しかしある意味、

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 今、我々が置かれている状況は天からの思いがけない賜物のようなものだともいえるのではないだろうか。

 財産にも才能にも恵まれているというのに、生きる意味も愉しみも見つけられないでいたずらに滅んでいく人々はいくらもいるのだ。というか、そういう人々の方が多いのだ。
 今の我々は、意味や愉しみを探し求める必要はない。生き残ること、サバイバルがすべてで、それがなしとげられればそれだけで少なくとも意味はある。

 もしそうであるならば・・・貧しさよ、われらの内から照らす光であり続けよ!
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アンデルセンばっか

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 週末、土曜日は午前中、副業。しかし不調。
 土曜日午後と日曜日はフルート練習に狂奔しました。15時間ぐらい。基本練習を別にするとアンデルセン 21-6 ばっかり。もう、頭の中が一杯一杯です。

 まあ、普通に通るようにはなってきましたが、まだまだ。旋律と和音の音色をしっかり変化をつけ、かつ和音は幹音を意識して吹こうとすると、急速に難しくなってテンポが落ちます。
 旋律は遠くに飛ぶように倍音の少ない音色で。和音は逆に倍音の多い、暗めの音で。

 まだまだ時間かかるなあ。
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 それは、大変疑わしい。

 こういうご時勢だから、世を挙げて最適化、効率化に走る。特に企業は奔る。私の職場にもそういう最適化のためのソフトウェアの類の技術文書がわんさと来ている。

 でもねえ、最適化とは、常に「与えられた状況への最適化」だからね。

 行動を、ある現前の状況に最適化するために持てるリソースを投入してしまえば、それは「状況への特化」ということになる。他の状況に最適化すべく投入できるリソースは、もう残されていないのが普通だからだ。
 その暁になって、状況が急激に変わったとしたらどうなる?

 おそらく生き残るのは、何にも最適化などせず、効率をそういう形では追求しなかった、versatile なタイプの企業であり、個人である可能性が高いだろう。見かけは無駄なことばっかりしているように見えて、しかしなぜかいつも生き残る奴。そういうの、あなたの回りにもいませんか?

 大体、最適化による効率の追求を語る向きはそういうアイデアを進化論からのアナロジーか、古典派経済学からのアナロジーに依拠して発想していることが多い。
 でもねえ、ある環境において非常にうまく最適化、特化して繁栄する生物は、実は絶滅する危険を一番多く抱えているのだということはわかっている。リカードー派の経済学について言えば、あれも特定の状況を前提にした話だ。

 音楽の様式も、同じようなものかもしれないね。
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お金はなくとも

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 通勤定期が24日に切れるので、そこから給料日までの数日はパスモをチャージしなければならない。ということは最低、その分のカネは確保しておかねばならん。

 ぎりぎりだ。タバコも買えん。いっそ禁煙するか?

 しかし、食料だけはある。日用品もある。こういう人生をやっているから、お金にゆとりのある時期に保存食料や日用品の大安売りを見かけたときなどに買いためて、「篭城用兵糧」としてある物資がものを言う。

 実はタバコもある。葉巻だけど。酒もある。これこそもったいない、純モルトのスコッチ。

 今オフィスですが、帰ったら本日夕食は何にしよう。缶詰との相談になるが、たぶん、鯖水煮缶でご飯を食べ、食後はハギス(これも缶詰)でスコッチ・オン・ザ・ロック、ということに。

また金欠病

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 今の職場の給料は「15日締めの27日払い」、そして私が勤め始めたのは昨年11月26日から。と、いうことは・・・そーでーす。昨年12月27日にもらった給料はまともなものじゃなかったのだ。
 そういうわけで生活費が底をついてきた。もちろん財政全般の建て直しなどまだ視界に入ってこない。

 ま、なんとか次の給料日まで持ちこたえるしかない。しばらくはこういう状態が続くな。

 フルートを演奏していると、演奏雑音が気になってきた。キーがカチカチ、ネチャネチャいっている。随分何年も掃除をしていないからなあ。今週末は分解掃除しようっと。

アンデルセン Op21-7

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 6番はだんだんできてきて、まだまだ時間かかるけど目途は立ったようなので前倒しで7番を始めました。

 ある意味、6番と似たような、旋律と和音を対照させつつ笛一本で吹いちゃおうという・・・。
 でも6番ほどいろんな要素テンコ盛りではないので吹きやすいです。アンデルセンで久々に初見が通りました(あっちこっちキズだらけルバートだらけではありましたが)。

やっと金曜日

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 明日は練習できるぞ!

 だから、今日の仕事をがんばろう。

 ただ、職場を辞める同僚がいて、本日夜は送別会、そして明日は早朝から午前中はフクギョーなのだ。そこまでやらないと生活できない。エネルギーが切れないように気をつけよう。
 ひょっとすると、現在の練習時間問題を解決するには引っ越して職住接近を図るしかないのかも、と考え始めた。私の最寄の駅から職場の最寄の駅まで、数えてみたら20も駅があり、乗り換えは最低4回、普通は5回、ひどいときは6回になる。朝、マーラーだのショスタコだのの長大な交響曲を聴きながら出かけると、職場に着くいくつも前の駅で曲が終わってしまう。
 まあ、通勤電車の中では、駅と駅の感覚を利用して、座禅の「小周天」法を応用した呼吸法の練習やタンギングの練習はしている。でも、やっぱり楽器がないと。
 このエチュード、音符が多いというだけでなく、記譜法の中にいろいろな要素が盛り込まれていて、油断ならない曲である。まず、表現記号は Andantino で8分音符=96、とここまでは何の変哲もない。メカニカルな難所も特にないが、演奏の手がかりは拍子記号の中にある。8分の3拍子。この3拍子の一拍づつに32分音符が4つ、はめこまれているのだが、これが真正の3拍子である小節と、2+1リズムになっている小節がある(例:9,13,14小節)。
 前者の多くにおいては、各拍の最初の32分音符が同時に8分音符とみなされてバーで結んで3つ組にしてあるからすぐ見分けがつく。この最初の32分音符は旋律線で、おおむねスケールでできており、スタッカートおよびアクセント記号が上下に分けてついていて、強調して一拍分響かせるべきものであることがわかるし、この動きは音形やダイナミックスとも連動している。
 細かく和音が動いていくからまったく油断も隙もない。かつ、テンポを上げたときもスタッカートとレガートの対比は明確であるべきだ。音色を変えたいな。
 後者の2+1のリズムの部分も、易しくない。これらは3拍子のリズムのフレーズの間をつなぐブリッジの部分であって、丁寧に、かつ十分に歌うべきアルペジオである。上側に4分音符のポールと8分音符・休符でリズムが指示されている。さらに続きの2小節をスケール的に演奏すべき部分もあって8分休符で指示されている。
 また、1箇所だけ、付点のついたリズムが2小節分ある(24-29小節)が、これもていねいに、かつ音楽的に演奏すべきだ。転調は、一箇所もない。提示部と再現部だけの中抜きという感じ。

 元々音符が多くて黒っぽかった譜面が、書き込みだらけでさらに真っ黒になってしまった。うーん・・・これは時間がかかるぞ。

自己レス>れっすん

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 やってない。
 体験レッスン、やってない。

 どうもあんまりはやっていない教室らしく、なにかさむざむとした雰囲気だ。世の中と同じだね。先生たちも喰っていくのが大変だろうなあ・・・。

 しかし生徒の方も、レッスン料をひねくりだすのさえ、これまたなかなか大変なのですわ。