80年代、ちょうど僕が中学生で洋楽にハマりはじめた頃、テレビの深夜放送でお世話になっていた「ベストヒットUSA」。
当時、一番印象に残っているのがジャーニーの「オープン・アームズ」が毎週のように1位を独走していたこと。
今となってはサム・クック・フォロワーのスティーヴ・ペリーが歌う代表曲としても大好きな曲ではあるが、その時は「またこの曲か」と半ばうんざりしていたことを思い出す(笑)

で、その「ベストヒットUSA」が今はBS朝日で放送されていて、先週の金曜日は偉大なソウル・シンガー特集ということで、サム・クックも紹介されるという情報を知り、久しぶりにテレビに映し出されるサム・クックの映像と小林克也さんの顔を拝むことができた。
今回はその時の紹介を簡単に。

まず、黒人の演奏する音楽を総称するレイス・ミュージック(人種音楽)が、アフロ・ヘアーが流行り出した70年代あたりからソウル・ミュージックと呼ばれだし、その影響を与えた御三家として、サム・クック、オーティス・レディング、マーヴィン・ゲイの3人の名前を小林克也さんはあげていた。
この御三家として括るあたりも80年代の日本的な表現だなぁなんて懐かしく思いながら観ていると早速トップ・バッターとしてサム・クックが紹介され始める。

映像はDVD「ヒストリー・オブ・ロックンロール Vol.2」からのもので、エド・サリバン・ショーに出演時のサム・クックをバックにサムに影響をうけたアーティスト達がコメントを残していた。

「ロックの発展に貢献したサムはゴスペルを歌ってた。Soul Stirrersとね。俺が子供の頃さ。彼の影響は大きい」モーリス・ホワイト

「幼い時から才能に恵まれてた。Sam Cookeは神からの贈り物だ。ウットリするような声だった」ルウ・ロウルズ

「彼は黒人として初めてコパに出演して世間を驚かせたわ。ブロードウェイには彼の大看板。超一流の扱いをうけたの。応援してたわ」グラディス・ナイト

「音楽は単純でメロディアスなら"売れる"ってな」ボビー・ウーマック

Sam Cooke "You Send Me" on The Ed Sullivan Show


小林克也「サム・クック、1957年の"You Send Me"。プレスリーの時代、R&Bとかゴスペル・ミュージックというのが裏で凄かったんですね。そういったものがプレスリー達に結果的には影響を与えたわけですが、サム・クックも元々教会なんかで歌っていたゴスペル・シンガーだったわけです。で、ゴスペルというのは伝統を重んじますから、サム・クックはゴスペルの天才児だと言われていて、でもあの声でポップスをR&Bを歌わしたらってことでね、サム・クックにレコード契約が飛び込んできてレコードを出すわけですよ。で、名前をちょっと変えるんですよね、だから"Cook"に"e"が付いていたりするわけですけども、でもやっぱりおいあいつが歌ってるじゃないかってことで、最初はサム・クックもゴスペルとR&Bに引っ張られて辛かったらしいんですけども、サム・クックはその影響第1号です」

今回のソウル・シンガー特集のラストはプリンスで締められたが、今年の2月に亡くなったモーリス・ホワイトがサム・クックについて語る貴重な映像もここで観られたのは感慨深かった。小林克也さんの解説ではポップスのレコード契約時の変名はデイル・クックの事が言いたかったんじゃないかと思うけど、最後のゴスペルからの転身という影響を与えた第1号と言って頂けてファンとしても嬉しい限り。

そして続いて紹介されたのが、オーティス・レディング。
オーティスの紹介が意外にも簡単であって、絶大な人気を誇ったオーティスのPVを新たに作る為に映像を募集すると沢山の応募が集まり、下の映像が採用されたということだけだったように思う。
それにしても故人のPVを、音源の所有権を持った会社が作るのではなくて、募集して選ぶなんて考えが素晴らしい。アブコも見習ってそのくらい粋なことしてくれないかなんて思ってしまった。

Otis Redding – “These Arms Of Mine” Official Video Winner


小林克也「50年代、60年代、70年代と色んなミュージシャンに影響を与えたサム・クックとオーティス・レディングといきました、後はマーヴィン・ゲイが登場しますが、この人達に共通な事はですね、皆んなシンガー・ソングライターであった。だから、例えばマーヴィン・ゲイとかサム・クックなんかは何時もメモで詩を思いついた時はメモってたとか、そういう人だったわけですね、つまり自分の音楽を自分で作った。それからもう一つ、歌い方は我流だった。ま、色んなボーカル・レッスンを受けたりとかそんな話もありますが、最終的には我流だったという共通点」

Marvin Gaye – Ain’t No Mountain High Enough (Greatest Hits. Live In ’76)


小林克也「今日紹介したサム・クックそれからマーヴィン、オーティス・レディングは、ゴスペルのような力強い声が必要なんですよ、凄く馬力のある声で歌えるし、今のような曲(マウンテン)も凄いスムーズにクールに声が出せる。マーヴィン・ゲイは自分の声はマイルス・ディヴィスだとかチャーリー・パーカーだとかああいった人達を聴いたお陰でこういった声が出せるんだ、みたいな事を言っていました」

この後にこの御三家とは違って力強さはないけれど、スムーズな歌声として紹介されたのがスモーキー・ロビンソン。

Smokey Robinson – Being With You


スモーキー・ロビンソンはマーヴィン・ゲイに曲を提供するときに何も注文は出さず、マーヴィンによって独特の、それこそ我流の歌になっていて、それを「マーヴィナイトする」と呼んでいたそうだ。
なるほど、サム・クックにしてもオーティスにしても、ここでソウル御三家と呼ばれた3人はオリジナル曲をソング・ライティングするだけでなく、カバー曲ですら独自のものとして変化させ、力強くもスムーズにも我流の歌い方で表現していたからこそ、御三家として選ばれたのだと納得した。
御三家の人選は、人によってはアレサ・フランクリンだったり、レイ・チャールズやスティービー・ワンダーの名をあげるかもしれないが、まず間違いなくその3人の中には必ずサム・クックは入っているはずだ。
とりあえず今回の御三家を選んだ小林克也さんからの言葉「サム・クックはその影響第1号です」、で、ごはん3杯は食べられそうだ(笑)

そこで見てもらいたいのが、毎年のようにツイッターで話題になるこの高校の音楽の教科書の1ページ。



高校でも洋楽ロックの系譜を教えるようになったかぁと嬉しく感じながらソウル周辺を見てみると。。。



サム・クックが無い!
ソウルどころかどこにも無い!
せめてものゴスペルにすら無い!
教科書という多感な時期の高校生にアピールする絶好のチャンスだというのに。。。
小林克也さん、何とか言ってやってくださいよぉ(^_^;)













AD

コンピCD『サム・クックはそのままで』収録曲

1.マイ・ネーム・イズ・サム・クック! ----- どんと(ボ・ガンボス)
2.サム・クックで踊ろう ---------- 夜のストレンジャーズ
3.ゴールドの鍵 ------------- 柳ジョージ&レイニーウッド
4.スレイヴ・ソング"Slave Song" ------ ザ・スイス・ギターズ
5.サム・クックを聞いた ---------- 西洋彦
6.ワンダフル・ワールド ---------- ウルフルズ
7.あの娘に会いにゆこう --------- 奇妙礼太郎トラベルスイング楽団
8.サム・クックがきこえる --------- ザ50回転ズ
9.今夜R&Bを・・・ ------------ 麗蘭
10.パーティーはそのままに -------- あうんさんすうじぃ

実際に発売されるアルバムというわけではなく、サム・クックを題材にしたサム・クック愛な邦楽の曲たちをiPhoneのプレイリストにまとめて作っていて、それをわざわざCDRに焼いて形にしてみたもの。
MP3プレーヤーの中のリスト分けだけでは何か物足らなく、昔テープに好きな曲ばかりを集めて録音してたように、形にして残してみたかったのがきっかけ。
そのオリジナルなコンピレーション・アルバムのタイトルが「サム・クックはそのままで」。
タイトルにはあうんさんすうじぃの「パーティーはそのままに」にかけて、サム・クックのナンバーをそのまま流し続けて欲しいという願望と、若くで亡くなったサムはいつまでも若いそのままの姿で素敵だという意味を込めた。
トップ画像はそのジャケットで、ちょっと古い感じのダサジャケにしてみた(笑)
では簡単にナンチャッテ・トリビュートCDの収録曲の解説を。


1.マイ・ネーム・イズ・サム・クック! ----- どんと(ボ・ガンボス)
まずオープニングを飾るのは、曲ではなくボ・ガンボスのどんとの掛け声から(笑)
ボ・ガンボスのアルバム「SHOUT!」より、サム・クックの「ブリング・イット・ホーム・トゥ・ミー」のカバーを歌い終わった後のどんとのMC部分だけを切り取らせて頂いた。このアルバムの中でサムのカバーは他にも「トゥイスティン・ザ・ナイト・アウェイ」、「ア・チェンジ・イズ・ゴナ・カム」、「ユー・センド・ミー」などを演っているけれど、そもそも今回のこのコンピ・アルバムはカバー曲を集めたものではなく、あくまでサム・クックが題材となっている曲達というコンセプトで集めているので、あえてそれらのカバー曲は省かせてもらった。それでもこのどんとの「マイ・ネーム・イズ・サム・クック!」という掛け声は、オープニングを飾るには相応しく、そしてここに収録しているシンガー達の気持ちを代弁しているようでもあったので加えさせてもらった。





2.サム・クックで踊ろう ---------- 夜のストレンジャーズ
サム・クックで踊ろう 夢みたいだよ
騒々しい世界を 身軽にすべっていこう

実質的に一曲目となるのが夜ストのこの「サム・クックで踊ろう」。
アルバム"On The Road Again"に収録されていて、ライブで観客を煽るイントロ部は先陣を切るにはもってこいの曲。
最近はボーカルの三浦さんと同じくサム・クック好きのモッチェ永井さんとの対バンも増えたりして嬉しい。以前取り上げたブログ記事はこちら「ブギの説教者 夜のストレンジャーズ (三浦雅也)







3.ゴールドの鍵 ------------- 柳ジョージ&レイニーウッド
ロサンゼルスのモーテルで 撃ち殺されたシンガーは
小さな金の鍵をひとつ 大事に握って倒れていた
(中略)
He was bone by the river
貧しい暮らしだった 毎日歌ってた
あの歌 ア・チェンジ・イズ・ゴナ・カム
あの街 夢にみて
あの晩から俺の夢 あいつの歌とあのペントハウス
金のドレスの女抱いて あいつのように歌ってみたい
女の膝にシャンパンをかけながら

アルバム"HOT TUNE"の収録曲。歌詞の中の「あいつ」とは言うまでもなくサム・クックのこと。この曲が歌われた当時の時代背景もあるのか成り上り的な歌詞の中にもサム・クックの生い立ちと歌への憧れが感じられる曲。他にも「グッド・タイム・ロール」の改作となる「Saturday Night Good Time Roll」という曲もあったがサム・クック愛を感じる歌詞のこちらを選んだ。僕に近い世代は柳ジョージからサム・クックを教わったという人も多く、彼もサムの曲も好んでカバーしていた。サムの様に歌ってみたいと願う柳ジョージがチャリティーで黒人の少年らによる聖歌隊をバックに歌う「ハヴィン・ア・パーティー」の映像も感慨深い。







4.スレイヴ・ソング"Slave Song" ------ ザ・スイス・ギターズ(The Swiss Guitars)
サム・クックが歌うのは ハーレムの黒いパーティー
もしも恋をして 別れるくらいなら
奴隷になって 奴隷になって 君といたいぜ

自称サム・クックの息子という夢野カブさんと武内正陽さんのユニット、スイス・ギターズのファースト・アルバム「スイス・ロール"Swiss Roll"」からの曲。上の歌詞の「奴隷になって君といたいぜ」というのは「ブリング・イット・オン・ホーム・トゥ・ミー」からの一節で、その後に続けて歌っている。ライブでこの曲を演る時は夜ストの「サム・クックで踊ろう」と同じように最初のヴァースで観客を煽りコール&レスポンスで盛り上げている。下の動画でも分かるようにこの曲がライブのラストで歌われているように、不思議とサム・クック関連の曲はライブのラストに歌われることが多いように感じた。







5.サム・クックを聞いた ---------- 西洋彦
僕は初めて サム・クックの歌を聞いた
それは今から もう50年も前の歌
”調子はどうだ?”って君は聞く
”最高だよ”って 僕は言う

前々回に「春を連れてやって来た京都のサム・クック(西 洋彦) 」で紹介したばかりの西洋彦くんのファースト・アルバム「ふるえるパンセ」からの曲。今回のコンピCDが完成したのは、この曲がようやく音源化されたことにもあった。下の動画では聴けないバンド演奏での「サム・クックを聞いた」を是非アルバムを購入して聴いて頂きたい。という宣伝を付け加えておきます(笑)







6.ワンダフル・ワールド ---------- ウルフルズ
このコンピにはカバー曲は入れないなんて言っておきながら、この曲だけは例外でどうしても入れたかった(^_^;)
これかウルフルズの「いつも元気」を考えていて、このコンピの中盤に持ってくるにはこの日本語詞に変えたバラード調の「ワンダフル・ワールド」がしっくりときたのでこちらを選曲した。ファンの方であれば納得の選曲かと。
アルバムは「ベストだぜ!」などのベスト盤に収録されている。







7.あの娘に会いにゆこう --------- 奇妙礼太郎トラベルスイング楽団
下手くそなジャズ歌う あの娘に会いにゆこう
きっと今夜も飲んだくれてら
黄色いジャケットの レコードをかけて
ツィスティン・ザ・ナイト・アウェイ 朝まで踊ろう
(中略)
切り裂くようなリズム 爆発するよなメロディー
どうしようもないほど やさしかった
どうしようもないほど あたたかくてさ

アルバム「桜富士山」からの曲。『浴びせられたビリケンの歌声。 奇妙礼太郎 』でも紹介してたようにサム・クックの黄色いベスト盤のジャケットが登場する。静かなイントロから始まるミディアム・アップのこの曲はウルフルズの「ワンダフル・ワールド」からの繋ぎとしてぴったりな選曲だった。最後のサム・クックの曲を形容した歌詞が秀逸。







8.サム・クックがきこえる --------- ザ50回転ズ
サム・クックがきこえるよ 君が好きだったバラード・ナンバー
歌の二人みたいに 運命なら良かったのに

ザ50回転ズのミニアルバム「12」からの曲。50回転ズにしては珍しいバラード曲。ツイッターでもちょくちょく泣ける名曲として呟いている方も多い。「12」は会場限定販売のCDとあって二回ライブに訪れたものの、生「サム・クックがきこえる」が聴けなかったのが悔やまれる(^_^;)決してスローではないミディアム・バラードだけれど、この曲を聴くと不思議とブルー・ハーツの「ラブレター」を思い出してしまう哀愁のメロディーが心地よい。





9.今夜R&Bを・・・ ------------ 麗蘭
なんだか昔と違う 夜の深さを感じる時
お前と一緒に 聞きたくなるのさ
あの古いメロディー オーティス Ah サム・クック Ah

サム・クックだけというよりもR&Bのアーティスト達に敬意をはらって作られた曲。なので最後は様々な沢山のアーティストの名前が出てくる。RCサクセションのメンバーであるチャボとスライダーズの蘭丸のユニットで、久しぶりにニュー・アルバムが作られているというニュースも出た。清志郎とはいかないが、RCのメンバーの曲がこのコンピに加えられて嬉しい。彼らのファースト・アルバム「麗蘭」から。







10.パーティーはそのままに -------- あうんさんすうじぃ

リクエストをしてもいいのなら 聴きたい歌があるんだ
お願いあのレコードを回して 他のやつじゃダメなんだ
そう ミスターDJ サム・クック回してよ
ミスターDJ パーティーはそのままに

最後は、あうんさん・すうじぃの7インチシングルレコード「45回転」からこの曲。これも「『パーティーを開こう』のアンサー・ソング(あうんさん・すうじぃ) 」で以前取り上げていた。この曲だけ盛り上がりのある下の動画のライブ・バージョンを入れてみた。このライブ・バージョンからオープニングのどんとの掛け声に繋がってループするという流れ(笑)







こうやってサム・クック愛を感じる曲達を続けて聴いていると、自分のサムに対する思いとリンクして嬉しさのあまり涙ぐむこともしばしば。ほんとサム・クックのファンの方にはアルバムを通して聴いて頂きたい。
今後もサム・クックが題材となった曲が出てくれば、随時追加していくつもり。
で、最後のすうじぃさんの「パーティーはそのままに」に感化されて、このコンピ・アルバムのタイトルでもある「サム・クックはそのままで」という曲をアンサー・ソングとして作っていたり(笑)
曲はすうじぃさんの「パーティーはそのままに」やブルー・ハーツの「ラブレター」と同じようにミラクルズの"Tracks Of My Tears"を下敷きに少しハネさせた感じで、歌詞はサム・クックをリスペクトしたラブ・ソングになる予定。
完成すれば誰かに歌って頂いてこのコンピ・アルバムに収録できれば最高だなと(^_^;)
どなたでも良いのでその時はよろしくお願い致します(笑)


Smokey Robinson & The Miracles - Tracks Of My Tears







































AD

A面 純愛のバラード(PLEASE LOVE ME FOREVER) 唄/ジミー・エレッジ
B面 フランキー・アンド・ジョニー(FRANKIE AND JOHNNY) 唄/サム・クック
(VICTOR SS-1373)

レコード・ストア・デイの次の日にヤフオクで落札したシングル盤。
今まで見たことがなかった珍しいレコードだったので少し熱くなってしまった。
競い合った方すみません(^_^;)

前々からこの「感性」を伝える宝のライナーのコーナーで取り上げていた、リトル・ペギー・マーチとの『B面になったシングル盤・「こんどの土曜に恋人を」』(VICTOR SS-1350)や、ペリー・コモ との『愛のゆく道 / 唄) サム・クック』(VICTOR SS-1357)のような、B面がサム・クックになってるカップリング・レコードの第3弾が今回のジミー・エレッジ盤。

前の2つの時はサム・クックがB面ということもあって、ジャケットにはサムではなくペギー・マーチやコモの写真が使われていたが、これにはジミー・エレッジの写真は使われず、60年代当時を思わせる洒落たタッチの線画が使われている。
そしてここまでずっとサム・クックの英語表記が、"Sam Cook"と"e"の抜けたものだったが、今回から正式な"Sam Cooke"に変わっていたことも以前との違いだ。

ライナーを担当しているのは当時ミュージック・ライフなどにも寄稿されていた菅沼孝夫さん。
では、まず最初のジミー・エレッジの紹介文のさわりから。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
サム・クックとジミー・エレッジのヒット曲を二曲お贈りしましょう。
このレコードは'63年の11月、既に発売されたものですが、今度はA面とB面が逆になって、ここに新たに登場するわけです。
ジミー・エレッジはRCAのスターの一人として、あちらではかなり人気のある人なのですが、それに比し我が国での人気がパットしないのは彼の良さがまだまだ認められていないからなのでしょうか。
ナット・キング・コールとレイ・チャールズの声をミックスしたような声をもっており、そしてどちらかと言えばジョニー・ティロットソンやボビー・ヴィントンに非常によく似た歌い方をする人です。(以下省略)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

Jimmy Elledge- Please Love Me Forever


びっくりだったのは一度サム・クックがA面として先にリリースされていたということ。
←先に63年の11月に発売されていたのが、US盤のサム・クックの写真を白黒にして使用したこのジャケットの盤。
何故A面とB面を逆にして新たに発売されたのか分からないが、アメリカ本社か日本のRCAビクターかがジミー・エレッジをプッシュして人気を高めようとしていたのかも。
ジミー・エレッジの方は更に同じ曲"PLEASE LOVE ME FOREVER"であるにも関わらず、日本語タイトルを『とこしえに愛して』から『純愛のバラード』に変えている。
『とこしえに愛して』のタイトルが売れない理由とでも思ったのだろうか(笑)

気になりだすと他にも出てくるもので、最後のジミー・エレッジの歌声を例えるところなども、ジョニー・ティロットソンやボビー・ヴィントンを引き合いに出てくるのは分かるとして、白人のジミー・エレッジにナット・キング・コールとレイ・チャールズが出てきたのには「ん?」となった。耳のこえた菅沼さんだから間違いではないと思うが、どちらかというとサム・クックの歌声の引き合いだとまだ納得できたのに。。。

ま、そんな疑問は置いておいて、肝心なサム・クックの紹介文へ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
一方、サム・クックについては、これはもうゴスペル・シンガーとして余りにも偉大な存在ですので、皆さんよく御存じでしょう。
「ソウルの扇動者」として、サムがレコード会社の人を前にしてロスアンジェルスの聖教堂で初めて歌った時には、それはもう大変なものでした。
聖教堂のあちこちからタメ息がもれ、”これぞ我々が待っていたゴスペル・シンガーである”とばかり、サムが歌い終わった後も場内はわれんばかりの拍手が鳴りやまなかったということです。
それというのもサムがお父さんの「歌をうたうことは、自分の魂をぶつけることだ」という言葉をよく肝に銘じ、それをそのまま自分のものにしたからこそ、聴衆にあれ程の感銘を与えることになったのです。
そして勿論、サム自身敬虔な心を持った人ですし、このことは本当に人の心を動かすことのできる歌手は同時に立派な人格でなくてはならないという事を教えています。
最初のリリース・ナンバー「センチメンタル・リーズン」「オールマン・リバー」からヒット曲「ユー・センド・ミー」、そしてこの「フランキー・アンド・ジョニー」と、サムの歌の底に流れているものは、黒人の持っているあの強烈なバイタリティと神に捧げられた豊かな歌心以外の何物でもありません。
◆ フランキー・アンド・ジョニー
古くから伝わるアメリカの民謡。この曲もブルック・ベントン他、数多くの歌手が歌っていますが、サムのをもってベストと言うべきでしょう。
サムの熱っぽい歌いっぷりが、不気味な程の迫力にみち、聞く者を圧倒します。(菅沼孝夫)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ジミー・エレッジとのカップリングのライナーだというのに、限られた文字数の中でサム・クックのファンの心を鷲掴みにする解説の素晴らしさに思わず唸ってしまった。

ソウル・スターラーズからサム・クック自身を「ソウルの扇動者」として見立てたここでのロスアンジェルスの聖教堂というのは、1973年にUS SPECIALTYレーベルからリリースされたアルバム「ゴスペル・スターズ・イン・コンサート"GOSPEL STARS IN CONCERT"」が行われたシュライン・オーディトリアム(Shrine Auditorium)のことだと思う。
「ゴスペル・スターズ・イン・コンサート」の日本盤は1982年にようやくリイシューされているが、73年のUS盤が出る10年も前の63年に、その時の様子が菅沼さんの解説に書かれていることに驚いた。
そして、説教師の父からの教えによって敬虔な人格者となったサム・クックの生い立ちから、聴衆が感銘をうけるほどの歌手となった歌に込める精神性を上手く伝えられている。
当時、定かでなかったサム・クックの誕生日や生まれた場所などを記載して紹介するよりも、サムの魅力を伝える菅沼さんの解説には熱がこもっていた。

「サムの熱っぽい歌いっぷりが、不気味な程の迫力にみち、聞く者を圧倒します」
こんな菅沼さんのライナーを読むと、サム・クックがB面に降格されたことなどどうでもよくなって、その言葉をアテにサムのをもってベストとする『フランキー・アンド・ジョニー』をあらためて聴きたくなるのです。

Sam Cooke - Frankie and Johnny































AD