大きな夢 小さな夢 2

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2人の目の前には、5年という時間の溝を一気に埋めるくらいの懐かしい景色が映っていた。

「懐かしい、高校なんてどれくらいぶりだろう」

雪乃は懐かしい目の前の風景に、目を細める。2人は母校である高校に来ていた。今日は土曜日のため、校舎内やグラウンドに人の気配は感じなかった。

連れてきた当の本人である亜紀も、高校に来るのは久しぶりだった。卒業してすぐは担任の先生に会いにきたり、後輩に会いに来たり頻繁に来ていたが、それも後輩が卒業したら、ぱったり無くなっていた。年を重ねるごとに、なかなか昔いた場所には帰りづらくなるものだ。

「ねえ、うっかり、教室に入れたらどうする??」

すっかり高校生の時のような目をしている亜紀は、校舎に近づく。高校の時から、よく言えば好奇心旺盛、悪く言えばいたずら好きな亜紀。何か思いついては、いつもちょっと気の小さい雪乃のことを振り回していたものだ。

「ちょっと、本気で入る気??」

玄関に向かっていく亜紀を、雪乃が走って追いかける。

「今日、学校休みなんだから。開いているわけないよ」

必死に亜紀を止めようとするが…。

「っていうか、もう開いたけど」

亜紀はもう玄関の扉を開けていた。

「きっと、部活動の生徒がいるんだよ。週休2日とはいえ土曜日なんだから」

「そ…、そうだね。でも勝手に中に入っていいの??」

「いいじゃん、開いているんだから。それにここのOGなんだし。みつかったら上手く誤魔化せばいいんだよ」

そう言いながら、亜紀は校内に堂々と入っていた。そしてその後ろを申し訳なさそうに入る雪乃。本当に2人は5年前に戻ったようだった。

そして2人は3年1組と書いてある教室の中に入る。5年前、2人がいたクラス、そして教室。中に入った瞬間、5年前にタイムスリップした感じだった。

「なんか、懐かしいね」

そう言って窓側前から4番目の席に亜紀が座る。そしてそのすぐ後ろに雪乃が座る。卒業直前の2人の席。席替えはくじ引きだったのにもかかわらず、2人は最後の席を前後で座っていた。今思えば、離れ離れになる2人をかわいそうに思った神様が、最後の時を楽しむようにとくれたプレゼントだったのかもしれない。

「雪乃に見せたいものがあるんだ」

そう言って、亜紀は鞄の中からチラシを出す。

「見せるならここが1番いいかなーって思って。で、高校に連れてきたんだ」

そう言って、亜紀は雪乃にチラシを渡す。そのチラシはお芝居の公演の宣伝。

「これって…」

雪乃はビックリした表情で、チラシと亜紀の顔を交互に見る。

「そのお芝居の台本、私が書いているんだ。事務員やりながら、空いた時間で台本書いて。で、後輩の劇団で使ってもらっている」

照れくさそうに亜紀は言った。

「そうなんだー」

亜紀の言葉に、雪乃は嬉しそうな目で見る。

「そっかー、亜紀は、もしかして夢叶えちゃった感じなんだね」

亜紀の夢、それは小説家だった。小学校卒業時くらいから文章を書き始めて、高校入学したころから『小説家になりたい』っていうのが亜紀の夢になっていた。授業中に内職というのは、小説を書いたり台本を書くこと。

授業中に騒ぐギャル達とは違って、大人しくコソコソ別のことをやっている亜紀は、先生方には真面目に授業を聞いているように見えたのであろう。実際はちっとも授業を聞いていなかったのに。

「小説家ではないけどね。でもお金になるわけじゃないけど、自分の作品が世間に形となって見てもらうのは嬉しいよ」

「でも、小説家の夢はあきらめたの??」

「あきらめてはいないけど、でも現実そこまで才能はないかなーってカンジだし。なんか夢を職業にしてしまったら、それもそれで辛い気もするし。私にはこのゆるーい感じがいいのかなーって今は思っている」

5年前の亜紀は、ただ夢に向かってがむしゃらで。「小説家になる!!」って大きな声で叫んでいただけの少女だった。でも今の彼女は現実を見据えて、それでも小さくではあるが夢を叶えている。そんな亜紀が雪乃の目には誇らしく映った。

「で、雪乃の夢はどうなっているの??」

「私の…、夢」

雪乃の夢は、勉強して大学院に行くことではなかった。東京の大学に進んだのも、勉強したいというのもあるけど。それだけではない。

よくこの教室で亜紀と語っていた夢…。

亜紀の言葉を聞いて、雪乃はなんとなく亜紀と目を合わせづらくなり、視線を反らす。目の前にいる亜紀があまりにも輝いて見えて。それと同時に自分のことが空しく見えた。

「雪乃の夢は、私の夢でもあったんだから。私が小説家になってドラマか映画になって雪乃に演じてもらうこと」

よくこの教室で2人で語っていた夢。亜紀は小説家になる、そして雪乃は女優になること。2人を親友に結びつけた場所、それは高校の演劇部だった。今思えば、2人の夢は決して簡単に叶うものじゃないけど。

「…一応大学院に通いながら、小さな劇団に入っている。まあ大学院に通っているのも、外国文学にもっと触れたくてって親にワガママ言って通っているんだけどね」

「じゃあ夢叶えているんじゃないの??」

「叶えているってほどのものじゃないよ。実際、小さい劇団の舞台女優に留まっているわけだし。亜紀とは違うよ」

「それは私だった同じだよ。全然小説家なんかじゃないし、脚本家でもない。小さな劇団で台本書いているだけなんだから。お互い様。それでもよかった、雪乃が夢を忘れてなくて」

雪乃の言葉を聞いて、安心した表情で亜紀は彼女を見る。

「東京に行って、洗練されちゃって。雪乃が夢を忘れていたらどうしようかって思っていたから。連絡も全然取れなくなっていたし」

「ゴメン。2足のわらじは忙しくてね。でも私も亜紀が離れている間に夢を忘れていて、普通の会社員とかになっていたらどうしよう。って、思っていた。夢を追いかけて東京に行った私が見捨てられていたらどうしようって。だから連絡できなかったのかな??」

今日何回目だろう、雪乃は申し訳なさそうに亜紀を見る。

「私も同じだよ。あまり連絡しすぎて、もう女優になる気なくたっていたら、雪乃に迷惑かけちゃいそうで。そう思って音信不通になりかけてた。だから大丈夫だよ」

やっぱり私たちは似た者同士だ。亜紀はそう思った。自分よりもお互いを思う気持ちが大きい2人。だから連絡も取りづらくなったり。でもこうやってまた一緒にいれば、元に戻れる…。

「じゃあ今ここで、約束しよう」

優しい顔をして亜紀は、右手の小指を雪乃の前に出す。

「いずれどんな形であれ、私の台本で雪乃に演じてもらう。それが東京でもここでも。それが私たちの夢だから」

「うん」

雪乃も笑顔で亜紀のことを見た。そして指きりげんまん。

そこにいた2人はこの約束をしたとき、高校生の時と同じ顔をしていた。眩しいくらい、そして純粋すぎるくらい真っ直ぐな瞳で。



亜紀と雪乃は、雪乃が東京に戻る1週間の中で頻繁に会い、そして急速に距離を縮めていた。次に会うときは、脚本家と女優として。TVに出るような有名じゃなくていい。小さなキャパの会場で、整っている設備じゃなくていい。いつか2人の夢を叶えよう。

亜紀は、仕事から戻り、自宅のパソコンを開いた。そして文章を書き始める。そこには夢を抱いた2人の少女の3年間の物語。半分実話で、半分フィクション。何年か後に夢を叶える時は、きっと今から書くこの物語で…。



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大きな夢 小さな夢 1

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「もしかして、亜紀??」

雑踏の中聞こえた声。それは数年前と何も変わらない懐かしい同じ声。亜紀はその声に反応して振り返る。そこには5年前、高校を卒業して以来、ほとんど連絡を取っていなかった雪乃が立っていた。

さすがに5年も経てば大人びているが、目の前に立っている女性は、紛れもなく高校時代の同級生、雪乃だった。

「ゆ…、雪乃?!」

高校卒業と同時に上京していた雪乃。しばらくは故郷に戻ってこないと行っていたので、まさかここで再会するとは思っていなかった。亜紀は突然目の前に現れた雪乃にビックリする。

「いつこっちに戻ってきたの??」

「先週。戻ってきたら、真っ先に亜紀に連絡しようと思ったんだけど…。なんかバタバタしていて、ゴメンね」

申し訳なさそうに俯く雪乃。

「いいよ、別に。私たちの仲だし」

そう言って亜紀は微笑む。

亜紀と雪乃は高校で3年間ずっと同じクラスで。最初から気が合うというのか、何かお互い似ていたのかわからないが、すぐに仲良くなり。そして親友に近い仲になっていた。

高校卒業と同時に東京の大学に進学した雪乃。そして地元の短大に進学した亜紀。あんなに仲が良かったはずの2人だったが、時というのは残酷である。最初はちゃんと連絡をとっていたのに、それがいつの間にか少なくなり。ここ2年間は全く連絡をとっていなかった。

そして今も喋っている間にも、どこか2人の空気にぎこちなさを感じる。

「でも、後1週間くらいで東京に戻るんだけどね。弟が就職決まってね。で、ちょうど休みも重なったから帰ってきたんだ」

久々の再会で喜んでいた雪乃の顔が、突然曇った。

「そうなんだ…」

家族思いの雪乃らしい帰省理由に、亜紀は彼女が何も変わっていないことを感じとる。

「で、今亜紀は何やっているの??」

寂しさを打ち消すように、雪乃が明るい顔で亜紀の方を見る。

「だって短大に進学したんだから、とっくに卒業しているわけでしょ??まさか留年とかしているわけじゃ…」

「そんなはずないじゃん。ちゃんと卒業してます」

「そうだよね、亜紀に限ってそんなことないよね。真面目だからね、授業中に内職していた以外は」

そう喋る雪乃の顔は、18歳の女子高生のようだった。

「その内職っていうのが、余計なんだけど…」

「で、何やっているの??」

「今はね、フツーの事務員だよ」

「ということは、OLってこと??さすが亜紀」

「いや、そんなカッコいいものじゃないけど。東京とは違うし」

感心する雪乃に、亜紀は手を横に振りながら、否定する。実際、TVで見る東京の丸の内OLがお昼はオシャレなカフェでランチしたり、定時で上がれたり。オシャレな賃貸マンションに住んでいたり。そういうのがOLだと思っているせいか、自分とは全く真逆な存在。亜紀にはそう映っていた。

実際の亜紀は一応大手企業の支店の正社員であるが、そんなオシャレなカフェでランチしながら働くなんてことはなく。ただただ頭の弱い上司に苦しんだり、何も出来ないお局に苦しめられている、ただの事務員だった。

「もうチョット出来が良ければ、東京の大学に行ってOLになってみたかったよ。で、雪乃は東京で何やっているの??」

「私??今は大学院にいるんだ」

「えっ、マジで??」

雪乃の口から出てきた言葉に唖然とする亜紀。歴史上で有名な人物、自分の拳を口に入れられた近藤勇なみに大きな口を開けている亜紀。

「ちょっと待って、なんでそんなにビックリしているの??」

亜紀の驚き顔に心外だという表情で雪乃は見る。

「だって、あんなに勉強嫌いだった雪乃が、まさか大学院に通っているなんて…。きっともうそろそろ、地球滅亡するんだ…」

亜紀は遠い空を眺めて言う。

「…まあ私も、まさか大学院に通うなんて思ってなかったけど」

雪乃は一応学年トップクラスを争うくらいの頭の良さだったが、大体授業中寝ているというかんじの子だった。陰で努力しているという、傍から見れば恨まれるような勉強の仕方をしていたわけだ。それは雪乃自身認めるわけだが。

「そうだ!!雪乃、まだ時間ある??」

「今日はチョット買い物がてら、街の様子を見にきただけだから、空いているけど」

「じゃあ、行きたいところがあるんだけど」

亜紀はそう言って雪乃を見つめた。キラキラした瞳で。

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MaMa’s Song 2

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「…なんか、ゴメン」

この日初めて見た俊の寂しそうな顔。こんな話をしてしまって、俊に悲しい出来事を思い出させてしまったことに沙織は申し訳なさそうな顔で彼の顔を見る。

「いや、別に沙織は何も悪くないよ。だってこの話切り出したのだってオレだし」

沙織の表情を見て、寂しそうな顔から一転、焦る俊。

「でも…」

「いいから、気にするなって」

最後に俊がそう言ったあと、沙織の家に着くちょっと前まで。どれくらいの時間があったろうか。2人は黙ったままだった。沙織は何か言おうと思ったが、俊にどういう声をかけていいのか、どんな話題を振ればいいのかわからなく。それは隣にいる俊も同じだった。

「沙織、これ聞いてみて」

最初に沈黙を破ったのは俊。そう言って、俊はデジタルオーディオがつながっているイヤホンを沙織に渡した。沙織はそのイヤホンを受け取って両耳につける。沙織の頭の中に懐かしい歌が流れてきた。小さい頃、沙織もよく耳にした歌。

「これ、母さんが好きだった曲だったんだ」

俊が喋りだしたので、沙織はイヤホンを取る。

「この前、何気なく母さんの遺品見てたら、CD出てきて」

「うん」

「なんか懐かしくてさ。この曲聴いていると母さんがいたときのこと思い出して。よくこの曲、鼻歌歌いながら料理作ったりしてて。古い歌だったから、オレの子守歌でもあって」

「うん」

「母さんの歌じゃないけど、オレにとっては母さんの歌なんだよな」

俊の言葉に、沙織はただ頷くことしかできなかった。父親が単身赴任中とはいえ、どちらの両親も生きていて、身近な人の死に立ち会ったことのない沙織にはわからない俊の気持ち。でも一つだけわかる。その曲が俊にとって、すごく大切な歌だってこと。

「私のお母さんが好きな歌ってなんだったっけな??」

沙織自身はもちろん音楽や歌が好きだし、母親もそうなはず。でもいざ考えてみると母親がどんな歌を聞いてきたのか、全くわからなかった。

「身近にいるとわからないもんだよ。何が好きとか」

「そうかもね。毎日会っていたら、髪伸びたとか気付かないしね」

そうだ、これから母親の好きな歌を見つければいい。そして俊みたいに母親の好きな歌を自分も好きになればいい、沙織はそう思っていた。


「毎年1回、必ず母の日にプレゼントしろよ」

俊は真っ直ぐな瞳で、沙織を見た。

「いつどこで、父親とか母親に何があるかわからないし。オレ達だって年をとれば、両親だっていつ病気になるかわからないし」

「そうだね」

「だから、毎年必ず。突然いなくなって、後悔する前に、ちゃんと自分の感謝の気持ち伝えるんだぞ」

もしかしたら俊は、沙織に自分を重ねているのかもしれない。沙織が母の日にプレゼントすること。それは俊が自分の母親にプレゼントすること。これは何がなんでも毎年、母親にプレゼントをしなければいけなくなった。重荷じゃなくて、責任でもなくて。うまく説明できないけど。

「今が1番大事だからさ」

俊の重みのある言葉に、沙織はただ頷くだけだった。

「じゃあ、そろそろ家に帰るね」

自分の家は30秒くらいで着くというのに、長々と喋ってしまっていて、いつの間にか夕暮れになっていた。

「じゃあまた明日な」

「うん、また明日」

そう言って俊は、自分の家路の方へと歩き出した。それを見送って沙織は家の扉を開け、中に入る。

「ただいま」

「お帰り」

家の中から、聞きなれた声が当たり前のように聞こえる。この当たり前がいつまで続くのか、沙織にはわからない。でもその当たり前に慣れてはいけないんだ。毎日を大切にしないとだめなんだ。

部屋に入ると母親は、夕ご飯の準備をしていた。

「今日は沙織の好きなロールキャベツだからね」

母親は笑顔で沙織に言う。

「ロールキャベツ??この間、見事に失敗したのに」

「失敗したからがんばるんでしょ??」

子供っぽい表情で、母親は言う。前回は、キャベツが妙に硬くて、沙織にも弟にも不評だった。それでも挑戦する母親は、時々沙織より子供っぽく見える気がする。

「お母さん」

「うん??」

沙織の言葉に母親が振り返る。

「これ」

沙織は目の前に、さっき買ったばかりのガーベラの花束を渡した。

「お母さん、いつもありがとう。これからもヨロシクね」

今までただ母の日だからと言って渡していた沙織が、急にお礼を言うものだから、沙織の母は、面食らった顔をする。

「ま、そういうことだから。さっ、私も着替えないと」

照れ隠しをするように沙織は、花束を母親に渡して、2階にある自分の部屋に向かった。面と向かってお礼を言った恥ずかしさと、すがすがしさで、足取り軽く階段を登った。


自分の部屋に入り、扉を閉める。ふとカバンに目をやり、何気なく携帯電話を出した。かける相手はもちろんたった1人。

「もしもし俊、ちゃんと言ったよ。俊の分まで、お母さんに気持ち伝えたよ」



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