久しぶりに中学受験関連
テーマ:その他久々に中学受験関連ネタで書く日記。
中学受験情報のネット掲示板、僕は息子の受験が終わるまで全く見ていなかったのだが、終わってから継続して眺めている(何の意味があるんだろう、という感じだが)。息子が第一志望としていて叶わなかった学校の掲示板が少し盛り上がっている。それは、(この春は特に)出口が悪い=大学進学成績が振るわなかったが、このままで良いのか、いう内容だ。贅沢な話だ。僕からみれば、この学校の大学合格実績たるや輝かしく、超有名大学から大量の合格を得ている。それで何が不満かと思うが、ポイントはたった一点、東大合格者数が少なかったことが嘆かれているのだ。東大以外は大学じゃないのだろうか。
僕の世代は、まだ良かった。会社の採用は学歴不問、みたいなことまで言われるようになる少し前だった。前にも書いたが、僕の勤務先では東大卒と高卒の人が一緒に働いているが、仕事ができるかどうかは個体差であり、学歴は全く関係ない。そのことは、僕だけじゃなくて、大人たちは皆わかっていることだ。また、恐らく東大という大学ならではの就職先は国家公務員一種に合格することだったのだろうが、現在の東大法学部生の間では、公務員人気が異常に低いという記事も最近見た。ますます、東大の意味は薄くなる方向性も考えられる。ただ、僕の個人的予想としては、もしかしたら、東大以外は大学じゃないと言われる時代は、これからやってくるのではという気もしないでもない、ということも、前に書いた。
そういえば今日、ハーバード大学の学長が、日本からの留学生が1年生で1人だけになったことを懸念、という記事もみた。東大にはこだわり過ぎるほどこだわる日本人なのに、ハーバードで勉強しようという気概はほぼ無くなりつつあるわけだ。こうして、小さい目標だけにこだわっているうちに世界から取り残されていくのを、社会全体で指をくわえて眺めていくことになるのだろうか。
僕の世代の役割は、何だろう。僕の子供たちは、ここまでで、どんな人間に育っているか。娘は、将来の自分の姿は「無」であるように、僕には映る。自分が何をやりたいのか、その気持ちが、親の僕に全く伝わってこない。息子はどうか。このあいだ、息子が「僕は将来、幸せになりたいんだよ」と言っていたのには、少々驚いてしまった。なんて抽象的なんだろう。幸せになるには、どうしたらいいのか。その方法論を、全く持ち合わせていないように見える。しかし、子供たちをここまでこのように育てたのは、親の責任だ。幸いなことに、子供たちが成人するまでには、まだ少し時間がある(中3になる娘に関しては時間はそれほど残されていないが)。これから、どのように導いていくべきか。娘も息子も、「東大」には万が一にも無縁のタイプであり、「意味もなくとにかく東大を目指す」的な目標も持ち得ない。
まーしかし、僕自身がなあ、小学校5年生の頃、「自分は音楽家になりたい」と言ったら母から「父親が重病なんだから、あなたには中学を卒業したら就職してもらう。オカネがかかる音楽家なんてありえない」と蓋をされて以来、自分の本当の気持ちを封印したまま、惰性で生きてきたら、この年齢になってしまった。こんな目的意識のない人間じゃ、子供の教育もできないか(笑)。ま、それはともかく、中学受験には殆ど興味が湧かなかったので、僕は大学入試の研究を始めようとしているところです。自分の頃と仕組みが全く違うので、知らないことばかりでして。
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