Ciro のケチェ Che c'è??

柔らかいことから、
カタい噺までいろいろ語ります。
時代の流れに逆らいあえてKYで行くぜっ‼


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誰かに想いをよせるということは甘美なようでいて、その実、なまなかではない厳しい痛みを伴う。

想いが強ければ強いほど孤独と痛みが増してくるし、その想いを相手以外に誰とも容易には分かち合うことが出来ないから。

叶うかどうかわからないし、たとえ叶ったかに、かりそめに見えても、掴んだと思った手から恋はいつ滑り落ちてしまうかわからない。

数ある障害を斥けて何年も掛けて共に丁寧に創り上げて来た絆が一瞬にして破壊してしまうことも珍しくない。

今や、離婚は巷にあふれているとはいえ、やはりそれは失恋の拡大した形態であるし、肉親の死に匹敵するような痛烈なインパクトを精神に与えかねない。

離別を決意した一方にとって、他方の存在はもう死んでしまった人ほどの価値さえない。

故人は愛され続けることもあるだろう。しかし、廃棄された存在はマイナスからいずれゼロになり、生きているにもかかわらず、死者と同じく、生き返ることはない。

相手へのコミットメントと信頼の深さは傷の深さとそのまま重なるのだ。この魂の痛みを憎悪と怨みに変える人もいる。これを不可避と観る向きもある。しかし、そこにはやはりどこか卑怯な臭いが漂う。



結局、関係性においてはどんな努力も確かさを何ら保証しないから、恋する人は自分の想いとそのままならなさに苦悶を強いられる。

恋には甚だ安っぽく俗で打算に満ちた、それでいて、全く高貴で聖なる層が幾重にも重なり合っている複雑さゆえに、人は恋に狼狽し、幻惑されてしまうのだろう。

性愛と心情とは混じり合っていてどうしても割り切ることが出来ない。

恋を所詮肉欲だと愚弄し切り見下ろす人はおそらく恋には苦しまないですむのだろう。それはそれで賢い要領のいい生き方かもしれない。

色恋にうつつを抜かし疲弊するくらいなら、もっと生産的な生き方もあるだろう。経済と力の為に生きることも、乗るか剃るかの大胆な悪に興じることも、世のため人のために献身することも出来るだろう。否、ほとばしる生は貪欲にこれらに激しい恋も乗ずるだろう。


しかし、恋愛だけでなく
何かへの強い愛と熱とを描くとき、

満たされるよりも
むしろかなわぬ苦痛によって、

柔らかい抱擁より狂おしい孤独によって、

優しい接吻より情け容赦ない拒絶によって、


それなしでは生まれ決して得なかった芸術が生まれ、
不可能が可能になることを躰で知るとき、

止むに止まれぬ想いの尊さを受けて魂の号泣するとき、

その価値を認めないことは全生命に宿る核心と秘密から遠ざかってしまうように、私には思えてならない。
*・゜゚・*:.。..。.:*・'*'・*:.。. .。.:*・゜゚・**・゜゚・*:.。..。.:*・'*'・*:.。. .。.:*・゜゚・*
優一郎

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