2005年04月24日(日) 16時40分03秒
コンタクトを踊る
テーマ:気づいて欲しいんだけど。と思っている人へ
今日は、コンタクト・インプロビゼーションのジャムに参加。
踊りの中に自分の人間関係のふるまい方のパターンが全て出ていて恥ずかしくなる。
人への触れ方、触れる強さ、受身だとか能動的だとか、人との関係で自分がどんな役割をしやすくなるかとか。
どうやってコンタクトをスタートするかとか、どれくらい緊張するかとか。
なんかそういったことが踊っている間に全てわかるので恥ずかしくなる。
こういうのはただ手を使っただけでもできる。
相手とお互いに手を近づけていって、自分が感じたとおり、思ったとおりに手を動かす。
自分の目を、少し手を動かしている自分から離して見てみる。
いつもこれをいろんな人とやることで、人間関係の訓練になる。
これはフラクタルなパターンを使った方法。
自分ができないことを少し練習してみたり、自分がやってしまうことを思いきってちゃんとやってみたり。
恥ずかしくなったとき、すごくやりたくないと思った時、そういった強い感覚や感情が表れてきた瞬間が大事な瞬間だ。
こういうのはすごく楽しい。楽しくありながら、繊細で、微妙で、でも大きく動くし、身体も元気になる。
内面的でありながら、かつ人と交流し、自己成長もできる。
教えてもらって以来、随分長い間放って置いたが、今改めて教えてもらってよかったと思う。
身体へ興味を持ち始めた最初の時に習ったものだ。あの時は身体のことなんかほとんどわかっていなかったし、全然操作もできなかった。楽しく踊る余裕もなかった。気持ちはよかったけど。
今はそれに心理や夢や、あらゆることが付随している。踊りという中に「今の自分」という存在様式が付随している。
成長するというのも、なかなか楽しいことなのだな、と思った機会だった。
踊りの中に自分の人間関係のふるまい方のパターンが全て出ていて恥ずかしくなる。
人への触れ方、触れる強さ、受身だとか能動的だとか、人との関係で自分がどんな役割をしやすくなるかとか。
どうやってコンタクトをスタートするかとか、どれくらい緊張するかとか。
なんかそういったことが踊っている間に全てわかるので恥ずかしくなる。
こういうのはただ手を使っただけでもできる。
相手とお互いに手を近づけていって、自分が感じたとおり、思ったとおりに手を動かす。
自分の目を、少し手を動かしている自分から離して見てみる。
いつもこれをいろんな人とやることで、人間関係の訓練になる。
これはフラクタルなパターンを使った方法。
自分ができないことを少し練習してみたり、自分がやってしまうことを思いきってちゃんとやってみたり。
恥ずかしくなったとき、すごくやりたくないと思った時、そういった強い感覚や感情が表れてきた瞬間が大事な瞬間だ。
こういうのはすごく楽しい。楽しくありながら、繊細で、微妙で、でも大きく動くし、身体も元気になる。
内面的でありながら、かつ人と交流し、自己成長もできる。
教えてもらって以来、随分長い間放って置いたが、今改めて教えてもらってよかったと思う。
身体へ興味を持ち始めた最初の時に習ったものだ。あの時は身体のことなんかほとんどわかっていなかったし、全然操作もできなかった。楽しく踊る余裕もなかった。気持ちはよかったけど。
今はそれに心理や夢や、あらゆることが付随している。踊りという中に「今の自分」という存在様式が付随している。
成長するというのも、なかなか楽しいことなのだな、と思った機会だった。






