自分のやりたいことを選ぶことはなぜ大事なのだろうか?
テーマ:僕の一人の友人から同じ境遇にいる皆様へなぜなら問題というのはどんな選択肢を選んでも、同じ量だけ発生する。
反応、といった方がいいかもしれない。一部の変えたとき、周りの全ては同じ量だけ反応する。
しかし、それが他人本位のために選んだことから起った反応だと、問題はどんどん自分から離れていき、なんのためにそれを解決しなければならないのかが分からなくなる。そしてやる気を失い、疲れるのだ。
何か物事を選ぶ際に、他人本位、つまり他人のために物事を選ぶと、それに連れて起ってくることはその他人に繋がったこととなっていくが、それに反してその口火を切ったのは自分であるために、自分にとってなんの幸せにもならない責任を処理することになる。これは負のスパイラルへの道だ。
自分本位で物事を選んだ場合、それにつれて起ってくるトラブル等は、自分の選んだ道の責任として感じられるから、しんどいながらもそれをこなすことでだんだん自分は自分の道へと歩んでいける。それは正のスパイラル、創造的な道だ。
自分本位で何かをやろうと、他人本位で何かをやろうと、結局同じだけの迷惑をかける。どうせ同じ迷惑をかけるのなら、自分の幸せのために他人に迷惑をかけ、「ごめんね、ありがとう。」となんとか感謝するほうに努力したほうがいい。他人本位で起った迷惑は、それを解決しても大して感謝もされず、ただ疲れきるだけだ。
迷ったらこう想像してみよう。
もしあなたが今、完全に自由になったら、何をするだろうと。
そしてそのお話をもっと語ってみてください。次はどうなる?次はどうなる?そしてどうなった?と。
ただ勘違いをしてはいけない。自分本位とは、自分の好きなことをやるとは、貪欲になることではない。
貪欲とは、別にそれができたとしてもウキウキもしないし、創造的にもならないことをやたらと求めることだ。
それは他人を無意味に傷つけることでもあるし、自分自身を破壊する道だ。
人は前にやったときにウキウキしたから、もう一度やったらそうなるに違いないと妄信的なファンタジーを描き、実際やってもみてもそうなることがないのに、「そんなはずはない。きっと足りないだけだ。」と思ってそのファンタジーに執着しやすい。
これは間違えてはいけない。自分の幸せだと感じることが基準である。
他人を幸せにすることなどそもそもできない。結局、自分で自分を幸せにするしかないのだから。
だけど、自分で自分を幸せにすることで、他人に幸せを分けてあげることはできる。
だから、他人に迷惑をかけないこと、他人を喜ばせることを考えるよりは、自分が幸せになること、創造的になること、自分らしくなっていくこと選択肢を選ぶべきなのだ。
問題は起る。何をしても起る。早いか遅いかの違いでもある。
だから人それぞれが自分の自然の道を歩んだときに起る問題の方が良い。問題が起っても幸せならそれを受け入れ、解決に向かうことができる。疲れていたら何もできず、問題はただ悪化し、誰にも責任の取られることのない問題がそこら中に散乱することになる。
自分が幸せになる道を、正直になって選べば良い。自分にウソをつくことは最終的に他人を破壊的に傷つける。
そして感謝すること。何かをしてもらったら「ありがとう」とキチンと伝えること。
最後に幸せになったらその分だけ共有すること。
それが大事である。






