揮を執る者がいなくて困っていたのです。助かりました」とか何とかいって、ホーンブロワーに基地の留守番を押しつけ、幕僚を引き連れて出かけてしまうのだ。


 しかたなくホーンブロワーはバーバラを宿屋に残し、自分は基地の司令官の部屋に寝泊まりしていると、ある夜、一人の下士官が部屋を訪れる。反逆者が出たから軍法会議を開いてくれというのだ。

 ホーンブロワーは普段はコワモテにしているが実は気がやさしく、軍法会議なんか大嫌い。テキトーにあしらおうとするのだが、話を聞いているうちに・・・


 その下士官は基地の軍楽隊の指揮者なのである。そして新しく徴用された彼の部下のコルネット吹きが意図的に彼の命令(つまり指揮)に服従しないというのである。

 そんなのどーでもいいじゃん、という態度をとるホーンブロワーに、指揮者は一枚の楽譜を示す。

 「閣下、これをご覧ください。自分が受けた封緘命令なんであります!」

 何?封緘命令だと!?

 封緘命令というのは普通の命令と違う、特別に秘匿を考慮した命令書で、厳重に郵袋に収めて封蝋をし、英国海軍の封印が押してあり、その命令の受領者の氏名と開いて見るべき日時が上書きしてある。そしてこれは絶対に従わなければならず、従わないと重罪に問われるのだ。

 海軍省の馬鹿どもはなんだって楽譜なんぞを封緘命令にしたんだ、とホーンブロワーは思うのだがどうしようもない。海軍軍人が封緘命令に背くわけにはいかないのだ。

 「閣下、この命令書(楽譜)のここをご覧ください。この音はDフラットなんであります。私の部下は何度命令してもここでDナチュラルで演奏するんであります!」

 ホーンブロワーはDフラットもDナチュラルも糞もへったくれもわからないのだ。国歌も歌えないんだから。

 「それで?その男はなぜその・・・Dナチュラルにするんだ?」

 「きゃつに言わせますと、Dフラットでは音が甘くなる、とほざくのであります!」

 ここにいたって音痴のホーンブロワーにもある程度の察しがつく。それはきっと楽譜が間違っているのだ。そして目の前にいる下士官などよりすぐれた才能の持ち主であるそのコルネット吹きにとって、まちがった演奏をするのは良心が許さないのだろう。ホーンブロワーはいきり立っている指揮者を懐柔しようとする。

 「君、現場の指揮官たるもの、命令書をそんなに杓子定規に解さなくてもよいのじゃあないか。それにそれはただの記号であって疑問の余地のない文言ではないではないか。」

 「閣下、お言葉ですがそうはいかないのであります。命令書の同じ箇所に"dolce"と書いてあるんであります!」

 「そ、そうか?」

 「ドルチェとは『甘く』という意味なんであります。」

 「そんなことはわかっとる!」とホーンブロワーは下士官を怒鳴りつける。実はホーンブロワーはフランス語は堪能だがイタリア語はまったくわからない。しかし海軍提督ともあろう者が下士官ごときが知っていることを知りませんでした、というところを見せてはいけないのだ。


 ・・・ともあれ、これで事態が容易ならないことははっきりした。件のコルネット吹きは能力の欠如とか偶然とかのためではなく、(政治的じゃなくて音楽的)信念に基づいた自らの意思で、公然と(楽団員全員が目撃している)上官の命令に不服従なのである。しかもその命令は海軍省当局から来た封緘命令書の中で誤解の余地のない文言でなされており、国王陛下直々の命令と同じ権威と効力があるのである。下士官の指揮者にはまったく落ち度がない。

 これではホーンブロワーには軍法会議を開くしか逃げ道がない。しかも、罪状が公然たる反逆であるという結論もまちがいない。そうなると、司令官として、つまり軍法会議の長でもあるわけだが、ホーンブロワーが下さざるを得ない判決も決まりきっている:


 帆桁の端から下げた綱による絞首刑


 ホーンブロワーの敵はフランス海軍だけではない。自国の海軍部内にも彼をねたみそねみ、折あらば足を引っ張ってやろうという連中がうじゃうじゃいる。もし彼が軍法会議で厳正な判決を下さなかったなどということが知れたら、今度はホーンブロワー自身が身の破滅である。下士官と軍法会議を開く相談をし、彼が立ち去った後でホーンブロワーは頭を抱えてしまう。無理やり海軍に徴用された若い楽師が単に軍楽を正しく演奏したというだけで殺さなきゃならないのか?・・・そんなことをしたら自分で自分を一生許せなくなるだろう・・・!





 ・・・と、ここでこの記事はおしまいにしましょう。あとは作品をお読みになってください。ちょっとだけお知らせしておくと、このエピソードは意外な人物の活躍により、ハッピーエンドに終わります。しかも、ホーンブロワー自身、生まれて初めて音楽に感動を味わい、読者と共に「完全無欠な音痴などこの世に存在しない」ことを納得する、というおまけつき。

信用詐欺

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 このブログを読みに来てくださる方には「のだめカンタービレ」という漫画の愛読者が多いのではないだろうか。実際、読んでくださった方のブログのプロフィールなどを拝見すると、この作品を愛読マンガに挙げておられる方が多い。

 私もあの漫画は好きである。雑誌は読まないが単行本は全部そろえている。


 まず、エピソードがおもしろい。主人公二人の通うのが音大で、奇人変人が揃っているという設定である。その上、外国からやってきた客員の教官が怪人と来ており、時代設定がバブル崩壊後の混沌とした現代だから、次から次へと奇想天外なできごとを紡ぎだせるというわけだ。

 私は音大生の実際の生活などはぜんぜん知らない。私が若かりし日々に通った大学はもう一つの学園もの「動物のお医者さん」のモデルとなった地方の国立大学で、しかも獣医学部などではなく堅い堅い文系学部であったから、教官も学生もまったくの常識人・教養人ばかりで構成される退屈な世界であった。実は私自身、現在「まとも」でない生き方をしている割には自分でも呆れかえるほどの鉄壁の常識人である。だから音大とか美大とかはもっとも想像しにくい世界なのだ。

 しかし「のだめ」以外にも私は音大の内部を垣間見させてくれる作品を読んでいる。それは指揮者の故岩城宏之が書いた「森の歌」という実録物で、このタイトルはショスタコーヴィッチの作品のそれから採っているのだが、同時に「上野の森」を意味しているのは言うまでもない。これも奇人変人(中でも極めつけは山本直純)が大量に登場する上、時代はやはり混沌とした戦後である。エピソードの奇抜さは「のだめ」にひけをとらない上、こちらはすべてリアルである。抱腹絶倒。残念ながら絶版になっているが、図書館などにはあるから機会がおありになればぜひご一読をお勧めする。

 「のだめ」に話をもどすが、あのマンガのもう一つの魅力は、作中で音楽が演奏される場面の描写だろう。特にオケの曲だと独奏楽器の様子を絵で追っていて、頭の中で音を鳴らせる趣向になっている。しかしこれがために、主人公たちが日本の音大を卒業してヨーロッパに留学してからは、だんだん音楽上の難題に取り組むようになってきて奇想天外ぶりは収まってきてしまった。どうも私は初めの方の学園ものムードの方が楽しめたようである。


 ところで皆様は、のだめ、千秋という主人公二人のうち、どちらにより共感できるだろうか?


 おそらく作者の意図とは違うのだろうが、私は断然、千秋である。彼は常識人だが、三点、例外がある。一つには彼はとんでもない金持ちのボンボンである。二つに彼はPTSDを患っている。三つ、彼は音楽をやらせるとひどく厳格である。

 これぐらいなら私の共感の妨げにはならない。金持ちボンボンは少女マンガのお約束にすぎないから無視できるし、PTSDはあの程度ならありふれている。音楽家がリゴリスティックなのはごく普通だし、誰しも仕事や学問とあれば厳格にならざるを得ない。私にしたって音楽はいい加減でも自分の専門では千秋以上に厳格だ。よく千秋のことを「俺様な男」と表現してあるが、音楽をやっていない時の彼は私にはごく普通に見える。よくありがちな、変に謙虚だったり卑屈だったりしないだけむしろ素直で、好感がもてる。

 のだめの方はとてもじゃないが共感の対象になりえない。音楽の非凡ぶりと現代の若い女にありがちなしゃらくさい成功回避型の性格はさておき、日頃の生活ぶりが異常すぎる。まず、彼女は実際にはあり得ないほどミーハーに歪んでいて、かてて加えて変態性欲の持ち主である。偶然出会ったにすぎない千秋に一方的に思慕の情を寄せるのはいいとして、彼を盗み撮りしたり、タバコの吸い殻を集めたり、衣服を嗅いで発情する・・・などなど、あれではもう変態の域を越えてれっきとした変質者である。現実の世界だったらいくら音楽の才能があろうとあんなのを我慢する常識人の男はまずありえまい。この点で千秋はほとんど奇蹟的な聖人扱いである。


 ・・・というわけで、あの作品は音楽関係のもろもろを取り除いてしまえば「お人好しで常識的な王子様が欠点だらけのシンデレラに振り回されて、おそらくおしまいにはつかまってゴールイン」という、お約束な展開の漫画といえるのであろう。しかも編集者の意向で結末をできるだけ引き延ばしているところなんかも定型的である。ただそういう展開の作品で甘ったれた少女願望を代行してあげるのに、現代という相互不信がいきわたった社会状況はいかにも作者に不利だ。登場人物が音楽家でなかったら、野垂れ死にしかねない。「音楽がなかったら・・・」じつに平凡な作品にすぎないと思うのだが、いかがだろうか。

ゲリラ

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ウッディー&ウィンディーな日々-Guerrilla Warfare


 私はルワンダのジェノサイドに関する本を読み続けている。以前から述べてきたことだが、私がこの事件に関心を持ったきっかけは、仕事を通じてこの事件についていくらかのことを知り、事件そのものの恐ろしさ、悲惨さに震撼されたことと、冷戦後のアフリカ社会の激動についていかに無知であったかを思い知らされたことだった。中でも特に恐ろしかったのは―多くの人の証言や研究に見られるのだが―虐殺の直接の実行者の多くが軍隊でも警察でも民兵組織でもなく、普通の市民が直接に手を下したということだ。犠牲者の多くは隣人に殺戮されたのだ。

 だからどうしてそのような言語道断な大衆動員が可能だったのかが私の関心なのだが、とはいえやはり、ジェノサイドを計画したプロはちゃんといて、彼らが意図的に動員したことはまちがいない。だから彼らの意図についてもできるだけ正確に知っておきたいと考えている。

 そこで、私にとってひとつ大きなハンディになることがある。ジェノサイドは戦争とは別物だとはいえ、当時ルワンダの国で内戦が進行していたことは事実なのだ。そしてその内戦は、正規軍であるルワンダ政府軍と、亡命した富裕なルワンダ人たちのディアスポラと隣国(ウガンダ)に支援された反政府ゲリラの間の戦争だった。私は軍事にまったく詳しくないので、内戦とジェノサイドの結びつきがよく理解できない。

 特に私にとって問題となるのは、たとえばこの事件なのだ。私の世代(50歳代)の人でこれを憶えている方は多いだろうと思う。どうしてかというと、この事件の当時、ヴェトナムの民間人が大量に殺されていることは私たち日本人にとってはそれこそ耳にタコができるほど聞かされて、そして年若かった私なんかは自分たちの繁栄が彼らの犠牲によって成り立っていることはあまりにも明らかだったから、罪深く感じていたほどなのに対して、アメリカ人にとってはこの事件はまるで寝耳に水といわんばかりの大騒ぎになったからだ。

 そこで私は進行中の紛争というものは、メディア・カヴァレージとその受け取られ方が当事国内と国外で大きく異なる場合があることを知ったわけだけれども、かなしいかな、現在でもアメリカでは自国の軍隊がヴェトナムで民間人に残虐行為を働いていたことを知らされていなかったり、知らされていても否認する人は多い。そういった否認論にとって、殺されたのは実際には民間人に化けたゲリラだったに違いない、というのが要だ。無論我々はそんなことを信じてはいないし、アメリカ人の間に、自国の軍隊の汚点を否認しないのは「自虐的」だからまかりならん、というような見え透いたイデオロギー宣伝が大手を振ってまかり通っているわけでもないけれども。

 ではルワンダの場合はどうだったのだろうか?ジェノサイド当時のルワンダ政府は、もちろん虐殺を、自国内に侵入、潜伏しているゲリラや、ゲリラに「洗脳」された裏切り者を一掃するためだ、と言っていたし、現在まだ進行している国際法廷での弁護側もそう主張している。ダレール将軍の本にも、そういうプロパガンダとテロを組み合わせて国連平和維持軍を騙そう、あるいはその声望を傷つけようとする偽罔作戦のたぐいが出てくる。

 もちろんそういうことを信じている人は少ないわけだが、しかしどうだろうか。そうした主張にはまったく信憑性はないのだろうか。ゲリラ側から見たら、戦争するために有効な手段なら何でもやっただろうと考える方が自然ではないだろうか。ここのところがよくわからないものだから、私はとりあえず松村劭氏の「ゲリラの戦争学」というのを図書館で見つけて読んでみた。

 彼は蕉風の俳諧に似て不易と流行を説く。つまり戦史の分析だ。私の疑問に対する直接の回答はなかったが、古今のゲリラ戦を分析していて、大いに参考になった。まず、ルワンダのゲリラ(現在の政府の母体)であるRPFがゲリラ戦をうまく遂行するための条件を満たしていたことがわかる。いわく:


(1) ゲリラ・テロを組織的に実行するためには、カリスマ的指導者と秘密結社が必要である。

(2) ゲリラ戦の総司令部は、討伐部隊の戦場外の聖域に設ける。司令部が逃げ回っていては、それぞれに連携のあるゲリラ戦を指揮できないからだ。

(3) ゲリラ戦の戦場となる一般市民の支援を獲得する。

(4) ゲリラ戦では原則として決戦しない。・・・すぐれた機動力を持っていることが条件である。


RPFはこれらを、(3)を除いて満たしていた。だからこそ、装備では優る政府軍を相手に成功できたと納得される。しかし(3)については、一般市民はRPFを非常に怖がっていたし、自分たちの政府に対しては非常に従順か無関心で、組織的な反政府活動などはなかったとされている。今一度しかし、そしておそらく、一般市民としてもRPFに対して好意的な中立の立場だったのではないだろうか。というのは当時のルワンダ政府というのが腐敗していた上にひどく強権的・抑圧的で、松村氏が力説している「安全保障と行動の自由」をよりよく市民に与えてくれそうだったのはRPFの方だったろう、と推測できるからだ。事実、RPFはのちになって松村氏の言うように「正規軍化」するチャンスを掴み、前進して全土を制圧するのだが、確保した地域で一般市民をひどく取り扱った例は散発的にしか報告されていない。ただし、RPFを恐れて逃亡した虐殺の下手人たちを含む膨大な難民たちとの間では、トラブルを起こしてしまい、これがひいては現在の東コンゴの紛争へと結びついていってしまったのだが。


 またゲリラにとって、相手側や第三者の世論を味方につけることは非常に大事であることも納得がいった。松村氏は言う:


 「ゲリラ戦やテロリズムは、ギリギリの瀬戸際での抵抗で、国際世論や国連を味方にするものでなければならない。

 例えば、ソ連のアフガニスタン侵攻に対してアフガン・ゲリラやテロリストはソ連市民を攻撃しなかったので、比較的、国際世論を味方にすることができた。

 これに比べ、チェチェンのゲリラ部隊とテロ部隊は、モスクワの一般市民を攻撃したために、国際世論の同情を失っている。」


今、この洞察が正しいとすれば、ジェノサイド当時のルワンダ政府軍は、完全に誤った、非合理的な対ゲリラ戦略をとっていたことになる。そしてRPFは、確かにルワンダ市民を攻撃対象にはしなかった。つまりルワンダ政府軍側はプロパガンダ戦に決定的に負けたわけだ(松村氏のような人にとって、メディアとはすべからくプロパガンダそのものであり、「世論」とはその成果にほかならないのだろうと思われる。これにはおそらくダレール将軍やRPFのカガメ将軍(現大統領)も同意するだろう)。ゲリラ側からすれば、相手方の支配する地域に工作員を送り込んだり民間人を攻撃したり「洗脳」したりすることは、戦術的には魅力があるかもしれないが、戦略的には第三者の世論を敵に回すリスクを冒すことになる。RPFがそういうことを組織的にやったというのは、やはりありそうもない。彼らは国際社会や国連に対して非常に批判的だったけれども、そこからの支援を必要としていたことも間違いないからだ。


 全体として松村氏の本は、軍事に無知な私にとって示唆的であったけれども、私には完全には納得のいかない強引な論述もある。たとえば松村氏はゲリラや軍隊に対する戦略爆撃の無効を唱えていて、それは相手の士気を減殺することができない、というアメリカ軍の分析に依拠している。確かにヴェトナムではそうだった。しかし大日本帝国は戦略爆撃の後、無条件降伏したではないか、というありうる反論に対しては、それは爆撃の後に地上部隊が侵攻してくることが明らかだったからだ、としている。私にはこれはやや唐突かつ強引に思える。また、ではなぜアメリカ軍はそういう分析をしていながら朝鮮半島やヴェトナムでは戦略爆撃をやったのか、というこれもありうる疑問に対して、それはアメリカの政治家が戦略爆撃無効という分析結果を政治的都合で隠ぺいしたからだ、としている。これもなにかひたすら政治家を悪役にしていて、私にはとってつけたように見える。ここらあたりは、なにやらルサンチマンがそこはかとなく感じられて、本書のせっかくの格調を損なっているように思う。

 また彼はあるところで国連の平和維持活動のようなものは無力である旨、述べている。これは一見、健全な現実主義に見えて、その実、歴史の過剰な外挿であるように思う。平和維持活動が有効だった事例もあるし、またこれまでの失敗を教訓に、いままで持ち得なかった安価で強力な機能(たとえばカウンター・プロパガンダやジャミング)を持たせることはできるはずだ。相手が誤った、非合理的な戦略をとって自滅しようとしているなら、早いタイミングならその点を衝いて交渉、説得に持ち込むこともできるかもしれない(軍人でも何でもない国際赤十字のガイヤール医師はこの点を理解していた。思うに現実主義を心がけるのは結構であるにしても、軍事的現実にしろ政治的現実にしろ、およそ現実と名のつく一切は、一元的な対応を許さない。現場で働くのは常に多元的なものなのだ)。


 ところで私はこの本を読んだあと、日本語版のウィキペディアがゲリラ戦について何を教えてくれるかと思ってのぞいてみて驚いた↓


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B2%E3%83%AA%E3%83%A9

こりゃ一体何ですか?まるで内容がない。ゲリラとはいったいどういう編成、戦術をとるもので、どういう場合は失敗し、成功するにはどういう条件がいるか、というような要点をすっとばして、ゲリラと一般市民が混交した状態での法律的問題に迷い込んで頓挫している。どうして百科事典の項目記事が一々そんな法的詳細に踏み込まなけりゃならない?全然ダメ。一般市民の支持が得られません!

 同じテーマの英語版を見ると↓


http://en.wikipedia.org/wiki/Guerrilla_warfare


・・・勝負あった。これぐらいでなくちゃ百科事典とはいえないでしょう。能力においても志操においても「百科事典編集者」としての資質の彼我に雲泥の相違が認められるではないか。同時に、軍事技術の面では松村氏の見方が英米式であるらしいことも読み取れる。

アフリカはどこへ?

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DarfurInterpreter
 これは、同業者が書いた本である。

 著者のダウド・ハリ氏はスーダンはダルフール地方の出身で、土地の言葉と英語の通訳として、現在も進行中の大虐殺を報じるメディアの最前線で働いている。

 同業者だから、業務内容には似たところがあるが、状況が全然違う。まず、この仕事をやるようになったいきさつが極端に違う。私は安全な場所にいて、自分ひとりの身すぎ世すぎのために仕方がないから、まあやってみるか、である。このハリ氏の場合は仲間を家族を人間性を守るための、からだを張った戦いの一環である。志のレベルが全然違う。お客さんも違う。私のお客さんはエンジニアだが、彼のお客さんは戦場ジャーナリストだ。まあ、比較してもしょうがない。ばかばかしくなる。


 比較するならやはり、とりあえずよく引き合いに出されるルワンダ内戦の方でしょう。この二つの惨事には地理的には同じアフリカでも直接の政治的因果連関はない(間接的にはたくさんある。たとえば今チャドの難民キャンプで使用されているテントの一部は、かつてルワンダや東コンゴで使用されていたもののなれの果てであったことが本書の中で述べられている)。またこの二つの惨事の間には、二次にわたるコンゴ戦争という大動乱があった。この動乱の余波は今も熾烈に燃えさかっていて、東コンゴの混沌とした情勢は予断を許さない。

 相違点が目を引く。というのはやはり、ルワンダでは惨事が三か月でひとまず終息したのに対し、ダルフールの方は勃発してからやがて六年になろうというのに、一向収まる気配もない。人的被害の規模も(余波を別にすれば)ダルフールの方がずっと大きい。

 虐殺を引き起こしているのは、ルワンダの場合と同様、腐敗した政府と思われる。地域的な利権がからんでいて、民族や宗教・イデオロギーのからみは希薄であることも同様(ここのところで、冷戦期の紛争だったら「背後で操っているのはどの大国か?」を問えば、一応理解した気になれたものだが、冷戦後のアフリカは違うのだ。確かに大国は関係している。特に中国が。しかし「操っている」とは言えそうにない)。しかし違うのは、ルワンダでは被害者側に大きなディアスポラがあり、それが反政府側を強力に支えていたのに対し、ダルフールの虐殺被害者は歴史的にディアスポラを形成しては来ず、反政府側はひどく弱体であること。

 下手人どもの殺しの手口もだいぶ違う。ルワンダではマチェーテが中性子爆弾を時代遅れにした、と言われ、下手人どもは山間部の道路封鎖で犠牲者を逃げられないようにして切り刻み、教会や学校に押し込めて擲弾で吹っ飛ばしたが放火はあまり用いなかった。ダルフールでははじめから爆撃機が使用され、それから自動車化した民兵が包囲攻撃し、集落ごと焼き払ってしまう。


 ルワンダ内戦から十余年。外部世界はアフリカの惨事に対して未だに無力であるようにみえる。いや、ダルフールの場合はさらに、アフリカ人たち自身による介入も無力であるかにみえる。かつて国連が現地の人々から不信の目で見られていたように、今度はAUの介入も不信を醸している。虐殺の経験を持つルワンダの軍隊も、平和維持部隊を送ったもののほとんど何もできずに引き揚げてしまった…。


 ひたすら悲惨な状況と著者本人の死活にかかわる緊迫した話が、不思議に淡々と記述されている。読んでいて多少とも気が休まるのは、著者をめぐる現地の人々の暮らしぶり、心のつながりが描かれていること、また支援ボランティアやメディアの活動がかつての惨事から多くを学んだらしく、少しは効果を上げているのが窺えることぐらい。

急いで訂正

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 前回の記事で Linda R. Melvern の "A People Betrayed: The role of the West in Rwanda's genocide" について、まだ読み始めたばかりなのに「今まで読んだ本から得られた以上の情報はほとんどない」などと早まったことを書いてしまった。実は昨日の通勤電車でもう少しばかり読み進めたところ、私が全然知らなかったことが書いてあった。メルバーンさんごめんなさい。


 1990年10月、ルワンダの反政府軍 RPA (RPF の軍事部門で、同一視されて RPF と呼ばれていることもある) がウガンダ領からルワンダに侵攻した。慌てたルワンダ政府はフランスに救援を要請する一方、その他の好意的な外国に武器の購入を交渉し始めた。このときエジプト政府(ムバラク政権)が売ってくれたのだが、このときエジプト側にあってルワンダの駐エジプト大使セレスティン・カバンダ氏のために尽力したのが、誰あろう、時の外交担当大臣、ブトロス・ブトロス=ガーリ氏であったというのだ。

 これは単なる噂話ではなく、交渉がうまくいってエジプト政府がそれまでの武器禁輸政策を翻し、ルワンダに大量の武器を供給したのちになって、ブトロス=ガーリ氏はカバンダ氏およびルワンダの外相ビジムング氏からそれぞれ礼状を受け取っている、とのこと(メルバーン氏がブトロス=ガーリ氏に直接インタビューして聞き出した)。

 さてこのときルワンダ政府軍に渡った武器だが総額約589万USドルに及ぶ。買った品物の中身は:


 擲弾60,000キロ

 弾薬2百万発

 82ミリおよび120ミリ迫撃砲弾18,000発

 突撃ライフル4,200丁

 ロケット弾とロケット・ランチャー(数量不詳)


・・・ブトロス=ガーリ氏といえば、その後1992年から国連事務総長を勤め、虐殺事件当時もその職にあり、その後国連改革をめぐって米国と対立して1996年に辞任した人である。虐殺事件当時ルワンダ派遣国連平和維持軍の総指揮を執っていたのはこの人の特別代理であったのだ・・・。

乱読もきわまれり

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 通勤電車図書室より。


 ルワンダ関係は、Gerard Prunier の "The Rwanda Crisis" は読み終えた。今は Linda R. Melvern の "A People Betrayed: The role of the West in Rwanda's genocide" を読んでいる。これを読み終えたら Scott Straus の "The Order of the Genocide" を読み、それからいよいよ私の関心がだんだん集中してきたヘイトメディア RTLMC の放送内容についての詳細な分析、Hege Løvdal Gulseth の博士論文を読む予定。

 Prunier の本は、もともとクロニクル的にいえば当時の反政府軍が勝利して首都を掌握し、新政府を作ったあたりで終わっているのだが、私の読んだのは1997年に出た改訂版で、新たに一章を追加してその後の事態の進展をフォローするとともに、若干スタンスを変化させている。

 彼の姿勢は一貫してフランス(当時はミッテラン政権下)に対して批判的で、これは追加された一章においても変らない。初版の部分では虐殺事件当時の反政府軍RPFについてはきわめて好意的な記述に終始していたのだが、改訂版の追加の章ではこの点が改められている。もっともこれは著者のスタンスの変化というより、その後の諸事件に現われたRPFの体質の変化を反映しているだけかもしれない。いずれにしろ、1997年で擱筆されているから、二次に渡るコンゴ戦争を含めたその後の事件は当然カヴァーされていない。著者が現在この地域の現代史にどんな見解を抱いているか、知りたいところだ。

 Melvern の本は読み始めたばかりだが、今まで読んだ本から得られた以上の情報はほとんどない。わずかに、カトリック教会が何ゆえに Hutu 人の旧政権に対して好意的で、虐殺に対しては無力だったのかの説明は納得がいった。1950~1960年代はじめまでの Tutsi 人の王政だった時代、Hutu 人は抑圧されており、教育を受けられたのはカトリック教会の学校が主だったので、のちに政権を握ることになる Hutu 人の有力者達はみんなカトリックの学校で知識を身につけ、卒業生のネットワークを通じて影響力を行使していったわけだ。聖職者にも Hutu 人が多く、これが虐殺事件の時には災いを拡大する一因となった。

 この関係の読書が一段落したら、詳細なクロニクルを年表形式で作ってみたい。


 さてそれ以外の本だが、前々から読みたいと思っていた陸奥宗光の「蹇々録」を入手したので早速読んでしまった。さすが名著の誉れ高いだけあって非常におもしろかった。日清戦争当時の外交の記録なのだが、陸奥宗光という外務大臣は我が強く、ものすごい自信家であるとともに、シニカルな現実主義者である。そういう人から見て、日本の国民がどのように度し難く見えていたかが如実にわかって興味深かった。

 さはあれ、外交官の sincerity という奴はどこまでいっても一般人のようには気をゆるせないので、たとえばすでにこの時点で明治政府は巨額の外交機密費の類を支出しているし、その他にも内外いろいろな筋からの提供もあったに違いなくて、そのカネの遣い道を考えたのはもちろん陸奥に決まっているのだが、それについては全然言及がない。もっとも言及したら「蹇々録」は公刊できなかっただろうし、陸奥自身も危険だっただろうけど。


     *     *     *     *     *


 このごろときどき、カフカのアフォリズムを読み返している(吉田仙太郎訳、平凡社ライブラリー版)。

 カフカといえば不安と孤独にみちた非現実的で幻想的な作品を書いた作家、ということで有名であり、実際そのとおりなのだが、アフォリズムはまた一味違ったおもむきがある。いや、依然として不安と孤独に満ち満ちていることに変わりはないのだが、その他に、彼が理路整然と物を考える、ちゃんとした常識人の一面を持っていたことも知れるのだ。たとえば、若書きとおぼしきこんな部分がある:


 「お前と世界との決闘に際しては、世界に介添えせよ。」

 「人は誰をも騙してはいけない、また世界を騙してその勝利を奪うことも。」


 これは、あっぱれ科学者の信条として充分通用する、批判的な思考法と言えるのではないか。

 ただここにおいてカフカがユニークで、そういってよければ異常なのは、科学者ならばこうした教義をもっぱら、自然の解明を通じた世界の理解にあたって自分に課せられた戒律として思い描くであろうところを、カフカのこの厳しい省察は、あろうことか「善と悪」の問題との対峙に際して課されており、倫理的問題についてのアフォリズムの長大なシリーズの中に置かれていることだ。


 「存在するのは、ひとつの精神的世界以外のなにものでもない。われわれが感覚的世界と呼ぶものは精神的世界における悪であり、われわれが悪の世界と呼ぶものは、われわれの永遠の進展を刻む一瞬の、ひとつの必然性にすぎない。」


 ・・・こういう不幸なくだりを読むと、カフカをただ非現実的な夢想家と呼んですますことができないのはもちろん、彼を一種現実的で堅実、実直な生活者とみなさないわけにはいかないだろうとあらためて思う。また、彼がミクロでドメスティックなものごとに注意を集中しているかのように見えるからといって、瑣末主義の廉をもって彼を咎めることもできないのだ。

またまたキナくさい

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 以前、ダレール将軍の本を紹介したルワンダ共和国のことだけれど、その後も通勤電車図書室で何冊かの本を読んだ。どれも興味深かった。

 読んだ本:


Philip Gourevitch, 1998, We wish to inform you that tomorrow we will be killed with our families, Picador.

 著者はジャーナリストで虐殺から1年後の1995年から1997年にかけてルワンダを訪れている。この本はそのときの見聞と虐殺前後の状況をまとめたもの。のちのコンゴ戦争までカバーしていて、読み物としてよくできている。これは邦訳があることを読んだ後になって発見した。


Shaharyar M. Khan, 2000, The Shallow Grave of Rwanda, I.B.Tauris.

 著者はパキスタンの外交官で、虐殺後に国連平和維持軍の文官代表(国連事務総長特別代理)を引き継いで、同軍が引き上げるまでの戦後処理を担当した。ダレール将軍とも、一時期一緒に仕事をしている。単に出来事を追うだけでなく、外交官の眼から見て、虐殺を予防するには国際組織は何をどうしたらよいか、どういう準備が必要か、を語っている。特に常設の対応軍が必要であること、また国連軍と人道支援組織その他文民との連携のありかたなどを論じていて、実際に担当しただけに説得力がある。


 いま読んでいる本:


Gerard Prunier, 1995, The Rwand Crisis -History of Genocide-, Hurst.

 著者はフランス人で、有名なアフリカの政治史研究者。この本を読んでいると、アフリカの人々から見た世界史とその帰結である現在の世界というものが、いかに我々のそれからかけ離れているかが思いやられる。これほど重要な歴史的大変革が90年代のアフリカで進行していたというのに、私は当時、まるで気づいていなかった。アフリカはもはや冷戦期のアフリカではない。完全に変ってしまった。また著者はフランスの政界にも詳しいので、ルワンダの内戦と虐殺においてフランスがなぜ、どのような政策をとったか、またそれがいかに誤まりに満ちたものであったかが理解できる。

 繰返しになるが、ルワンダ内戦以降のサブサハラにおける紛争は、もはやかつての代理戦争ではないし、「部族間戦争」でもない。では何なのか?それがわかれば惨事を予防する第一歩になるはずだが、その答はまだ見えていないと私は思う。


 これから読む本:


Linda R. Melvern, 2000, A People Betrayed -the Role of the West in Rwanda's Genocide-, NEAP.


 この他、いくつかの論文を入手した。特に私が関心があるのは:


Hege Løvdal Gulseth, 2004, The Use of Propaganda in the Rwandan Genocide -A Study of Radio-Télévision Libre des Mille Collines (RTLM)-, A Thesis for the Cand. polit. degree at the Department of Political Science, University of Oslo.


 これは博士論文。大虐殺に荷担して重要な役割を果たした hate media の放送内容の詳細な分析。


 そうこうしているうちに、中部アフリカの情勢はまたまた険しくなりかかっているようだ。まず、ルワンダの隣の大国、コンゴ民主共和国で大統領選挙があり、混乱と政争ののち、若い現職のカビラ氏が一応勝利を収めた。ルワンダの大虐殺のあと、コンゴでは二度に渡って大戦争が行われ、新生ルワンダもウガンダやブルンディとともに参戦したのだけれども、このカビラ氏はそのときの中心人物の一人で、腐敗したモブツ政権を打倒したものの自らも暗殺されてしまった元大統領、カビラ氏の子息。

 さらに、つい先日ルワンダがフランスと国交断絶したというニュースが飛び込んできた。大虐殺事件直前、ルワンダの大統領ハビャリマナ氏の乗った飛行機が何者かに撃墜され暗殺されたのだが、実はこのテロを指令したのが当時の反政府軍の指導者で現大統領であるポール・カガメ氏なのではないか、という疑惑が以前からあった。これを真に受ける人は多くないのだが、フランス政府はこの疑惑を追及し、元反政府軍士官の証言やその他の証拠に基づいて、フランスの司法当局がカガメ大統領を召喚するに到った。国交断絶はこれに対するルワンダ政府の対抗措置だ。

 カガメ氏は先日訪日したばかりだ。疑惑はにわかに信じ難いが、かといって一笑に付してしまえるほど荒唐無稽でもない。一国の大統領だからこの召喚に応じなくてもよい特権を持っているのだが、隣国のタンザニアには国際法廷があって、ここから呼び出された場合には特権を行使できない。


 フランスの動機はどうも胡散臭いが、ダルフールでまだ虐殺が続く中、新たな紛争の火種が撒かれているのでなければよいのだが・・・。