半分納得二題。再販と流通
テーマ:ネタclip著作権マニア:いまさら再販制について
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なぜなら、copy controlとは、その名の通り、著作物の複製を著作権者がコントロールできることであり、これは、著作権法の目的である「文化的所産の公正利用」と「著作者等の権利保護」の後者によった思想である。つまり、著作物の文化性・公共性よりも、経済性・商品性を重視していることになる。従って、著作物利用者の便宜を図り、その文化性・公共性に重きを置いている再販制との整合性がつかない。また、むしろCCCDのもつ経済性は、競争原理におくことにより本来の意思を尊重されることとなるのではないだろうか。
「文化的所産の公正利用」だけでなく、自分の作品をコントロール下に置くこと、たとえば同一性保持とか許諾そのものとかについてってのは、経済性と合致しないと思うんだ。いかにもゲージツな著作物ならば、(たとえば音楽なら)お気に入りのオーケストラ以外での演奏を認めないなんてこともあるだろう。学術の著作物なんかだと公正利用と氏名表示権>>経済性ってことになるだろうし。そういう相反する面を、両方認める形で権利が与えられているってのが、「著作権」をややこしくしている。
たとえば、本やCDの場合、営利的な、ヒットを狙うような商品こそ再販制を外すべきではないのだろうか。
棚上げ日記:CDのポジション・シフト
http://oku-kazuhiro.cocolog-nifty.com/blog/2005/11/post_4801.html
むしろ、コンピュータにCDをコピーして使用するほうがノーマルな使い方で、CDはその流通手段にすぎなくなった--と考えたほうが、はるかにすっきりする。
たとえば、WordでもPhotoShopでもなんでもいいんだが、さまざまなコンピュータ・ソフトウェアがCD-ROMの形で販売されていて、それをコンピュータにインストールすることをとがめるメーカーはない(当たり前だ!)。音楽CDの役割も、実はこれと同じようなものに変わりつつあるのではないか。この「現実」を直視した上で、コピープロテクトに汲々とするよりも、PCソフトウェアとしての音楽ソフトという売り方を模索するほうが健全--というか有意義であるような気がする。
最初、すごく納得してしまったんですが、CDというメディアをコンテンツを流通させる器とする発想は、既にレンタルで実践されているように思います。そして、レンタルレコード/CDというスタイルは、権利者への対価を支払うシステムが構築され、定着している。
つまり、コンテンツの対価は、アルバム1枚あたり170円(貸与)+数円(私的複製補償)。CDを買っている人たちは、音質や音楽データのオリジナル性の保証のために複製を避け、あるいはジャケットなどの音楽の著作物ではない「モノ」のために2800円ほどを支払っている。そう考えると、CDは、洋楽などのレンタル禁止商品や主に経済的な理由で在庫されない地味なアルバムなど、マニア向けのアイテムなのであって、それにしてはよく売れている、という風にとることもできるな。



