そろそろ「悟り」について、正面から扱っていこうと思います。

 

私が思う「悟り」とは、自分を見つめながら自分を満たしつつ、感性が磨かれ心が育っていった、その先に当たり前にあるものです。

 

だんだんと自分のことがわかり、やがて、自分こそが自分の世界を創り出していることに気がつきます。

 

その先も意識は拡大・成長を続け、自分のみならず、自分と同様に世界を創り出している他人とも繋がり、集合意識や普遍意識の領域まで深化、純化を遂げることが可能なようです

 

その成長は、宗教で言われる「悟り」をはるかに超えた先まで続いていきます。

 

ですから、「悟り」はゴールではなく、「生涯歩き続けるみち」と捉えた方がより正しい認識といえるでしょう。

 

 

 

 

古来、「自分とは何か」、「自分とは誰か」は哲学の最初にして、永遠のテーマでした。

 

自分を知ることは、片時も離れず常にそれを通して世界を見ている「自分」という最も身近で、最も深遠な謎を解き明かすことなのです。

 

多くの人が自分自身がわからないから、好きなことを探したり、自分以外の者になろうとしたり、外からの承認で価値証明しようとしたりしているのではないでしょうか。

 

すると、自分の軸というものがないので、人からどう見られるか気になったり、それで右往左往したりと、迷いに迷ってしまうのです。

 

「悟りのみち」はその迷いから自分を解き放ち、真に自由な人生を生きる唯一といっていい生き方です。

 

 

 

 

にもかかわらず、先日悟りに関してよくある5つの誤解として取り上げたとおり、多くの人が「悟り」を誤解しています。

 

その最大の弊害は、人が人として最高に自由で幸せに生きるためのベストな方法から遠ざかってしまうことです。

 

多くの人は、日常目の前にある、人間関係や仕事、お金や健康のことで頭をいっぱいにしています。

 

それを何とかしてうまくいかせようと奮闘し、うまくいくこともあればいかないこともあるという状態で一生を終えていきます。

 

そして、また生まれ変わり徐々に成長していくのです。これが仏教でいう六道輪廻という状態です。

 

 

 

 

なんとなく生きていても、すべての出来事というのは実は自分を成長させるために起きているので、試行錯誤するうちに段階を上がることができます。

 

もちろん、人のせいにしたり自分を責めたりしているうちはダメですよ。

 

でも、人のせいにしてうまくいかなくて、ある日、自分の中に原因を見出すことでそこを抜けるようなことが起きてきます。

 

そうやってゆっくりと、いくつもの人生をかけて成長していくのも悪くはないと思います。

 

でも、大きな世界の中にいるちっぽけな人間という意識で生きていくのはなかなかつらいものです。

 

だって、真面目に一生懸命生きてても、いつ何時、自分や愛する人、親しい人に、不幸が降りかかるかわからないのですから、決して気が休まりません。

 

また、人生で成功したとしても盛者必衰の理のとおり、老いもするし病気にもなります。

 

そして、誰一人として死は避けられないわけで、たいていの人はその冷酷な真実をできるだけ見ないようにして生きています。

 

 

 

そうではなく、思い通りにならないものに正面から向き合い受け容れた上で、絶対的に安心な領域で生きられるのが「悟り」を目指す生き方と言えます。

 

これこそ、どんな人でも目指す価値がある生き方と言えないでしょうか。

 

さらに言うと、ある段階をクリアすれば、ゲームのステージが上がるごとく、輪廻転生を終えて、宇宙で次の生き方を選択できるようになります。

 

というか、ゲームの方がこの仕組みを取り入れたのでしょうね。

 

実のところ、もともと宇宙の高いステージで生きていた人も地球にはたくさん来ています。

 

自ら選んで地球に生まれたけど、地球の磁場の重い波動にとらわれて輪廻の輪から抜け出せなくなっている状態です。

 

荒唐無稽にも思えるこの話、なんとなくわかるという人は、実はそういう過去生があるのかもしれません。

 

 

 

次回からは、悟りのみちを進むとは具体的に何をすればいいのかについて、書いていきます。ご期待ください。

 

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「簡単に儲かるなんて嘘くさい」

 

世の中の常識で考えて、そう思っている人は多いでしょう。

 

にもかかわらず、スピリチュアルや心理学的なワークやメソッドで

 

「簡単に人生よくなるよ」と言われ、

 

いろんな方法を試してはあきらめ、セミナー、ワークのジプシーとなっている人、

 

一方、たしかに人生よくなったと満足して現状にとどまっている人。

 

常識的に考えて、もう少し疑ってみることが必要です。

 

そう、「簡単に人生よくなる」は「簡単に儲かる」と同様、ウソなのです。

 

その理由を以下で説明します。

 

 

 

 

まず、前者の方たちに申し上げます。

 

いろんな方法を試したけどダメだった方、一時は変わったように思えても気づけば元に戻っている方、いずれにしてもあなたにはそれらの方法が合っていないのです。

 

ここでは、効果がある人にはある、きちんとした方法という前提での話とします。

 

その場合、あなたの人生が思うようにならない原因はもっと深い部分にあることが考えられます。

 

一瞬の気づきや施術で取り除けるような心理的ブロックや観念、感情的な滞りなどは、潜在意識の中でも顕在意識に近い浅い部分にあります。

 

ワークやメソッドでそれらを取り去っても、深い部分にある根本原因に影響を与えることはむずかしいのです。

 

このような場合、「簡単な」方法では人生をよくすることはできません。

 

 

 

一方で、後者の人生よくなったと満足している人はどうでしょうか。

 

よくなったんだからいいじゃないか、という声も聞こえてきそうです。

 

たしかにそのとおりです。

 

心底そう思うなら、ここから先は読まない方がいいと思います。

 

まだそれを知るタイミングではなく、かえって害になるかもしれませんから。

 

 

 

 

 

 

 

読み続けようという方、ご準備はよろしいでしょうか。

 

「簡単に人生良くなる」がウソである理由、それは、

 

人生がよくなったとはいえ、そこが本当の目的地ではないからです。

 

偽りの目的地にはいくつかパターンがあります。

 

「すべては愛よ〜❤️」「光なのよー✨」「地球もみんなも一つにつながってるの〜」

 

といった感じで、意識を無理やりポジティブに向けようとするパターン。

 

そして、問題があることに気づいていながら、お金やお金で得られる物質的なもので誤魔化そうとするパターン。

 

お金がある程度あって生活に余裕があると、とりあえずは快適に過ごせるものです。

 

いずれも共通するのは、見たくないものを見ないということ。

 

冬にコタツにぬくぬくと入っているようなものです。家事とか勉強とか、やるべきことができないですよね。

 

 

 

 

しかし、人の心は無限に成長していくのが本性です。

 

自分の核となる魂がさらなる成長を求めているのに、現状に満足してとどまっているのは停滞です。

 

そうすると、魂は本人の目を覚まさせようと、いろんな手を使ってきます。

 

それは一見するとありがたくない出来事の形をとります。

 

母親にコタツから叩き出されて学校に行くことで、社会で活躍するのに必要な学力がつくようなものかもしれません。

 

 

 

多くの人が言っていますが、私たちは神の分け御魂のような存在です。

 

そういう存在が体験するためにその記憶を消去してこの世界にやってきたのです。

 

その舞台として創ったのがこの宇宙であり地球です。

 

宇宙の広大さ、無数の銀河や恒星系の壮大さは、目もくらむばかりです。

 

自然のありあまるほどの豊かさ、生態系の絶妙な調和とバランスはどうでしょう。

 

たった一個の細胞から分化する私たちの体の臓器や細胞の精妙さ、ミクロレベルの分子や原子の緻密で精巧なこと、これも驚嘆に値します。

 

無限大から無限小まで、一切の手抜きなく創造主の叡智が浸透しています。

 

こんな御業をやってのけるのは、やはり神という存在だからこそですね。

 

それなのに、「簡単に」人生がよくなって、そこでゴールだって!!!????

 

バカ言っちゃいけません。

 

お正月のスゴロクじゃあるまいし、そんな安易であるはずがありません。

 

誰の人生もそんな安っぽいものじゃないんです!

 

 

 

 

ちょっと先取り的な話をすれば、地球に来ている魂のレベルからすると、一生かかっても最終的なゴールにはたどり着けません。

 

でも、それでいいんです。

 

歩み続けることが目的であり、それぞれが決めてきたところまで行ければ、それが価値あることだからです。

 

そして、一生をかけて歩み続ける道こそが「悟りの道」なのです。

 

 

多くの人が幸せになりたいと、様々な願いをいだきます。

 

愛する人、家族、仕事、お金、健康、、、

 

それらが手に入れば、きっと幸せになれると信じて。

 

経済中心の今の世の形が、ビジネスから端的に見てとれます。

 

ずばりお金儲けが目的の講座も、引き寄せとかスピリチュアル系セミナーやセッションも、その観点からは似たようなものです。

 

 

 

物質世界ですべてが思い通りになった状態を、仏教の六道輪廻でいう天道といいます。

 

地獄、餓鬼、畜生、修羅、人、天 の六つがそうですが、それぞれの世界があると同時に、生きている人間の状態を表しているとも言われています。

 

天はそのうちで最上位に位置します。

 

最上位だから、苦しみよりは快が上回っていて、いい気分かもしれません。

 

でもですね。

 

輪廻の中にあるということは、結局そこから一歩も出られないんです。

 

陽が極まればやがて陰が生じます。

 

世の中でどれだけ成功しても、どれだけ愛する人に恵まれても、悩みや苦しみのタネは尽きません。

 

 

 

人生そんなもの。。

 

そう思っている人はそれでいいと思います。

 

それもまた本来無限の力を持っている私たちが、有限という幻想を楽しむ遊びだから。

 

どうぞ喜怒哀楽のすべてを思いきり楽しんでください。

 

 

 

 

でも、魂的には、本来さらに上を目指すようにできています。

 

多くの人の場合、この輪廻から解脱することが当面の目標かもしれません。

 

そうしてみると、天道の生活というのは、見せかけの快楽で本来やるべきことを怠らせる麻薬的な要素があります。

 

冬のコタツ、、といえばその危険さが伝わるかも(笑)

 

ぬくぬくしてるとその時は幸せだけど、ダラダラしすぎて後でいろいろ後悔した経験、ないでしょうか。

 

 

 

 

魂が目指すその先の道を、悟りの道といいます。

 

その道は細く深く続いていて、輪廻転生からはずれる解脱やブッダの悟りは実はわりと初期の段階です。

 

こう書くとなんか大変そうですが、なんせ地球でいう悟りのあとの話です。

 

常に愛を感じ、感謝とともにあるので、それは思い過ごしです。

 

 

 

 

ただし、その段階に至るには根気強い地道な取り組みが必要です。

 

自分のペースで着実に一歩一歩進む必要があります。

 

それには肉体を着実に扱えることも含まれます。

 

身体をおろそかにして霊的能力だなんだのって、いかにも危うい感じが漂っています。

 

目の前の現実は一瞬で思いを変えることで変わっていくことに異存はありませんが、心の深い部分はそうはいきません。

 

悟りにインスタントは通用しないのです。

 

 

 

 

私もそうですが、もう物質世界の願望実現とかあまり価値を感じないという方が増えているように感じます。

 

そんな方に、その先があるよ、ということを知ってほしいなと思っています。