おはようございます。

悟りの実践研究家、祇場駿矢です。

 

みなさんは、登山には体力が必要と思いますか? 

YESと答える人が多いと思います。 

実は私もつい一昨日までそう思ってました(笑) 



でも、違うんですね。 



ある山関係のプロがおっしゃるには、 

「マインド8割、体力2割」 

とのことです。 



それを裏付けるのが、 
今日の92歳の登山者のお話です。 

その方は毎年北アルプスの燕岳、 
標高2763m?の高所に建つ山小屋まで 
登られていたそうです。 


標準タイムで5時間半ぐらいの 
ルートを7、8時間かけて。 



そう言うと、その方は山の超ベテランで、 
常人離れした健脚だったのではないか 
と思われるかもしれません。 


でも、そうではなかったそうです。 


ごくごく普通のお年寄りでした。 


年相応に、山小屋の階段を下るにも 
手すりにつかまりながら、 
やっとのことで歩かれている。 


周りの人は、もしもの時はいつでも 
支えられるようにと、身構えていたほど 
だったそうです。 


それでも、登山の時は70代の娘さんが 
少し離れて付き添うだけで、 
すべて自力で登り下りされていた 
ということでした。 




プロの方いわく、 

「その方は、自分が登れるということを知っていた」 

ということなんです。 

これものすごく重要ですね! 




登れるかどうかわからない状態だと、 

たどり着けるんだろうかとか、 
無理なんじゃないかとか、 
途中で動けなくなったらどうしようとか、 

不安になって余計なことばかり考えてしまいます。 



すると、そもそも思考することは 
エナルギーを消耗するし、 
ネガティブな思考や感情は 
さらに体力を奪います。 


そうやって、「もう無理」 
となってしまうんですね。 




登山の場合、時間をかけて 
ゆっくりと登ることがコツ 
だそうです。 


急いで登ろうとするから、 
ペースオーバーで 
膝や足が痛くなったり 
疲労困ぱいでつらくなるそうです。 



だから、私も一連の山行では 
いかにゆっくり登るかを 
課題にしたいと思います。 




ところで、このお話、 
人生全般、なかんづく、 
悟りの道を歩く上で 
とても有益です。 


人生や悟りはよく 
登山に例えられますが、 
能力よりもマインドが大事 
ということでしょう。 



そして、 
その道は言ってしまえば 
ゴールのない道です。 


そこが本当の登山との違いで、 
読み替えが必要なところです。 



悟りの道にゴールはないけれど、 
「一歩踏み出すと確実に一段高いところに」 
登れます。 


そして、よしんば 
道半ばで人生が終わったとしても、 
あの世に帰還して神様に労われ 
来世でまたそこから歩み始められます。 


一方、歩くのが嫌になって 
立ち止まってしまっては 
何も変わりません。 


あきらめて下山するよりは 
いいですけどね。 



悟りの道を行く上で大切なことは 

「能力よりマインド」 

「なによりも歩き続けること」 

だと気付かされたのでした。 

AD

おはようございます。

昨日は東京は雨でした。

 

 

 

週末から強い風が吹き、

一昨日、昨日と雨が降りましたが、

 

思ったとおり

毎日通る道端の満開の桜は

それほど散ってはいませんでした。

 

 

 

よく風や雨が桜を散らす

と思われていますが、

実はそうではない

と聞いたことがあります。

 

 

 

では、桜はなんで散るのか?

 

 

 

桜は散る時が来たら

散るのだと。

 

 

 

 

もちろんそのタイミングに

風雨が重なると

あっというまに

散ってしまいますが、

 

それは桜がすでに

散花を受け容れているだけのこと。

 

 

 

良寛禅師は辞世でこのように詠んでいます。

 

 

 

「散る桜 残る桜も 散る桜」

 

 

 

私たちはみな遅かれ早かれ

逝く命です。

 

 

 

死ぬ時が来たら死ぬのですが、

逆に言えば、

死ぬ時が来るまでは

死なないのです。

 

 

 

風が吹こうが

雨が降ろうが。

 

 

 

そうであるなら、

命ある限り

精一杯の花を咲かせて

生きたいものです。

 

AD

こんにちは。

悟りの実践研究家、祇場駿矢です。


関東はあちこちで桜が満開、

天気は今ひとつですが、

すっかり春ですねー

 

 

みなさん、お花見には行きましたか?

 

 

私は昨日近所の公園に行ったのですが、

桜の花が空を覆う空間のエネルギーを

しばしのあいだ、堪能できた気がします。

 

 

 


前回の記事で、
今は「一寸先は闇」の時代
と書きました。


一方で、「一寸先は光」
という言葉を聞いたことが
ないでしょうか。



陰陽はバランスするものであり、
こういう見方も面白いと思います。



バランスを取る意味でも
なぜ「一寸先は光」なのか
まとめてみました。



(その1)
◯何年暗闇でも一瞬で変わる


日の光が差さず
真っ暗闇の部屋でも
電灯を点ければ
一瞬で明るくなりますよね。



それが1時間だけ暗闇だったとしても
10年間ずっと暗闇だったとしても
明るさに何も変わりはありません。



これまでどんなに
厳しい人生だったとしても
光が射せば一瞬で変わるということで
希望が持てる言葉です。




(その2)
◯何万回失敗しても
 次の一回で成功しないとは限らない



トンネルを掘り進んでいるとき
周りは当然真っ暗闇です



でも、
あと一寸(3cm)掘り進んだら、
貫通して向こう側の光が見えるかも
しれません。



「あきらめたら、そこで試合終了ですよ」
という名言、ありましたね。



もう一寸、今日も一寸、
あきらめずに淡々と
進んでいきたいものです。



AD