独断と偏見の日記帳

国際結婚した男の日々の言いたい放題のブログです。


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 いまの歌舞伎界において、かつてのエンターテインメントとしての歌舞伎を取り戻そうと躍動していた中村勘三郎が逝ってしまった。


 なんなのか、この喪失感のようなものは・・・。これまで多くの俳優・女優、タレント、実業家、評論家などの訃報を聞いてきた。海外の歌手やアーティストなどもだ。


 しかし、ここまでの喪失感というか、思い出したら涙が出てきそうなこの思いは何なのだろうか。こうした感情はこれまでなかった。


 私自身は、直接会ったとかそういうことななかった。それでもこの感情が沸き起こる。


 平成中村座をつくって公演したり、ニューヨークでやったりと。


 これからは、勘三郎のようなひとはなかなか出てこないだろう。


 ご冥福をお祈りしたい。

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 外国人力士が優勝すると、鎌首をもたげてくる、品格問題。


 正直、もうこの言葉は聞きあきた感すらある。


 そもそも、品格というのは日本人の感覚での物言いではないだろうか。


 外国人には、紳士、または騎士道、というものがある。日本には武士道・・・・か。


 正直言ってしまうと、モデルになるのは高見山、武蔵丸、曙ということか。いずれも謙虚さがあったというのが共通項だ。


 つねに謙虚な姿勢を貫いていた。しかし、やっぱり外国人というのが付きまとっていた。が、日本国籍というのも影響があるかもしれない。


 白鵬にしても、日本人らしいといわれたが、日本人になった。地元モンゴルでは批判を受けたようだが、日本人になることが、横綱としての品格、ということのなだろうかとも思ってしまう。


 朝青龍はもともと、あいうガキ大将のところがあったわけだから、力だけで横綱になった感があった。しかし、正直言ってしまうと、当時は、朝青龍しかいなかった・・・・というの現実があった。


 それは、それで認めないといけないが、外国人を指導をするにあたって、そこの国にある騎士道みたいなものを調べて、そうあるべきという例えが必要なのではないか。と勝手に思ってしまいますが・・・・。

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 大相撲は、断じてスポーツではない。


 私の独断と偏見からすれば、もともとは神事がスタート。そもそもは、奉納相撲が原点でもある。つまりは、スポーツではない。伝統芸能の部類に入るのではないだろうか。


 八百長は、少なからず存在はするだろう。しかし、今回の大相撲の不祥事は、明らかに常軌を逸している。そもそも、勝ち星や負けを金銭で売買するというのは、如何なものか。実態が常習化しているようにも思える。


 私の独断と偏見の意見を言わせてもらえれば、力士というのは、本来神官の様な役割ではないのかと。親方は、神社や寺の責任者的役割ではないのかと。


 その責任者が、おかしければ、おかしくなるのは当然の流れでもある。ましてや、先輩も同じだ。


 そもそも、こうした事態が、大きくなったのは若貴ブームのあたりからだと思うのだ。いや、それ以前からもあったと思うのだが、金銭で大々的にやり取りするというのはこの辺りからだったのではないかと。


 つねに満員御礼、収支も大幅黒字、膨らむ余剰金・・・・。そして、100人以上の新弟子希望。これは、一大大相撲バブルを引き起こしたこと。


 飽和状態の力士たち。


 私は、いっそのこと力士と親方の大リストラをこの際、敢行すべきだろう。幕内力士は横綱を含めて14人、十両は、人としてスリム化する。


 運営は、親方衆ではなく相撲を理解する外部からの人材を登用すべき、そこにベテラン、中堅、新人の親方衆を1人から2人づつ出席し、営業、興行面での役員ではなく、技術、力士の体調面を管轄する部署に配置し、意見を言ってもらうという方式がいいのではないかと思うのだ。


 まだまだ、あるだろうが、ただ、一つ言いたいのは、あくまでも大相撲はスポーツではない。ということだ。そこを意識しないと、いまの八百長問題は解決しないと言うのも、ひとつある。


 

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 ついに出てしまった。


 これまで、言われていた八百長。日本人力士が、本当に弱くなってしまった元凶なのだが・・・。


 大相撲改革が、真に叫ばれる事態になったことは疑いようがなくなった。しかし、この背後には、なにがあるのか?。


 そこにあるのは、間違いなく、あの方々がおられるのではないか。市川海老蔵ら歌舞伎や芸能界の生き血をすする連中がいることは間違いないだろう。


 大相撲は、これからの対応によって真価が問われることになるだろう。

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 前にもこのブログで書いたことがあるが、相撲と暴力団は、ある種、つながっているのだ。と、みていい。


 あと芸能界、歌謡界もだ。かつては、歌舞伎界もなきにしもあらずだが、伝統芸能としての地位が確立されるとそれは完全(とはいわないまでも)に消えていったことは事実だ。


 たち切る、ということはなかなか、難しい。


 それでも、これはやらないといけないだろう。とくに相撲は、ハングリー精神が強い外国人力士におされぎみだ。まあ、下手すればこの野球賭博などで日本人力士は、本番でやられていたのではないかとも思えるのだ。


 しかし、これでは、日本人力士はいなくなってしまい、いつしかモンゴル、欧米、アジア勢に席巻されることは間違いない。


 そもそも、この状況を作り出したのは、間違いなく若貴ブームだと思う。


 私の独断と偏見から言えば、賭博とともに言われた八百長相撲もそのあたりから本格的になったのではないかとみている。


 なにせ、もともと超人気のあった力士の初代貴乃花の子息ということで人気実力ともあったことから、若貴を勝たせることにいろいろと細工をしたのではないかと思うのだ。


 だから、本人たちは知らないし、多くの関係者は知らないと思う。一部しか知らないと思う。


 だいたい、「俺は暴力団だ」と正々堂々といって入り込むのはほとんどいないのではないか。それなりの企業を名乗って入り込んだり、一般人として入り込んだりする。そもそも、後援会のメンバーになってくれる人に対して、ひとりひとり、調査をするわけではない。そんなことしたら、時間がかかってしょうがない。


 とはいえ、少し調子に乗ってくると、いろいろと言いだしてくる。そのときが、正体を見せるときでもある。このときに、断固として切れるかどうかになってくると思う。でも、なかなか難しいのが現状だ。


 だが、そうはいっても、国の法人を名乗っている以上、身をきれいにすることは大事ということになる。


 

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 野球賭博問題でNHKの生放送や広告、懸賞幕などが中止になった大相撲。


 しかし、ダイジェストを見てみると、なんか意外にすっきりしていて、なんか本来のあるべき姿に戻って、これはこれでいいんじゃないのと思えるようになった。


 ある種、儲け主義、拝金主義的な傾向にあった大相撲に渇が入れられたようで、どこかすっきりした感じだ。寂しいという声もあるが、本来力士が真剣勝負のなかで見せる迫力のある取り組みをみるのが本来の観戦ではないか。


 ここに来ている客のほうが本当の姿の力士の戦いぶりを知る客であり、これまでしっかりと見続けてきた玄人はだしのファンにとっては今回の騒動は願ったりかなったりではないのかと。


 栃若時代、大鵬、柏戸時代とかどこかで人気力士の活躍で胡坐をかいていたところがあったのではないか。本当は、人気ではなくその気迫あふれる取り組みに観客が沸いたのではなかったのか。


 人気力士バブルに沸いた、若貴曙時代。そこに元々存在していた賭け事が、大きな顔で大手を振るようになった。正直、私の独断と偏見でいえば、この時代に賭け事に対する危機意識が薄れてしまったのではないかと。


 かつては、こうした力士は人知れず、引退などで姿を消していったもので自然淘汰という形で循環させていった。


 だが、若貴曙時代は、それが大バブル化し見境がなくなった。そこに暴力団などが介在するようになり、人知れずその闇が、大相撲全体を包み込んでしまったのではないだろうか。とそんな思いがある。


 その闇に手を少なからず貸していたのが、角界特有のたにまち制度だ。このたにまちは、応援してくれるのはいいのだが、いったん気に入らないことやちょっとしたことでわがままになるときがある。今回の野球賭博についてもたにまちが絡んでいたのではないかとも思えるのだ。そうでなきゃ、はいはい、とここまで大きくなるわけが無い。


 きってしまえば、それでいいのだが、その後が色々と面倒になる。


 貴乃花親方が、相撲協会の改革を叫んだが、そこで面白いことを発見した。


 かつて、貴乃花親方のように協会の改善を叫んで、大きな事件がおきたことがる。


 春秋園事件、というものでいまから68年ほど前におきた力士の改善を要求した事件である。


 そのときの要求は、
  1. 相撲協会の会計制度の確立とその収支を明らかにすること
  2. 興行時間の改正、夏場所は夜間興行にすること
  3. 入場料の値下げ、角技の大衆化、枡席 を少なくし、大衆席を多くすること
  4. 相撲茶屋 の撤廃
  5. 年寄 の制度の漸次廃止
  6. 養老金制度の確立
  7. 地方巡業制度の根本的改革
  8. 力士の収入増による生活の安定
  9. 冗員の整理
  10. 力士協会の設立と力士の共済制度の確立

 というものだ。これをみて、あれ~っと思ったことがあるでしょう。


 貴乃花親方が、改革に挙げたことが68年前にもあったということだ。


 詳しくはhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%A5%E7%A7%8B%E5%9C%92%E4%BA%8B%E4%BB%B6 にあるが、根本的な問題は、いまも昔も変わっていないということだ。


 さて、今日も名古屋場所は続いている。


 そこにあがっている力士達に、相撲の奥義を見せてもらいたいものだ。

 

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 伝統文化・芸能のなかに少なからず、暴力団が介在する要因がある。


 ここで勘違いしないでもらいたいのは、いまの暴力団と過去、とくに戦前・戦後しばらくまでのヤクザとは根本的に性質が違うということだ。これだけは、認識していただきたい。


 かつて、日本の芸能分野は非常に卑しい職業的な色合いが濃かった。まあ、能、狂言については別格なのだが、大衆芸能やいまや日本の伝統芸能の最高峰に位置する歌舞伎も興行するにあたってヤクザにお世話になっていた。


 さらに相撲も残念ながら、侠客連中のお世話になっていた。相撲は、かつて地方巡業において彼らのお世話になっていた。今のようなマネージメント企業やそうしたイベント企画会社が無かった時代。その役割をになっていていたのが侠客たちだ。


 歌舞伎は、伝統芸能としての地位が高まってくると徐々にそうしたものが排除されていったが、その名残はまだ残っている。


 しかし、その一方でいまだに強力なものをもっているのが、芸能界、とくに歌謡曲の分野においては、強固なつながりがある。


 ときおり、大物演歌歌手が週刊誌をにぎわせることがあるが、そうしたのもこの名残ともいえる。


 日本の伝統文化には必要悪としてのヤクザの介在が必要なときがあったのだ。


 それを知った上で、この論議をしないといけないのではないかと思うのだ。


 ただ、暴力団もいまの規制法の強化で住みづらい時代になっている。そのことから、仁義を振りかざして、なりふり構わず、ぶら下がっているところも無きにしも非ずなのだ。


 時代は、川のように流れている。ヤクザと関わりのある角界、芸能界は断ち切るときに来ているのだと思う。いまのヤクザは昔のようなヤクザではなく、暴力団であり、マフィアと化してしまっている。仁義というものを履き違えて使っている。


 さらにいうなら、本来のヤクザというものは堅気のひとに手を出さないというのが暗黙の鉄則だった。それが、いつしか崩れてしまった。


 もはや、いまのヤクザは昔のヤクザではない。堅気のひとが恐れながらも、信頼していた時とは違うのだ。それをしてしまったのは、とうのヤクザたちだ。


 時代は変わったのだ。角界も芸能界もしがらみを断ち切るときがきたのではないだろうか。

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  正直、朝青龍がいなくなって、さびしいことはさびしい。ただ、よくよく考えれば、けがをして巡業を休むと言って届け出たのにモンゴルでサッカーしていたりはどうかと思う。普通の一般常識からしてもどうかとは思う。

 まあ、それ以外のこと、プライベートで酒の上での出来事とかは目をつむってもいいが、今回のような場所中の不祥事は、引退宣告を受けても仕方がないと思う。

 あと、ここまで朝青龍を追い詰めたというよりも指導できなかった高砂親方、そして北の海前理事長の罪も大きいと思う。かつての理事長といえば、よくも悪しくも強権的なところがあり、曲がったことがあれば、率先してそれに対応しようとしていたと思う。

 過去にも朝青龍と同じことをした横綱か大関だったかがいた。野球見たさに巡業だったか、場所だったかは忘れたが、見に行った。そこに運悪く週刊誌の記者がいて、それを写真にとられた。後日、引退するよう勧められ、引退したという。そのご、この方は日本人だったことから親方になり、あの高見山を連れてきた人物でもある。そう、初めて外国人力士を誕生させている。そして、その教育方針は、最も日本人らしい外国人と言われた高見山を生んだことで高い評価を受けた。

 やはり、親方次第で弟子も変わるというものだ。あと、朝青龍の問題として言えるのは、朝青龍が親方に対して「親方は大関どまり、おれは横綱。親方を超えたのだ。だから、文句あっか」というものだ。そういう意識が多少なりともあったならば、それを正す必要もあったのではないかと思うのだ。

 ヒールにはヒールなりの美学がある。わなにハマったとしてもこれまでの所業が所業だけに・・・という感じがしないでもない。それにマスコミの中にも朝青龍支持派と断固反朝青龍派というのもあったらしい。

 私は個人的には、朝青龍は嫌いでした。しかし、相撲のテクニックと強さは認めていました。あのスピードは、ウルフといわれた千代の富士をほうふつとさせ、豪快な投げはまさに千代の富士を思いおこさせました。

 だからこそあえて言えば、朝青龍が現役でとどまらせることができるのは親方だったと思うんです。正直、高砂親方が、身を呈して「自分の監督不行き届きでした。ただ、朝青龍だけは寛大な処分をお願いしたい。私は親方を返上し、辞職します」とまで言えば救いようがあったと思うとある種結局親方の問題でもあったのではないかと、残念とも。

 本当に、高砂親方は何をしてんだか。朝青龍の引退会見の日に部屋の力士率いって焼肉パーティーって何ですかね~。

 まあ、朝青龍がかわいそうと思えなくもないんですよね。あの焼肉パーティーの話を聞くと・・・。


 少し話は、前後するが、横綱の品格というのが問われていたが、理事選挙後のあの立浪一門の会議は一体何だったのか。これで、横綱の品格といえるのだろうか。一門の“裏切り者”をあらさがしするようなことをよくもまあするもんだと思った。


 だいたい、相撲の伝統って何だ!!と思えてくる。こういったことをしているから日本人の強い力士がたんじょうできないのではないかと想像してしまうのだが。


 これから外国人も日本人も関係なく、日本の伝統文化についてきちっと仕込む必要があるのではないか。


 

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 朝青龍が昨日引退を表明した。ある種、相撲協会ではなく横綱審議委員会が引退勧告をする予定だったとか。


 しかし、モンゴルではそれが、いじめという風に映っているという。


 さらに今日のフジの特ダネでは、舞の海が、朝青龍の二面性を強調していた。


 ようは、テレビで映っているときはいい顔をし、映っていないときは、横綱ではなく、格下の先輩力士などに会うと一礼もしないということもあったという。


 自分が気に入った人にはいい顔をし、自分を注意する人物や気に入らない人にはあからさまに不機嫌な顔するというのだ。


 そのなかにあって内舘牧子だけが敢然と朝青龍に意見していたが、朝青龍の回りではそれを注意するどころか、あおる連中が幅を利かせていたとか。


 とにかく、今回の引退は、まだ暴行事件がはっきりしていない中でのことだったことからいろいろといわれているが、はっきり言ってしまえば、朝青龍のわがままぶりや騒動が積み重なった結果ともいえる。


 これだけ、問題を起こしながら相撲をとり続けることができたのだから、ある意味温情ともいえる。かつての相撲協会なら、あのサッカー騒動ですでに相撲人生は終わっていたはず。それが、ひとり横綱でもあり、温情に変わった。


 相撲協会のあいまいな態度が結局、朝青龍を横綱ではなく、単なる暴れん坊にしてしまったということだ。


 これは協会も、横綱審議会も、親方も非常に反省をしないといけないのではないか。それが、できなければ意味がないのではないだろうか。


 あと、週刊誌、テレビワイドショーといったマスコミもしっかりとした監視の目を持たないといけないだろう。


 確かに朝青龍のキャラクターは捨てがたいだろうが、やっていることは、日本の文化ともいえる大相撲に対しての敬意が感じられるものはなかった。


 敬意がないことで、横綱の品格というものが問われたのだともう。それを教えろといっても本人にその気がなければ全く意味のないものになってしまう。惜しむのは勝手だが、これまでの朝青龍がやってきたこと、積み重なったものを考えれば、当然の流れともいえるのではないか。


 高校を勇退して角界に入った朝青龍だが、日本のこうした文化に対して謙虚になれなかったことも問題だっともいえる。これを、教えるのが親方なのだが、親方は大関に就任にしたことで、一人前と感じたのだろうと思うのだが、そもそも、朝青龍の人間性にも問題があったのではないかと思う。しっかりと検証しないとこういうのが繰り返されるだろう。


 私の独断と偏見から言わせてもらえば、これまでの朝青龍の所業を考えれば、「ことここに至れり」ともいえ、ここでしっかりと区切りをつけないと朝青龍自身も相撲協会もそれにかかわる関係者にも悪影響を及ぼしたと思う。これで、正直事件がどうのこうのというよりも酒を飲み、相手を殴ったかどうかすら分からないような状況になってしまったことに横綱としての品格はないと思う。さらに、この事件が、場所中というのも問題だろう。これも、引退となった原因ではないだろうか。


 私は、どうであれ引退したことは、喜ばしいことだと思っている。

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 横綱朝青龍が、暴行事件で引退勧告の状況に追い込まれている。というか、当然の流れでしょう。


 http://www.nikkansports.com/sports/sumo/news/p-sp-tp3-20100129-590351.html


 横綱として白鵬の風格が、朝青龍よりも出てきている。もう、朝青龍の時代は終わったというしかない。朝青龍のわがままぶりは、相撲協会の手に負える感じではなかったが、もし今回の暴行事件で、立件されるようなことがあったら協会としても制裁を出しやすいのではないだろうか。


 つまり、これまでの朝青龍の言い分は強気一辺倒だったが、今回の事件は申し開きができないような状況だ。これで、協会にとって邪魔者の朝青龍を排除できるのではないか。


 正直、このところの朝青龍の言動は、自分中心に回っているような感じだった。師匠の言うことも聞かないのだから問題なのだ。その親方も、グルになっているふしもある。


 親方と弟子、という関係が、親方の現役時代は大関、しかし、朝青龍は横綱。


 朝青龍の感覚からいうと、自分は親方を超えた、どこが悪い、というような感覚があったのではないか。つまり、傲慢というものではないだろうか。


 そして、皮肉なのが、ひとり横綱が続いたことで、自分がひとり横綱でここまでの相撲人気を引っ張ってきたというような変な自意識があったのではないか。それが、ここまで増長させてしまったのではないか。悲しいことだが・・・・。


 しかし、これだけ問題を起こした以上、処分がこれまで通りとはいかないだろう。というか、そうなってはいけないのだ。


 白鵬が、成長した以上、もはや朝青龍はお役御免だ。なにも問題を起こさなければ、青白時代は続いたと思うが、朝青龍がこういった事件を起こした以上は、もはや情状酌量は無用。


 解雇が相当だ。除名が妥当だとは思うが、これまでの功績を考えれば解雇がせめてものはなむけだ・・・。

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