『やさしい嘘と贈り物』
テーマ:★北米映画たとえ脳が忘れようとも、心はそれを憶えている。
記憶が失われたとしても、心がそれを感じ取るから。
『やさしい嘘と贈り物』 Lovely,Still
2009年/アメリカ/92min
監督・脚本:ニック・ファクラー
出演:マーティン・ランドー、エレン・バースティン
Lovely,Stillという原題もいいけれど邦題もなかなかよいと思う。絵本のタイトルのようなイメージを裏切らないファンタジックな映像も印象深く、クリスマスシーズンを描く煌き感が “やさしい嘘” と “贈り物” を甘くラッピングしている。Lovely,Stillという言葉はむしろ、主演女優エレン・バースティンその人そのものだ。年老いて尚、なんとラブリーな女性なんだろう。彼女がこの作品に出演してくれたことが本当に嬉しい。
恋する気持ちは脳に刻まれるのではなく心の中に宿る。認知症に陥った最愛の夫に対し忘れられたことを嘆くのではなく、もういちど新しく出会って“恋”からやり直そうとしたメアリーは、きっとそのことを信じていたのだろう。娘はそんな母の行動を懸念しながらも、ロバートとの初恋をスタートさせた母の幸せそうな姿をそっと見守る。息子は父に対してよき友人のように接しながら、父のかわりに店の経営を。
ここで展開されるべき “家族の再生” についてはしかし、この作品のアプローチは予想外にも“ラブロマンス”の様相を呈して。これが実によい。ロバートにとっては初めての“デート”を前にして、鏡の前で最初の挨拶を練習したり、うきうきしたりうじうじしたり。メアリーの方もめいっぱいお洒落をしてとても楽しそう。まるで10代の初恋エピソードそのもの。なかなか鳴らない電話を待ったり、眠る前に相手をそっと想ったり。ソリのシーンなんて本当にほほえましくて思わずにっこりしてしまう。認知症の悲劇を初老の男女のラブストーリーとして描いてしまうのだから。
失った記憶としてのふたりの物語を“読み聞かせ”の形を借りて朗読することで相手に思い出してもらおうとする姿を描いた『きみに読む物語』も同じテーマの作品だし、『私の頭の中の消しゴム』では、記憶を失っていく一方であるさなか、ふっと正気に戻った瞬間に押し寄せるどうしようもない罪悪感や行きどころのない絶望と哀しみに襲われるヒロインの激しい心情に、深く深く胸を痛めた。「記憶を失っていくこと」をテーマにした多くの作品がいつも我々の心を震わせるのは何故だろう。人として生きている以上、記憶を失うことほど辛いことはないと誰もが感じているからなのか。ましてや最愛の人まで忘れてしまうかもしれないなんて。誰のせいでもないから余計に辛い。
自分もしくはパートナーが記憶を失ってしまったとしたら?
誰もがその“もしも”について思いを逡巡させることだろう。
クリスマスの贈り物を買うためにロバートがマイクと店を訪れるシーン。贈り物は決まってないが見ればピンとくるはずだと。ピンとくる、それなんだ。記憶じゃない。情報じゃない。感覚なんだ。彼らには長い長い月日の積み重ねがある。本来ならば記憶がそれを立証する。ロバートは心でそれを感じながらついには記憶を蘇らせた。ひとえに彼らの愛が本物だったから。彼女に"perfect"な贈り物をロバートは確かに見つけた。
メアリーとロバートのロマンティックな描写と対比するようなスリリングな描写も織り込まれていて、強弱のついた仕上がりになっている。キャンバスの前で絵を描きながら玄関を出るメアリーを見送ったあとの数時間についての記憶が薬を飲み忘れたせいで抜けてしまう、という部分の描写が実に巧妙。あたかもキャンバスの前でうたたねしてふと目覚めるとメアリーがいない!というロバート記憶で描くことで私たちもうっかり動揺してしまうのだ。
先述の“もしも”の考察、私はちょっぴり自信がある。
きっと感じ取れるはずだと。
ロバートがメアリーに対してこう思ったように。
不思議だ。何もかもしっくりくる。
まるで昔から知っているみたいに。
『やさしい嘘と贈り物』:2010年4月7日 梅田ガーデンシネマにて鑑賞











1 ■どちらが哀しいのだろう
忘れてしまったことを忘れていることと、忘れられてしまうこと。やはり圧倒的に前者のほうが悲しいんでしょうね。「私の頭の中の消しゴム」同様、彼も最後に思い出して狂わんばかりになる…。ある意味こんなに惨いことはないです。
むしろ一思いに死ねたほうがどれだけ楽か。
考えてしまうのは、この病は別に何万人に一人の難病じゃないこと。
私だってきらり+さんだってもしかしたら何十年か後にはそうなっている可能性は普通にあるんですよね。自分がなったら、自分の身内がそうなったら、こういう作品を観るたびに考えますけど、結局考えたくなくて先送りしちゃう自分がいます…。