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第2話 兄妹

第2話  兄妹

 層雲峡(そううんきょう)の温泉街の一番奥まった場所にあるホテルの正面玄関前に坂本陽輔(さかもと ようすけ)は立っていた。

 地上10階、地下1階、客室161部屋、1階には大浴場があり、5階には露天風呂がある。温泉街の中でも老舗(しにせ)のホテルだ。屋内の構図は事前に頭の中に叩きこんである。従業員数は58名。日曜の夜ということもあり宿泊客は従業員の数よりも少ないと想定された。

 2013年9月29日午後10時。チェックインには随分と遅い時間ではある。
 しかし慌てる必要が無い。坂本の任務遂行はある程度事態が進行してからでなければ始まらないからだ。

 
 正面玄関の自動ドアが開くとロビーが広がっていた。左手にフロント、正面にはエレベーター、右手996 ニューバランス靴
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はお土産屋などが軒を連ね、その先に大浴場がある。予想通り人気(ひとけ)はまるで無い。

 と、背後の自動ドアが開き高い音の足音と共に誰かが坂本の腰にしがみついてきた。反射的にその右手をとり捻る。細い腕だった。

「い、痛たたたた!」

よく見ると坂本の胸までの身長ほどの少女が顔を歪めて抵抗している。記憶を辿ったがまるで見覚えが無い。

「誰だ?」

坂本は力を緩めずに尋問する。少女は苦しそうな顔を坂本の方へ向けて哀願した。

「お、お願いがあるの。」
「何だ?」
「ちょ、ちょっと手を離してもらえる・・・折れちゃうよ!」

 坂本はようやく力を抜いて少女を解放した。少女は右手首の関節をぐるぐると回しながら
「いたいけな少女に乱暴すぎるんじゃない!?」
キッと坂本を睨みつけた。

 坂本はデジャブのような感覚に襲われた。何度も見た光景。ショートカットの少女が妹に瓜二つに見えたのだ。勝気な性格で、よく10歳以上も歳の差がある兄の坂本に意見してきた。しかし、妹はもう26歳だ。東京でテレビ局のアナウンサーの職についている。こんな風にしがみついて来て文句を言っていたのはもう10年以上も昔の話だった。

 何も言い返してこない坂本に少女が近寄っていく。
「あのさ。悪いんだけど・・・私も一緒に泊めてもらえないかな・・・もちろん、タダとは言わないからさ。いいでしょ、オジサン。」

 少女の話で坂本はさらに言葉を失った。と、言うよりも意味がよく掴めなかった。少女は白いシャツの隙間から胸の谷間があえて見えるように坂本の眼下に詰め寄ってくる。どう見てもガキの身体だった。発育途中もいいところだ。小学6年生ぐらいだろうか。

「ねえ。いいでしょ。」
「親はどこにいる?」
ようやく正常な思考回路を取り戻した坂本が声のトーンを落として話しかけた。少女は何を白(しら)けること言っているんだと言わんばかりの表情で、
「ここにはいないわ。正式に言うと半径250㎞圏内にはいないわ。」
「何の冗談か知らんが家出娘に係わっている暇はない。」
坂本がきっぱりそう言ってフロントへ向かおうとすると、慌てて少女がその前に立ちはだかる。当てが外れて驚いているようにも見えた。
「待って。ちょっと待ってよ。私の歳じゃ独りでチェックイン出来ないのよ。」
「だろうな。」
「だ、だろうなって・・・。こんな真夜中に野宿しろとでも?凍え死ぬわ・・・もしくは襲われて死ぬより悲惨な目に合う・・・。」
「わかってるんだったら警察でも呼んで保護してもらうべきだろうな。」
「この歳の少女が決死の思いで家を出た理由も聞かないの?」
「興味が無い。大方携帯電話でも没収された腹いせだろう?」
「そんな訳ないでしょ!!そんな理由で札幌からここまで独りで逃げてくると思う?」
「何度も言うが興味が無い。事情は警察にでも相談するんだな。」
「捕まったらまたあの家に連れ戻されるわ・・・そしてひどい目にあう・・・見てよこの傷!」
少女がシャツの右腕をまくり上げると痛ましい傷跡が顔をのぞかせた。火傷の跡だ。坂本は特殊部隊の訓練で拷問についても知識が豊富だった。おそらくタバコの火を強引に押し付けられた跡だろう。家で親か兄弟かにDVを受けているに違いない。多少哀れに思ったが自分には関係の無いことだった。大事な任務が始まる前に厄介ごとを抱える気など毛頭無い。
 
 坂本は少女の肩に手をやって何も言わずに通り過ぎた。

 途端に背後で少女が泣き始めた。
「助けてよ・・・。ねえ、助けてよ・・・」
 
 フロントに立つ従業員が不審な目でこちらを見つめている。明らかに坂本を疑っている表情だった。警察に通報されて素性などを調べられると困るのは坂本自身だった。なにせ中京工業地帯でのミッションで失策してからというもの犯罪者扱いを受けている。今警察に介入されると作戦実行の大きな障害になりかねない。タイミングが悪すぎた。

 坂本は苛立ちを隠すこともなく、振り返り少女の腕を掴む。

「わかったから泣くな。」
「一緒に泊めてくれるの?」
「ああ。そのかわり後悔するのはお前だぞ。」
そんな坂本の脅しなど意にも介さず少女は満面の笑顔を見せて、
「ありがとう!!後悔はさせないわ。」
そう言って走り出し、坂本よりも先にフロンへと向かっていった。坂本は頭を抱えたが、仕方なくその後を追った。

「パパ、早く来て!!」

フロント前に立ち少女が坂本に手招きする。
(パパだと・・・クソ・・・・)
苦々しく舌打ちしながら坂本はフロントへ進みチェックインをした。

 フロントの人間は注意深く二人を眺めていたが、少女の無邪気な笑顔を見ているうちに疑いは晴れたようで、
「ごゆっくりどうぞ」
と送り出してくれた。

 少女はお礼を言いながら部屋のキーを受け取ると、
「パパ、私お腹すいちゃったよ。」
「食事処もルームサービスも終了してしまいましたが、7階のバーでは営業中ですので軽い食事はとれますよ。」
「やったー!!じゃあ先にそっちに行こうよ。」
フロントの人間の親切なアドバイスを聞くと坂本の返事も聞かずにエレベーターへ向かう。

 「パパはやめろ、虫唾が走る。」
エレベーターに乗り込むと坂本が少女にそう切り出した。少女は微笑みながら、
「あら。でも恋人ってわけにはいかないでしょ?淫行で捕まっちゃうよ。」
「だったらせめて兄弟にしておけ。」
「お兄ちゃんってこと?へー・・・私、ずっと兄弟が欲しかったからいいよ。」
そう言ってまた坂本の腕にまとわりついてくる。いちいち仕草が実の妹に似ている。
「お前は幾つなんだ?小学生か?」
「ひどいなー。中学3年生のレディーを捕まえて小学生って。」
「お前、中学3年なのか?」
まあ小学生でも中学生でも坂本にとっては大した違いはない。どちらにしてもガキなのだ。
「そのお前っていう呼び方やめてくれない。私は翔子。久門翔子(ひさかど しょうこ)っていう名前があるの。」
翔子・・・名前まで妹の坂本祥子(さかもと しょうこ)と同じなのだ。こんな偶然があるのだろうか。坂本はここにきてこの少女を警戒し始めた。他の任務を持つカラーならばそう問題は無いが、作戦を妨害する他国のスパイならば別だ。坂本の性格を読み取って妹によく似た少女を送り込んできた可能性もある。しかし、どこからどう見ても正真正銘に子ども。とてもスパイとしての訓練を受けているようには見えない。いや、それが向こうの作戦なのかもしれない。

「翔子って呼んでね!お兄ちゃん!」
坂本は苦虫を噛み潰したような表情で止まったエレベーターを出て、7階のフロアに先に立った。

 時刻は間もなく9月30日午前零時になろうとしていた。

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