横浜ローザ ~赤い靴の娼婦の伝説~
テーマ:オンナの生様どのくらい振りだろうか。
こんなにぐしゅぐしゅ泣いたのは。
横浜赤レンガ倉庫で、五大路子さんの一人芝居
「横浜ローザ」をみてきた。
http://
この芝居は、戦後の混乱期から50年間横浜で娼婦を
していた、「メリー」さんをモデルにしたもの。
メリーさんは米軍相手に「パンパン」として
この職業についたといわれている。
戦後50年間、背骨が曲がるほど年老いても、
ヨコハマのいつもの場所で、 真っ白く白塗りしてべったりと
真っ黒なアイラインをひき、白のふわふわ貴族のような
ドレスを纏ってたたずんでいた。
そして、2005年1月、天寿を全うされた。
数年前、そのメリーさんを追った映画「ヨコハマメリー」 が
公開されてドキュメンタリーとしてはかなりのヒットとなった。
http://www.cine-tre.com/yokohamamary/
この作品の私のレビュー
http://ameblo.jp/chotomo1783/entry-10029736612.html
↑私なりのメリーさんへの思いが詰まっています。
この「横浜ローザ」について、脚本を書いた杉山義法さん
(故人)は 主演の五大さんにこう言う。
「日本の戦後史、横浜の戦後史、その中で生き抜いた
一人の女性の話を書いてみようと思うよ。
だからメリーさんだけじゃないんだ。
メリーさんの後ろにいる何十万という同じ思いをした女性を
そんな女性の総称としてのローザを書いてみようと思う。」
メリーさんについて確固たる情報がないため、
完成が途方もないと思われていたこの芝居は、
戦後の横浜を一人で生き抜いた、ある気高いひとりの
女性の 息遣いを伝えたいという五大さんが、
メリーさんに関する情報を何年もかけて自らの足で集めて、
杉山さんにそのたびにFAXして、脚本を完成させた。
96年に初演され、その後毎年この時期に
上演されるほどの人気だ。
ローザは、戦争で財産を家族を失い、
夫も戦犯として遠くにとばされ、頼れるのは
わが身だけになり、生きるために娼婦となる。
戦争よって彼女はたくさんの大切なものを失った。
しかし、娼婦になったときに、彼女は誓う。
「プライドは絶対に失わない。自分で娼婦の道を選んでやる」
その後、太平洋戦争だけでなく、朝鮮戦争
ベトナム戦争でも 彼女は大切な人を失う。
そのうち世間は、当初見てみぬふりをして存在しないもの
としていた娼婦を、邪魔者として阻害し始めるようになる。
世界は彼女から大切なものを奪い、
さらに世間は彼女を 踏みつける。
そんな中でも、彼女は気高く逞しく、生き抜いた。
ラストシーンでは、白塗りに隈取りのようなアイラインで
背中がほぼ直角に曲がったローザが、悲しげに、
しかし希望を 失わない強いまなざしで、
真紅のバラを見つめながら 客席をゆっくり歩き、消えていく。
私は、彼女この眼差しに、メリーさんの歴史、
そして、彼女のように戦後涙をのんで逞しく生き抜いてきた
たくさんの女性たちの思いが凝縮されているようで、
苦しく悲しくしかし温かくそれ以上に言葉にならない
熱いものがこみ上げてきた。
嗚咽した。
会場は、9割女性。
戦争経験者と思われる方も多くて。
みんな泣いていた。
上演後、五大さんのサイン会がありそのときに
彼女に伝えた。
「ここのところ、感情が凍りついてて全然泣けなかったん
ですが、本当に久しぶりに泣けました。
ありがとうございます・・・。」
嗚咽する私に、五大さんはサインを書くのを止めて
私の手を 両手で握りながら
「ありがとう・・・。メリーさんもきっとよろこんでくれると
思う・・・。優しい人はたくさんいるから、がんばって!!」
と泣きながら答えてくれた。
私だけではない。
その主語は明確にいえないけども、
勇気付けられ、心にぽっとあたたかい灯が
ともったのは確かだ。
私は、メリーさんの、ローザたちの歴史に敬意を
はらい、自分の路を歩む。
メリーさん、五大さん、ありがとうございました。











1 ■横浜ローザ
トラックバックを入れて頂き、有難うございました
私の「横浜ローザ」を書く時に気が付いて、全部
引用させて頂きました。私以上に丁寧に、心の
こもった文章、写真等 とても勉強になりました、
私はブログを始めたばかりで難しい事(トラック
バックをつける)は、まだ出来ません。これから
もっと勉強したいと思っています
有難うございました。