目隠しされた馬 撮影師・辻智彦のブログ

キャメラマンは目隠しされた馬か?


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 戦争報道についてのキャメラマン座談会 2003年6月16日

 

出席者

 

川上晧市(司会)_1946年東京都生。多磨美術大学卒。主な撮影作品『サード』『つぐみ』『身も心も』『スリ』など多数。

 

渡辺 浩_1930年長崎県生。早稲田大学文学部卒。松竹大船撮影所に入社。『映画キャメラマンの世界』等の著書がある。

 

益子広司_1933年東京都生。中央大学法学部卒。NHK入局後ドキュメンタリー、ドラマ共に数多く番組の撮影を手がける。

 

山崎 裕_1940年東京都生。日本大学芸術学部卒。TVドキュメンタリーの他、是枝裕和氏や河瀬直美氏の劇映画を手がける。

 

渡部 眞_1953年東京都生。早稲田大学政経学部卒業後渡米。AFI卒。映画『らせん』『五条霊戦記』『恋に唄えば』等の撮影の他、翻訳も手がける。

 

辻 智彦_1970年和歌山県生。日本大学芸術学部卒。主にTVドキュメンタリーを手がける。『世界の車窓から』『ザ・ノンフィクション』等。

 

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---9.11をどうしていたか---

 

益子 9.11の時はどこにいたの?

 

 テレビ番組のロケでウクライナにいたんです。夜ホテルでテレビをつけると、例のツインタワーが燃えていたんですね。画面の下に字幕で「Plane attack」とか出ているけれど、ナレーションはウクライナ語だし、意味がつながらなくてよく分からないんです。そのうち飛行機が激突した瞬間の映像なんかが入って来て、ようやくテロだと分かりました。それですごくびっくりしたんですけど、同時にアメリカっていうものをそれだけ憎んでいるっていう、攻撃した人達の怒りの大きさみたいなものが感じられました。

 

益子 ウクライナの人達はどういう感じだったの?

 

 遠い国の出来事だっていうふうに、普通の人はあまり気にしていなかったみたいでした。ただ、実は僕達が直接受けた被害というのがあって、偶然9.11の次の日に空撮を予定していたんですけど、ウクライナ全土に飛行規制が出て、空撮が出来なくなったんですね。それと、帰国時に使う予定だったシンフェローポリという場所の空港が、チェチェンに近いというので、軍事使用の為に閉鎖されるかも知れないという情報が入って、そこでスケジュール変更の会議をしたり、別のルートを調べてみたりしました。結局閉鎖はされなかったんですが、そう言う意味での緊張感というのは確かにありました。ただ、普通に町で撮影をしていく上では問題はなかったですね。

 

益子 他の撮影でも、何か撮影の上で実際に戦争とかテロとかで直接、間接に被害にあったという経験はありますか?

 

渡部眞 チリに行った時に、まだ軍事政権だったので、実際に紛争している訳ではないんですが、撮影の途中で止められて、尋問みたいなことは受けたりしましたね。でもそういう経験は、山崎さんがいっぱいあるんじゃないですか?

 

 

---レバノン内戦からイラク戦争報道の体制---

 

山崎 キャメラマンとしての戦争報道っていうのが、どのへんのポイントから話せばいいのかちょっと分からないんですが、自分の経験から言えば、1984年、内戦状態になっていたベイルートの取材をしたときに、日本のテレビ局、新聞社、正規のジャーナリストと言われる人達が全部ベイルートから出て行っちゃったんです。ベトナム戦争の頃だったら、テレビ局の社員もフリーの人も取材に行ってたわけだけども、ベイルートの内戦くらいから、局の職員とか社員はその現場からいなくなっちゃうんです。だからその時に僕達としては、そういう人達がいないところにあえて行こうと。その時は、キリスト教徒とイスラム教徒の、グリ−ンラインを挟んで内戦状態になっているところへ、2班入ったんです。で、行ってみると、外国の通信社やネットワークは全部いるわけですよ。そこで、いわゆるジャーナリストというものに対する考え方が、日本とヨーロッパやアメリカではものすごく違うんだなというのを感じました。戦争だからということで、日本の場合だと安全管理ということがまず考慮されるけど、ヨーロッパの場合だとジャーナリストとして、戦争というのは伝えるべきなんだというのが基本にあって、社員だろうがフリーだろうがみんな残っている。戦争報道に対する考え方が随分違うんだなと実感しました。それで、日本の新聞記事だと、記者が如何に脱出したかというのが連載されている。結局新聞記者の苦労話が報道になってしまっている。そうじゃなくて、なぜベイルートに日本のジャーナリストは残らなかったのか。ベトナム戦争の頃はまだいましたよね。あるいは海外の通信社に日本のキャメラマンが雇われて入ったりもしていましたし、報道にはそういう無軌道さが残っていた。そういうところで戦争報道のあり方が確かに変わって来ている。

 

渡部眞 ベトナム戦争では相当戦況が悪いのが報道によってばれてしまった。それでアメリカは反省して、報道をコントロールするようになって来たと言うのはありますよね。今回のイラク戦争では、コントロールされてないようなされかたで完全にコントロールされていましたね。ベトナム戦争での報道のありかたとは全然違う。

 

益子 だけど、ベトナム戦争の場合には、一見すごくフリーに見えたけど、実際はどうだったんだろうね。

 

山崎 ただやっぱり、朝鮮戦争とかベトナム戦争までは、軍と従軍キャメラマンの関係性というのが、ある程度ルールがあったわけですね。ベトナム戦争の報道も、実はほとんどがアメリカ軍について取材しているわけだし、元々はアメリカの国威発揚のために、アメリカのGIが頑張ってるよというニュースを撮っていた。問題は現実にそこに写ってくるもの、見えてくるものがアメリカ軍の意図以外のもの、もちろんそこにキャメラマンの思いが入って来たりすることも含めて、戦意を昂揚させるはずのものが、映像としてテレビというメディアに流れた時に、むしろ戦争に対する嫌悪感というものがそのなかに生まれて来たと。その結果、アメリカにおいて、映像やテレビのありようというものの捉え方が変わったと思います。これ以降、アメリカは戦争報道というものをすごく意識しはじめて、それが湾岸戦争なんかは報道を完全にシャットアウト、というか操作したわけです。で、今度操作しすぎたことで失敗して、じゃあ次はお抱えキャメラマンにして連れて行こう、という発想が今回のイラク戦争にはあったんだろうと、単純にいえばそういう流れがあったと思います。

 

 不思議だったのが、アメリカ軍の従軍取材をしているのがテレビ局とか新聞社の記者で、それに対して、バグダッドに残ってイラク側から取材していたのがフリーのジャーナリストだと。その構図に何か問題があるんじゃないかという気がするんですよね。従軍取材のありかたがかなり片寄ったというか、アメリカが意図した方に誘導しようみたいな取材体制、エンベッド取材というんですか、部隊と完全に一体化して、取材出来ないことと取材出来ることがあらかじめ細かく決められてあって、最終的に米軍が出る情報を判断するという、そういう形があったみたいなんですが、そこが腑に落ちない部分なんですよ。

それで、今回の従軍取材の場合、アメリカ軍に同乗してイラクに入って行くわけですが、その時の日本のジャーナリスト達の論理というのはどういうものなんだろうかと。他の人達が苦労してビザを取って入っていくところを、簡単にいうと不法入国するわけじゃないですか。アメリカにはアメリカの論理があるんだろうけど、日本の新聞社やテレビ局はそれぞれが固有の論理を持っていたのか、それともアメリカの論理を正しいとしてそのまま飲み込んでいたのか。ビザもなし、入国手続きもなしでイラクに入って、いったん入った後は、当然米軍に守られないと周りには出られない状態になる。それに対して日本のメディアはどういう考えを持っていたのか、果たしてそういう取材をする意味はあるんだろうか、僕はそれを疑問に思っているんです。

 

山崎 従軍取材というのは米軍のオーソリティーのもとで報道するということですよ。大枠では間違いなく管理されていることを理解した上で、あえてそこから報道するという方法。

それで、僕がベイルートに行った時に感じたことは、今回のイラクのバグダッド側から取材している人達も同じなんですが、ほとんどインディペンデントのフリージャーナリスト達が、自分達の責任の上で伝えるべきだという態度でやっているということ。まあお金になるということもあるのかも知れませんが、そこでの立場と、テレビ局の人間が米軍の何とか大隊に許可をもらったから行くという立場では、やっぱり違うと思うんですよね。

 

 

---キャメラマンがどうかかわっていくか---

 

益子 僕の場合だったらね、もしそういう立場になったなら、まあ進んで撮りたいという精神状態になりゃ別だけど、仕事でやってくれという事でやったとしたらね、一体どこまで踏み込めるか。僕は臆病だから、安全なとこでごまかしちゃえと、そういう撮り方になっちゃうんじゃないかな。例えば軍事演習で、実弾で演習するのがあるじゃない、昔あれ撮ったんだけど、大丈夫ですよといわれても、飛んでる弾の下で匍匐(ほふく)でこう撮ってると、やっぱり怖いよね。手榴弾のテストも怖かった。

 

山崎 でも、あれは慣れちゃうんですよ、最初怖いと思っていても、一週間もいるとそこに慣れちゃうんです。でもそれが逆に怖いんですよ。どんどん危険に近付いちゃう。

 

益子 精神異常になっちゃう?

 

山崎 いや、そうじゃなくて、音はするけど弾に当たんないから。最初ドカーンて来た時はワッ!と思って首をすくめるんだけど、そのうちヒュー、ドカンくらいは、1キロぐらい離れてるんだと思ってカミナリと同じような感じになっちゃう。それが逆にすごく怖いんです。それでだんだん危険に近付いてキャメラマンは命を落としちゃうんですよ。僕の友達で、ベトナム戦争の撮影に行った奴もそうだったんだけど。

ベイルートに行った別班のキャメラマンも、最後の方は本当に撃ち合いの、銃撃戦の真横から平気でカメラを構えて撮れるようになっちゃった。それを見て、ディレクターがもう取材を中止したんです。キャメラマンがそこまで麻痺ちゃったから。はじめは怖くて陰から撮ってたんですけどね。だんだん麻痺してくるんです。

 

益子 映画でいえばさ、「西部戦線異常なし」は1930年の作品だけども、やはりそこがポイントになってるよね。アジられて、それじゃ行くかって出征して、大勢で戦争に行くじゃない。それで戦場に行って、はじめは皆もらしちゃうほどおっかなくって、でもそれがどんどん、今言ったように慣れてきて、だけど最後に主人公は、塹壕からチョウチョに手を伸ばして、それで撃たれちゃう。やはりそういう恐怖感ていうのは、取り払われちゃうのかな。そう考えると、例えば携帯に付いてるようなカメラなんかで撮れるようになった今の時代では、キャメラマンがでっかいカメラを持ってって、よりリアルに、もっとディテールが見えるような映像をきちっと撮るというよりも、携帯でピュッと撮ってね、パッと送ってはい、今です、という映像でやる方がまだいいなんてことになるのか。

 

山崎 それに近い報道が今回のイラクではありましたね。今そこから見えてるものの報道が、益子さんが指摘された携帯電話で撮るというような、今出て来ているテレフォンニュースギャザリング、「TNG」やサテライトニュースギャザリング、「SNG」といった形で行なわれている報道の形、デジカメで撮ってパソコンで処理して送るとか、そのままビデオフォンで送るとかいう状況のなかで伝えられていて、そのなかでは、今起こっている現象に対して、目の前の出来事がどうだこうだというだけの報道がほとんどになってしまっている。

確かに戦争報道では、目の前の現実というのはものすごく大事にしなきゃいけないんだけれど、それは所詮、ある一部分の現実の断片で、たまたま自分がそこで見たものに過ぎない。それは一方で大事にしなきゃいけないと同時に、でもそこから全体は必ず見えない、その限界と怖さを本当は持たなきゃいけない。そこが見えないまま報道が行なわれているじゃないですか。「今」というのがそのまんまイラクから日本の茶の間に繋がる、アメリカの茶の間に繋がる。しかし、イラク戦争の報道の中で、カメラが何を見ようとしたかという視線を持って伝えられた映像というものは、僕はほとんど感じられなかったですよね。

ものすごくハードが便利になったビデオジャーナリズム、そのなかでジャーナリストと称する人達の、「今」のジャーナリズム情報としての映像が伝えられていると。そういう状況にキャメラマンが行った場合、キャメラマンとして何が出来るのかというところが、ある意味で問われていると思います。

 

 一次的な情報だけで、それをどう判断して行くかという部分が抜け落ちている感じがしたんですよね。情報をどう判断するのかという作業をテレビを見ている人がするしかないという感じがあって。

今回の従軍取材でいうと、結局それで撮れたものは一次的な情報だけだったと思うんです、結果を見ても。そんな情報なら、わざわざ日本人が行く必要もないし、例えばアメリカのメディアが撮った映像を一次情報として受けて、それを批判的に検討して行く作業を報道として行なった方が、今回の戦争の実像に相対的には迫れたんじゃないかと思うんです。例えば従軍取材でキャメラマンが行ったとして、キャメラマンの思いや判断というものがどこまで映像に反映出来るのか、今回だったらほとんど難しかったんじゃないでしょうか。

 

渡部眞 むしろそれは求められていなかったんじゃないですか。今回、一つ一つのカメラっていうのが、日本人であろうが何人であろうが、まあアメリカ人のキャメラマンは一番いい、突入する先頭のポジションを与えられていたと思うんだけど、日本のカメラは、言ってみれば複数のカメラが切り替えられるかたちでのカメラの一つとしてしか、考えられていなかったんじゃないでしょうか。それでそこから先の判断とか物語の作り方は、おそらくアメリカに操作されてしまう。

 

益子 それと、自分がその場にいたらどうかという問いかけがどこまで出来るかっていうのが、僕は大事だと思っていて、僕の場合だったら、ものすごく怖いというのが一つあるし、言語の問題もあるし、普段平和な日常生活が長く続いてると、よけい戦場に行ってその場に立たされたとしたら、とてもじゃないけど逃げ出しちゃうんじゃないかな。だから出来ないからいいや、向こうはアルジャジーラに任せちゃえって、僕はそうなるかも知れない。

 

 でもそれはあり得る判断だと思うんですよね。自分の意思とか入れられなくて、情報としてしか撮れない映像しか撮れないのであれば、何のために危険を犯してまで行くのかっていうのが、本当に分からなくなると思う。自分はただ派手な映像を撮りたいから行くのか、極限状況を経験したいから行くのか、そういうところまでの問いかけになっちゃう。

 

益子 そうなんだよね。だから、そういう気持ちで言うと、今やってるみたいな、軍隊にくっついて行ってさ、戦車の前にくっつけてるカメラみたいになって、「今、最前線では、」なんていうんじゃなくなるよね。映画でいえば亀井文夫の「戦ふ兵隊」みたいな気分に近い。あれなんか極端に言うと、撃つとこなんにもないんだから。でもさ、一方で、僕にとっての戦争映像っていうのは、最近の映画で言うと「プライベートライアン」の壮絶な戦闘の再現みたいなものもあるんだよね。

 

山崎 キャパの世界ですか(笑)

 

益子 いや、だからキャパの世界は俺駄目なんだよ。入れないんだよ。写真家で言ったらキャパじゃなくてユージンスミスなんだよ。やはりキャパのあの兵士の写真は俺には撮れない。もし従軍で行ったとしたら、やはりスミスのさ、将兵越しの向こうの教会の画とかね、子供を抱いたサイパンの画とかさ、ああいう画になってくると思う。だから、それは大きく違うよね、自分の立ち位置が。スミスが第一線に行ってないってことじゃなくてね、彼も手榴弾の破片を受けてるわけだから。だけどやはり僕はキャパの画は撮れない。

 

山崎 「プライベートライアン」の壮絶な部分はキャパのアングルを研究したって聞きますよね。そして、戦争でのキャメラマンのポジションていうのが、そういう激しい部分から、益子さんのおっしゃったユージンスミスのような部分までの幅っていうのが必ずあると思うんですよ。それは、戦争が行なわれている表面と、それ以外にもっと幅ひろく、戦争によって起こっている多くの事態や巻き込まれる地域、そこに住む人々の生活っていうのが、戦争する側、巻き込まれる人々も含めて必ずある。

戦争報道っていうのも、戦闘行為そのものの撮影と、それが行なわれている地域や人々の報道っていうものとがあって、戦争をどう見て行くか、見ていく側のキャメラマンの立場として、カメラポジションというのが決まってくる。今回の場合にも、バグダッドに入った人間と、米軍御墨付きの従軍記者で戦車に乗った人間のポジションの違いというものが、多分はっきりあるんですよ。

 

渡部眞 それと同時に、今これからの戦争のかたちが、対立する二つの国や勢力が、ある地域で戦闘行為を行なうんじゃなくて、テロのように、いろんなところで分散して、いろんなところで多発し始めてくると、「戦争を撮る」という報道ということだけじゃなくて、先ほど言われたようなカメラ付き携帯でとりあえず近くにいる人が撮る、つまり報道においてはキャメラマンというものがプロフェッショナルである必要がなくなってくる、そういうことも戦争報道の流れとしては見えてきていますね。

 

山崎 それは間違いなく一つの事実なんだけど、それはやっぱりたまたま写っちゃったものでしかないんですよ。例えば今回のフセインの銅像倒しもいろんな形で報道されたけれども、熱狂する市民という報道のされ方と、いやたいした数の人間がいないという報道と、言葉で報道されてる事と写ってる事とがみんなちぐはぐになってて、あのフセインの銅像が倒されるっていうことの、ビルの上からであろうがどっからであろうが、撮影されたいくつかの映像のなかに、キャメラマンとして、その現実に対して何が起こっているのかを捉え直そうという意識で撮ってる構図とかアングルは、無いんですよ。アメリカのニュースなんかの、大勢の市民が喜んでますみたいな報道で、アップで銅像を引き倒してワーッとなってる映像があるけど、でもほんとはあれ何気なくフッと引いた映像がチラッと写るんだけど、そうすると百人くらいの人間と、アメリカ兵だけでやってるんですよ。そういうのが画面にちらちら写りはするんですが、その状況が持つ意味みたいなものを意図的に撮ってる人はいないんですよね。

 

 アメリカ軍の明白な意図のもとで行なわれた行為を、単純なイメージの情報としてしか撮影出来なかったことで、結果としてアメリカの宣伝に乗せられてしまったというか、あそこでの出来事について、カメラを通じて批評するという眼差しをもって撮影した人がいなかった。

 

山崎 コメントでは伝えられたけどね。その状況を見ていた人によって、言葉としては伝えられたけれど、それでも送られて来ている映像っていうのは全く別で、そこにギャップがある。そういう意味では、やはりキャメラマン不在なんですよ。

 

益子 そうすると、湾岸戦争以降の電子システムのなかでの映像っていうのは、キャメラマン不在なのか(笑)

 

渡部眞 ただ、キャメラマン不在が、ミサイルの先にカメラがついてるとか、戦車と一緒にカメラが進んでるとか、そういう映像を求めてるのは誰かということもあるんですよね。ある意味プロの人達が作り上げてきた迫力ある映像と同じようなものを、観客として人々が求めてしまっていることがかなり問題ですよね。戦争と言えば何か迫力のある、弾がこっちにくるとか、倒れるものはこっち向きに倒れるとか、もう少し近くに来てくれないかなとか、思わず思ってしまう心自体がかなり危ない。フセイン像が倒れるにしても、倒れる所を平気で引けちゃう、引いた画しか撮らない、そのために首になってもいいっていう、それくらいの意志でやらないとその流れには逆らえないかも知れない。それが出来ないんなら、例えば天安門の時に、カメラの映像が流せなくて音だけ流してたけど、そういう表現の方が、むしろキャメラマンの悔しさが分かる気がする(笑)

 

 分かりやすいメッセージや、単純に迫力のある映像を見たいという欲望が、映像を見る人には基本的にあるとは思うんですが、キャメラマンとしては、そこで一般にこうだといわれているものについて、それだけではない別の側面を見つけて取り出してくるという作業が、いわゆる創造的に撮影していくということだと思います。そういう意識が一般にキャメラマンにはすごくあると思うんです。そうすると、単純なメッセージの映像、例えばフセイン像が倒された、イコール、フセイン政権が倒された、みたいな単純なイメージ操作に抗う映像をやはり捕まえないと。

 

山崎 それは戦争報道だけの問題じゃないけどね。

 

 でも、さっき出た「戦ふ兵隊」なんかでは、まさに三木茂が、単純なメッセージの映像というものに逆らって、その場にあるもの、それ自体の存在感を丁寧に拾って行って、その結果として、従軍取材であっても日本が頑張って戦ってるみたいなイメージから逃れる映像を捕らえることが出来た。そこが大事な所かなと思うんです。

 

益子 でも、事実を伝えるっていう難しさには限界があるよね。これが事実だ!って思い込んでやるしかない。実際に今の話を聞いてると、伝えられたものは一部分で、本当は何も伝えられてないよと言って、それを前提にあきらめて、これが本当だ、と撮る画というのはどういうものなんだろうか。

 

山崎 目の前に起こっている事しかカメラには写らないんだけれど、目の前に起こっている事で見落としていることとか、その裏にあるものにまで神経がいってるかどうかということじゃないですか。事実というものに対して、事実信仰というか、目の前がこうなんだからこうだ、これがこの事件、この戦争の全てなんだと思いたい気持ちは一方であるんだけど、それは本当はある一面でしかないんだっていうところでもう一回伝えようとするものに対する疑いというか、捉え直しをしないと、辻君が言ったような意味の、状況のなかでもう一つ何か違うものを見つけていこうという視点が生まれてこないと思うんですよね。

 

 

---考え方-キャメラマンとして---

 

川上 話は少し変わりますが、ある人が、「我々の側につくのか、テロリストの側につくのか」というブッシュの言葉に対して、そうではなくて、爆弾の下の人間の側につくのだ、ということを言ってたのですが、皆さんはキャメラマンとしてそういうことをどう捉えますか。立場として、爆弾の下の人間の側に立って報道すべきだという意見に対して。

 

山崎 そういう言葉かどうか分からないけれど、テロリストだろうが正規軍だろうが爆弾は爆弾だろっていうのは間違いないですよね。別にUS ARMYの爆弾だから正義があるわけじゃない。

それで、川上さんが言った「爆弾を落とされる側に立つ」ということで言えば、もし両方で落としっこしていたらどうするんだという問題や、兵士だってある意味「落とされる側」だということもあるんだけど、気持ちとしては、テロであろうが正規軍の大砲であろうが、その攻撃で死ぬ側の人間の生活と論理っていうのも必ずあるよねっていう気持ちはある。まあ、その時にアメリカで平和に暮らしている中産階級の人達の身になって撮ろうとは思わないですよ。

 

益子 ただそこで、どの戦争でもいいんだけど、民衆の後を追うんだって撮っていっても、民衆が本当に非戦闘員なのかって、それも信じられないほど状況が混乱しちゃうと、撮影していていつ何時向かってくるかも知れないみたいな危機感ていうのはあるんじゃないかな。非戦闘員だからといって、悲惨な状況を撮影するという精神までいけるか。俺はちょっとおっかないなって思っちゃう。

 

山崎 ソマリアで取材した時に、アメリカ軍主体の多国籍軍の攻撃に、親におぶられて逃げてる時に撃たれてけがして、親父が死んじゃったっていう子供がいて、十何歳でやっぱり軍事組織に入ってるんですよ。で、その子のインタビューを撮った時に、彼は、内戦になってからアメリカが逃げちゃったんで、早く内戦が終わって前みたいにアメリカ人が来るようになって欲しい。そしたらアメリカ人に復讐が出来ると。そういうことをサラッと言ってのけたんですね。それが98年で、彼は十一歳か十二歳くらいだったんだけど、その後、9.11の後に、ビンラディンが逃げてんじゃないかって噂が出てソマリアが結構狙われたじゃないですか。普段はニュース報道はしないんですが、その時ばかりは急遽ソマリアへ飛んだんですよ。それでその少年を探して見つけられたんだけど、結局軍事組織の方から、撮影は断ると言われました。

そういう意味では、例え軍事組織に入っていようが、爆弾の下にいるそういう少年の気分みたいなものは撮影したくなりますよね。安いとはいえ、月給をもらって仕事として来ている兵士の怪我や死よりは、やっぱりそっちに肩入れしちゃう。

 

渡辺浩 ちょっとしゃべっていいですか。実はちょっと混乱してるんですよ、今度の戦争のいろんな映像を見て。皆さんと同じように、もうキャメラマンはいらないなって感じたのが一つあるんですよ。ただ、人間の撮った画っていうのは全てを制御しているわけじゃないっていうのがあって、キャメラマンの手からもれ出る部分に本当のことが多少写ってるなっていうような画はまだ残ってる。でもやはり情報管理は完全にされてますよね、ベトナム戦争の失敗を二度とくり返さないという。情報官なんか広告代理店の人じゃないのかな、軍服着てるけど。中央軍指令部にいて、午後二時の定時会見というのをやるんでしょ。コーラかなんか飲んでて、自分の気に入った奴にしか質問させない。被害については調査中だと。市場に誘導弾が落ちたとなれば調査中、イラクのスカッドミサイルが当たったんじゃないかとか。大体午後二時に会見っていうのは、アメリカの朝のニュースショーに合わせたんですよね。だから、毎日ギャラを払って出演してもらっているようなもんですよね。逆に独立して取材しようとしたチームはほとんどないですよね。出来なかったというか。例えばね、ITVっていうイギリスのチームがバスラから別行動して、途中まで行った時に、アメリカ軍に砲撃されてるんですよ。それとまあ、アルジャジーラはね、事務所とかミサイルで徹底的にやられてるし。そういう意味で、軍服着てて、それなりの訓練をして、軍隊と同一化したキャメラマンの撮った画というのは果たして信用できるのだろうか、と、とりあえずこの平和な国に住んでいれば思うわけですよ。アメリカ本土に住んでいれば別かもしれないけど。

それで、ふたつ特徴的な画があるんだけど、一つはさっき話に出た銅像引き倒しの映像。象徴的な映像だよね、あれは仕組まれたもんだと思うけど、戦闘用ブルドーザー使って引っ張ってね。あそこにふたつの人間の群れが見えるんですよ。銅像の近くに20人くらいと、ちょっと端のほうに120人くらいかな、待機してる人がいて。それで映像が寄りになると、圧縮されてたくさんいるように見える。そのほうが画に力があるから、何も考えないと、ついそっちに寄っちゃうんじゃないかな、と、あれがひとつ。

あとひとつは、女性の兵士が救出されたでしょう。あれはアメリカ軍提供の映像なんですね。で、BBCがその兵士の入院してる病院を訪れたっていうのがニュースでやってたけど、四月二日かなんかに救出されたのが、その病院からなんですよ。民間の病院で、たいした怪我じゃなくて、戦闘じゃなく交通事故の捻挫で入院してたんですね。で、病院の場所は前から知られてたんだけど、四月二日の夜になって突然、空砲をばんばん撃ちながら、ハリウッド映画みたいに華やかに入っていって連れてきちゃったっていう。ちょうど四月二日くらいっていうのは、戦争が長引くかというのがヘッドラインに並んでいて、いいニュースがなかったんですよ。だからあれは、ラムズフェルドかなんかがやらせたのかなっていう感覚が残ってるんですよね。そのふたつの映像が、今回のイラク戦争でたいへん特徴的だったんじゃないでしょうか。あともう空母の上なんていうのは、何人殺してこようが、高性能精密爆弾を落として来ましたっていうだけの話ですから、なんにも写ってないですよね。そういう時に、皆さん、キャメラマンとしてドキュメンタリーとか劇映画とか、ニュースにも関わられている方達が、どういう風に考えているのかが知りたいんですよ。極端に言えば、一体この商売続けた方がいいのかっていうところもあるんだけど。

 

渡部眞 ニュース映像に関しては、確かにかなり管理されてましたよね。なかなか自分の意志というものを反映させることが難しい。ただ、その後に入った人が、その何年後にでもいいんですけど、どういう風にそれを扱うか、自分の意識を反映させるかたちで撮影をするのであれば、もう少し具体的に自分の視点というものを見せることが出来るとは思うんです。

 

渡辺浩 それはクリエイタ−としてのキャメラマンの立場としては当然な考えだと思います。ただ、そういうのが本当に日本のキャメラマンにできるのだろうか、という疑問はあるんですよね。

 

山崎 日本のキャメラマンというか、本来報道といわれるものは、NHKであったり民放であったり、通信社でありというかたちで記者やキャメラマンというのがいて、そこでいろんな経済事件や暴力事件を含めて、報道するわけじゃないですか。それが、戦争報道だけはそういう人達が現場に行かないっていう約束ごとが出来ちゃってますよね。今回の従軍取材だけ行くっていうのも、米軍のオーソリティーが出て、ある程度の安全が保証されてるというので許したんであって、それ以外ではほとんど行かさせないんですよね。その代わりに、小型化されたビデオが出て、キャメラマンとしてではなく、ビデオジャーナリストとして出て来た人達がいて、結局戦争ジャーナリズムが空白のビジネスチャンスになっていった。今回バグダッド側に入ってる人は、ほとんどがビデオジャーナリストあるいはその出身者でしたからね。そういう事を考えると、ここ最近は、戦争っていうものに対して、どう伝えるかを考えるということを、大手メディアそのものが放棄してしまっているという気がしますね。本来の正社員の記者は戦争になると外から解説するだけ。現場には行かない。それは万が一の時に組織として個人の責任をとりたくないとか、保険金が莫大だからとか、ほとんど組織の論理なんですよ。そういう中では、報道ジャーナリストとしてのキャメラマンというのは当然育っていかない。

 

渡部眞 それと関係あるか分からないですが、最近アメリカから日本に帰って来て、朝のニュースを見てると、大体新聞を写してるんですよね。びっくりしました。

 

山崎 あれは一番駄目な報道ですね(笑)

 

 戦争報道とか、そういったニュース報道にも言える事かもしれないけれど、キャメラマン的な撮影の必要がなくなって来ているというのは、これはもうそういう流れだからしょうがないとは思うんですよ。それで機材はどんどん簡便になってくるから、その場の情報性や速報性が重要な場合には、キャメラマンでなくても、携帯電話に付いてるカメラでパカパカ送られてくる映像で充分というところもある。そういう意味で、戦争報道の現場には、今後、キャメラマンが行くことはもっと減って行くと思います。もしかしたらもういなくなるかも知れない。

 

益子 その代わりに監視カメラがいっぱいになるのかな。

 

 監視カメラみたいなものになっていくと思います。戦争報道やニュース報道も含めて。それは避けられないことだけど、それに対してやっぱりキャメラマンは、反動的かもしれないけど、抗っていかないといけないと思います。キャメラマンの表現というのは、映像自体に表れてくるものでしかないと思うので、情報としての映像だけではなく、自分の価値判断を映像の中に込めて行く、そこは外せないところかなと。

 

山崎 逆に簡単な監視カメラだと、単純にミサイルの先に付いてるとか、ビルの屋上に付いてるとか、それはそれで機械的な意味はあると思うんだけど、デジカメやカメラ携帯みたいなものは、どんなに簡単なものでもやっぱり人間が持ってるんですよ。そこはやっぱり、キャメラマンであるかないか、ジャーナリストであるかないかを問わず、とにかく人間がカメラを持っちゃってるということで、一次情報っていう部分でも、その人の視線を通すことで、やっぱりゆがむというか、バイアスがかかるんだよね。

 

 そのバイアスというのも、キャメラマンじゃない人は、カメラを通して映像として表現することに無自覚というか、映像の持つ危さや曖昧さを素通りしてテーマに向かっちゃう部分がどうしてもあって、そこで、映像としてものごとを伝えるということに自覚的な人間、そこに意識を集中していく人間が果たすべき役割っていうのが、逆にこれから重要になるんじゃないかという気もしてるんです。

 

山崎 ただ、求められてるものは戦争報道にしても何にしても、そこで何が起こってるのかちょっと見てみたいということなんですよ。そこにカメラというハードを使うっていうことで、技術者としての人間が関わってたわけですよ。そのことによって、映像というものが作られていた部分があるけど、いまもう21世紀になって、これだけ映像が簡単に、いろんなかたちで流される状況になってくると、そういう意味での映像に携わるプロっていうのが必要でなくなってきてる。現実に今回のイラクで、日本の報道陣のなかで日本に映像を送った人達の、そのなかの何人が、日常的に自らがキャメラマンとしての活動をしているかを考えると、それは寂しいですね。

 

渡辺浩 「戦争キャメラマン」ていう、去年大阪国際映画祭に出たパチカメの報道記者のドキュメンタリーは知ってますか。写真記者のヘルメットに小さいビデオカメラを固定して、それだけで戦争を撮ってるのがあるんですよ。ただこれがあんまり面白くない。むしろフィルムチェンジをするときの方が面白い、あわてたりして(笑)戦争の方はひょろひょろっと逃げてこっちに隠れるようなところだけで、あんまり面白くなかった。それに比べると、これは管理された映像だけども、ベトナムで、アメリカのパトロール部隊がどっかの村に入って、バンと民家のドアを蹴飛ばして、中でばんばん撃ったりすると。そうしてしばらくすると、逆の扉の方から女の人と子供が震えながら出てくる。そういう画は一度しか使われないんだけれど、そういうものの方が、なんか迫ってくるような気がしましたね。

 

山崎 そういう映像が、ベトナム戦争には確かにありました。

 

渡辺浩 ベトナム戦争では、官製の報道からこぼれ落ちた部分の映像というのが良かったんですよね。それが反戦運動の意識をもり立てたっていうのがあるんだけど、どんどんこぼれ落ちるものがなくなっちゃってきてる。

 

益子 ベトナムの戦い方と、湾岸以降の戦い方はもう、全然違うからね。戦争の構造も全然違っちゃってるし、戦死者の数をみても違うよね。それで9.11になるともう、あれが戦争かって、テロかどうかもよく分からない、たった数時間の戦争かも分かんない。そこいらのとこなんだよね。もう戦い方が全く違って、それで報道のやり方も変わっていってる。

 

渡辺浩 戦争のかたちが違ってきたっていうのは事実ですよね。これが戦争かい?っていうのがあって。イラク戦争では確かに米兵が百人くらい戦死した。ただ、相手方は五十年位前の戦闘方法で来ようとしたわけだ。まともに戦争してないんじゃないかという気がしますけどね、イラクは。これはもう全然かなわないっていうのがあるから。いつ逃げようか、ってそればっかり考えてたふしもあるし。結果からみればね。

 

山崎 イラク軍はどの橋も落としていかなかったですよね。もう攻められることを抵抗しようという意志はあんまりなかったんじゃないか。

 

益子 そうすると本当に、イラク側の人間というのはどういうものなんだろう。さっき出たように、そういう状況のなかでキャメラマンがイラク側から撮るのはどうなるのか。それを撮るのは確かにある意図が出てくるかも知れないけど、それはまた怖い。

 

 確かに今度の戦争のかたちが、報道のかたちとも密接につながってるということはありますよね。イラク軍の側にいることが出来ないという部分も含めて、対称性がないというか、戦争も報道も一方的に攻めるだけで。

 

渡辺浩 だから恐らくアメリカ軍はあらゆるところの略奪を黙認したんだと思いますね。そうしないと戦争らしい悲惨さが出てこないもん。

 

山崎 戦争にしないといけないから、アメリカは。

 

渡辺浩 そして、ついにそのことを撮れなかったんじゃないか、と今回の報道については思いましたね。ぱっと目には見えなかったり、ひそかに語られる事は、自分でもあまり大声では言えないですよね。それは確かに怖いことかもしれない。そしてそういうときに、キャメラマンはどうすべきか。

 

 キャメラマンとして問われてくるところですよね。ぱっと見た時に、目の前には撮るものは何もないように見える。でも、そこで目を凝らして、カメラを通じて見えてくる構造があるかも知れない。あらかじめ流されたイメージではない生の部分が見えてくるかも知れない。そこに賭けていく、それを映像として具体化していくという表現を求めていくのが、キャメラマンとしての姿勢ではないかと思います。

 

渡辺浩 それは分かるし、重い意見だけど、やはり難しいな。

 

 いや、それは基本的な志として、心の底には持っていた方がいいんじゃないかと。そういう意味です。そこの部分が欠けているのを感じているので。

 

山崎 そういうかたちでキャメラマンとしての意識を持ってる人が、現代の戦争の報道の場にどういうかたちで参加するかっていうことで言うと、そういう人が参加出来る体制というのはなかなか取られてないよね。

 

益子 それとさ、そういうふうに撮れる条件というか、どんどん管理が徹底されてくるなかでさ、自分の意志でものごとを発見して表現して行くっていうのは、やはりすごく難しいと思う。

 

渡辺浩 まあ、管理する側は毎日そればっかり考えているわけだから、キャメラマンはいつも別のことをやってるから(笑)

 

 確かにそうだと思います。でもそこはしたたかに対抗していかないと。三木茂という前例もあるわけだし。

 

川上 国家は過去の失敗に学んで上手にやっていくわけだから、キャメラマンも過去に学んでいかないとまずいですね。

 

山崎 どうかいくぐっていくかってね。

 

   了

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今回は「ルーペ論争」を受けた第三者による総括の論文を。
*「ルーペ論争」については
本ブログ「ルーペ論争」考1~4に採録しているのでそちらを。
「文化映画研究」昭和十五年六月号に掲載されたもの。
論としては当時の社会主義思想を下敷きにしており、
戦前の文化映画界隈の気分が判って興味深い。

特筆すべきは、第二部、第三部で
文化映画制作に於ける実に実践的な提案が随所になされていること。
これはとても面白く、現在のドキュメンタリーや記録映画について
昨日書かれた文章だと言われても不思議でないくらい。
スタッフの仕事の役割や振舞いかた、
ロケで泊まる部屋を別々するべきという提案から、
ロケ隊の見送り出迎えに対してのプロデューサーの心構えなど。
現場の環境に関しては、70年前より状況が悪化している部分も多い。
現代の方が個々人の意識はむしろ下がっているかも知れない。

論というより心構え的な意味で身の引き締まる総括文。
ただ執筆者である村田英雄氏がどういう人なのか、資料不足で不明。
まさか歌手じゃないと思うけど。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

文化映画の製作に於ける協同作業の問題    村田英雄


  目次
  一、三木氏たちの議論
  二、各パートの自主性の問題
  三、協同作業の方法についての走書
  四、結び


一、

 この誌上の三木茂氏(カメラマン)と、亀井文夫、秋元憲両氏(演出者)の議論は、近ごろの話題だった。
 ★「日本文化映画の初期から今日を語る座談会」(本誌二月号)
  「文化映画演出者への手紙」三木茂(同三月号)
  「三木茂の手紙を転送する」秋元憲(同四月号)
  「三木さんの『文化映画演出者への手紙』の意義」亀井文夫(同四月号)
  「再び文化映画演出者への手紙」三木茂(同五月号)
 その議論の意義は、それによって文化映画のカメラマン、演出者の現状と、彼らの間の職能的対立感情を公にしたところにあると思う。誰も双方の挙げている事実はうなづけたであろう。その点、彼ら自身さえ、互に認め合ったところのものだ。
 論争として見れば、話の筋は、妙な詰らないものだった。第一亀井の比喩は、歯切れはいいが、用法があんまり独特で、一寸頭をひねらないと呑込めない。「目隠しされた馬」とは、一般には哀れな者、一種の馬鹿者の比喩であろう。おまけに、平素、演出者が『視野がせまい』とカメラマンをこぼす。その声によくはまっていた。ところが亀井は、後の説明によると、これ以下の一連の言葉で、演出者とカメラマンの深い分業関係を説明したのであった。
 しかし、三木氏も、その点秋元氏さえも「現今のカメラマンの痛いところを指摘」した言葉ととっている。
 そのためだろう、思いがけなくも三木氏が立って、現今の大多数の文化映画演出者の痛いところを手きびしく指摘するところとなった、これを機会に「演出者のことも云ってみたくなった」と云っている。平素の不満を吐露したのである。そして、彼らが本当物が云える資格をもつまでは、断じて口さがない批判は認めないとまで、肚まで見せた。
 翌月、秋元、亀井の両氏が並んで乗出した。派手なことになった。聞くところによると、同じ鉄傘下のカメラマンたちが拍手して、にわかに演出者を軽蔑し出したと云う。二人は、職能的な対立感情をふくんだ、軽はずみな言葉として、三木氏の手紙を他のところへ転送したり、厳かにいましめたりして、先ず協同精神を持てと、三木氏の頭の上へ新しい理論の棚をかいてしまった。
 それで、形式的には議論は一応尽きたかに見えた。しかし決して尽きないだろうとも思った。事実、私は今また五月号を受取った「再び文化映画演出者への手紙」(三木茂)を読んでいる。
 これでは誰の眼にも良く分るが、両者の主張の内容は全然別な二つのものである。
 三木氏の言い分から、その感情的な部分と、傾聴には値するが厳正を欠いた職人的経験論を切捨てるなら、前進のためには演出者にとって有益な厳しい批判であろう。又、カメラマンの立場に立ってみれば、今日のように演出者が優位な関係に会って、無能な演出者の横行をゆるして、その言い分に唯々として従うことは、作らるべき映画も望のないものにし、自分としても自殺行為だろうとはうなづける。しかし、この場合、カメラマン自身の厳しい自己批判も用意されていなければ、相手を罵るだけの口論になる。尤も、この時他人がカメラマンの厳しい批判を返したら「お互いにね」と、これもまたおさまったことだろうが、相手は無意識的にはぐらかしてしまって、やはり自分の調子を通した。亀井氏の言い分の実体は、観念的なるがために、又三木氏をたしなめんがために、ひどく内容散漫だが、映画製作に於ける協同作業論である。
 この、二つの事がらを主張する別々な議論が、無益にからみ合って続くのは、より多くどちらかの責任かは別にして責任は両方にある。さらにもとをただすと、三木氏の云う演出者とカメラマン一般の「甚だ不愉快な結合」状態が作用しているのではないか。
 ひるがえって文章の足もとを見ても明に、全議論の情熱によってくるところは、一般演出者とカメラマンの相当厄介な職能的対立感情と見てとれる。このことに、両三者とも眼にカドを立てて執拗に触れてもいるのである。
 だから、この際、共に議論すべき、平凡にして実に重要なことがらが別にあったのである。
 われわれは、先ず対立する感情を正しく解決しなければならなかった。われわれの日常の協同作業の方法に(一作毎でもいいから)意見の一致する道を見出さなければならなかったのだ。・・・これこそ何にも増してわれわれの作品をよくするものであり、美しい結束といい作品こそ何にも増してわれわれを教育するものだろう。三木氏が意識的にか無意識的にか今日の演出者を拒否するような結論に陥っているのは、実際家らしからぬことだった。(三木氏よ、あなたの気持も主張も尤もだが・・・)今日の映画なくして、明日の映画も「熟練工」も、ありようがないだはないか。あなたがのこされるような悪感情や曖昧な関係は、あなたの場合はとにかく一般の場合には、一つの矛盾として、しばしば製作のうちに拡大再生産されてきたのである・・・


二、

 しかし、私は三木氏に同情を惜しまないものだ。そしてこの一章を読んでくれたら、彼もわれわれの気持をうけ容れてくれるに違いない。先ず、失礼ながら亀井氏の言葉を引用して。「純粋な意味では、撮影とは、現実の「現象」を創造的に記録することである。また演出とは、「現象」の本質的意義を手繰り出して、それを伝達するのに必要なカット(又は場面)を、構成的に決定することである」と、そして彼は、カメラマンや演出者はそれを分担するものと定義づけている。仕事はかく密接だが、べつに甲乙はない。それを説明しよう。ーーー
 私は、映画を「文章」と比較してみたい。文章は、作者の言葉がきまったら、軟い鉛筆か何かで素早く書きとめればいい。字はどんなに下手でも変りはない。しかし、映画では、云うまでもないことだが、カットが決ってもその先フィルムに移植するに実に大きな仕事が残っている・・・それは量に於て大きいばかりでなく、質に於ても限度のない創造の広さと深みを持つものである。生れ出たカットは、二つの頭脳が渾然と総合されたものであろう。実は境界線をひくことも困難である・・・。
 しかし、実際は、映画製作の中で演出者が質的にも優位であるかのごとき関係が、文化映画にも持越されている。劇映画で演出家が極端に優位な習慣は、充分分業化されていない未発達のしるしでもあり、興行的な物語映画の特性のために、監督の技巧だけが重要でもあり又発達したとも見られるが、文化映画では、現実に、演出者がそれほど優位な働き手ではない。カメラマンも、企画も、またシナリオも、それぞれ自主的に有力な仕事をしているのだ。
 尤も演出者の重要さについては、大方の主張もあろう。そして演出者がすべてを決定するという考察は一応成立つであろうが、かく考え極めれば、企画もシナリオもカメラも、やはり決定的に重要な意味を持っていることに間違いはないのである。
 演出者優位の習慣を支えるも一つの理由として、下積みの存在を当然とするような資本主義社会の習慣に思い及ぶのである。そうした習慣の下彼らの社会(職場)には、自分を卑屈にすることによって自分らが作りあげた英雄に渇仰する、一種の封建的な気分が支配しているのも一般である。今日、カメラマンが視野がせまいのも、いいシナリオが出ないのも、何よりこうした関係の産物であろう。
 こういう関係の作業は、映画製作によって過渡的なもので、本来のもの、従って未来のものでないことは明である。若し(演出者は総てを決定する。シナリオも変更すれば費用についても責任をもたねばならない)というような考えで「演出」から再び「監督」という名前に帰るような自負は、文化映画までも古い望みのない製作方法に押込めるものだと云いたい。後退、破局にみちびくもとだとさえ云いたい。文化映画では、演出者はかくも唯一の働き手ではないし、文化映画には下積みの犠牲に甘んじるような、如何なる職能者もいないであろうからである。
 各パートの自主性の確認こそ、この分業の前提であり、われわれの製作の出発であろう。
 映画製作という一つの仕事には、演出、撮影以外にも既にふれたが幾種の重要な分業方法が含まれている。次に挙げたいのは、企画とシナリオである。
 シナリオの重要性については、本誌三月号の座談会にも話されているが、文化映画の発達とともに、今日シナリオの不可欠で既定的な意味が誰にも知られるようになった。
 文化映画の企画の重要さについては述べるまでもない。今日のような情勢の下に於ても、文化映画の内容は休みなく前進し深められねばならぬ。それは、その性格のためでもあり、その未発達のためでもあるが、この際推進力となるのは先ず企画であり、それを最初に芸術化形象化するシナリオの労作である。
 たとえて、今日の問題で云うと、「雪国」以来、生活を扱うものがふえそれが一般的傾向にまでなったが、今日既にわれわれgsそれらに感ずる共通の不満は、その生活にもう一歩踏込めていないもどかしさであり、対象の意志と作者の主観とが渾然と合致しがたい平行線状態であり、やはり都人の眼のもの珍しさ以上に対象が生かされていないことである。
 具体的に例をひくと、最近「医者のいない村」を私も見、他の批評も聞いた。不必要と思われる都会の医療状況のプロローグから始って、結局何の救いもなく、内容が幾つにも分裂していると云われるその点は、題材を広い社会に置いて、扱い方を全面的に考え抜くべき企画の頭脳的な失敗であろう。
 医者のいない村は、農民たちの顔なども苦心撮影されて、レアルに浮び上ったかに思われて、遂に何も語らない。よく見ると、映画の中では彼らは死んでいるのであった。
 またあの場合、材料があの長さでは多すぎるとも云われた。これが初めからの予定だったら、構成的な失敗と共にシナリオの失敗にも数えられよう。云うまでもなくこうした欠陥は、とうてい演出やカメラの技巧をもってしても埋めることは出来ない。
 尚この際、私は企画でなさるべきことと、シナリオの労作とを分けて考えたい。時間の余裕をもって同一人によって順序も逆になされる場合があるにしても、一般的な理論としてはーーー。
 現にわれわれのところでは、一本の企画について、素材、題材、主題、まとめ方案、立案過程、指導的専門家及び参考文献、にわたる詳細な起案書を企画部員が書くことになった。このために一般的な調査も、研究も広い耳学問も、観察旅行も、より以上に熟考もする、出来るだけの努力を傾けて、彼らがすっかり明るくなり、肚も案もきまったそのときに彼らが感じることは、シナリオの仕事が大きく残されていることである。芸術化に徹した激労が彼らのアルバイト(*労働)のその上にあるのである。
 そして、企画のアルバイトとシナリオのアルバイトは、一人の手には負えない多量の労働であり、限られた時間に完全に兼ねることのむつかしい分業的に異った労働だと思う。それは、演出者とカメラマンの関係に大へん似ていると思う。

 プロデュサァも重大である。企画者、シナリオライター、演出者、カメラマン等の全作業を統一する、在来の演出者の優位とは別な新しい意味に於てもっと広範囲を統一するこのパートは、決定的なものだ。実際問題として、われわれの知るところでも、有力なプロデュサァがない仕事には、全員が湧き立たない。
 その場にのぞんでの混乱や盲目状態を切抜けたり、長期にわたるむらのない深い勇気や緊張の持続は、彼の指導なくしては困難である。作品が出来てみて、社会的に思わぬ失敗を招かぬと保証することも困難である。
 飛行機が、地上と無線電信の連絡を失ったとき、盲目飛行に入ったことになるそうだが、プロデュサァから離れたスタッフの作業は、盲目飛行によく似ている。


三、

 協同作業の方法として、主要なのはやはり演出者とカメラマンの協力関係だろうが、両者の考えが合致してから出発しなければならないのに、在来、当然うまくゆくものとばかり演出者の手で総てが進められすぎた。
 先ずコンテ以前に、起案書(企画書)シナリオ、参考文献、企画中の手紙、記録の集積があるわけだが、これも、演出者もカメラマンも他の共同者も共に眼を通すかすることだ。この際、プロデュサーの活躍が期待される。(起案書以下の保存、集積の方法については、考えられるべきだ。)
 本読み(脚本審議)は従来ともやられているが、この前後に於て、企画、脚本の到達した意見はスタッフの間に再発見されなければならないし、演出者は自分の考えをカメラマンとの間に再発見しなければならない。不十分な言葉だが、表現さるべきものはその人を離れて彼等の間に存在する。たとえ真にしても我が意が、徹底的討論なるもので通ろうとか、カメラマンが無能に妥協したとかいうような言葉はおもいあがったので、映画をやる資格を疑われる。
 各職能者の力をフィルムに協力させねばならぬとしたら、この際、演出者でも誰でも謙遜を嘯いたり大家ぶるのは排撃しなければならないわけだ。

 それから、文化映画ではしばしば起きる或種の確執に対処して、はじめにスタッフ各人の位置と協力方法を、ザックバランに相談する必要がしばしばある。文化映画の性質から、才能ある専門家や企画者や若い未完成演出者が動員され、カメラマンと協力して撮る場合は出来よう。この際は、完全な演出が出来ないのだから、異例として協力方法をあらかじめ話合っとく要がある。
 現場では、その特殊な演出者が常に習慣にはまって、演出者がやるとうりの仕事を背負わされてしまったり、カメラマンも、遠慮から彼を常の演出者扱いにして自らクサることもある。今までのスタッフの関係が相当階級的である反面、現場では自分の位置に対する異常な心ずかいや虚栄心が大きいことを考慮に入れなくてはならぬ。
 殊に始めから疑心暗鬼のある場合は、その悪感情をとりのぞいて置く必要がある。現場で揉めたり、反感がこびりついてしまってからでは、ザックバランに話し合おうとしても角があってどうもならぬ。
 そうかと云って、必要で出たかぎり、カメラマン其他に委せ切るのは悪い。前日々々の打合せだけを大いにやって現場はまかせるとか、協力する道を見出すべきだろう。しかし、そんな資格もない俄演出者が、徹底的に論争して進めようなぞという心臓では尚困る。
 玄人の演出者でも、カメラマンの積極的な助言が必要なのだから、始めからザックバランに話合えたら、どのみち指導的な専門家は要るのだ、カメラマンもこだわらず兼アドヴァイザァとして、協力をいさぎよしとしないようなことにはならない筈である。
 撮影には、前晩に翌日の撮影の打合せをする習慣がある。これは怠りたくないものだ。
 一般に、制作間、殊にロケーションには雰囲気が大切だと思う。協同作業では、この点意識的にリードされる必要があろう。宿などは、缶詰にならず部屋を沢山とるとか、旅の饒舌を少くするとか刷新さるべきところは少くないようだ。或意味で経済的に自らひきしめたら効果がありはしないかと思われる。

 前に盲目飛行と評した、プロデュサァシステムの問題もある。結局、プロデュサァが現場に行く場合と行かぬ場合が考えられ、行かぬ場合誰を連絡係、協同者とするかの問題になる。経済的な責任も持たねばならぬが、演出者に兼ねさせるか、演出助手の仕事の内容を改めてこれもふくめるか、現在の進行係の質をそこまで高めるか。場合によってはカメラマンがやってもいいと思う。プロデュサァの立場をよく知って貰って、責任をもってくれ、実力も備った者なら、誰がこの現地プロデュサァに就ても目下のところいいことになろうか。
 そういう職責をハッキリさせたら、文化映画のスタッフの現在の人数では、そのプロデュサァを理解し助けてゆける筈だと思う。
 
 又、撮影に出発させたり、帰りを迎えたりする場合、プロデュサァのハッキリした節度も、団体行動にとっては大事だと思う。
 日常は平和なほどいいが、反面賞罰を明にして臨まれないと悪影響は避けがたい。
 
 また足並が揃うためには、精神にそいあうだけのものがなくてはならぬ。考えが極端に違ったり、興味が全々別では困る。
 これは、今日の時代の勢といったようなものを考えてみると、われわれの関心を高め仕事の中ぐらいは一致させることが出来るのではなかろうか。
 訓練の問題も重要だ。つかぬような話だが、多摩川では「土」のとき皆で農業をやり「土と兵隊」のとき軍事教練をしたら、撮影所の気風が非常に改まったという。おもしろい話だと思う。


四、

 結論を書かなければならないが、書きつづけるのが苦痛になった。
 どうやらこの論文は、自画自賛をしても、コロンブスの卵のような話に落ちたという外はない。しかし、現状はとこもうまくいってないらしく揉めるのだから、多少は見所もあろうか。
 文化映画には余りに子供が多い。四つ五つ文化映画を見たら、誰にも習作時代の感が深いように、働く人々も理論の点でも、技術の話でも、才能と将来のある子供である。
 三流、四流の理論家が、アドヴァイザァなどという思いあがった名前を自分につけて強気に出たり、その道のすぐれた専門家の腕のいいカメラマンが直接協力した方がましなほどの素人演出者が大家ぶったり、カメラマンも物を深く理解しようとしないで、食われまい食われまいと自分の縄張りや我意を通したりしかねない。
 他の仲間の汗だらけの経済的労苦の上に寝そべって、ちっぽけな才能とか技術をひけらかし、出来るだけ自分を甘やかすようにもなりかねない。
 企画やプロデュシングでも、いいとこ才能ある子供で、熟練も肚もなくて皆をクサらせたり、シナリオの場合は、技術に耽溺して自信の強い内容の浅い玄人になりかねない。
 彼等は後続部隊のある協同の責任や、莫大な費用の責任を、先ず最初に果たさないのだ。

 われわれは、謙遜であるよりほかどうにも仕方のない自分を認めようではないか。
 他人のことは他人を信じてまかせ、専門化し、分業化し、あらゆる努力を傾けて急速に大人にならねばならないのだ。
 しかも一人ではどうにもならないのだから、お互の問題を、公に議論しなければならぬ。当面の重要課題は、公になさるべき協同作業の問題の研究、さらにその方法の漸次的表現であることを提議して、ペンを置く。



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今回は秋元憲、亀井文夫両氏の、三木茂氏の文章に対する反論より。
(「ルーペ論争」考その2、その3参照)


まず、秋元氏の反論。
一読すれば分かる通り批判の射程が短く、現代に通用する論が少ない。
当時の文化映画界隈の人々の気分を記録した文章としての価値はあるが、
それ以外に見るべきものはあまりないように思う。
また、そこに見え隠れする啓蒙主義者としての矜持が、
ともすれば厳しい環境にあえぐ同業者を見下す視線に繋がっていることを
感じてしまう。
しいて現代で言うならNHK局員の下請け制作会社のスタッフに投げかける
視線に近いかもしれない。
(しかしこれはエリート意識と言う観点からのみ見た類似なので、
 安易な比較は控えたい。映像産業の構造や担っている人材の来歴が、
 当時と現代とでは全く違うからだ。)

ただ一つ、面白い指摘があった。
三木氏の挑発的な文章に対し、

あんな物の云い方の何よりの危険性は、亀井文夫の指摘するように『演出者とキャメラマンとをお互いに映画製作と云う一つの全体的な仕事のモメントとしてではなく、何かしら対立したバラバラの存在として考える個人主義的な考え方』に若いキャメラマン達を導き、彼らをもう一度『演出者に押されてはならぬ、喰われてはならぬ』等とその弟子達に教え込む反時代的なキャメラマン根性に引き戻す~(「ルーペ論争」考その2より)

という指摘だ。
徒弟制度に対する反論として「協同作業論」がしきりに唱えられていた
当時の文化映画界の空気がこの文章の根底にはあったのだろうが、
それにしてもこの指摘については全く現代にも当てはまるのではないか。

「『演出者に押されてはならぬ、喰われてはならぬ』等と
その弟子達に教え込む反時代的なキャメラマン」
は、
今この現代、撮影という仕事を担う者達の意識の変化(停滞?)もあり、
むしろ当時より堂々と唱えられている節さえある。

(私自身もつい先日あるキャメラマンから
「ディレクターの言いなりになんかなるな」等々、
『演出者に押されてはならぬ、喰われてはならぬ』と、
全く同じ内容の説教をされた。
自意識と邪魔なプライドから発生する
「キャメラマン根性」なるものは70年前から変わっていないのだ(苦笑))

この点については、
三木氏の文章が文化映画のスタッフに与える影響を、
秋元氏は確かに正しく把握していた。
秋元氏の視点はやはり、
表現者と云うより組織者(オーガナイザー)のそれだったのだ。


そして亀井文夫の返答。
全体的にいうと、三木茂の違和をきちんと引き受けたとはいえない、
はぐらかした文章であったと思う。
もしこの反論が真正面からなされていたならば
「ルーペ論争」はもっと深く実りあるものになったろうと悔やまれる。
やはり感情の部分で三木氏と亀井氏の亀裂は既に修復不能だったのだろう。
(それについての論考は「ルーペ論争」考その5を参照して下さい。)

まずキャメラマンを「目隠しされた馬」と比喩したことへの釈明。

「キャメラマンはルーペからしかものを見ない。目隠しされた馬の様なものだ」ーーーとは、映画製作の仕事内で、「現象」の記録と云う方法を分担しているキャメラマンの性格を、比喩的に説明した言葉である。そして、「後や側面の世界を見る」とは「現象」を、前後の関係に於いてとらえて、その本質を手繰り出す方法を分担している演出者の性格を、比喩的に説明した言葉である。~(「ルーペ論争」考その3より)

さすがに厳しい。誤摩化しと言い切って差し支えないと思う。
「目隠しされた馬」という文言と「後や側面の世界を見る」という文言は、
どうやっても同列に見ることは出来ないだろう。
しかもそれ以降の文章で、侮蔑的な意味がこの言葉に込められている事を
自ら認めてもいるのだから・・・

従来の日本のキャメラマン訓練の方法では、こうした理解への意義が、比較的後回しにされがちであった。日頃、僕は、それを不当だと主張してきた。そして、僕の前掲の言葉には、当然、この僕の主張の響きが反映している。~(「ルーペ論争」考その3より)

現代の尺度で考えると「目隠しされた馬」とは少し言い過ぎた、
とあっさり謝れば良かったのにと思うのだが、
自己の思想が科学的社会主義に立脚していると自負している以上、
己の言葉の間違いを認める訳にはいかなかったのかも知れない。
また『キャメラマンに押されてはならぬ、喰われてはならぬ』という
後ろ暗い自意識もあったのかも知れない。

しかし同時に、
亀井氏の指摘したキャメラマンの取るべき態度というものは傾聴に値する。

撮影と云う方法が、現象の創造的記録に終始しているとは云え、それを行うキャメラマン自身は、当然「現象」の本質への理解を多分に持つべきである。記録が創造的に行われる為には、それへの理解は、不可欠である。~(「ルーペ論争」考その3より)

当時の状況を考えたなら相当に先進的な指摘であり、
職人気質のキャメラマンなどは
どうして俺がそんな難しい事考えなくちゃならないんだ、
位に鬱陶しく思ったかも知れない。
いや今日においてでも事情は変わらない。
「内容はディレクターが考えることでしょ」
こう言い放って本質への理解を拒否するかキャメラマンは、
今日この瞬間にも全国津々浦々で仕事と称してふんぞり返って
カメラ番をしているだろう。
亀井氏の指摘は繰り返しなされなければいけない。
私たちキャメラマンは、
この事をつねに頭に叩き込んでおかなけれなならない。


続いて三木氏への返答と続くが、
このなかで亀井氏は非常に重要な事を書いている。
それは亀井氏が創作に向かう態度の核心部分なのだが、
ここにこそ亀井氏の限界、
遂に三木茂を理解出来なかった亀井氏の限界が見えて興味深い。

ものの定義や理論は、客観的に理解すべきであり、またそれ自身として存在させて置くべきだと思います。そしてわれわれの仕事では、定義や理論を持たないで仕事の遂行をカンまかせにすることの方が「鵜呑にする」こと以上に、もっと危険なことを、あなたは百も承知のはずです。~(「ルーペ論争」考その3より)

後だしジャンケンになってしまうかも知れないが、
「客観的な定理というものがあり、科学的にものを見るべきである」
というイデオロギーの破産を既に知ってしまった現代に生きる私たちは、
「鵜呑にする」こと以上に
「定義や理論をあらかじめ持って仕事を遂行する」ことは
もっと危険であると知っている。

そして、現代において映像表現の可能性に賭けるとするならば、
「仕事の遂行をカンまかせにする」方法以外にない。
「カン」つまり己の無意識が、
どんな時代、どんな社会、どんなパラダイムに由来し、
規定されているのかを常に内省すること。
その上でなお「カン」の奥底に眠るはずの未規定の根源的な感情を信じ、
それに未来を賭けること。
これが今の私たちに出来うる未来への可能性のつなぎ方だと思う。
少なくとも撮影者として三木茂の意識はこうであったと、確信出来る。
だから「たたかふ兵隊」の映像は、今日も輝いているのだと思う。


亀井氏の返信はまだ続き当時の映画産業の状況が説明されているが、
やや主観的で抽象的だ。
これについては秋元氏の文章の方が明快に分かる。


そして最後に、

われわれは訓練されなければならない!個々の技術が、総力的な意味で最も強化される為の、協同的精神を持つ様に。~(「ルーペ論争」考その3より)

という美しい結びで終わるのだが、
最後まで三木茂はなぜああまで怒ったのか、という理由について
深く思考した形跡がないのが返す返すも残念だ。

泣き叫ぶ子供の顔を撮れなかった三木茂の(その5参照)、
「目隠しされた馬」という発言の奥にある暗い嘲笑を感じ取った三木茂の、
その感情を読み取る訓練を、
亀井を筆頭とする当時の若き文化映画演出者たちが出来ていたら・・・

(三木氏は恐らく若き演出者たちの心理を相当程度理解していたと思う。
 しかし言葉で表現する力がなかった。そのいらだちが、
「理屈さえいえば誰でも演出者になれる」等の暴言に繋がったのだろう)

「ルーペ」論争は演出者とキャメラマンの論と感情がすれ違い
未完のままに終息した。
残念だ。

次回は三木茂の再反論についての予定。予定は未定(笑)
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先ずは三木茂の文章「文化映画演出者への手紙」から、
糸を解いて行こうと思う。

自分も職能としては三木氏と同じく撮影技師(キャメラマン)に分類される。
その立ち位置を、自ら確認する作業と平行して考えを進める事にする。

ルーペ論争の引き金となった、
「キャメラマンはルーペからしかものを見ない。目隠しされた馬の様なものだ。カメラを預かっている以上、それは当然なのだが。だからこそ、演出者が後や側面の世界を見る為に必要になってくる。」
という亀井氏の発言は、座談会における本題でもなく、自らを含めた演出家が撮影現場に於いてどう振る舞うべきかを強調すべく云った発言であり、特に強い意味を込めて発言した言葉ではないのは明白だが、それにしてもこれはやはり軽率な言葉だったと思う。
単純な話、当時差別的な隠語まで含んだこの発言にカチンと来なかったキャメラマンはいないと思う。
そして亀井氏がそれを意識したか否かは不明だが、若い演出家達に共感される、ある種挑発的な態度であったことには間違いない。
同時にこの発言には、それなりの背景と必然性はあったのだろう。
発言の内には、亀井氏のみならず新しい表現と論を性急に求める若き演出家たちの、今芽生えつつある新たなジャンル「文化映画」への野心と同時に、彼らほど急進的でも論理的でもない、しかし映画を制作する上では絶対に協同作業が必要な「キャメラマン」という存在に対するある種のもどかしさが共有されていた事は確かだと思う。
旧来の慣習を打ち破り、ポール・ローサを片手に新しい映像文化を切り開こうと勇み立つ彼らにとって、何年にも渡る丁稚奉公的な下積みで旧来の悪しき映画慣習を目一杯身につけ、勉強もろくにすることなく、さあ俺の領分を犯すなよ若造といった敵対的な姿勢で挑んでくる「キャメラマン」という人種は、いかにもうっとおしいであろうこともまた、想像がつく。(本当は三木茂は、そのなかで劇映画で実績を上げながら、文化映画に転向して来た当時としては変わり者であったろう。なぜ三木氏は転向したのか、自分には資料不足で不明だ。)
それはそれとして、亀井氏の意識の中には、やはり三木茂の姿があったのだと思う。

この発言のあった座談会が行われる以前、前にも書いた通り、三木茂と亀井文夫は『戦ふ兵隊』において仕事を共にした。
共に中国戦線に従軍し、共に戦争への反対の意志を内蔵し、撮影に挑んだことは間違いない。
しかし、その現場で二人は激突した。
同行していたキャメラマン故瀬川順一氏(当時撮影助手)が目撃した一つのエピソードがある。
(瀬川順一氏についてのドキュメンタリー映画『ルーペ』に詳しい)
亀井文夫は、逃げ惑う現地の子ども達を見て、彼らの泣き叫ぶ顔のクローズアップを撮影しようと思いつき、一人の子どもを抱きかかえて三木茂にその子どものクローズアップを撮影するよう指示した。
子どもにとって亀井達は日本軍の軍服を着た日本兵そのものであり、日本軍に捕まったと恐怖に震え、泣き叫んでいた。
しかし、ついに三木茂はその顔を撮影しなかった。亀井氏はそれに怒った。
この態度の対立に、表現者として二人の依って立つ位置の違いがはっきりと現れた。
亀井氏は、おびえる子どもの顔を撮影することは戦争の本質を映像表現として伝えるべく必要な手段だと疑わなかった。
一方三木氏は、子どもを無理矢理抱きかかえてカメラの前に突き出すその行為に、人間としての傲慢さを感じた。
亀井のなかにあった「科学的態度」(当時の思想状況を考えれば、進歩的な若い知識層は、必ずマルクス主義の洗礼を受けていた。特に亀井氏は、モスクワで映画を学んだ前衛学徒だった)を抜きには出来ないが、この場合には「戦争を描く」という強い表現意識のもとにスタッフは協同すべきであり、表現の為にならない個人的感傷は必要ないと確信していただろう。
そして実は現在においても、亀井氏の態度に賛同する人は多いと思う。(一例をネット上から拾って来た。ここでの水原文人さんもおおむね亀井氏の態度に賛同している)

しかし三木茂は違った。
三木氏は、泣き叫ぶ子どもと、前提抜きにもろに向かい合ってしまった。
この悲惨なコミュニケーション、これを表現として撮影する事は、三木氏には出来なかった。
亀井氏が戦意昂揚映画を演出することを受け入れられなかった様に、三木氏は、キャメラマンである自分に対して恐怖しおののいている他者を表現するという行為を、受け入れられなかった。
亀井氏にはそれが理解出来なかった。
その、生理を映画表現に優先させた(と見えた)態度が、許せなかった。
逆に三木氏は、人間のコミュニケーションを直接の契機とし、ルーペを覗いて他者と交感するというドキュメンタリーキャメラマンのありように対する亀井氏の無理解に憤ったのではないか?(子どもへの酷い扱いとは別に)

そこに、すれ違いが生じたような気がする。

キャメラマンとして子どもの顔を撮ることを拒否した三木茂の葛藤は、判る。
もろもろをすっ飛ばして断言すると、
ドキュメンタリーを撮影することとは、
前提を共有しない他者とのコミュニケーション(交感)それ自体を表現にするということだ。
「自分自身の、世界に対する感応力」を梃にして、その時、その場所、その世界における人間の存在のありようを映像(Motion picture)に結像すべくキャメラを操作することが、ドキュメンタリーキャメラマンにとっての本来的な意味での技術の習得であり、よく言われる「創造的記録」に向かうキャメラマンの態度だと考える。
上記のエピソードにおいても
日本人演出家の手によって抱え上げられ、殺されると誤解して怯え泣く中国人の子ども
を、例えば
子どもにとって抱き上げられることが喜びでなく恐怖と感受されてしまう残酷な状況、そしてその世界のありように無頓着な日本人演出家の驕りと傲慢
として表現する為なら、三木茂もためらう事無くキャメラを廻しただろう。

端的に言って、キャメラマンはルーペを覗いて向き合った人間を裏切る事は出来ない。
これは、キャメラマンの倫理である。
「目隠しされた馬」の倫理である。

おそらく三木氏は、この厳粛な事態を理解はもとより、想像すらできないであろう若き演出家たちに、叫びたかったのかも知れない。
相手のありように感応すること、それこそがドキュメンタリーキャメラマンの表現の母胎であると。
しかし、その言葉が見つからず、経験を通じた他者とのかかわり方の職人的な気配りを言挙げした罵詈雑言のような文を書き連ねるしかなかったのではないか。
三木氏の手紙は、もっぱら「気持ちはわかるが支離滅裂」という受け止められ方をしたことは想像がつく。
例えば「文化映画演出者への手紙」の中の一節。
「ルーペから物を眺めることが出来る迄には少なくとも六年から十年という年月の修業をしなければルーペが覗けないのだと云うことを知ってから、カメラマンルーペ説を云々して貰いたいものであります。」
この言葉は、封建的で嫌な匂いのする言葉として演出家達の顔をしかませたかも知れない。
しかしこの発言は単に、キャメラマンになる為にはそれだけの苦労が必要なのだということを言いたかった訳ではないと思う。
何故キャメラマンはレンズの前にあるものにしか反応しないのかといぶかる演出家達に対して、ルーペからものを見る際のキャメラマンの態度の根拠としての時間の堆積それ自体が召還する己と世界の関係性への気づき、その重みを言葉足らずに表現したかったのではないか。
そして続けて、
「目かくしをされた馬の様になる迄には並々ならぬ苦労があるのである」
と、「カメラマンはルーペからしかものを見ない」と言い放った亀井氏の批判を、その字義通りに高らかに肯定している。
その、認識の深みに、残念ながら亀井氏は十全に反応出来なかった。
三木氏の語彙が、それを意味的に表現するにはあまりに貧しかったからだ。
自分たちキャメラマンに共通の職業的宿痾、言葉を論理立てて組み上げる能力の欠如によって。
(逆に言うと、言葉の意味自体にはさほど興味を持たず、なぜその言葉が発せられたのか、発話の根拠に表現意識を焦点するのが「目隠しされた馬」たるドキュメンタリーキャメラマンの特性だ)
しかし、なぜ舌足らずの言葉を発さざるをえなかったのか、その文脈をきちんと検証し提出していく事が、自分たち後世のキャメラマンの責務だと思う。
それはとりもなおさず、これから自分らは、キャメラをどういった態度で覗けばいいのかという問いかけにも直結することだと思う。

次回は視点をがらりと変えて、亀井文夫・秋元憲両氏の三木茂に対する反論について考える事にする。
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