<最高の自分>を生きる-自分のすべてを受け容れ、無限の価値を認める方法

「最高の自分」とは本来のあるがままの自分、「自己成長」とは本来の自分に還る道です。理想の現実を創造し、無限の可能性を生きる方法をお伝えしています。

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こんにちは。祇場駿矢です。

 

今日はこちら埼玉では雨模様で肌寒い1日になりました。こういう日は自分の内面を探っているのに向いていますね。

 

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先日の「人間関係の悩みやストレスから永久に解放される方法」の続きです。

 

ほとんどすべての人が人間関係の悩みを抱えている中にあって、人間関係において「いかなる場合も」他人を否定しないという対処法を提案しました。

 

これは「してくれて当たり前」という人間関係を必ず破壊する究極兵器に対して、「期待ゼロ」、つまり、他人に対して何も期待しないという対極の立ち位置をとることでもありました。

 

 

 

今日は具体的な人間関係を例にとり、その有効性について調べてみたいと思います。

 

まず、職場での人間関係を取り上げてみます。

 

その中でも、どちらかといえば自分に権限があり、自分主体で対処しやすそうな、部下との人間関係について考えてみようと思います。

 

では、さっそくいきましょう。

 

 

 

部下との人間関係での悩み

 

自分が上司、または、人に指示する立場だとして、どんなことが悩みになりうるでしょうか。

 

「部下が思う通りに動かない」

 

「部下が仕事ができない」

 

「仕事の要領が悪い」

 

「部下に能力がない」

 

「部下が言うことを聞かない」

 

「上司である自分に対する尊敬が足りない」

 

「部下の仕事に対する気合いが足りない」

 

「部下の気が利かない」

 

「部下の服装が職場のカルチャーにそぐわない」

 

「部下の行動が遅い」

 

「部下の言葉遣いがなっていない」

 

などなど、たくさんありますね。細かく見ると、もっともっとあるでしょう。

 

 

 

 

 

悩みの根本原因

 

多岐にわたる悩みや不満ですが、共通する要素があることに気付かれるでしょうか。

 

それは「こうしてほしい」、「こうあるべき」という期待が裏切られたと感じているということです。

 

この考え方こそ、悩みをもたらしているものの正体です。

 

ここで気づいてほしいことがあります。

 

この「部下にこうしてほしい」「部下はこうあるべき」という考え方を持っているからこそ、悩みが生じていました。

 

ちょっと想像してみてほしいのですが、もしこの考え方がなかったら、部下への期待がゼロであったら、上司であるあなたの感情や思考などの反応はどうなるでしょうか。

 

考え方を手放すべき、期待すべきではないとはいっていません。もしそうだったらという仮定の話ですからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

想像してみていただけたでしょうか。

 

期待していないので、別になんとも思わないのではないでしょうか。

 

悩んでいた時にくらべると、差は歴然でしょう。相手(部下)や不甲斐ない自分に怒りを持つこともなく、どうすればいいのかと頭を悩ませることもない。

 

平常心でリラックスしているかもしれませんね。

 

相手(部下)は(あなたの悩みや苦しみと)関係ないのです。

 

自分の考え方によって、自分の心がかき乱されている。

 

起きていることはそれだけです。

 

部下は別にあなたを悩ませようと思って、そのような言動をしているわけではありません。

 

部下は部下の価値観に基づいて、自分の好きなように行動しているのです。

 

はっきり言いましょう。部下の言動を変えることは、不可能です。

 

よく言われることですが、人は人を変えることはできません。

 

あなただって誰かに言われて何かをするのは大嫌いでしょう。みんな同じなのです。

 

 

 

「ちょっと待ってください。私の部下は、明らかに上司であるあなたを馬鹿にして、わざと私が嫌がる行動を取っていて、タチが悪いんです」

 

たしかに職場の人間関係の悩みでは時々聞く話です。

 

しかし、それでも同じなのです。

 

「部下は上司を馬鹿にすべきでない」「部下は上司に嫌がらせすべきでない」

 

その考えが苦悩を生み出している点で同じ構造ではないでしょうか。

 

相手(部下)の言動は、誰の領域でしょう?

 

言うまでもなく、相手(部下)の領域ですね。

 

相手(部下)の領域に立ち入ることが、自分の悩みや苦しみを作り出しているのです。

 

 

 

すべては自分のために

 

たしかにそうかもしれません。でも、それでは上司としての職場での自分の評価に関わる、とあなたは思うかもしれません。

 

上司である自分の評価を気にするのは誰か、それはあなた自身です。

 

だから、これは上司であるあなたの領域です。

 

そのためにあなたにはできることがあります。

 

そうです。これまで部下がやるべきと考えていた仕事をあなたがやるのです。

 

なんで部下の仕事を自分がやらなくちゃいけないかですって?

 

だって、自分の評価のためなのですから。あなたがやるのは当然です。

 

でも、それでは部下が育たない?

 

だって、部下にやらせようとしても現実にやらないわけですよね。どっちにしても育ちませんよ。

 

でも、それでは腹の虫が収まらない?

 

ではうかがいますが、以下の二つのうちどちらがいいでしょうか。

 

一つは、「部下はこうあるべき」という考え方を握りしめ、思うようにならない相手(部下)にどす黒い怒りやなんで自分がという思いを抱えたまま、部下がやらない仕事を尻拭いする。

 

もう一つは、その考え方を採用せず、平常心で軽い気持ちでありつつ、自分のために部下の仕事をする。

 

どちらもやることは同じ、ただ抱いている思いや感情で、エネルギーの消費や疲れ方は大きく異なるでしょう。

 

この選択もやはり自分のために行うのです。

 

 

 

 

期待を手放すことで開けてくるもの

 

ここからは仮定の話ですが、このよう「こうあるべき」「こういなければならない」という考え方が手放せて冷静でいると思わぬ発見があるかもしれません。

 

たとえば、部下の見えていなかった長所に気づく、よりきめ細かく見ることで部下がつまづいていた箇所がわかるなど。

 

仮定ですがありえる話ではないでしょうか。

 

そうなれば、上司としてアドバイスすることで、部下が自分からやる気を出す方向に導くことも可能です。

 

また、本当にその職場に向いていない人の場合、上司である自分が部下を解放してあげることで、次の職場に向かうことができることもあるでしょう。

 

元の、期待と裏切りという構図で感情に彩られ固定した人間関係は、お互いの正常な思考能力を奪い、往々にして両者を今の場所に縛り付ける傾向があります。

 

部下であった相手が次の職場で才能を開花させたなら、それは相手にとっても、あなたの会社にとっても、ハッピーなことです。

 

非情でもなんでもなく、むしろ相手(部下)への思いやりというものです。

 

 

 

 

 

最後にもう一つ、重要な点があります。

 

それは無能なのは誰かという点についてです。

 

上で見たように、部下はあなたの期待とは違う方向で長所や才能を持っていたり、接し方次第ででやる気を出せる、本当はそういう人かもしれません。

 

むしろ、才能のない人はいないし、誰でも自分の価値観に合うことはやる気が出るので、これは事実と言ってもいいでしょう。

 

本当はそういう人なのに、上司であるあなたが自分の考え(「部下はこうあるべき」「こうすべき」などの期待)に固執して、部下を活かせないあなたこそ、無能かもしれないということです。

 

相手(部下)はもしかすると、それを教えてくれているのかもしれません。

 

こうしてみてくると、期待にそぐわない相手というのは、自分のこだわりに気づかせてくれ、しかも、能力を高める機会を与えてくれる気もするのですが、いかがでしょうか。

 

以上から、職場での部下との人間関係において、他人を否定しない、期待しないという考え方はたいへん機能すると言えそうです。

 

次は部下の立場から見た上司との関係について扱いたいと思います。

 

 

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こんにちは。祇場駿矢です。5月も終盤に差し掛かり、関東でも暑いと感じる日が増えてきましたね。

 

もう少しすると、梅雨入り、暑い夏がやってきます。気候のいい今のうちに体調を整え、夏を乗り切る体力をつけたいものです。

 

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今日は人生がうまくいく人とうまくいかない人の違いについて考えてみました。

 

人生は思いのとおり

 

それを考えるに当たって、前提となる絶対的な法則があります。

 

それは「人生は思っているとおりになる」ということ。

 

言い換えると、

自分の人生はうまくいくと思っている人の人生はうまくいき、

自分の人生がうまくいかないと思っている人の人生はうまくいかない、

ということです。

 

それは、

人生で起きることをどう考えるかという「考え方」の問題でもあります。

 

人生で起きるどんなことも、出来事という意味では単に一つの事実にすぎません。

 

その事実に対して、うまくいっていると思うのもうまくいかないと思うのも考え方一つということになります。

 

そのために、人生で起きる出来事をどう捉えるかという考え方を学ぶことは大切です。

 

たとえば、こんなふうに。

 

「宇宙に存在するあらゆるものは、プラスとマイナス、陰と陽、すべてがバランスしている」

 

「それなら、目の前のマイナスにしか思えない出来事にもきっと隠れたプラスの意味があるはず」

 

「よし、ではその前提で、自分の人生にとっての出来事の意味を見直してみよう」

 

こんなふうに考えることで、人生で起きていることの意味を自分から主体的に解釈することができます。

 

これこそうまくいっている人の考え方です。

 

一方、うまくいかない人は、常に受け身です。周りの人が、環境が、といつも自分以外のもののが主体です。

 

対する自分は、自分以外のものの作用をただ受ける側、被害者であり犠牲者になってしまいます。

 

これではいつも人生がうまくいくどころか、うまくいくものもうまくいかなくなってしまいます。

 

ですから、人生がうまくいく考え方を学び、普段からそのように考えることは、非常に大事です。

 

他にもいろんな人が、人生をうまくいかせるための様々考え方を提唱しているので、勉強してみるとよいですね^ ^

 

 

 

 

考え方を変えるのがむずかしい人の場合

 

しかし、

 

しかしですよ。

 

考え方を変えればうまくいくことはわかった。たしかにそのとおりだと思う。

 

でも、こんな思いをされている方はいないでしょうか?

 

「どうしてもいい方向に考えられないし、現に自分の人生がうまくいってるとは思えない。」

 

「頭ではうまくいってるはずと思おうとするが、そう考えようとしても体がついていかない。」

 

「悲しさや苦しさなどの感情が心のうちから湧いてきてどうにもならない。」

 

そう簡単に考え方を変えられれば苦労しないよって。

 

そうした場合、人生をうまくいかせるための次の一手があります。

 

その一つは、体を介した方法。

 

体がついてこないのだから、体からアクセスするのです。

 

体と心はつながってますからね。

 

具体的には、筋反射を利用したキネシオロジー、体の一部をトントンするタッピングといわれる方法など、いろんな手法があります。

 

また、思考でなくエネルギーを用いる各種のヒーリングなども有効です。

 

今の時代はよい時代で、すぐに効果があらわれるような効果的なものがたくさん出ています。

 

これらをきっかけに人生が好転し、うまくいくようになった人もたくさん知っています。

 

速効性があるので、人生がうまくいかなくて苦しんでいる人にとってはとてもありがたい、すぐれた方法です。

 

気になる方は試してみてください。

 

 

 

 

速効性のある方法がうまくいかない人の場合

 

しかし、

しかしですよ。

 

こういった、体に作用する方法やヒーリングを使っても、人生がうまくいくようにならない方は実は少なくありません。

 

うまくいくようになった方に対して、その方法でうまくいかなかった方は、黙っているのが普通なのであまり目立たないのです。

 

人生がうまくいく、いかないの違いを探究する上では、さらに突き詰めて考える必要があると感じます。

 

どうして考え方を変えたり、体に働きかけたり、ヒーリング等ですぐに効果が出る人とでない人があるのでしょうか。

 

それは、心の奥深くに存在する「ある要素」にかかっています。

 

ある要素とは、過去のある時点で負った心の傷、トラウマと呼ばれるものです。

 

トラウマというと、大きな事故や事件などが原因というイメージがありますが、実はそれだけではありません。

 

むしろ、そういったトラウマはほとんどの場合記憶があるし、人生をうまくいかなくしている原因という認識があるので、さまざまに対処しようとします。

 

時間と努力を要するかもしれませんが、根気強く取組むことで、人生がよい方向に向かうでしょう。

 

 

 

ここで問題にしたいのは、ほぼ記憶がなく、人生をうまくいかなくしているという自覚がないにもかかわらず、潜在意識、無意識下で否定的な影響を出し続けるトラウマです。

 

このようなトラウマは個人差が大きく、軽い人と重い人がいるのです。

 

軽い人は前述の考え方を変えたり、体から働きかけたり、普通のヒーリングなどで人生が好転しやすいタイプといえます。

 

ところが、トラウマが重い人は、心の根っこにすごい重荷を背負っているようなものであり、体や心の表面からの働きかけではうまくいかないのです。

 

これは本人にとってみれば気の毒な話です。何も知らずに最初からハンデを抱えているわけです。

 

心の奥に抱えているものが違うわけですから、同じことをしても結果が異なるのはある意味当然なのですが、それを知らないので、「どうして自分はできないのか」、とまた自分を責める方向にいきがちです。

 

これでは、人生がうまくいかないループから抜け出せません。

 

 

 

 

うまくいく、いかないを隔てる原因

 

心は目に見えないものですが、何層にも分かれています。

 

そして、各層の性質は、それこそ水や金・銀以上に異なります。

 

一般に、心は変わりやすく、考え方次第でどうにでもなると思われていますが、実はそうではありません。

 

勘の良い方はお分かりでしょう。

 

人生がうまくいく人とうまくいかない人を分けているある要素、トラウマというのは、変わらない方に属します。

 

残念ながら、トラウマはちょっとやそっとの働きかけでは改善しません。

 

では、どんな働きかけなら改善するのか。

 

その代表的なものの一つが、厳しい修行です。

 

山野を駆ける、滝に打たれる、ひたすら坐って経を唱えるなど、生半可な覚悟ではできません。

 

天台宗の千日回峰行では、行を断念した際に命を絶つための短刀まで携行するそうです(現代ではさすがに本当には使わないでしょうが)から、まさに命懸けです。

 

このように極限まで己と向き合う修行によって、はじめてトラウマがある潜在意識の深層の改善が可能なのです。

 

もう一つの代表的な方法は瞑想です。正しくしっかり瞑想すれば、トラウマは解消に向かいます。修行ほどには苦しくないかもしれません。

 

しかし、こちらは時間がかかります。十年、二十年と十年単位での取り組みが必要になります。

 

人生をうまくいかせるために修行しましょう、と言いたいわけではありません。

 

また、瞑想も効果が出るまで十年も待っていられないのではないでしょうか(とはいえ、瞑想を日課にするのは非常にオススメです。私も実践してます)。

 

普通の人が日常生活を送りながら効果が期待できる程度にこうした取り組みを行うのは、実際のところ相当むずかしいでしょう。

 

そうではなく、それぐらい改善することは簡単ではないということを言いたいのです。

 

考えてもみてください。一瞬とか、一日、あるいは数日、何れにしても短期間で、簡単に変化が実感できるような手法で潜在意識が書きかわるなら、なぜそこまで厳しい行をする人がいるのか。何十年も瞑想するのか。

 

やはり必要だからこそだと思います。

 

 

 

 

根本原因の解消法

 

ここで終わってもいいのですが、それでは、ここまで読んでくださった方にじゃあどうすればいいのかという疑問が残ったままになります。

 

以下を書き記すことで、「結局、自分のサービスの宣伝?」と思われるのは本意ではありませんが、それも仕方ありません。そう思いたい方はどうぞご自由になさってください。

 

 

 

困っている方、さらに人生をよくしたい方のヒントになればという思いで続けます。

 

この容易ならざるトラウマを普通に日常生活を送りながら解消できる方法が一つあります。

 

それが「一悟術」と言われる古来より日本に伝わる精神成長のための技法です。悟りに近づく一の方法と称されたことからこの名があります。

 

広い世の中ですから、きっと他にもあるとは思いますが、私は存じません。

 

日本で国家が成立する遥か以前より伝承されており、ここ一千年は古神道・陰陽道など特定の家系に長子相伝の秘法として伝わったものです。

 

一悟術の本来の目的は、悟りを開く、すなわち、生きながら神になることです。神事(かみごと)だからこそ、通常では考えられないほどの作用を及ぼします。

 

読んでくださっている方の中に、悟りたいと思っている方が多くいるとは思いません。

 

ですが、人生をよくするというか、うまくいく、いかないを超えた境地まで行こうとするのが悟りですから、普通の人が使って効果がないはずがありません。

 

本人の努力は必要ですが、大元で足を引っ張る要素が相当程度軽減するので、たとえば最初の考え方を変えるなどの方法が効果を発揮するようになります。

 

心の大元を変え、表層を整えることで、人生がうまくいくようになるのです。

 

トラウマが軽く、表層的な手法で人生がうまくいっている人にとっても同じです。

 

より幸せ感が増したり、才能が発揮できたり、本来の自分が持っているポジティブな要素が引き出されやすくなります。

 

結局、問題の根本が癒されるので、本人がぶつかっている課題がより自分が成長できる方向に向かっていきます。

 

言ってみれば、「人生が本来あるべき軌道に戻っていく」ようなイメージです。実際に、生き方が変わった人は枚挙にいとまがありません。

 

本来の生き方に沿って生きる時、人は最も充実感を感じ、人生がうまくいっていると心から思えるのではないかと思うのです。

 

長文、最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

 

今回、長くなりすぎるので、トラウマとは具体的になんなのか、なぜ秘法であった一悟術が現代になって社会の表に出てきたのかなどについては、あえて触れていません。

 

おいおいこのブログでも触れていきたいと思いますが、すぐに一悟術についてさらに知りたいと思われた方はこちらをご覧ください。

 

 

 

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こんにちは。祇場駿矢です。今日もいいお天気ですね。

 

一昨日はとあるグループコンサルに初めて参加し、10人の参加者で互いのビジネスに助言し合うという経験をしました。

 

昼過ぎスタートで夜10時ぐらいまでみっちりだったので、体はかなり疲れましたが、お互いが相手の発展を願って知恵を出し合う場はエネルギーが高く、気持ち的には高揚する感覚があり、楽しかったです。

 

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先日、人間関係のトラブルを避ける最善の方法は他人を否定しないこと、という記事を書きました。

 

それに対して、ある人から「一見簡単そうだけど、実はむずかしいんですよね」というコメントをいただきました。

 

それで私が言いたいことがうまく伝わっていないことに気づきました。

 

きっとその方は、なるべく他人を否定しないようにしようという提案、みたいに受け取られたのだと思います。

 

けれど、それだと自分が気にいる他人の言動や考え方は肯定して、気に入らないものは否定するという行き方とさほど違いはありません。

 

それって、日頃から人間関係でやっていることではないでしょうか。そして、結果として、ほとんどすべての人が人間関係の悩みやストレスを抱えている

 

私の提案は、人間関係において「いかなる場合も」他人を否定しないという対処法です。

 

同じことをして異なる結果を期待するのは愚かなこと、とあのアインシュタインも言っています。

 

だったら、違うことをしてみませんかということです。

 

 

それでは改めて「他人を否定しない」ことがどうして人間関係のストレスから自分を解放することにつながるのかみてみましょう。

 

人間関係で最も波風を立て、関係性を破壊する方法をご存知でしょうか。

 

それは相手に対して「これぐらいしてくれて当たり前」と考えることです。

 

してくれて当たり前だからもちろん感謝もありません。してくれなかったら、して当然のことをしないのだから腹が立ちます。

 

一方、なにかした方は、してあげても感謝もされず、もししなかったら怒られるのですから、割に合わないですよね。こちらはこちらで不満を抱きやすくなります。

 

両者ともにストレスを感じやすい質の低い考え方と言えます。家族や友人など、割と近しい関係に起きがちかもしれません。

 

「してくれて当たり前という」は不健全な人間関係を作る最悪の考え方ですが、その思いの背後には相手への「期待」があります。

 

「してくれて当たり前」はその期待の程度がMAXに高まったものですが、多かれ少なかれ期待が裏切られた場合には失望が付いて回ることとなります。

 

期待が小さいほど、満たされた時の感謝は大きく、裏切られた時の失望は小さい。

 

反対に期待が大きいほど、満たされた時の感謝は小さく、裏切られたら失望も大きい。

 

このような関係にあります。

 

「してくれて当たり前」が後者の極点です。

 

 

その対極に位置する「期待をゼロ」にする考え方が、「他人を否定しない」ことにつながります。

 

なぜ期待をゼロにするのが理に適っているのか。

 

それは、相手は常に相手の価値観で考え、行動するからです。

 

自分の価値観に合わせて考えろ、行動しろ、というのは、どだい無理な話です。

 

たまたま相手の価値観が、自分に好都合なものだとして、自分が望むように行動してくれたらラッキー、してくれなくてもそれが当たり前だと受け取れます。

 

これだと、人間関係で波風が立つ要素が大きく減るのではないでしょうか。当然、人間関係でストレスや悩みを感じる場面や回数も減ると思われます。

 

慣れていけば、一切他人を否定しなくなり、タイトルのとおり、人間関係の悩みやストレスから永久に解放されるのではとちょっとワクワクします。

 

実際、先日の記事を書いて以来、自分自身で「相手に期待しない。否定しないという考え方」を実践していて、その効果を感じています。

 

前だったらイラッときそうな出来事や場面でも、「あぁ、相手は相手の価値観で行動してはるんやなぁ」(なぜか関西弁)と考えれば、「(相手は)そりゃそうするわな」となります。

 

 

前回より少しわかりやすくなっていればいいのですが。

 

基本的な原理はこれだけのシンプルなものですが、そうはいっても人間関係はもう少しバリエーションに富んでいます。

 

相手がいるからこそ、変化球や想定外のコースもありで、人間関係には悩みやストレスが付きまとうのでしょう。

 

相手の価値観と自分の価値観がぶつかる場合、いっさい他人を否定しないという考え方を適用して、どうしたらいいのでしょうか。

 

職場、家庭、その他究極的なケースなど、実際の場面を想定して考えてみたいと思います。→最初は職場での部下との人間関係について

 

 

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