jupiのセ・キララ日記

本と映画と音楽と、そして世界のことば。
日々出会う人たち、できごと、そして物語が豊かな時間を創ってくれます。


見る、観る、聞く、聴く、読む、そして書く。

心に留まったこと、留めたいことを

文字にしてみたい。


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メキシコへ行ったのはもう2年以上前の夏のこと。
どこか外国へ行ったときには必ずそこで
その国らしい音楽を手に入れたいと思ってる。

メキシコではまるで引き寄せられるように
リラ・ダウンズという歌手のアルバムを手に入れることに。

そして今回リラの新作。
前作Pecados y Miraglosはどちらかと言えばロック色が強い感じだったけれど
今回のBalas y Chocolateはメキシコ色というか、
土着色が強くなってる気がする。
そこにジャズっぽい曲風もあったりして
音楽性は多様性がさらに増してきてると思った。

好きなアルバムになりそうです。

この夏のヘビロテになるか。

 
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愛することはすばらしい。
人を人生を。
そういえる毎日を送ってるか、私。

カウリスマキ監督の映画2本。
愛しのタチアナ/浮き雲 【HDニューマスター版】(DVD)/出演者不明
¥4,104
Amazon.co.jp

カウリスマキ監督の映画と言えば
登場人物すべてに表情があまり変わらない、
セリフがとても少ないという静かな印象が強かったのだけど
こちらはそういったことがなく、
セリフもそこそこ、表情はどちらかといえば静かな固い感じといえばそう。
フィンランド、北欧の人々がそんな感じなのかとか思うけど
実際のとこどうでしょう。

私が出会ってきた北欧の人たちは若い人が多いけれど
う~ん、どちらかといえばやっぱり静かな印象かな。
ラテンとは確かに違います^^

2本立てのDVDでした。
愛しのタチアナ、浮き雲どちらも素敵な映画でした。

浮き雲にはあきらめない、懸命に生きていく市井の人々から勇気を
そしてタチアナからは人生に大切なユーモア感覚を。

太刀打ちできないいろんなできごとが人生にはある、
流されるしかないときもたくさん。
でも決して流されるままでなく、
たとえ沈もうとも、どこに行き着くのかわからなくなっても
懸命に生きる、そのことを浮き雲から、
愛しのタチアナからは
それをユーモアたっぷりに魅せていただきました。
そして浮き雲での、「夫婦や仲間が互いを思いやる姿」

生き難い大変な時代も社会だからこそ互いに寄り添って生きていく。
でも「誰かが助けてくれる」でなく、
自分たちのことは自分たちでするのです。
そして余力ができたとき、
困ってる友人を助けていける。

良い映画に出会うと自分の人生もまた
「なかなか良いセンいってるのかも?」と思える。
それが勘違いでも勇気になる^^

う~ん、映画ってやっぱり良いですね!

愛しのタチアナの唯一のラブシーン。
異常なほど女性に対して臆病な男達。
うちにステイしたデンマークの男の子も言ってたそういえば、
「北欧の男は女性に対してシャイだって」
だからこそ素敵な一場面に。

 
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やっと今年初めての更新。

近所のスーパーに入ってる雑貨屋でスライド式ミラーを買う。



最近はファンデーションのコンパクトを持たないので
鏡を見る回数も減った気がしてた。
朝はもちろん鏡に向かうのだけど
目が悪いのでメガネなしでは自分の顔もぼっとしてるし^^

ここ数年は自分の顔をマジマジと見るってこともしてないような。
見たくないっていう気持ちもあるかも^^

鏡を持とう、たびたび見るようにしようと思ったのは
やっぱり年齢を重ねていくと
そのときの自分がたとえば機嫌が悪かったりしたとき
どれほど醜い顔になってるのかを
しっかり知っておいたほうが良いと思ったのと、
先日デンマークの息子のエミールとスカイプで話したとき
会話の終わり際彼が
「おかあさん、ビッグスマイル!^^」と言ったことにある。

別におかあさん表情暗いよって言われたわけでもないけど
そのときは自分自身がちょっとだけ落ち込んでたときでもあったので
それが顔に出てて彼が心配したのでは?
と思ったのです。

手のひらサイズの小さな鏡。
顔を近づければ毛穴まではっきり見える。
見つけるものがときどきある。
あ、こんなとこにシミとか。。。

ボーっと映ってる自分は見ようによっては
ずいぶん歳をとってるようにも見える。
でもちょっと笑ってみると満更でもないと自己満足。

最近読んだ曽野綾子さんの本

老いの才覚 (ベスト新書)/曽野 綾子
¥823
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どう歳をとるのかを考えるのは
どう死ぬかを考えることでもあり、
それはまた
どう生きるかを意識することに尽きる。

「孤独と絶望こそ、人生の最後に充分味わうべき境地
孤独と絶望は、勇気ある老人に対して
最後にもう一段階、立派な人間になって来いよと
いわれるに等しい神の贈り物」
 本文から抜粋

内容はなかなか厳しいけれど
共感する部分はたくさんある。

特に最近は才覚のない老人が増えてるってとこ。
なにか事が起こったときに
途方にくれてなにもできないという老人が増えてると。

自分のことは自分でどうにかするのであるという。

歳をとったから他人への依存が増えたのかどうか
でもきっと自分をなんとかしてやることは
若い時からできてないとできないもんだろうと思う。

自分くらい自分でなんとかしてやるもんだと思う。

自分の顔にも。
人に見せるもんだし。

だからひんぱんに鏡を見てみる。
今の私どうだろう。
そこそこ良い線いってるんかなって。


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今年もあと7時間足らずで終わり。
大晦日のこの時間は掃除も料理も終えて静かな時間です。

今年は記事を更新するのがほんとにできてなくて残念でした。
映画はDVDを中心によく観てたんですけど。
最後に観たのは「マダムインニューヨーク」でした。

マダム・イン・ニューヨーク [DVD]/シュリデヴィ,アディル・フセイン,メーディ・ネブー
¥4,104
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インドの人たちが欧米で生活してっていう内容の映画は
今とても増えてきてますね。
この映画はひとりのインド人マダムの奮闘記。
英語が話せないから夫やこどもにまでバカにされる中
ひそかに英語教室に通い、そこでつかの間恋みたいなのもあったりして
でも妻として母としてひとりの人間として
誇り高く生きる姿。
さわやかな映画でした。

自分がいじわるなことばを受けてみて
人の気持ちがわかるようになる。
そしていじわるを言ったり、誰かをバカにする人はきっと
その人自身が自信がなかったり、自分に不満があったり
不幸だから自分より弱い人をみつけると傷つけることを
言ったり、したりする。
いじわるすることで自分が優位に立った気になるんだろうなってことも
この映画を通して見えてきます。

いじわるをする人や人をバカにする人は
不幸な人なのですね。

そんなごく日常にいっぱいあるようなできごとも
映画に重ねて見ることができます。

今年は自然災害が多く、たくさんの方の命が犠牲になりました。
また年々凶悪化していく犯罪。
そしてますます複雑化していく問題を抱えた世界、日本。
ともすれば心がフリーズしてしまいそうにもなる時代。

でも私たち自身の生きている今、生きている場、ともに生きる人たちを
大切に思いながら、
ありふれたごく些細な日常を必死に生きていこうと思う。

辛いとき、迷ったとき
支えてくれるのは映画や本だったりもする。
観ながら読みながら、ああそうだったと忘れかけていた
小さいけれど大切なことを思い出させてくれます。

その気づきを自分のことばにしていってみたい。
みなさま今年も拙記事を読んでいただきありがとうございました。
どうぞ佳いお年をお迎えください。


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毎年この時期思うことですが、
ほんとうに日々の過ぎていくのは早いです。
今年を振り返りどうだったかな~と思い、
歳をとるごとにもの覚えも悪くなり、
忘れっぽさは増し、
気は短くなり、
なんでも面倒くさくなる。。。

とはいえ、
ここ最近観た映画のこと。

アクトオブキリング観ました。

アクト・オブ・キリング オリジナル全長版 2枚組(本編1枚+特典DVD) 日本語字幕付き [B.../出演者不明
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インドネシアで起こったクーデターとその後の大量虐殺。
それは数年間で100万とも200万とも言われる。
その虐殺に関わった人間たちのドキュメント。

驚くのは大量虐殺をした人々が罪に問われることなく
今も平和に過ごしていて社会的にも良い地位についていること。

映画は始めは被害にあった人々を取材するものだったのだけれど
加害者であった者達が自らその殺戮を演じるということになる。

嬉々として「どうやって殺したか」を語り演じる人々。

恐ろしいのは人の心の中の悪ではなく
その悪に気づかないでいることだと思う。
無知無教養がそうさせるのかとも思う。
殺しを金のためにやっていた人間、
それを今誇りのように語る人間の多くは
ブレマン(フリーマンのインドネシア訛りだという)と呼ばれるやくざたち。

「共産主義者だから殺されたのだ」と公言する彼ら。
当時の政策は共産主義者を殺したものは法的な制裁を受けない。

その当時世界の大国はこの国で行われている凶行に目をつぶり
どころか利用していたかのようなこともあったといわれています。

映画はかなりシュールに描かれてもいます。
「彼ら」は歌ったり、ダンスしたりも。
自らの行いをどう映像化するのが良いのか
真剣に話し合います。
哀れな思いにもこちらはなっていきます。

「どう殺したか」を演じるのと反対に
「どう殺されていったか」という被害者の立場を自ら演じたとき
心境の変化が現れ始めもします。

慟哭とも嗚咽ともつかない
苦しみの姿。
「私は罪を犯したのか?」
それは自分自身に向かって語っているようでいて
画面の向こう側にいる私たち自身に向けて問うている。
答えはどこに。



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