2005年06月02日(木) 15時45分29秒
分かってくれてるよね。
テーマ:大事な君へ
頭で論理的に考える人にはどうしても分からないことが一つだけある。
それは人間は矛盾の中で生きているということ。
僕らは、何かをしたいがためにそれを諦めなければならないときがある。
勝ちたいがために負けなければならないときがある。
考えないために考えなければならないときがある。
本当に愛し合っているゆえに離れなければならないときがある。
僕らは、自分の周りに起ったこと、プロセスを本当に大切にいきていくためにはときに矛盾した行動をとらなければならないときがどうしてもある。
時には、頭で考えて「そうしなきゃ」と信じているだけのときも多いが、自分をさんざん見つめた結果、本当にそうしなければならないと自分が知るときがある。
そんな時、僕らは自分の「小さな死」を乗り越え、蝶のように次の世界に羽ばたいていかなければならない。
いつまでもサナギのなかに囚われていてはいけない。
そうでなければ、僕らはせっかく歩んできた、育んできた、二度と戻ってこない大切な時間を無駄にしてしまうことになる。僕らは、一番大事だったものを逆に無駄にしてしまうことになる。
時は来たのだから。
最近、尊敬する人ができた。
「死の瞬間」で有名なエリザベス・キューブラー・ロスだ。
彼女はどんな困難も成長のために与えてくれたものだとして乗り切った。生きた。
いろんな意味で、彼女こそ僕の目指す人の一人だ。
(興味を持った人は、彼女の「人生は廻る輪のように」を読んで欲しい。)
僕には不思議でならない。
なぜ人は矛盾した行動をしなければならないのか。
しかし、そうなのだ。
それが唯一、いえることだ。
僕らは何かをしようと思うほどできなくなる。
プロセスワークがとてもいいな、と思うことは、2次プロセスに気づいた上で、1次プロセスをとても大事扱っていくことだ。
1歩を前に踏み出す為には、後ろに2歩下がってからでないと前にいけないことがいっぱいある。
先に進みたいからこそ、自分の意志とは矛盾しているけれど、じっくりと後ろに下がる足を大事にしてあげなければならない。
それが人間という存在。論理では達し得ない現実。分かっていたとしても思考ではついていけない真実。
それこそが人間なのだ。
それは人間は矛盾の中で生きているということ。
僕らは、何かをしたいがためにそれを諦めなければならないときがある。
勝ちたいがために負けなければならないときがある。
考えないために考えなければならないときがある。
本当に愛し合っているゆえに離れなければならないときがある。
僕らは、自分の周りに起ったこと、プロセスを本当に大切にいきていくためにはときに矛盾した行動をとらなければならないときがどうしてもある。
時には、頭で考えて「そうしなきゃ」と信じているだけのときも多いが、自分をさんざん見つめた結果、本当にそうしなければならないと自分が知るときがある。
そんな時、僕らは自分の「小さな死」を乗り越え、蝶のように次の世界に羽ばたいていかなければならない。
いつまでもサナギのなかに囚われていてはいけない。
そうでなければ、僕らはせっかく歩んできた、育んできた、二度と戻ってこない大切な時間を無駄にしてしまうことになる。僕らは、一番大事だったものを逆に無駄にしてしまうことになる。
時は来たのだから。
最近、尊敬する人ができた。
「死の瞬間」で有名なエリザベス・キューブラー・ロスだ。
彼女はどんな困難も成長のために与えてくれたものだとして乗り切った。生きた。
いろんな意味で、彼女こそ僕の目指す人の一人だ。
(興味を持った人は、彼女の「人生は廻る輪のように」を読んで欲しい。)
僕には不思議でならない。
なぜ人は矛盾した行動をしなければならないのか。
しかし、そうなのだ。
それが唯一、いえることだ。
僕らは何かをしようと思うほどできなくなる。
プロセスワークがとてもいいな、と思うことは、2次プロセスに気づいた上で、1次プロセスをとても大事扱っていくことだ。
1歩を前に踏み出す為には、後ろに2歩下がってからでないと前にいけないことがいっぱいある。
先に進みたいからこそ、自分の意志とは矛盾しているけれど、じっくりと後ろに下がる足を大事にしてあげなければならない。
それが人間という存在。論理では達し得ない現実。分かっていたとしても思考ではついていけない真実。
それこそが人間なのだ。






