世界遺産登録  軍艦島等 戦時徴用について

「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の
世界遺産登録について

日韓で協議が難航したものの世界遺産に登録が決定したとのこと


今回の件で、またまた日韓国交正常化50周年で
歴史認識などもありながら、歩みよった日本と韓国ですが

また日韓の間、日本人、韓国人の間に溝ができたような気がします。

世界遺産については、国連の専門機関、ユネスコの総会で採択されて
世界遺産リストにのるということですが、

世界遺産となることにより、外国人観光客も増える可能性が
ありますから

もともと、反韓、嫌韓、反中などの人は、中国、韓国からの
観光客が増えるのだから、世界遺産登録に反対するかと思いきや
そうではないみたいですね。

やはり日本の誇るべき遺産として、世界で認められるのは
いいことということですね。


今回の世界遺産は、明治日本の産業革命遺産ということで
製造業、日本の基幹エネルギー等の産業への遺産登録

父親が三歳の時に亡くなった、私の祖父は
九州の造船会社の幹部で、過労死でした。

そして父親は、警察官になる前に九州の炭鉱技士でした。

父親がかつて働いた炭鉱、そして祖父が働いた造船会社のような
産業施設が

世界遺産に登録された事は、そこで働いた父や祖父にとっても
そして私にとっても嬉しく誇りに思うことです。


炭鉱の朝鮮人徴用問題について

私の父親の証言は興味深いです。

私の父親は大正15年生まれです

熊本の天草出身で

戦時体制下の技術者拡充を図るため、
1939年に増設された官立高等工業学校のうち
1944年に久留米工業専門学校
1946年(昭和21年)九州大学工学部となりましたが、

その久留米工業専門学校 出身で
そこで、採鉱学、土木工学を学び 発破技士として戦時中に

炭鉱で仕事をしました。 軍艦島ではないですが
近隣のはり炭鉱のある島での勤務でした。

昭和25年に まだ旧警察法で、大阪市警察庁だった
大阪府警の警察官になるまで

戦中、戦後の混乱期に炭鉱にいたことになります。

父親の二人の兄は、戦争中に陸軍兵士として東部ニューギニアで
過酷な戦いを経験し、ひとりは帰還、ひとりは亡くなり
今は靖国に祀っていただいています

学徒動員まであった時代ですが、

炭鉱から戦地に送り出された人もいたようで
父親のように技士として炭鉱で働く人間は、
戦地に行くことを免れました。

労働力不足の中、炭鉱では、朝鮮、台湾、そして女性や子供まで
戦時中も、多くの石炭を掘る人がいました。

今は寝たきりの父親ですが、足が不自由で歩けないものの
頭はまったくボケておらず、しっかりとしています。

先日、母と妹が、戦中戦後に父親がどのような環境で働いたのか
それを見てみたいと、軍艦島ツアーに行きました。
母は、海の中の島、このような厳しい環境で、さぞ過酷で苦しい思いをしたのだろうと、父親により一層、感謝をとツアーから帰って
きて

父親に「あんな厳しいところで仕事をして、つらい事や
苦しいことがいっぱいあったやろね」と話すと

父親は、
「なんも苦労しとらん。 炭鉱は酒も飲み放題、
肉も魚も食べ放題、戦争にいって
死ぬこともないし、飢えることもないし、
ええとこやったで」


と言うので拍子抜けしたとのことでした。

もちろん、発破技士として勤務していた父親と
一般の労働者として勤務した人とは待遇は違うのかもしれないと
思いましたが、そうではなく、

みんなそうだったということです。

お給料もとっても良くて、朝鮮半島の人もお給料をたくさん
もらっていました。

あの当時は、朝鮮半島は日本でしたから

国家総動員法を制定した戦時体制下では、

朝鮮半島出身者も、日本のどの地域からも
兵隊さんになるか、労務動員されたのは、同じです。

当時は、日本では中学生、女子学生、
また、昔は、小学校を出て、商店の丁稚さん、職工さん、漁業や農業
、女性だとお手伝いさん、農作業などで働く人も多かったですが

戦時中は、ほとんどの人が軍需工場に動員されました。

なぜか、朝鮮半島の人だけが、強制的に働かされて
奴隷のように苦しい仕事をさせられたかのように言われていますが

当時の状況を今の感覚では、はかれないと思います。

現代と違い、江戸時代も明治以降も、日本は貧しかった。
朝鮮半島も貧しかった。

戦時中の動員だけでなく、

おしんのテレビ番組などでもわかりますが
兄弟姉妹も多く貧しい家では小学校を出て、丁稚奉公する人、
工場などで働く人、農村などでは、
昔は小学校にもいけない人もいました。

今も、土木関係の下請のお仕事や警備員さん
3Kと呼ばれるお仕事の人は、暑い中も寒い中も
いつも厳しいお仕事をしておられるなと思いますが、
今、増えている介護のお仕事も、たいへんな重労働です。

女性では、美容師、看護師、教師は、女性の中で一番過酷な仕事
で、流産の確立も高い、重労働です。

また身体を酷使しないからといって仕事は楽だとはいえません。
営業のお仕事も事務的なお仕事も販売のお仕事も
サービス業でもどんな仕事でも

仕事なんて、昔も今も 誰にとっても厳しいものですが
戦前、戦中、戦後の混乱期などは、それはそれは
今よりももっと厳しかったでしょう

炭鉱で労働した朝鮮半島出身の人だけが、しんどかったわけではない。

女性の家事労働やかつての家制度で、舅、姑、夫に仕えたことを
権利がなかった、自由でなかった、地獄だ、苦しみだ
女性は解放すべきだという人もいれば

そういう境遇でも、女として一生
人のちめに尽くして幸せだったと感じる人もいる、

そういう感じ方の違いではないでしょうか

戦地で戦った人、硫黄島やニューギニア、北方、南方、
すべての兵隊さんは、もっともっと過酷で厳しく苦しかったでしょう
炭鉱で働くほうがよっぽど、食べ物もあるし、恵まれていたと
思います。

この当たり前の感覚が、抜け落ちているような気がします。

貧しい日本、貧しい朝鮮半島、生きるため
人生をまっとうするのは、どんな人も苦労して
苦しみも悲しみも、そしてその中で幸せもいっぱいあったと思います。

朝鮮半島の人も日本人も台湾の人も みんな手をとりあって
苦しい時代、貧しい時代、戦争の時代、助け合って
仲良く、頑張ってきたんじゃないかと思います。

過去を修正することはできませんが、

日韓併合がなかったら
戦争がなかったら

日本も朝鮮半島もアジア、アフリカの国々も幸せだったかといえば
それはいえないと思います。

日本が戦争に勝っていたら、もっともっと幸せだったと思いますが。

炭鉱というのは、大手の基幹エネルギー産業

いまでいえば、電力会社や上場企業のような一流会社でしょう。
今も、トヨタやダイハツなど、外国人労働者を受け入れていますが

今は、上場企業の地方営業所や工場の社員として
採用されるのも難しいですが

当時、朝鮮半島の人も日本人も、炭鉱で多く雇用され
かなりの高賃金をもらっていましたが、

朝鮮半島出身でも台湾出身でも、一流の会社が
雇用したということこそ
差別のない表れであると思います。

かつて、日韓併合時、たくさんの朝鮮半島からの人が
日本の商店の丁稚や工場などでも働いていましたが

東北の人、四国の人、九州の人、山陰地方の人と同じように
朝鮮の人と、一地方の人で、同じ扱いで差別はなかったのです。

父親に聞くと炭鉱でも、朝鮮半島の人も日本人なのですから
ひとつの地方の人として、同じ扱いだったということで
いっしょに仕事が終わったら、楽しくお酒を飲んで
歌ったり、踊ったり、

炭坑節、ゴットン節、チョンコ節という歌もあったそうですがw
アリランをみんなで歌ったりしたそうで

父親は、私が子供の頃もお酒を飲むと懐かしがって
アリランをよく歌っていたので、私もアリランを歌えます。

5,6年くらい前ですが、
母親が何気なく、年金を調べていたら、

昭和25年まで働いていた炭鉱の時の年金も
警察官として退職した年金にプラスしてもらえることを
知って、それまでは知らなかったので、驚いて喜んでいました。

朝鮮半島の人も、日本の人も同じように
いきいきと働いていた。ただ違いは、

敗戦で、日本人ではなくなって
本当は、朝鮮の独立は望まず、現状の日本人でいたかった人も
中にはいるだろうけれど、日本国籍ではなくなったから

その朝鮮半島出身の人は、炭鉱で働いた時の年金はもらえません

これは一見、不平等に思えます

最近、戦時中に強制徴用された賠償金の支払い命令が
韓国の最高裁から三菱重工に出されましたが、

国家賠償から個人補償まで
日韓基本条約で完全かつ最終的に解決ということで、
総額5億米ドルが支払われたのですから、

年金が払われないのは、しかたのないことです。

年金は、日韓基本条約で請求できなくなったのですから
韓国が支払ってあげるべきだと思いますが
それを韓国はしていません。

その韓国について、ひどいと思うかもしれませんが

日本政府も、かつて、日本人が、シベリヤ強制抑留で
旧ソ連で、働かされたこと

こちらのほうは、過酷な環境でそれこそ、強制抑留で
奴隷のように働かされ、

左派社会党視察団は、過酷な状況で強制労働をさせられていた
日本人抑留者から託された手紙を握りつぶし、帰国後、
「とても良い環境で労働しており、食料も行き渡っている」
と国会で嘘の説明を行ったことが
有名ですが、

日本政府はいまだにシベリヤ強制抑留の日本人に
150万円から25万円の一時的な支給のほかは
賃金もその当時の期間の年金もありませんから

韓国も日本も、同じようなことをしている気がします。

どちらにしても、

戦争に日本は負けてしまったのですし、原爆も落とされ
沖縄もめちゃくちゃにされ、日本本土も空襲でめちゃくちゃにされた

日本は、戦争の加害者ではなく、

アメリカやソ連、連合国が、加害者でしょう。

朝鮮半島の人も日本人も、かつては、同じ日本人として
ともに生き、ともに戦い
ともに戦争で被害を受けた、同じ被害者として
お互いを見ることが、できればいいのにと思います。



海外「日韓が歩み寄った」 明治の産業革命遺産、韓国に一定の配慮を見せ世界遺産に登録 【海外の反応】
http://www.all-nationz.com/archives/1033358646.html

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