悟り(霊的覚醒)を本質的な自己である魂としっかりつながること」と定義すると、感情の取扱い方が見えてきま す。

感情は、自分という意識(顕在意識)と魂(潜在意識の中心)の中間に位置するものです。

悟りを船の上から海底(魂)をしっかり見ることに例える と、海が荒れていたり、水が淀んで濁っていたり、底の方にゴミが堆積してたりしては、海底はよく見えません。

荒れ模様の海とは今まさに感情に振り回されている状態、 淀みや濁りとは過去に蓋をしたり感じていることを否定したために滞った感情です。

これらの問題をクリアにすることで、魂からのメッセージ がより伝わりやすくなります。

 

このボートが宙に浮いてるような写真みたいにクリアな状態だと理想的ですね。

 


そうすると、こんな効果が期待できます。

◯日々の暮らしで楽しく穏やかな気持ちで過ごす時 間が増える

◯感情に振り回されて言動し、またやってしまったと 落ち込むことが減る

◯より本音で人と付き合い、自然に人とつながれる

◯感情を揺さぶられてお金を失うことがなくなり、いつも安心していられる

◯好奇心豊かに活力に満ちて、生き生きした毎日を過ごせる

 

 

このように大切な感情ですが、普段感情に振り回されていると向き合うのが億劫になるのもまた事実です。自分一人だとなおさらそうかもしれません。

 

そこで感情について、少人数で気楽に語れる場を設けました。感情について日頃感じていること、困っていることを話したり、人の話を聞いているだけでもオーケー。

 

自分を知り、感情について考えるきっかけにしていただければうれしいです。お気軽にご参加下さい。

 

7月2日(土)、13日(水)ともに15時より、都内渋谷区のカフェで開催です。

 

 

 

 

ブログデザインですが、これまで使っていたプロの方に作ってもらったマチュピチュのデザインがなぜか突然消えてしまいました。何かと手放す時期なんでしょうか。

 

気に入って長年使っていましたが、そういうことだと考え、シンプルなデザインで再スタートです。引き続きよろしくお願いします。

 

 

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母親は自分の子どもに常にやさしくあるべき。

 

そんな観念は根強いですね。

 

それが理想だし、自然にできればいいけど、そうでないと当事者が苦しむことになります。

 

たとえば、母親がわが子を泣かして喜んでしまうようなケースはどうなんでしょう?

 

 

 

以前参加したある勉強会でのこと。

 

学んでいたのは、要約すると人間関係を最優先事項にして行動しようといった内容でした。

 

他の参加者が、母親として幼いわが子に対して、洗い物などの家事をしている時に声をかけられるとどうしても邪険に扱ってしまうとシェアされていました。

 

こういうことを学んできて、家事をしている手を止めて息子にちゃんと向き合えばいいとわかっているのだけど、わかっていてもできない

 

それだけならまだしも、子供にいじわるな態度をして泣かせてしまうと、「やったぜ。泣かしてやった」と思っている自分がいると、つらそうに話すんです。

 

これを聞いて内心思いました。「それはしょうがない」、って。

 

それは、いわゆる「あかんやつ」が原因の可能性が大きいからです。

 

 

 

 

「あかんやつ」とはなんでしょう。

 

もちろん、このお母さんのことではありません。自分を見つめ、そういう場でシェアするのは勇気が要ることであり、正直で誠実な方だと思います。

 

あかんやつとは、別名インナーチャイルドといいます。

 

自分が幼いころ、親から愛されていると実感が得られなかったようなケースでつきがちな心の傷をさします。

 

実際にどうであったかより、本人がどう感じたかということです。

 

しかも潜在化していることが多く、つまりつらいので顕在意識的には忘れてしまっているが、潜在意識にまるまる残っているのでやっかいです。

 

ちなみに、生まれた時のトラウマ(バーストラウマ)が大きいいほど、インナーチャイルドも大きくなります。

 

自分が愛で満たされなかった分、子供を満たしてやるのを忌々しく感じてしまうというわけです。

 

母親らしくない、大人らしくない振る舞いですが、インナーチャイルドという名のとおり、子ども時代に傷ついた自分なので、子どもっぽい行動に出てしまうのです。

 

 

 

 

それから、そのお母さんは、長男にだけそれをしてしまう。下の息子は何をしてても可愛くてしょうがいない。長男だけいじめてしまうとのことでした。

 

このような話もよく聞きます。こういう場合、たいていそれぞれとの過去生での関係に原因があると考えられます。

 

親子になるような関係が深い魂は、近い関係で何度も生まれ変わって一緒に魂の学びを続けているケースが多いからです。

 

自分が幼いころ、似たような雰囲気の子どもに嫌なことをされた可能性もなくはないですが。

 

いずれにしても潜在意識下の話であり、自分がなぜそんな行動をとるのか本人にはまったく理解できません。

 

 

 

 

このようなケースでつらいのは、母親本人が長男を弟と同じように愛せないことに対して、罪悪感を感じたり、母親失格などとして自分を責めたりしがちなことです。

 

単にやってることを邪魔されるのがイヤぐらいのことなら、人間関係が人生の幸福を左右するといった重要な原則を学ぶと行動が改まったりします。

 

しかし、もっと深い部分が影響していると、自分の意思ではどうにもならないのです。

 

だから、それはどうにも「あかんやつ」なんです。

 

 

 

 

こんなことを思いながら話を聞いていました。

 

とはいえ、こちらも一参加者だし、面識もないし、黙っているしかなかったんですが。

 

このような場合は、自力でなんとかしようとしても苦労の割にはなかなか改善しないことが多いです。

 

または泣かしてしまうような行動を無理に押さえつけると、他のところに欲求不満のストレスがかかりやすくなります。別のところ(例えば身体)に弊害が出たりします。

 

インナーチャイルドや過去生のトラウマは、自分の意思やカウンセリングで話したぐらいでは容易に変化しない部分です。

 

ヒーリングでさっさと癒してよい親子関係を築いた方が、親も子も幸せになれるので得策と感じます。

 

結局こういうトラウマって、この長男も背負ってしまい、またその子に連鎖していっちゃいます。

 

ということで、もっと必要な人にインナーチャイルドやトラウマのことを知ってもらえるようしっかりビジネスをしようと思ったのでした。

 

 

 

先日ノンフィクション作家の柳田邦男さんの「死を創る時代の生き方」というテーマの講演を聴きました。

 

高齢や病気で人生の終焉が近づいた時に自分の生き方や家族の行く末に向き合い、自分が生きた証として何を遺すのか。

 

死から逃げずしっかりと向き合うことで、生が最期の輝きを放ち、人生の幕引きを有意義で豊かなものにしてくれるというお話でした。

 

一般的には忌み嫌われ普段は見ないようにしている死ですが、これからは死に方を自分で決めて(創って)いく時代であり、それによってますます生が充実するという考え方に感銘を受けました。

 

死と向き合う価値については、いずれまた自分なりにまとめたいと思います。

 

 

 

 

今日は、死ほど特別な状況ではなく、人生で日常にありふれたネガティブなことをどうしたら活用できるか考えてみようと思います。

 

いうまでもなく、ネガティブなことというのは、普通は不快を感じるものだし、できれば起きなければいいと思うのが人情です。

 

しかし、ポジティブなことばかりではなく、ネガティブに感じることも起きてしまうのが人生であり、これを避ける術はありません

 

実際、ポジティブに感じることと、ネガティブに感じることの割合を調べた人がいて、その比率は50対50だったそうです。

 

ここではいわゆるポジティブシンキングは何の役にも立たなかったそうです。

 

 

 

死は、間違いなく人生で最もネガティブに感じられるものの一つです。その最もネガティブなものが、向き合うことで大きな価値を生み出すのなら、人生にあるその他のネガティブなものも同じなのでしょうか。

 

実は、そのとおりです。

 

ネガティブな出来事、ネガティブな人、ネガティブな感情、、

 

すべて同じです。

 

 

 

 

まず、ネガティブなものに対するもっともまずい対処とはなんでしょう?

 

それは目を背けたり、逃げたりすることです。

 

ネガティブなものには、逃げるとますます追ってくるという特徴があります。

 

後ろから追いかけられることほど怖いことはありません。

 

見えないだけに空想の中で恐怖は際限なく膨らむからです。

 

恐怖に飲み込まれて自分を見失ってしまうかもしれません。

 

そうなると、しなくてもいい失敗までしてしまう可能性が高まるでしょう。

 

2次災害、3次災害を引き起こすことになります。


 

これに対して、ネガティブから逃げずきちんと向き合うとどうなるか。

 

これは100%間違いなくギフトに変わります。

 

ネガティブな感情は、「今の考え方がちょっと違ってるよ」という魂からのメッセージだからです。

 

また、ネガティブに感じるのは物事の全体が見えていない証拠です。

 

自分の価値観をおびやかすような都合の悪いことは意識から抹消しているのです。

 

ここには価値観=自分という思い込みがあります。

 

価値観を脅かされることは自分という存在を否定されたように感じます。

 

しかし、実際のところ、価値観は親や社会から与えられたもので、自分起源のものではないのです。

 

 

 

だから、価値観を手放しても痛くもかゆくもないどころか、とても自由になります

 

自由な視点からは、なぜそのネガティブなことが起きる必要があったかがはっきり見えてきます。

 

それはまず間違いなく自分の狭い考え方を手放し、今そこにある愛に気づくためです。

 

すると、そこには怒りも悲しみも恨みもなく、あるのはただ感謝のみということになります。

 

およそ人間の成長でこれ以上のものはないといってよいでしょう。

 

そこまでいくとその課題はクリアとなり、次のステージに進めるわけです。

 

 

 

そう考えるとネガティブなものを避けたり怖がったりする必要はまったくないことに気づきます。

 

自分からあえてネガティブを求める必要はありませんが(なぜなら人生の半分は確実にネガティブだからです)。

 

大切なのは、どんな時でもネガティブを受け容れ精神的成長に活かせるのだという安心感です。

 

繰り返しになりますが、ネガティブなことには逃げずに向き合うとは、今できることをしたり、ネガティブという評価・判断を生み出すもとになった考えを手放したりすることです。

 

この安心感は人生に対する信頼へとつながります。

 

信頼ベースで生きることで、人生は何が起きるかわからない不安に満ちたものではなくなります。

 

そうではなく、何が起きるかわからないけど大丈夫なことは保証されていて、ドキドキワクワクを楽しめる、まるで遊園地のアトラクションみたいにものになるのです。

 

雨が降るから虹が出るんですね。

 

 

 

最後に、どうやってもネガティブはネガティブとしか思えず、感謝なんかできないという人のために。

 

また、それほどではなくても、自分の価値観を手放す時には通常大きな痛みが伴い、価値観から自由になることを難しくしています。

 

その原因は、潜在意識にあるトラウマという心の傷にあります。

 

例えば、両親揃って「医学部に入れなければ人間じゃない」といった価値観が蔓延するような医者一家の家庭で育った人がいるとします。

 

この人が学力不足で医学部に入れず親からがっかりされたりすると、それが原因で深い心の傷が生じ、自分には価値がないという思いを抱く可能性が高くなります。

 

すると、この人は「人間の価値は能力で決まる」という価値観か、反動で「人間の価値は能力じゃない」という価値観を強く持つことになるでしょう。

 

この人がこの価値観を手放す際、自分が傷ついた過去の体験、心の傷が自分ではどうしようもないような大きな痛みとして立ちはだかるのです。

 

一悟術ヒーリングは、そのような傷を癒すことで、ネガティブを受け容れ、自分の成長に役立てることを促す効果があるのです。ご参考まで。

 

 

 

先日お知らせしたお茶会の申し込みを開始しました。仲間の女性カウンセラーとの共催です。お気軽にご参加下さい。