ちょこボラ!しよう

「ちょこボラ」とは、「ちょこっとボランティアする」こと。今すぐ簡単にはじめられる「ちょこボラ」の数々を紹介します。


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山形県生活衛生営業指導センター主催の後継者育成セミナーで、「働くことについて」という演題で講演をさせていただきました新幹線

対象は高校1~2年生。上山明新館の生徒さんがたくさんいらしてましたニコニコ

行き当たりばったりな、直感勝負の仕事経験を恥ずかしくも披露させてもらいましたが、みなさん、静かに耳を傾けてくれてました。何人かにいきなり質問しちゃいましたが、にこやかに答えてくれたみんな、どうもありがとうドキドキ仕事選びでは、理屈で考えるより直感が大事、迷ったら自分自身の直感を信じてね~ひらめき電球

私が高校生のころより、みんなずっとしっかりしてる。進路については、あまり親とは話さないという男子が少なくないみたいでしたが、考えてみれば、こういうことって、親より他人の方が話しやすいかもね(^_^;)

講師に御推薦下さった左沢高校の山家校長先生、ありがとうございました!今度ぜひ、遊びに行きます音譜


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来年度、文芸学科2年生が受講するDTP演習の講義をご担当下さる影山史枝先生と、東京の藝術学舎で打ち合わせしてまいりました。

DTP演習では、組版ソフトIn Designの使い方を学んでもらいます。ちょっとタイヘンかもしれませんが、In Designが使えるようになると、編集作業がぐっと身近に、そして楽しくなるはず音譜

In Designが使えると就職にももちろん役立つだろうけれど、自らの手で冊子やチラシが作れるようになっちゃう、つまり、自分だけの「リトルプレス」というメディアを立ち上げることも可能になりますメモこれ、結構大きなことだと思うんだよねひらめき電球

影山先生、笑顔が素敵な、優しそうな先生です。みんな、楽しみにしててね~ラブラブ!

photo:01



☝演習で使用予定のテキスト








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日曜日は一日かけてDTP講習行ってきましたメモちかれた~汗

でも、これでようやく同人誌の本文くらいはデザインできそニコニコがんばるぞお[みんな:01]

あっ、でも中綴じの本ってやったことないな…グラの先生に教えてもらおうかなあせる

まだまだ勉強することいっぱいだな

rakugaki:01







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5月にスタートした山形での授業が想像以上に忙しい。
何もかもがゼロだもんだから、
試行錯誤しなきゃならんことばっかりなのだ。

ホントのこというと、
今年はブログ毎日でも更新しよと思ってたのだが、
4月で挫折。
スタミナもキャパシティも、
思った以上にちいちゃかった。
やっぱ、むりせずマイペースに続けるしかないな。


゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚

今日はちょっとした用事があって友人と柏へ。
本当は子どもも連れていく予定だったが、
「松戸や柏はホットスポットらしい」と伝えると、
「じゃ、私は行かない。留守番しとく」
そうだね、そのほうがいいかも。

幸い、曇ってはいるものの雨は降らず。
比較的おだやかな天気で一日過ごせたが、
友人いわく、
「お水は飲まないほうがいいらしい」。
そうだね、やっぱ、そうだよなあ。

アメリカに住んでいる友人が、心配して連絡をくれた。
移住とまでいかなくても、
子どものために時折日本脱出したほうがいいんじゃない?
放射能の影響を少しでも減らすには、
本気でそういうことを考えたほうがいいと思う。
日本では、どの程度情報が行き届いているの?
4、5年後の日本の子どもたちが本当に心配だよ。

という話を、実家の母親にしたら、
思いきり顔をくもらせてこうつぶやいた。

「いったい、私たちはどうなるの? どこへ逃げればいいのかしら」

大丈夫。お母さんは。影響出る前に死んでると思うから。

「あっ、そう。そうだね。そうだ。あはははあはははあははは~~~」


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「計画停電」の実施が昨夜発表されたが、
今のところまだ実施にいたっていない。

しかし夕方から実施される可能性もあるとのこと。
ちなみにわが家は第一グループか第二グループ、、、らしい。
同じ町名がふたつあってそれぞれ「第一」「第二」とされているだけなので、
わが家がどちらなのかさだかでない。
はっきりしてくれると助かるのだが……。

確定申告書類を申請するために、
駅前にある市役所に向かってみる。
駐輪場に放置してある自転車もとりにゆきたい。

幸い、バスは予定通り運行していた。
ウチの最寄りのガソリンスタンドは大混雑。
車移動も容易でなさそうだ。

街なかでは、ほとんどのお店が閉まっていた。
一部のスーパーやコンビニは営業していたが、
こちらもガソリンスタンド同様、ものすごい混雑、行列。
食料や水、トイレットペーパーなどが飛ぶようになくなっていく。
人がごったがえしているにもかかわらず、
灯りの落ちた薄暗い店内は、
なんともいえない冷ややかさに満ちている。

何か買って帰ろうと思ったけれど、やめた。
冷蔵庫のなかには数日分の食料があるし、
いざというときのために買っておいた乾電池もたくさんある。
2週間ほど前に、まちがいで、生協宅配からたくさんの冷凍ししゃもを買ってしまった。
「こんなにいらないのに。こまったなあ」
と思っていたが、まさかこんな偶然に助けられることになるとは。

明日は都内で打ち合わせの予定だったが、
先方にメールをしてキャンセルにしてもらった。
ラオス行きもキャンセル(延期)を考えているが、
担当者がお休みで連絡がとれない。

いったいどうなることか……。
平凡な日常が、なつかしい。
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つらい。

東北のことを思うと、ほんとうに。

福島県白河市に住んでいるいとこたちは無事らしい。
原町に住んでいる親戚は避難所生活を強いられていることだろう。
そして「放射能漏れ」の恐怖に怯えているにちがいない。

原発が立ち並ぶ通りのことを、
地元の人たちは「アトム通り」と呼んでいたというが、
「アトム」って正義の味方のはずでは?

******

幸いなことに、大学のある山形の被害はそれほど大きくないようだ。

まだ知り合って日は浅いけれど、
大学の職員の方や生徒たち、その親御さんたちの顔が思い浮かぶ。

みな、おだやかでいい人ばかり。
イライラしたりいばったりしている雰囲気の人が、本当に少ない。
「東北って、いいところだな」
そう思っていた。

だからかもしれない。
東北の人々が苦しんでいることが想像以上に、つらい。

文芸学科には、仙台からも、そしていわきからも、
入学を予定している生徒がいる。

どうかどうか。
無事でいてください。
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恐ろしい事態になりました。
来年から通うことになっている芸工大の生徒たちが心配。
生徒のなかには、県内だけでなく福島や宮城からやってくる子もいる。
みんな、大丈夫かな。。。

青森に住んでいる男子学生とメールがつながり、
それほど被害を受けていないと聞いてまずは一安心。
でも、いまだ停電中で不便かつ不安な時間を強いられている様子。
余震もまだつづいているようだし、やっぱり心配になってしまう。

それにつけても痛感させられたのは、携帯電話のもろさ!!!
ぜんぜんつながらず、最後にはとうとうバッテリーもなくなった。
「こうなると、携帯なんてただのおもちゃだね」
と話し合っている人がいたが、まったくそのとおりだ。

結局、大事な連絡を担ってくれたのはテレホンカードだった。
順番待ちの末、ようやく電話をかけるために小銭を入れようとしたら、
なんと、小銭を入れる穴がつまっている!
こ、こ、こ、これじゃ電話がかけられないじゃんかっ!
一瞬、ものすごい絶望感におそわれたが、

「いや、待てよ。たしかサイフのなかに古いテレカが入ってたはず……」

と探してみると、あったあった!
残り度数は40くらいだったが、緊急の連絡をとるにはじゅうぶん。
もう必要もないか、捨てようかとさえ思っていたテレカに救われた。
「念のためもう1枚購入しよう」
そう思ってコンビニに入ったがすでに売り切れ。
緊急時にそなえるにはテレカは必須。
小銭では役に立たないこともあると思い知らされました。

渋谷の駅やバス乗り場にはおびただしい人、人、人。
横浜の駅にも帰宅困難者があふれかえっていました。
結局、なんとか私鉄や地下鉄を乗り継いで帰宅しましたが、
「もう今日は帰れないのか」
と近年まれに見る心細さに襲われそうになりました。

災害時は、この心細さが何倍にも増幅されますね。
はげますことの重要性を、わが身をもって実感しています。
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先週は風邪をひいてお休みしたため、2週間ぶりの勉強会。
本日は雑誌の編集に関する内容でしたが、
これまでの講義形式とちがい、
お隣の人とペアを組んで聞いたり書いたり、という実践形式の勉強でした。女の子男の子

なぜこの勉強会に参加したのか。
ここでどんなことを期待しているのか。
相手は現在何をしていて、どんな経歴の持ち主なのか。
15分程度会話をしながら、
話してもらった内容のポイントやキーワードを紙にメモしていきます。メモ

そして、そのポイントやキーワードに重要度順に順位をつけ、
もっとも重要であるものを冒頭において文章にしていく。
こうして出来上がった文章は、
のっけから人の関心を強く引き寄せる「読ませる文章」になるというわけです。本

「雑誌や新聞の記事を構成するときは、いわゆる起承転結ではいけない。
まだるっこしい構成はできるだけ避けるべきである。
冒頭で重要事項を掲げることで興味をひっぱる。
このほうが、読者に対して親切であるといえる」

なるほど。
雑誌、新聞などの「情報の伝達」を最重要使命とする記事では、
何が起きたのか、なぜ起きたのかなど、
事実、原因、それらをとりまく状況などを正確に記す必要あります。
それらを説明するのに最適な言葉を選び、
読む人がわかりやすく、すらすら読める文章にすることが求められる。
いわゆる起承転結では、
途中で読むことをあきらめてしまう読者もいるかもしれません。
雑誌や新聞の文章構成は、こうした「キレ」がだいじなのですね。

でも、「コラム」となると、少しばかりやり方がちがいます。
途中であきられてしまうような、
まだるこしい文章ではいけないということは同じですが、
たんに情報を伝達するだけでなく、
あるメッセージを積極的に提示し、

「これってよくないですか? これに関心をもってみませんか」

と働きかける役割が必要になります。
そのためには、起承転結的な構成もときには必要。
ふだんコラムを手がけている身としては、そんなふうに思います。
といっても、私が考えている起承転結とは、

起:つかみ(最近、こんなんが話題、ウワサになってるよね)
承:感想・印象(これって、きっとこういうことなんだよね)
転:提示・提案(そこで、こんなことを考えてみたんだけど)
結:おし・勧誘(ね、やってみようよ。きっと楽しいよ♪)

と、まあこんな具合。
私の場合、身近な社会貢献を紹介する内容がメインなので、
「転」「結」のところは具体案が多いのですが。

また、ウェブなどは別かもしれませんが、
限られた文字数で書く紙媒体の場合は、
少ない文字量のなかでわかりやすくうまくまとめなくてはいけません。
説教くさくてもいけないし、精神論になってもつまんない。
そうならないためには、
自分が体験したこと、あるいは取材先の人が語ってくれたコメントを、
手短に具体的に、ぽんと放り込むのがベスト。
「何となく目にしたこと、耳にしたこと」ではなく、
「相手(対象)から確かに聴き取った(感じ取った)明確な言葉」
が、コラムの内容に説得力や深みをあたえてくれます。

「安易なネタで、表面的なことを書いておればいい」
とラクな道を選んでしまうこともしばしばあるのですが(反省)、
こうして出来上がった文章っておさまりはキレイでも、
どこか空々しくて「だから、何?」っていう仕上がりになってしまう。
せっかく読んでもらうのに、
やっぱりこういうのは失礼ってもんですよね(反省)。

「原稿というのは、自分のためではなく読者のために書くもの。
このことを、ゆめゆめ忘れてはいけない。
自分が書きたいことと読者の読みたいことが一致するというケースは、
たいへん幸せなことだと覚えておいてください」

講師の先生のおっしゃる通り。
「読んでくれる人あってこそ」の記事であり書籍なのです。クローバー









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先日、『玄牝』という映画について書きましたが、
なんとその直後に、実際の出産現場に立ち会うという
きわめて貴重な体験を得ることができました。

このかけがえのないチャンスをくれたのは、
40代で初産を迎える私の友人。
「ぜひ出産に立ち会わせて」
という私のずうずうしいお願いを快く受け入れてくれました。
まずなにより、
この友人に心からのお礼を伝えたいと思います。
ありがとう。本当にありがとう。


゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚

友人の場合、陣痛よりも前に「破水」がやってきました。
漏れ出た量はわずかでしたが、だいじをとって即、入院。
夜中に知らせを受けた私は、朝いちで病院にかけつけることを友人に伝え、
興奮冷めやらぬまままんじりとした一夜を過ごし、翌朝5時に家を出ました。

そして午前7時前、病院に到着。
朝ご飯を食べ終えたあと助産師の検診があり、

「破水が始まったら48時間以内には出産をしなければいけない。
点滴による陣痛促進剤を使用したいので、OKであれば同意書にサインを」

赤ちゃんの生命の安全と妊婦の年齢を考慮して、友人が同意書にサイン。
抗生剤などを投与したのち、午前11時すぎころから陣痛促進剤の投与が開始されました。


「うぅぅぅ、イタくなってきた。始まったかなあ」

投与開始から30分もしないうちに、あきらかに陣痛とわかる痛みが。
インターバルは5分程度。
ふつうに話すことはできるけれど、
やってくる痛みがしだいしだいに強くなってくる様子。

気を紛らわすために話しかけたほうがいいか?
それとも、枕元にいるとかえってジャマか?
病室を出たり入ったりしつつ、もどかしく見守る時間がすぎてゆく。


その後、投与量が増やされてじょじょに陣痛がすすみ、
午後2時。ほとんど口がきけないほど苦しい状態に。
寝返りをうったり体勢をかえたりしながら、
波のようにひいてはおしよせる痛みを、
妊婦は必死に受けとめます。
この痛みとつき合っていくコツは、
痛みにあわせてできるだけ長くゆっくりと、
吐き出す呼吸に意識を集中すること。

「そう上手。痛みをうまく逃しているわよ」

友人は助産婦さんにそうほめられていましたが、本人の苦しみはそうとうなもの。
こんなときに「がんばれ」はあまりに陳腐だけれど、
小声でくり返し「がんばれ」とささやくしかできない。
神様、どうかママと赤ちゃんを守り給え。


その後、陣痛のあいまに2度の診察をうけ、
午後5時をむかえるころ、とうとう分娩台にあがることに。
個人的な経験からすると、
「もう少し赤ちゃんがおりてくるのを待ってもいいのではないか?」
とも感じましたが、
自分のときとちがい、友人の場合はすでに破水している状態。
一刻も早く赤ちゃんを出したほうがよいと、病院側では判断したのでしょう。
分娩には数人の助産婦が物々しく立ち会い、
担当医がやってくるあいだ、
子宮口に手を入れてようすをみたり呼吸法をアドバイスしたりしています。

そして担当医がやってくると、
いよいよ始まりました。

「吸引」と「腹部圧迫」。

『玄牝』のなかに登場した妊婦さんが「とてもこわかった」という吸引と圧迫。

じっさいどのようなことをするのかというと、
何らかの薬剤を投与しながら陰部に器具を差し込み、
子宮が収縮するタイミングでお腹をぐぐーっと圧しながら吸引のスイッチを入れ、
赤ちゃんを人為的に引っ張り出します。

分娩というよりは、施術に近い行為。
現場に満ちている緊張感も、
まさに「医療」の世界を感じさせます。

なるほど。
「こわかった」という意見にも、深くうなずけるものがある。
「母子の安全確保」ための処置として否定はしないけれど、
妊婦に対して恐怖や不安を与えかねない処置であると、
少なくとも私にはそう感じられました。
(とはいうものの、友人の場合苦しみと戦うのに必死で、
恐怖や不安を感じることはなかったようです。
誰もが「こわい思いをする」ということではないのです)

結局、赤ちゃんがなかなか出てくることができなかったため、
急きょ、帝王切開に。
それを聞かされた友人は一瞬驚いていましたが、
まさかこの場で悠長に迷っていられるはずもなく、
ダンナさんが同意書にすばやくサインをし、
妊婦は分娩室から手術室へ。
あとはもう本当に、ひたすら元気に生まれてくれるのをまつのみ。

それから30分後、
元気な赤ちゃんの泣き声が、手術室の外まで響いてきました。

おおおおーっ! 生まれた生まれた!

泣き声が聞こえてからさらにまつこと15分、
体重約2800グラムのかわいい男の子とご対面することができました。
肺に羊水が入ってしまい、やや呼吸が弱めでしたが、
チューブで吸引されると「ギャア、ギャア!」と元気に抵抗。
よし、これならきっと大丈夫。

術後の処置を終えて赤ちゃんとご対面した友人は、

「かわいい、かわいい」

としみじみ喜びをかみしめていました。虹


゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆


陣痛開始からおよそ8時間あまり。
本当におつかれさまでした。

ずっとずっとほしかった赤ちゃんが生まれて、
本当の本当におめでとう。

「帝王切開になっちゃって、感動のご対面ができなくなっちゃってゴメン」

だなんて、どうかそんなこと気にしないで。
本当にもう、じゅうぶんすぎるくらい、感動的でした!

結局、ママと赤ちゃんがすこやかで問題なければ、
自然分娩かどうかなんて関係ない。
「医療」としての分娩を経験できたのは、
自分にとってはむしろ大きな勉強になったと思います。

重ね重ね、この貴重な体験をくれたことに、
こころから感謝します。

どうもありがとう。

*☆*:;;;:*☆*:;;;:





























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遅ればせながら、河瀬直美監督作品『玄牝』を観てまいりました。

本作品の舞台は、愛知県岡崎市にある産院・吉村医院。
ここでは、妊婦たちが家事や炊事をこなしながら、
医院に併設された古民家で共同生活を送っています。

木々の生い茂る豊かな環境では、
「水も空気もさぞかしおいしいにちがいない」とは思うものの、
タイムスリップしたかのような重厚な古民家や、
薪割りやぞうきんがけに精を出す妊婦さんたちのすがたは、
一見すると、特殊な思想にもとづいた何らかのコミュニティのようにも感じられます。
「閉鎖的でいや~な感じ」はさほど受けませんでしたが、
そこはかとない「敷居の高さ」は、否めない。
出産に「こだわり」を求める人や、
「自然分娩」に対して思い入れの強い女性がやってくるのだろうか?
あるいは、現代文明に否定的な人々が集うているのだろうか?
だとしたら、ちょっとひいてしまうなあ……。
正直にいうと、はじめのうちはそんな先入観もありました。

しかし、登場する妊婦さんたちの言葉を聞くうちに、
みんなが「こだわり」などという表面的なものではなく、
きわめてシンプルな出産を求めてにここを訪れたということが、
しみいるように理解することができます。
「自然分娩」を求めてやってくるというより、
しばしば病院で行なわれる「不自然な分娩」に対して、
違和感や不信感を抱いてやってきていることもわかります。

たとえば、

「第一子を出産したときに、病院で陣痛促進剤を打たれ、
吸引をされ、お腹を圧された。自分のことが大事で、
子どもをかわいいと思えなかった」

「病院はこわい。照明もにおいも分娩台も、
何だかこわくて落ち着かない」

たしかに、病院には緊張を強いる雰囲気があります。
「母子の生命を最優先」にするがために、
快・不快をおざなりにした「最善」の処置がとられることもあります。
「陣痛促進剤も吸引も、命を救うがための当然の処置」
という見方を否定するわけではありませんが、
処置の過程で妊婦に過剰な不安や恐怖を与えることは、
決して「しかたがない」ですまされることではない。

「母子の生命を救う」ということだけでなく、
「出産という行為がいかに繊細なものであるか」ということを、
私たちはあらためて考え直してみる必要があるのかもしれません。

じつをいうと、私自身、助産院での出産でした。
「病院はイヤ。助産院がいい」と考えていたわけではなく、
たまたま、近所に住んでいた出産したばかりの女性に
「いい助産院があるよ」
と教えてもらい足を運んだのがきっかけ。
吉村医院のような「古民家」ではありませんでしたが、
昭和の昔なつかしい「おばあちゃんの家」といったたたずまいの助産院です。

分娩する部屋は畳と床ばり。
小さな庭と縁側があって、
ときどき近所のネコちゃんたちがのぞきにやってくる。

陣痛のあいだ「う~ん、う~ん」と唸りながら畳の上でゴロゴロしたり、
かけつけた義母に「ラクにしてな」と腰をマッサージしてもらったり、
「徹夜続きでくたびれた~」と言いながら医院長がそばで添い寝してくれたり、
(医院長はもちろん女性です)
いざ分娩のとき、
「楽な姿勢をとっていいよ。音楽をかけようか?」
と助産婦さんが声をかけて和ませてくれたり。

出産をコワいとも苦痛だとも思わず、
むしろ幸せな体験で何度でも妊娠・出産したいとさえ思えたのは、
おそらくこの助産院で、リラックスして出産することができたおかげ。
その後の子育てが楽しくてしかたがなかったのも、
この助産院で出産したからではないかとすら感じられるほどです。

これはおそらく、「助産院で自然分娩」をしたからではなく、
家族や周囲からの支えを得て、
そこはかとない「祝福」に包まれて出産ができたからではないか。
この映画をみて、もう10年も前にさかのぼる自分自身の出産が、
今さらながらに思い出されます。

この映画では、死産してしまった妊婦さんや、
出産をひかえた妻を残して夫が家出してしまうというシーンも登場します。

もちろん、どちらも本物、実話。
作り物ではない、圧倒的な重みがあります。

「赤ちゃんをかき出さず、できるだけ自然に下りてくるのを待ちたい」
死産を告白した女性がつぶやく場面は、
本人の姿は映らず声だけが流れていましたが、
声の背後には、その場にいた人々の声にならない共感、
深い悲しみに満ちた静寂がありました。

病院ではかなえられることのない「死を悼む、静謐で厳かな共感」が、
吉村医院にはたしかにあるのかもしれません。












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