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19:王宮

王宮の長い廊下を、兵士に連れられて歩く。
前にもこう言う事があった。

そう、ベルルを娶る様命じられた時だ。

高い高い、ずっと先まで続く天井を仰ぎ、一年前の事を遠い昔の事の様に考えながら王座の間へと歩む。
緊張していたけれど、それでも落ち着いている自分に驚いた。





「ここで控えておれ」

王に直接仕える高官に告げられ、静かな広間の中央で、膝をついて静かに待っていた。
王宮はいくつもの棟と階層に別れ、役人や王宮魔術師、兵士たちが慌ただしく働いているが、王の居る階層となるととても静かで、ここ王の間はいっそう静寂の中にあった。

毎日王宮へ通っていた身だが、王の間のある上階まで足を運ぶ事はめったに無く、また王の御parker 万年筆
シャープペン
シャープペンシル
前に出て行く事など、数えられる程しか無い。

ああ、やはり緊張して来た。
無礼だけは無い様にしなければ。

王の間の奥の扉が、開く音がした。一気に心臓が高鳴る。

カツンカツンと、王錫をつく音と足音が、近づいてくる。

しかしその足音は、どうやら二つ程あるようで、頭を下げる僕にはどういった事なのか全く分からないけど、一つは僕の目前で止まった。

え……え?

「面を上げよ」

「は」

くぐもった声が、僕にそう命じた。
何だかとても嗄れた声で、国王は風邪でもひかれているのかとなと失礼ながら考えてしまっていた。

なぜ国王が目の前に?
なぜ鼻声?

などと言う疑問はあったものの、僕は形式通り受け答え、ゆっくり顔を上げた。

「……!?」

すると、目の前には派手な姿のレッドバルト伯爵が鼻を摘んで立っていた。
あまりにあまりで、僕はその場でひっくり返りそうになるほど驚いたが、どうやらさっき面をあげよと言ったのはレッドバルト伯爵だったらしい。
僕は口をぱくぱくさせ、おそるおそる本当の王座に視線を向ける。

居る、国王はちゃんと居る!!

僕は慌てて再び膝をついて、深く頭を下げた。

「あははは、やはりリノはからかいがいがある!!」

伯爵がこの王の間でげらげら笑うので、怖い顔の高官が隅で「ゔゔん」と咳払い。
僕は何が何だか分からず、混乱していた。くそっ、伯爵の奴。

「んん~、ファスターノ、堅苦しいのはよそう。やはりリノの様な生真面目な男に格式張った場を用意した所で、面白い話は聞けまいよ」

伯爵は王を“ファスターノ”と呼んだ。それは王の名であるけれど、気楽に名前で呼ぶ程親密な関係であるのだろうか。いや、レッドバルト伯爵と王の仲が良いのは有名な話であるけど。

面白い話って何だ。僕は別にそんな、面白い話なんて……

「……リノフリード・グラシス……面を上げよ」

今度は、本当に王の口から、そのように命じられた。
僕は「は」と再び答え、顔を上げる。

レッドバルト伯爵ほど若々しいと言う訳では無いが、王とレッドバルト伯爵は同級生で、学生時代からの付き合いだと聞いた事がある。

王は威厳たっぷりの髭と、長い黒髪を持ち、紅いマントを羽織っている。
その様子は僕がベルルを娶る様命じられた時と、ほとんど変わらない。

「久しいな、リノフリード……式典以来か」

王はそのように切り出した。

「国王陛下に置かれましては、ご機嫌麗しく……」

僕はレッドバルト伯爵に乱された心を整える様、挨拶をした。
しかし隣で彼が「固い固い」とか口を挟んでくるので、僕は思わず彼を横目で見た。
何とも怖いもの知らずで、無礼で、突拍子の無い人だ。僕にはとても伯爵の様にはなれないだろう。

「オーギュストから、おおよその用件は聞いている。事情の込み入った話だ……このような筒抜けの場では語り難いであろう。隣室に席を用意している」

「……? あ、ありがたいお言葉です」

なんと、国王が僕の様な者に気遣いを。
僕は恐れ多くもありがたい事だと思う。

「王宮御用達の茶が飲めるぞ。やったな、リノ」

「……あ、あなたと言う人は」

隣でいちいち言葉を挟むレッドバルト伯爵。
じとっとした瞳で僕らの様子を見ているちょび髭の高官の視線が痛かった。








まさか国王との茶会に同席する事になるとは。
僕は目の前と右側にいる随分目上の存在に小さくなっていたが、レッドバルト伯爵が遠慮なくべらべら世間話をしているので、固くなるのも馬鹿らしい気もしてきた。

国王は基本的にレッドバルト伯爵が語るどうでも良い話を聞いている。
こう言うコンビ居るよな……

僕は王宮の上品すぎるお茶を上品すぎるティーカップで一口飲んで、そんな事を考えていた。
お高いお茶なんだろうけれど、味わっている余裕など無く、僕もまた伯爵のどうでも良い話をどうでも良いと分かっていながら聞いていた。

「ファスターノ、やはり私の言う通りだったよ。リノフリードで合っていたんだ。ベルルロットとリノフリードは見ているこちらが恥ずかしくなる程の仲睦まじい夫婦だ。凄いよ? 何が凄いって一年経った今でも新婚気取りなんだもの。プラトニックだもの」

「……伯爵、僕らの事など……」

伯爵がいきなり僕とベルルの話を始めたので、僕は赤面して俯いた。なにが“だもの”だ。
今まで黙っていた王が、その話になると僅かに表情を険しくして、僕をじっと見つめた。

「世継ぎはまだなのか……」

何だか残念そうな声音だ。なぜ?
僕は「は、はい」とますます小さくなるばかり。

「まあそう急かすなファスターノ。まだ若い夫婦だ。それに、うちの息子夫婦だって結婚して5、6年になるが、まだ子を授かっていないしな。レッドバルト家の分家の奴らはあれこれ詮索して何かと言うが、息子夫婦の仲が良いのは確かな事だからと、私も妻も心配はしていない。色々あるんだよ、夫婦にだって」

「……」

僕は伯爵の言葉から、オリヴィアとジェラルの事情を少しばかり知った。
そう言えば、確かにあの夫婦にもまだ子供が居ない。大きな一族だから、オリヴィアは何かと言われるのだろうか……。
それに比べたら僕らなんて本当に気楽な立場だな。

ちらりと国王を見ると、何だかまだ妙にしょんぼり顔で、僕は不可解だった。
なぜ?

「そうか、まだなのか……世継ぎは」

言い方を変えてまた言って来た。
まさかの国王からの世継ぎプレッシャーを受けて全身ぺしゃんこに潰されそうだが、そもそもなぜ国王はベルルと僕のそのような事を気にするのか。

「おっと……話が妙な所へ行きかけているな。すまないリノ。老人はおせっかいなんだよ」

「……い……いえ」

伯爵が、意味深に話題を変えようとした。
そうだ。僕は世間話をしに来た訳では無い。

ティーカップを専用の受け皿に置いて、国王をまっすぐに見た。

「国王陛下……銀河病を、ご存知ですか?」

その問いに、国王はゆっくりと頷く。

「存じている。オーギュストから聞いた話では、リノフリード……お前がその特効薬を開発する様、東の最果ての魔王から依頼があったとか」

「はい、おっしゃる通りでございます」

「して、私に何の用件がある」

「……」

国王は直球だった。
僕は膝の衣服をグッと握り、答える。

「銀河病の特効薬を完成させるには、ヴェローナ家の元にある“青の秘術書”が必要です。僕は国王陛下に、この秘術書の返還を許可して頂きたくこの場に参りました」

「……ほお」

一度小さく深呼吸して、続ける。

「グラシス家とヴェローナ家の分裂により、あの秘術書がヴェローナ家に渡った事を、僕は仕方の無い事だと今でも思っています。……王宮がそのように判断した事も、当然だと。しかし、今のグラシス家は、少なくとも再興の兆しが見えています。僕は国王陛下にベルルロットを娶る様命じられ、彼女と生活をする様になって……少しだけ変わった気がするのです。僕だけでなく、グラシス家全体が、とても良い方へ向かっている確信があります」

このとき僕は、ふっと出てきたベルルへの思いや、彼女を取り巻く環境を口に出した。
国王には、聞いてもらいたいと思っていた。

「……その、東の最果ての旧魔王の娘とはいえ、“ベルル”はとても純粋で無垢で、見た目の美しさだけでは無い、清らかな心と優しさを持っています。僕は彼女と、彼女に従う魔獣たちと関わり、東の最果ての事情と、その向こう側の魔界について、知りました。ベルルと関わる事が無かったら、絶対に知りえなかった事情です。それはとても物騒で、厄介で、僕ごとき男にどうする事も出来ない大きな話でしたが、僕にも出来る事があるなら手を尽くしたいと思い、この銀河病の特効薬を開発すると言う依頼を引き受けました」

「……」

現魔王も、ミネさんも、この病に苦しんでいる。
それをただ、救う事が出来ればと考えた。

「僕は……僕自身の望みは、当初グラシス家の再興のみで、その足がかりになるかもしれないとベルルを娶ったのは確かです。しかし今は、グラシス家の為と言う気持ちはあまり無く、ただ銀河病に対抗しうる魔法薬を作りたいと言う気持ちの方が大きいのです。その薬で、現魔王を始めとする、多くの人々を救えるなら……」

「……現魔王が銀河病で亡くなれば、確かに困るのは我が国家も同じだな」

国王はポツリと呟いた。
僕は頷く。

「もし、青の秘術書を一時的にグラシス家に返還するよう国王陛下の許可が頂けるなら、その後王宮が再び青の秘術書をヴェローナ家に戻す様命令されるのであればそれに従うつもりです。この秘術書に対する執着は……もはや、ありません。ただ、銀河病の特効薬を僕が開発するまでで良いのです。それまで、どうか、あの秘術書をグラシス家へ……っ」

必死だった。
どうにかして、今の僕の気持ちを、国王に伝えるべきだと思った。

国王に納得してもらうにはどうすれば良いのかずっと考えて来た。ヴェローナ家の最近の悪い噂について追及するべきか、グラシス家の最近の功績について誇張すべきか、と。
だけど結局、国王が僕に聞きたいのはそんな事ではないのではと言う考えに至ったのだ。
ヴェローナ家の噂や僕の事など、きっと国王はご存知だ。

だから僕は、あえて自分とベルルとの関係から生まれた、銀河病の特効薬を開発する理由に触れた。
それは、当初の願いであったグラシス家復興とは、何ら関係ない。

『旦那様のお薬が、沢山の人を救うのね』

ベルルが以前、僕に言ってくれた言葉がある。
それは、魔法薬を作る為に、最も必要で、最もシンプルな“気持ち”だったはずだ。
銀河病の特効薬を開発する理由は、もはやこれ以外に無い。ベルルの言葉を、確かなものにしたいからだ。

「……」

国王は黙って僕の話を聞いてくれた。
レッドバルト伯爵も、だ。

しばらく彼らは黙っていたが、レッドバルト伯爵が「どうするファスターノ」と、国王に尋ねる。

「リノフリードの物言いは若気の至りの塊のようなものだから、私から彼の可能性について言わせてもらうなら、まあ……良く働くし良い金儲けさせてもらったな……と言う所だろうか」

「……は?」

伯爵は顎に手を当て、うんうんとひとりでに頷いている。

「グラシス家の薬は非常に質が高く、評判が良い。かつてのリーズオリアが“魔法の薬”の都だと言われ栄えていた時期を思い出す。今ではその名声にどっぷり浸り、魔法薬を何の為に作り出しているのか考えた事も無い輩も多いからな。……いや、金儲けが悪いとかそう言う事じゃ無いよ。私も商売をしている身だしな。ただ……最近のヴェローナ家の薬があまりに下品で安っぽいので、苦言を呈したくなっただけだ」

「……うむ」

髭を撫で、小さく頷く国王。彼は再び僕を見た。

「……この件を抜きにしても、そろそろヴェローナ家の処遇は考えるべき時期に来ていた。奴らは魔法薬を侮ったのだ。グラシス家と違い、まだ若い一族であるから、一度問題を起こせばそれに対する対処法も心持ちも無い。そう……魔法薬に関する表面上の知識だけがあり、最も必要な内面の、“誇り”や“覚悟”が足らなかったのだ」

「……誇り」

そして、覚悟。
国王の物言いに、僕は妙な納得を得た。僕自身、ずっとヴェローナ家に対して抱いていた不安の様な不満の様なものの、正体。

「その点、リノフリード、お前はやはり、この国を遥か昔から支えて来たグラシス家の魔術と誇りを受け継いでいる様に見える。それは、血系とも言えるだろう。……エルフリードの教育が良かったんだな」

「……国王陛下」

ぐっと、胸に響いた言葉だった。
国王は僕の父の名を出した。国王は……僕の父を覚えてくれているのだ。

「十分だ。それだけで、やはりグラシス家の秘術書は、元あった場所へと戻されるべきだと言えるだろう。ヴェローナ家が墓穴を掘った今、この件に文句を言える者は居ないだろうよ。青の秘術書は、お前が正しい魔法薬を作り続ける限り、グラシス家のものだ」

国王はそう言いきって、立派な髭のある口元を、僅かに緩めた。
初めて、国王のそんな表情を見た気がする。

僕はこの時、国王にありがたいお言葉を頂き感激に浸っていた事も確かだったが、同時に疑問を抱いた。
この人は何故、ベルルをあの地下牢に閉じ込めたのだろう……と。

「……あ、あの」

僕が無礼にも、この件を訪ねようとした時、部屋の扉が叩かれ一人の高官が入って来た。
どうやら、大事な会議が始まる様だ。

「すまないな、ここまでの様だ」

国王は立ち上がり、僕もまた席を立ち頭を下げた。
気になる事があったが、仕方が無い。本来、聞けるはずも無いのだ。

「全ての準備は、すでに済ませている。必要な書類を持ち、王宮の兵を連れ、ヴェローナ家へ向かうと良い。……銀河病の特効薬に必要な事があれば、また申せ。……研究に励む様に」

「あ……っ、ありがたきお言葉」

僕はただただ頭を下げた。
国王はその目の前を通りすぎ、少し立ち止まり振り返ると、僕にこう尋ねた。

「そうそう、リノフリード……一つ尋ねたい。ベルルロットは、何が好きかね」

「……?」

唐突な質問に驚いて頭を一度上げる。

「そ、そうですね……色なら黄色が好きで……それと妖精を愛しています」

「……妖精、か」

そうか、と、国王は瞳を細めた。
どこか遠くを見ている様な、寂し気な瞳で、僕はどういう事だろうかと不思議に思った。
しかし伯爵が横から「んん~、ベルルロットの一番好きなものなんて“だ ん な さ ま”に決まっているだろう!」と口を挟む。そのせいで僕は王のもの寂し気な瞳の意味を深く考える事が出来なかった。

その後国王は何も言わず、この部屋を出て行った。

「……」

しばらく、僕は立ち惚けていた。
何だか今までの時間が、とても短いものだった様な、長いものだった様な、不思議な気分だ。

「もう王は居ないぞ、リノ。せっかく何もかも上手く行ったのに、少しは安心したような嬉しい顔をせい。王宮のパティシエのチョコレートでも食べろ。甘いものを摂取しろ」

「は、伯爵はそもそも大胆すぎるのです……」

レッドバルト伯爵だけは茶の席を立つ事無く、優雅にチョコレートを摘んでくつろいでいた。このおっさんは本当に怖いもの知らずだ。

僕はこの人の様に気を緩める事は出来なかった。
王に許可を頂いた今、すぐにでもヴェローナ家へ向かわねばならなかったからだ。
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