文学どうでしょう

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箱舟の航海日誌 (光文社古典新訳文庫)/光文社

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ケネス・ウォーカー(安達まみ訳)『箱舟の航海日誌』(光文社古典新訳文庫)を読みました。

みなさんは、『旧約聖書』に登場する「ノアの箱舟」の話をご存知でしょうか。一応ざっくり確認しておきましょう。

地上に悪がはびこるのを見た神が、一旦すべてをリセットするために、大洪水を起こすことに決めました。

そうなると、地上のすべての生き物が滅んでしまいますよね。それを避けるために、神に選ばれた心正しきノアは、箱舟を作ります。

すべての動物のつがいを箱舟に乗せ、ノアは家族と共に箱舟に乗り込みました。そうして、人間と動物たちは、大洪水から生き延びることが出来たというわけです。

あっ、ちょっと『旧約聖書』の方に脱線しますね。

信仰はともかく、知識として『旧約聖書』の世界に触れたいという方もいらっしゃるだろうと思います。西洋絵画などでも、聖書の知識はある程度必須になってきますよね。

難しいものではないので、直接『旧約聖書』にあたってみてもよいかと思います。

むしろ、後世の芸術作品に影響を与えた、それぞれのエピソードの叙述が、意外なほど短いことに驚かされるはずです。

原典以外だと、やはり映像が分かりやすいかと思います。ジョン・ヒューストン監督の『天地創造』はいかがでしょうか。

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『旧約聖書』の流れをつかむのには最適な映画だろうと思います。

1966年の映画なので、映像としては古めかしいですが、これだけの大作は今ではもうなかなか撮れないと思うので、機会があればぜひぜひ。

文章で読みたいという方には、阿刀田高の『旧約聖書を知っていますか』がおすすめです。

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『旧約聖書』について書かれた本はたくさんありますけれど、阿刀田高の「知っていますかシリーズ」は、何より読み物として面白いです。こちらも機会があれば、ぜひ読んでみてください。

聖書は結構色んな文学作品の下敷きになっているので、聖書の知識があると、特に西洋文学の作品を、より一層面白く読むことが出来ますよ。

では、『箱舟の航海日誌』に話を戻しまして。

この作品は、「ノアの箱舟」の中で、すべて一緒に乗り込んだ動物たちは、一体どうやって暮らしていたんだろう? という発想で書かれた、イギリスの児童文学作品なんです。

宗教的なエピソードが元になっているせいか、日本では全く知られていなかった作品ですが、こうした隠れた名作にスポットを当てるのが、光文社古典新訳文庫のいい所ですね。

聖書の「ノアの箱舟」のエピソードをベースにしているとは言え、物語のテーマは少し「ノアの箱舟」とはずれています。そのずれている所に、この作品の面白さがあります。

聖書では、地上に悪がはびこっていたからこそ、神が洪水を起こしたわけですよね。この作品では少し違います。

ノアが箱舟を作った理由については、息子によってこんな風に語られています。

「それがさ、とうさんが変てこなことを思いついてな、たくさんの水が――とうさんは『雨』っていうんだが――空から落ちてきて、なんでもかんでも溺れさせちまうんだと。だから、この箱舟を建てたのさ。陸地がなくなったときに、水に浮かぶ家になって、住めるようにだとよ」(29ページ)


神様の命令があったことを、ノアが息子には言わなかったとも考えられますが、神は登場して来ません。神が登場しないのも、この物語の大きな特徴と言えるでしょう。

神がいないので、洪水はただ起こったものであり、聖書において神が洪水を起こした理由である悪も、洪水以前には存在していませんでした。

動物たちは、果物や草を食べて満足し、「大きなトラでさえ、木々のあいだに横たわり、まわりに落ちている果物をむしゃむしゃ食べて満ちたりていた」(12ページ)のです。

では、動物たちが肉食になり、お互いに傷つけ合うという悪は一体、どこで生まれたのでしょう?

洪水以前と以後で大きく変わってしまった世界。箱舟の中で、一体何が起こったのでしょうか。

語り口は柔らかく、ユーモラスで、寓話的な物語なだけに、悪について描かれるテーマが、より一層印象に残る作品です。

作品のあらすじ


洪水が起こる前の世界は、穢れがなく、何よりも天候にも恵まれていました。いつでも春のうららかな陽気が続き、雨が降ったことさえ一度もなかったのです。

木々にはいつでも熟れた果物がたくさんなっていて、仲良く愉快に暮らしている動物たち。

やがて動物たちの中で、ある老人のことが話題になりました。森の木を切って、大きな家を作っているというのです。

噂の老人ノアとその家族の元へ訪ねて行ったサルは、それが家ではなく、洪水にそなえた箱舟だということを聞かされました。

ところが、空から水が降るなどという前代未聞のことは、サルには到底信じられませんから、こんな風に思います。

「動物たちにあんな話をしたって、笑われるだけだ。水のことはいわないでおこう。家がきれいで大きいってことだけ、いえばいいや」もはやサルは、ノアの話に心を奪われた自分のことを、気弱なおろか者だと思っていた。(33ページ)


それからしばらくはいつも通りの生活が続きますが、やがて見たこともない雲が空を覆うようになり、地上に雨が降り注ぎ始め、動物たちはパニックに陥りました。

そこでみんなは一斉に箱舟へと向かったのです。雨にあたると溶けてしまうクリダーや、足がなくて転がることしか出来ないフワコロ=ドンやなど、今ではいない動物たちも一緒に。

ノアの息子で、動物に詳しいヤフェトが、受付の役割を果たします。名前がなくて困っている2匹の小動物には、船室の番号から、ナナジュナナと名付けてやりました。

2匹は、「ぼくらは、ナナジュナナ! ナナジュナナ!」(62ページ)と大声で叫びながら、船室を探しに行きます。

ちょっとした混乱がありましたが、何とかすべての動物たちを乗せることが出来たようです。動物たちは、それぞれが与えられた船室で眠りにつきました。

しかし、辺りが静まり返った時、思いがけないことが起こります。

 そのときだった。丘のふところに抱かれた洞窟の闇のなかから、醜いスカブがこっそりとやってきた。鎮まりかえったなか、乗船し、だれにも見とがめられないまま、空の船室に忍びこみ、いちばん暗い隅に丸くなったのだ。(73ページ)


つがいではなく、一匹だけこっそりとやって来たスカブ。一体どういう動物なのでしょうか。そして、どうしてこっそりとやって来たのでしょう。

夜が明けると、待ちに待ったご飯の時間がやって来ました。動物たちはみんな集まって、どんなおいしい果物が出て来るかと期待して待っています。

ところが、出て来たのはオートミール(燕麦(エンバク)を使ったお粥みたいなもの)だったので、みんなはがっかり。動物たちのあからさまな失望を目の当たりにして、ノアは戸惑いました。

「どうやら気にいらんらしい。どうしたものかのう? べつのものにしたらよかったんじゃろうか。オートミールがうってつけだと思ったのじゃが――、場所をとらんし――、濡れても平気だし――、調理も簡単で、腹持ちもいい」ノアがいった。(88ページ)


トウミツをかけて甘くすることで、動物たちの不満はようやく収まりました。

箱舟が揺れたり、それぞれが場所を取り合ったり、トラブルは起こるものの、みんなそれなりに楽しく暮らしています。ただ一匹を除いては。

そう、スカブです。ヤフェトはやがてスカブの存在に気付きますが、いつも暗闇にいて、自然史の本に載っていないスカブのことを不思議に思います。

スカブもかつては他の動物たちと同じく、幸せに満ちた生き物でした。しかし、ある出来事を境に大きく変わってしまったのです。

ある日、うたた寝をしていたスカブの上を、ウサギが飛び越えようとしました。

たまたま目を覚ましたスカブは、びっくりしてウサギに噛みついてしまったんですね。口の中に血の味を感じたスカブは豹変します。

スカブは一瞬、ためらった。その一瞬に、うちにあったすべての悪が洪水のようにスカブに襲いかかった。やましい顔つきであたりを見まわしながら、小さな体に食らいつき、おぞましく唸りながら、食いつくした。(114ページ)


そう、スカブは肉食になり、最早、どんなにおいしい果実でも満足出来ない生き物になってしまったのです。

窮屈な空間、貧しい食事。不安定に揺れ続ける箱舟の中で動物たちは、雨が止み、再び地上を駆け巡ることの出来る日をひたすら待ち続けるのですが・・・。

はたして、スカブは幸せで無垢な動物たちに、どんな影響を与えることとなるのか!?

とまあそんなお話です。動物たちが嫌がったオートミールって、どんな感じの食べ物なんでしょうね。ぼくは多分食べたことがないと思います。みなさんは食べたことがありますか?

まずいと言われると、尚更食べてみたくなりますね。

そうそう、小説に出て来る食べ物で、ぼくがずっと謎だったのが、イギリスの小説などに出て来るフィッシュ・アンド・チップス。結構よく目にするんですよ。

白身魚のフライにフライドポテトを付け合せたもので、ぼくは六本木にある「ハードロックカフェ」で食べたことがあります。

「おお~、これがフィッシュ・アンド・チップスか!」と無駄に感動してしまったという。イギリスには行ったことがないので、いつか本場のイギリスで食べてみたいものです。

明日は、大佛次郎『赤穂浪士』を紹介する予定です。
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