シネマな時間に考察を。

心に届く映画を語る、シネマな時間に考察を。ヨーロッパ・中東・アジアを中心とした愛すべき短館系作品のレビューを綴っています。映画と心のちょっといい関係をさがして。心がきらりとひかる瞬間を大切に。


テーマ:

ピアニストは“譜めくり”に全ての身を預ける。
果てしなく無防備なまでに。
そして“譜めくり”はそんなピアニストの心を操る。
それは過去の日の復讐の旋律。


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『譜めくりの女』 La Tourneuse de Pages
2006年/フランス/85min
監督・脚本:ドゥニ・デルクール
出演:カトリーヌ・フロ、デボラ・フランソワ


シネマな時間に考察を。-hu1.jpg 譜めくりという、一見地味で実は特殊な存在にサスペンス的要素を盛り込んだ意欲作。私自身、子供の頃に10年間音楽をやっていたので、“譜めくり” はしたこともされたこともあるからよく分かる。先生が手本を弾く時には自分が譜めくり役になり、レッスン中は先生が譜めくりをしてくれる。確かに演奏中に譜めくり役が隣にいない場合は演奏しながら自分自身で楽譜をめくらなければならず、どうしても一瞬の音の途切れが出てしまうし、素早くめくろうとするあまり、楽譜の隅には絶えず折りじわがついてしまう。いかに美しい演奏を見た目も美しく仕上げるためには譜めくりの存在は欠かせないのだ。もちろん自分が演奏しているころに感じたことなどないけれど、こうしてみてみると“演奏家”と “譜めくり” のシチュエーションというのは、その位置関係からしてある種のスリルとエロスを存分に孕んでいるような気もしてくる。


譜めくりは演奏家のために絶妙なタイミングを指先に奏でなければならない。めくられる方にとってみれば、そのタイミングと一連の動きが絶妙であればあるほど、衣服をめくられていくような快感を得るのかもしれない。演奏家は楽器を奏でているために当然ながら手はふさがっている。要するに譜めくり役に“されるがまま”の状態。信頼も全て預けている無防備な状態。譜めくりはそれを自由に操れる立場。相手を慕う気持ちがなければ絶妙な譜めくりはできないが、例えばもし相手を憎んでいたとしたら・・・。


シネマな時間に考察を。-hu3.jpg 少女時代の夢を絶たれた元凶であるアリアーヌに対するメラニーの復讐が、いつどこで“実行”されるのか!という部分が本作の最もスリリングなテーマな訳だけど、だからこそ私はメラニーの復讐は「途中で楽譜をめくらない」というものだろうと推測(期待)していた。アリアーヌを恍惚とさせておいて、曲のクライマックスかもしくは一番の難所ポイントで “わざと譜をめくらない” という復讐をしてくると思ったのだがそうはならなかった。あっさり本番前に消えてしまうのだ。ややがっかりはしたものの、考えてみるとこの時点で「裏切り」行為を挟み込むわけにはいかなかったのだろう。アリアーヌにとってメラニーなしではいられない状態を作り出すために、彼女は一度だけアリアーヌの前から消えてみせる。相手を飢餓状態にするために。


“子どもの頃に受けた心の傷は決して癒えることはない”と監督は言う。メラニーの復讐はアリアーヌの息子にもたびたび注がれていて、これもまたthrilling。メラニーは何度か両親に電話をかけている。会話は決まってこう。「問題ない。うまくいってるわ」 このセリフも深読みすればとても怖い。うまくいってるのは、単に元気だとかいうことではなく、復讐への計画はうまくいっているわ、とも取れるから。アリアーヌに「両親は何をしているの」と聞かれたメラニーが「肉屋よ」と答える心のうちに秘めたもの。ピアノを弾く少女がたいていそうであるような裕福な家庭とは決して言えないメラニーの両親が、無理して娘にピアノを習わせ続け、そうまでして持ったピアニストの夢だったのにそれを壊したのは貴女なのよ、という・・。出発前夜に「ひとつだけお願いがあるの。サインをして欲しい」というメラニー。それこそ復讐の最終章。


演技自体は全体を通してあくまで抑制したトーンを保ち、クラシックの旋律をバックに飾った静謐な空気感をもキープしたまま、場面場面にuneasyなナーバス感を漂わせている。これ見よがしな心理描写を差し込むでもなく、なのにサスペンスを蔓延させるという手腕。


シネマな時間に考察を。-hu2.jpg 夢を絶たれて敗者になり復讐を秘めた者と、成功して名声を得たが精神的に脆弱な者。どちらが強いか、どちらが弱いかは火を見るより明らか。でもメラニーの胸のうちを埋めていたのは本当に恨みだけだったのだろうか。黒いニワトリは魔女の化身だと話すメラニー。その鶏に付けられた名前は“jalousie”(嫉妬)。メラニーの中にアリアーヌに対する嫉妬が見え隠れして仕方ない。アリアーヌを誘惑するメラニーの本意を、ラストでみせる彼女の不適な笑みから図るすべは・・もはや無いのだけれど。


少女時代の受験や、契約をかけたオーディションなどで演奏をミスする箇所が何度かあるが、その際のピアノのミスタッチ具合があまりにもわざとらし過ぎたのがとても残念。素人耳にはミスかどうかも解らないくらいの紙一重の演奏にしておいて、演奏者の顔を歪めさせるなどの表現で“ミス”を伝えた方がよりthrillingだし、現役の音楽家がメガホンを撮ったという稀有な音楽映画としても崇高な作品になったのではないかと思ったりもしつつ、エンドロールに持ち込む手前のラストショットについてはなかなか余韻と考察を与える仕上がりだったと感じている。



『譜めくりの女』:2010年3月2日DVDにて鑑賞

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