こんにちは。吉川友紀ですニコニコ

 

昨日に引き続き、講座「対話力トレーニング」を受講してくださった方からお寄せいただいた体験談をご紹介します。

 

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友人とのメールが思い出させてくれたことがあります。

10年前に「がん患者」となった時に抱いた思いです。

 

 「私は私を生きているのだろうか?」
 「このまま、『がん患者になる前の人生』を走り続けるのだろうか?」
 「どう生きていきたい私なのか?」

 

 入院日、ベットに腰掛けた途端「やっと休める」と言葉にした自分に驚きました。
これから受け入れ難い手術を受けるというのに、こんな言葉が口をついて出てるほどに走り続けた人生でした。

 

 手術後、入院中に、
 「患者になるということは自分の人生をぐっと見つめられる稀有な時間だ」と感じま した。
 「これで人生生き直し」とも頭に浮かび、戸惑いました。

 

そんな稀有な時間を、「ぐっと自分だけを見つめる時間」にはしきれませんでした。
 一人では難しいのです。

 

そんな思いを誰かに告げたい。
 「貴方はどう生きていきたいの?」
 「何を大切に思っているの?」
と、誰かに聴いて欲しい。

私の人生に関心を持ってくれる対話の相手が欲しい。

そう希求しましたが、元の生活に戻れる私が口にするには、贅沢な悩みだと思われるのではないか?ここは治療の場、それを聴いてもらう環境にはないのではないか?
と思い、口に出せませんでした。
 

「『対話』を行ってくれる専門職が傍に居てくれれば」と患者になってみて強く思い
 ました。

 

 当時、「自分への理解を生きる力に」と、『対話の力』を信じ、活動しているこの チームに出会えていたら、もしくは、その思いを胸に傍に居てくれる医療者の存在に気づけていたら、それだけで、仕事を休んでいる自分に罪悪感を持つことなく、「こ こは自分の事だけをぐっと見つめる時」と取り組めたかもしれません。

 

あれから10年経ちましたが、今がその時だと、今、自分を生きよう、そう思えた自分を感じます。

 

友人がくれたメールがきっかけでした。
彼女は「対話力講座」を共に受講した医療者です。

 

彼女の存在に、そして、「自分への理解を生きる力に」と活動を続けているこのチームに、心からの感謝を込めて。

 

(40代 女性)

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対話の相手を希求した そして、その想いを口に出すことはできなかった ・・・

このことに、胸が締め付けられる思いがあります。

そして、こういったことは決して珍しいことではない。

これも、実感として、私にあることです。

 

自分を安心して出せる場(仲間)を自分の人生に用意しておくことの価値を、改めて感じています。

 

 

明日は、最後となる後編をお届けします本

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