一昨日掲載した#068-1に続く今回は、1990年公開のポール・バーホーベン監督版の「トータル・リコール」を前回取り上げた原作小説と比較した結果などを記事化したもので、シネマナビ・ブログに2012年8月13日付けで掲載した<「トータル・リコール」 まず原作&オリジナル版との設定の違いなどを整理しよう②>を復活させたものである



〔1990年版映画の音声解説で明かされた秘話〕

1990年版のDVDには、監督と主演のアーノルド・シュワルツェネッガーによる音声解説が収録されているのだが、その内容は、すこぶる面白く、有益だ。
私自身は音声解説バージョンでもう一度、全編を観直す余裕はないが、本作のファンである読者には強くお勧めしたい。


①「トータル・リコール2」の原作は、「マイノリティ・リポート」だった!
この音声解説で明かされている貴重な裏ネタから2つだけ紹介したい。
1つは、「トータル・リコール」の大ヒットで、ポール・バーホーベン監督は「トータル・リコール2」の製作を構想していたのだが、
それはフィリップ・K・ディックの別の短編小説「マイノリティ・リポート」を基にしたものだったのだ。


SF映画ファンならご存知のように、この短編小説は、スティーブン・スピルバーグ監督とトム・クルーズ主演により2002年に公開された。
「トータル・リコール」の音声解説は2001年に収録されているので、ポール・バーホーベンは、その動きを承知していた上でのコ
メントだろう。


彼の構想では、クエイドが社長になり、ミュータントの予知能力を使って犯罪を予知し、市民を守る物語という設定だった。
そう、彼にとっては「トータル・リコール」のキモは、放射能に汚染された火星では、様々な容貌・能力を持つミュータントが跋扈していたという設定だったのであり、ミュータント物として続編を構想していたという訳だ。


面白いのは、スピルバーグ版の「マイノリティ・リポート」では当時、ハリウッドのトップ・スターであったコリン・ファレルが司法省調査官のダニー役で出演したことだ。
その後、大作映画から遠ざかっていたコリンが、リメイク作でクエイド役に起用されたことには因縁めいたものを感じる。


②本作でシャロン・ストーンは、「氷の微笑」のヒロイン役を射止めた!

もう1つは、1990年版でクエイドの妻ローリーに起用されたシャロン・ストーンだ。
1958年生まれの彼女は本作に出演した際には、もう30歳を過ぎていたが、なかなかブレイクできずに女優生活を10年あまり続けていた。


それが本作で注目されただけでなく、ポール・バーホーベンが彼女の演技を評価し、大ヒットした「氷の微笑」(1992年)ヒロイン・キャサリン役に抜擢したことで、大ブレイクしたのだ。
音声解説でポール・バーホーベンが明かしたシャロンの演技の決め手は、後半、クエイドが火星に到着し、ヒルトン・ホテルにチェックインした後、シャロンが扮したローリーが謎の女性メリーナと激闘を繰り広げた後、一変してクエイドに見せる表情だ。


このキャット・ファイトは、それまでの映画での女性同士の喧嘩のシーンが髪を引っ張り合うような女性仕様であったのに対して、ローリーとメリーナの場合は、男同士のように普通に戦う点で初めての映画だと思うと、ポール・バーホーベンは語っている。

この戦いが終わった途端、悪魔から天使にわずか4秒で変身するシャロンの表情が、キャサリン役の決め手になったとのことだ。


〔1990年版映画と原作との共通点・相違点〕
まず1990年版映画と原作の共通点・引用点を探すと、以下のとおりである。


①主人公の名前は、原作のダグラス・クウェールを基に、ダグラス(ダグ)・クエイドと設定された。


②原作では、火星のシーンは登場しないが、冒頭の主人公が火星の夢を見るという設定は踏されている。


③リコール社の責任者の名前マクレーンも踏襲されている。


④映画でもロボットが運転するタクシーが登場し、リコール社から自宅に帰る際に主人公が利用するシーンは生かされている。(原作では運転手の名前は分からないが、映画では車体にジョニー・キャブ(ジョニーが運転するタクシー」の意)と書かれていた。)


⑤原作で主人公の体の中に発信器が埋め込まれていることも、同様である。(映画では鼻の奥にセットされていた。)


⑥リコール社が提供する夢の記憶の基本サービスが「惑星間代理体験旅行サービス」で、その火星旅行を主人公が希望し、オプションとして「インタープラン捜査官」を選ぶ2つのコースの組合せという原作の枠組みは、映画でも継承されている。(後者が秘密諜報員にマイナーチェンジされているだけ)


⑦原作と2つの映画を通じて共通の一番重要な設定は、本人が忘れていても既に持っている記憶と同種の記憶情報をリコール社の装置が書き込むことができず、潜在下にあった記憶を思い出すということであるが、原作における隙間への挿入不能が2つの映画では上書き障害に微修正されている。


⑧原作におけるリコール社の受付の女性が、露出したおっぱいに青いペイントをしていたという設定は、コンピューターに接続した端末パレット上の好きな色を電子ペンでタッチするだけでマニキュアの色を青から赤に変更するという設定に変えた。(これはなかなか便利な道具であり、今観ると実用化して欲しいと思う女性もいるのではないか。)


これ以外は、主人公の職業や妻の名前は原作から変更し、彼がリコール社に行くことを止める職場の同僚の存在、さらに妻が夫と戦うシーン、それ以上にキーポイントとなる夢の中や現実世界(と主人公が信じ込む)に登場する謎の女性は原作には現れない。


それと連動して、映画では火星社会を支配するコーヘイゲン長官とそれに抵抗する革命組織の正体不明のリーダーであるクワトーを登場させ、前者が後者を追い詰めるため元スパイであった主人公を利用するという原作にはない設定を行ったことが、映画のストーリー展開のキモである。


このうち、主人公の職業については、当初の主役候補者であったリチャード・ドレイファスやジェフ・ブリッジスが消え、シュワルツェネッガーに決まった時点で建設作業員に変更したと監督は音声解説で語っている。
監督は「原作では会計士」と言っているが、前回紹介したように「公務員」であり、いずれにしてもホワイトカラーの仕事はシュワちゃんには似合わないということである。


今、1990年版を観直すと、CGによる画像処理ができなかったといえ(「アイアンマン2」や「プロメテウス」で多用されたホログラムが、ダグラスの妻のローリーが自宅でWiiのゲームソフトのようにバーチャル・テニスの練習を行うシーンで登場するのが目新しい。)、特撮が時代がかったギミック・テイストに感じる


わずか20年でVFX映像の進化を感じる一方で、大気の保護層がない火星では宇宙からの放射線が直接地上に降り注ぐという条件の下、監督の嗜好により、支配者であるコーヘイゲンが経費をケチった安普請のドームのせいで人体に影響を与え、大量の奇形的な容貌を持つミュータントが生まれているという設定が、奇妙な味わいを醸し出している。(今日の感覚では、ブラック・ユーモアというよりも、差別的な描写という批判を受ける可能性がある。)


〔2012年版映画と原作との共通点・相違点〕
基本的には前項に準じるが、2012年版映画ではロボットタクシーが登場しないのに対して、ホーバーカーが登場するのがアクション・シーンやVFX映像の見所となっている。


大きな相違点は、火星がまったく登場しないことであり、30年来の企画がやっと実現したディズニー100周年映画「ジョン・カーター」(原作は、エドガー・ライス・バローズの「火星のプリンセス」)が興行的に失敗したように、「火星物」は鬼門という雰囲気がハリウッドにあるため、リメイク作では舞台を地球に限ったのではという見方がある。


〔2012年版映画における1990年版映画へのオマージュ〕
1990年版映画と2012年版映画の異同については、シネマナビ・ブログにおける後者のストーリー解説編の中で細かく指摘したが、ネットで話題となった後者のリメイク作における前者のオリジナル作で強く印象に残ったシーンへのオマージュについては、ここで紹介したい。
そのシーンは、次の2箇所である。


①3つのおっぱいを持つ女性はどこで登場したか?
オリジナル作では、後半、火星へ旅行した主人公ダグラスがヒルトンホテルにチェックインした際、貸金庫に残されていた風俗店の宣伝のチラシを見て、その店を訪れる場面が登場する。
それは火星のG地区(地区ごとにドーム構造の施設が分かれており、それぞれの地区ごとに政府が空気の送風を制御できるようになっている)にある「ヴィーナス街」という歓楽街の風俗店「最後の楽園」(酒場と売春宿がセットになったような店)だった。


スタートから55分、チラシの裏に書かれていたメリーナという女性をダグラスが指名しようとする場面で登場した店の女性が、「3つのおっぱいを持つ女性」だった。

DVDの音声解説で監督は、自分のアイデアであることを認めているが、2つの乳房が本物で、3つ目の偽物を付け加えた訳ではなく、本物の乳房の上を3つとも偽物のカバーで覆っただけとのことだ。 


なお、監督の独自の発想というよりも、原作を読んだ人は気づいているように、原作におけるリコール社の受付の女性が青いおっぱいを見せていたことから着想したと見るべきだろう。


リメイク作では、前半、ダグラスがリコール社の所在場所を道端で聞くシーンで彼に話し掛ける若い女性が「3つのおっぱいを持つ女性」だった。
予告編では服の前を開いて見せようとするカットで終わっており、続きはお金を出して本編で見て下さいということになっている。

要はストリートガールが、客になりそうな男を誘惑するだけのことで、演じる女性の魅力度に比べてストーリー上の意味づけはオリジナル作よりも軽い 


ちなみにオリジナル作で「3つのおっぱいを持つ女性」を登場させたのは、放射能のせいで彼女もミュータント化したという必然性(!?)があったが、映画の鑑賞年齢制限の指定上、2つの本物のおっぱいを見せることにより受けるR指定の厳しい規制を、3つの偽物のおっぱいであれば免れることができという実質的な狙いがあったらしい!?


②顔が割れる太った女はどこで登場したか?
もう1つは、オリジナル作において、視覚効果的には、①だけでなく全編を通じて最も印象に残ったシーンである。
そう、映画の半ばに差し掛かるスタートから43分、ダグラスが火星に到着し、既に手配されていることを見越して、変装して入国管理ブースに現れる場面だ。


エンド・クレジットでは「太った女」(Fat Lady)としかクレジットされていない中年の女性が管理官の前へやって来る。
脚本では太った女という指定しかなかったのを、監督が観客に印象づけるために黄色い寸胴の派手な服を着させた
その笑い顔がチョッと不気味で、観客も何かありそうと感じる。
入国が認められた後、案の定、彼女の体に異変が生じ、顔が割れ始める

この太った女性はプリシラ・アレンという女優が演じ、顔が割れ始める直前でパペットに切り替えたそうだ。

だが、このシーンにはストーリー展開上、重要な意味が与えられていた。


それはダグラスを追うコーヘイデンの部下のリクターもダグラスと同じ宇宙船に乗っていたことをお互いに認識させるという意味に加え、ダグラスが割れた女の頭部を元の状態に戻すと、それは爆弾であり、ターミナルのガラス窓を破裂させ、中の空気が外に吹き出て、火星には大気がないということを観客に理解させるという意味である。

これに対して、リメイク作ではどうであったか。


リメイク作においては地球上しか舞台とならないが、地球の裏側にある貧民層が住む「コロニー」から表側の富裕層の地区「ブリテン連邦」行する際には、やはり入国管理ブースを通過する必要があるという設定にした。(職場へ通勤する際にはいちいち通る必要ないようだ。)
この規制をクリアするために、ダグラスも変装して入国する必要があった。


やはりオリジナルと同様の映画の半ば近くで登場したこのシーンで、オリジナル作とよく似た太った女が現れる

オリジナル作を観ている観客は、思わず身構えるが、それはミスリードで、その後ろに続く麿赤兒さんを若くしたような男が、ダグラスが変装した人物だった。 


彼は管理官に呼び止められて、検査ブースで光線を浴びると、顔が変貌し、ダグラスが現れるという訳だ。
これは捻りを利かせたオマージュと言えるが、ストーリー上の意味がないだけでなく、オリジナル作を観ていない人には面白いシーンとはなっていない


なお、太った女は、公開時にオリジナル作と同一人物が扮しているとの情報もあったが、今回の女性の方が若く見えるので別人ではないか。(エンド・クレジットではチェックできなかった。)

結論として、この2つのオマージュ・シーンは、本作の評価点に加点する必要を生むものではない