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19.総司とフィリアのデート

 妖精・精霊保護研究課を飛び交う黒い塊。それはまだ猫程の大きさの子供のドラゴンで、彼の背中には数枚の書類が乗せられている。少しバランスを崩せば床に落としてしまうので、体勢を変えないように天井付近を飛行する。
 目指す先は課の一番奥の課長席。無事、そこまで書類を落とさずに辿り着いたドラゴンは嬉しそうな声で席に座る男の名前を呼んだ。

「はい、ジークフリート課長! 書類持ってきたよ!」
「ああ」

 背中の書類を受け取りながらジークフリートはドラゴンの頭を撫でた。このニールというドラゴンは妖精と精霊との対話のために保護研究課にやって来たのだが、最近ではそれに加えて雑用もするようになった。そこまでする必要は、と止めたものの、「オイラもソウジお兄ちゃんみたいになりたいから修行するんだ!」と言って聞かないので好きにさせる事にした。
 あの少年のようになれる確率はほぼゼロに等しいとは言わないでおいた。その健気で人懐っこいadidas japan
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性格のおかげで最初はドラゴンの子供に怯えていた職員達とも打ち解けるようになったので、結果オーライと言ったところだ。ジークフリートの最終目標は総司に保護研究課に入ってきてもらう事だが、ニールがいるだけでも結構助かっている。

「ねぇねぇ、課長。今日はフィリアお姉ちゃんはお休み?」
「いや、フィリアは……」

 ニールの質問に答えようとしたジークフリートは、室内に入ってきた老人に眉をしかめた。

「何しに来たんだ、所長」
「な、何しにとは失礼じゃのぅ。ワシはただお前達がちゃーんと仕事をしているか調べに来ただけじゃわい」
「ほう?」
「……ところでフィリアちゃんは?」

 やっぱり狙いはそこか。ジークフリートは呆れの感情を込めて溜め息をついた。
 総司が入ってきてからというものの、所長は女性職員へのセクハラをピタリと止めた。自身の魔法を次々と無効化された事が結構トラウマらしい。それに加えてアイオライトが「ソウジって女に人気らしいからなぁ? 何か酷い目に遭ったらあいつにみんな相談するかもな~」と囁いた。
 もし、仮にヘリオドール辺りが所長に尻を触られるかして総司に言ったとしよう。そこで総司が報復すると思えないというのがジークフリートの見解だった。

(あ……でも、何するか分からないから怖いな)

 総司の思考を先読みするのはドラゴンの炎を防ぐ事より難しい。所長もそんな正体の見えない恐怖から逃れるために大人しくなったようだ。現在はその内に燻る性欲をリリスで発散している。

 だが、やはり我慢はし切れなかった。特にフィリアは目を付けていたのにも関わらず、総司と同時期に入ってきたため、また一度も手を出していなかった。彼女が恋慕している総司の報復を恐れて、距離を取っていたが、限界が来たのだろう。あの新人が休日の間に『つまみ食い』に来たらしい。

「フィリアちゃん……ハァハァ……せめておっぱいとお尻は駄目でも太ももくらいは……」
「課長、あの人フシンジンブツかな? オイラ外に摘まみ出してくる?」
「あれは一応所長だぞ……お前はここのトップが誰かも分からないのか?」
「え? ソウジお兄ちゃんじゃないの?」
「おい、ちょっと待て」

 ある程度予想はしていた回答だったが、実際に言われるとちょっと待てと返せない。この子竜は所長云々の前に、課長や新人等の単語の意味を理解していない可能性がある。

「確かにお前を助けたのはソウジだけどな……」
「フィリアちゃんはどこにおるんじゃあ!?」

 ニールに上下関係の基礎知識を教えようとすると、血走った目をした所長がジークフリートの机を思い切り叩いて乗り上がった。口からヨダレが垂れている。普段からろくでもない老人だが、フィリアへの興奮と焦燥からますますおかしい事になっていた。

「落ち着け所長。禁断症状が出ているぞ」
「だ、だってワシのフィリアちゃんがどこにもおらんぞい! フィリアちゃん! せっかくフィリアちゃんの髪の匂いをクンカクンカしようと思ったのに」
「やかましい! ニール、このジジィを喰い殺せ!! 俺が許可する!!」
「ジークフリート課長!?」

 瞳孔をかっ開いたジークフリートにニールが恐れを抱く。ちなみに子竜の中ではジークフリートはこの役所のナンバー2の位置にいる。不動の一位はやはりつい最近入った新人である。
 そして、ニールの役所でえらい人ランキング圏外の所長が「キィィィィ」と奇声を上げる。

「何じゃ何じゃ! そんなにワシとフィリアちゃんを会わせたくないのかのぅ!?」
「……そんなにフィリアに会いたいのか?」
「当たり前じゃ! あのソウジとか言う末恐ろしいガキがいないこの日にこっそりフィリアちゃんの味見をするのをワシは朝から楽しみにしてたんじゃよ!?」
「フィリアはそのソウジとデートに行ったよ。なんて冗談だけ……ん?」

 怒りが抜けた面倒臭そうな口調でのジークフリートの一言に課全体が静かになる。所長とニールだけでなく、黙々と妖精霊のデータをまとめていた職員達も作業を止めて保護研究課のドンへ視線を向けた。

 突然変化した空気にジークフリートは戸惑いながら彼らを見回した。

「ど、どうしたんだお前達……」
「デートって……こんな昼間からですか?」
「しかも今日ソウジは非番だから一日中時間がある!」
「何やっているんですか課長!!」

 職員は一斉に騒ぎ出した。

「フィリアはソウジが大好きなのを課長だって知ってるでしょ!」
「ソウジだってあんな虚ろな目をしてるけど男だからそこの爺さんみたいに性欲はあるんですよ!!」
「自分に好意を持ってる美少女と二人きりでデートだなんて……宿屋に連れ込まれたらフィリアが!!」
「ちゃんと冗談って言おうとしただろうが! 部下を仕事中にデートに行かせる馬鹿上司がどこにいるんだよ! あと俺の孫を鬼畜扱いするのはやめろ!!」
「いつからソウジは課長の孫になったんですか!?」

 ショックで固まったまま所長に構わず、課の人間全員が白熱した口論を繰り広げる。それに圧倒されつつも、ニールがジークフリートの頭に乗って「課長落ち着いて!」と叫ぶ。

「フィリアお姉ちゃんはお仕事でソウジお兄ちゃんとデートしてるの?」
「ああ……正確に言えば仕事ついでのデートだな。ソウジには休日出勤で来てもらっている。今日は『ドヨウビ』で特に予定もないと言っていたからな」








 どうしよう。

 フィリアは現在進行形で混乱している最中だった。顔は真っ赤に染まり、瞳は涙で潤んでいる。小柄で細い体はふるふると小刻みに震えていた。

「まだ降ってますね」

 明らかに様子のおかしいフィリアには気付いていないのか、総司はの外を眺めていた。分厚い灰色の雲から無数の雨絃が地上へ叩き付けられている最中だった。激しい水音は、当分雨が止まない事を示していた。

 つまり、それまではここから出られないという事だ。この、大きめなベッド、ピンク色の小瓶が数本置かれている机以外は何もない部屋からは。

「そ、そうですね……」

 一つしかないベッドには総司が腰掛けている。長い間歩いていて足が疲れていたが、彼の近くにいる事など出来ず、フィリアは壁際まで避難していた。のだが。

 壁に頭を当てていると、隣の部屋からの音声が僅かに聞こえてしまい、フィリアは声にならない悲鳴を上げた。

(どうしようどうしようどうしようどうしよう……!?)

 女の淫らな喘ぎ声と男の切羽詰まった声。それと何かがぶつかり合う音。

 それが何か分からない程フィリアは無知ではなく、保護研究課のアイドル的な存在のエルフの少女は自らの浅はかな行動を呪った。
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次回は総司がフィリアに……