Chipapa の備忘録

忘却は、人間の味方であり敵であり。。忘れたくない珠玉の思い出達を書いていこう♪
&たまに社会保険労務関連情報発信。最近は専ら親バカブログ。


テーマ:
息子@二歳は、未だに夜泣きをする。娘@五歳なんて、二歳になった頃は、悪夢でも見ない限り朝まで爆睡していたのに。

手がかかると言えばそうだけど、まあそれはそれで可愛いもので。寝かし付けた後、そーっと起き出して、別室で何かやっていると、息子が泣いている。すっ飛んでいくと、真っ暗な部屋で、布団の上に座って、ワアワア泣きながら、両手をいっぱい広げて、「抱っこしてえー!」と喚く。そりゃそりゃうるさくて、大騒動なんだけど、これを可愛いと言わずして、何と言おう?抱きしめると、吸い付くように、私の身体に身体をつける息子の存在を、有り難いと言わずに何と言おう?普段殆ど会えないのに、母親と認めてくれる我が子に対して、何て感謝をすれば良いんだろう?

マジ、ありがとう。
息子とそんなことやっている間も、全く微動だにせず眠りこけてくれている娘よ、ありがとう。ハハは二人とも同じだけ好きだけど、手は二つしかないから、二人に一緒に泣かれたら、困っちゃうからね♪
AD
いいね!した人  |  コメント(3)  |  リブログ(0)

テーマ:
あと2年ほどで、一般の人が参加する裁判員制度が始まることになっていて、司法の現場では一般の人にもわかりやすいように、用語を変えたり、啓蒙活動をしたりとか、色々やっているようで。仲間由起恵さんのポスターを見かけることも多い。

先日の日経朝刊コラムに、裁判員だって死刑を宣告する時は本当にこれで良いのか夜も眠れない、というようなくだりがあった。

それを読んで思ったこと。

いくら刑事裁判にかけられるような悪いことをやった人であっても、その人の命、その人の人生に関わる判決を、人間が下すんだから、判決に関わる人は、そういう、夜も眠れないくらいのちゃんとした倫理観や、命への尊敬の気持ち、人への思いやりや愛情を持つべきだ。どんな悪人にだって、死刑を宣告することで、その人の命を奪う事を決めるわけで、やっぱり、そういう、本来、寿命というものは、自然の摂理によって決まるものだと思うけれど、それを、人為的に、人間界、社会の秩序という極めて人工的なもので早めてしまうんだから、それなりの、ちゃんとした倫理観がないと、いけない。

私が勝手に危惧しているのは、一般の人々である裁判員全員が、そういう、ちゃんとした倫理観を持った人であるだろうか、ということ。私も含めてであるが。

倫理観なんて、共通したものが、今の日本社会に果たしてあるのか?
人を殺めるのは、殆どの場合において絶対やっちゃいけない。私はそう思うけれど、でも、それでも仕方がないって思う人だって、いるんじゃないか。
刑事事件で扱われるのは、殺人だけじゃない。他の、もっと複雑な事件の裁判に、「一般常識」「普通の倫理観」なんてのが、本当にどこまで通用するのか?
どれがちゃんとした倫理観なのか、人への無条件の愛情、畏れ、そういう感覚が、みんなみんなに、ちゃんと備わっているのか。

アメリカの陪審員制度を題材にした映画「12人の怒れる男」みたいに、疑問に思ったことを、一人で主張できる人がいるか?日本の風土が、それを許すか?公平性を期すために導入する裁判員制度なのに、仲良しクラブみたいに逆効果になりはしないか?

なんて。
勝手に考えた。

そして、そう思いながらも、朝の通勤新幹線の窓から望める山々を眺めながら。
とはいってもさ、人間なんて、やっぱり、自然や宇宙やそういう大きな大きなものには勝てないのにさ、たまたま知能がこの地球で一番発達した動物で、秩序や社会なんてのができたものだから、その条件の中でキュウキュウとやっていくには、法律も、新しい制度もできるわけで、なに、私、悩んでるのさ、なんて、思う。

じゃ、どうするのか。
限りなく個人主義に近く、社会のために何をしようという気概もない小市民の私は、自分の家族を守るために、怖いものに捕まるのだけは避けようと勘を磨きつつ、日々できることをやり、笑い、元気に生きていくのみ♪今はね。
AD
いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(0)

テーマ:
名は体を表す。
漢字は意味を表す。

「起業」と書いて、己が走ると読む。
「企業」と書いて、人が止まると読む。
私は走っていたいと、ある起業家が言った。

ふーむ。

私は、走るのは嫌いじゃない。でも、止まるのも結構好きだ。いや寧ろ、のんびり止まる方が好きかもな♪

だからなのかどうなのか分からないし、仕事をしている以上、企業でだって走ることも多いぞ、あ、いや、正確には走らされているのか、その時の自主的な思考は、ある部分では止まってるのかもな、なんてボヤボヤ思いつつ、企業で働くのは好きだ。組織のダイナミズムは、やっぱ面白いと思うから。起業して、自分でドライブをかけて走り続ける気力も自信もないっていうのもあるが。やっぱり、起業家はパワーが違う。
AD
いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(0)

テーマ:
沢山の事を動かしている時は、次々に案件が降ってきて、あれもこれもとなりがちだけど、そんな時こそ一つ一つ片付けること。その方が、結果として早いし確実だという事に、やっと気付いた社会人10年目の冬。

一つ一つしか出来ない時に大切なのが、どれを先に片付けるかを考える、つまり優先順位をつけるっていう事。この見極めを見誤ると、イタイ。

やはり、日々これ精進ですな。
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:
なわとびが跳べるようになった娘@5歳が、弟にもハハにもバアバにもジイジにもなわとびを買って、みんなで跳ぼうと言う。日曜日の夕方のこと。冬の夕方は寒い。暗い。正直言って「出かけるのなんて面倒」(笑)

けど、せっかくの日曜日だ。
普段会えない分の、罪滅ぼし。
娘@5歳と、息子@2歳を車に乗せて、街のおもちゃやに出かけた。

地方の街の夜は早い。まだ6時過ぎだというのに、アーケード街は、シャッターが降りている。というか、そうでなくても、私が高校生だったころ、にぎやかだった街の中心のアーケード街の店は、随分店を閉じ、昼間でもシャッターがおりたままの店も多い。郊外型の大規模店の発展で、お客が来なくなったのだ。3つあった映画館は、全部閉館した。

そんな寂れたアーケード街で。

サンタクロースにもらった救急車のおもちゃを担いで、道のタイルの模様に合わせてピョンピョン跳ねながら歩く息子と、私の手をしっかり握っておしゃべりばかりしている娘と一緒に、おもちゃやに向かう。緑の店構えのおもちゃやは、まだ開いていた。

でも、なわとびはなかった。ビニールではなく、ロープの縄跳びが欲しかったのだが、売り切れとのこと。来週入荷するから、と言われ、「来週また来よう」と娘に言い聞かせると、娘は納得して、店を出る。

相変わらず、サンタクロースにもらった救急車のおもちゃを担いで、ピョンピョン跳ねながら歩く息子。私の手をきつすぎるくらいに握って、こまごましたことをおしゃべりしながら歩く娘。街灯に照らされて、私達親子3人の影が、長くのびる。

本物の救急車に遭った。びっくりして、おもちゃの救急車を抱きしめながら立ち尽くす息子と、病気かな、大丈夫かな、なんてつぶやく娘と。

大人のヤマハ音楽教室にでも行って来たのだろうか。楽器を持った初老のおじさんが、ニコニコしながら子供達を見て、「何歳?」と聞く。「かわいいから、盗まれないように気をつけなさいよ」なんて言って、通り過ぎる。

あ、私、こういう時間、すごく好きだ、って思った。
なんて、コチャコチャしているんだろ。
なんて、なんて、あったかいんだろう。
親子で、こんな時が共有できるなんて、なんて、なんて、ありがたいんだろう♪

色々と、私には不備もあるし、子供達には寂しい思いもさせてるだろうし、両親には、迷惑ばっかりかけてると思うけど、でも、こういう親子のなんでもない時間が持てるのは、なんてなんて、嬉しいんだろうな。それで、多分、こういうなんでもない時間こそが、幸せなんだろうな。
いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(0)

テーマ:
大雑把な性格をしていると、細かいことには神経を使う割に成果がないことも多くて参る。

性格改善は無理だから、では構造改革か、とも考えるが、これもまたなかなか難しい。

まあそれでも。
千里の道も一里から。
できるところから、始めよう♪
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:
土曜日の夕方、NHK教育テレビで放送している、アニメ番組「メジャー」

プロ野球選手だった父親を持つ、吾郎という少年が、メジャー・リーグの選手になることを目指して野球をするお話。

この話、すごく長くて、吾郎が幼稚園生くらいの頃から始まり、今やっと高校生。娘が好きで見ていたのだが、気づいたら私もすごく好きになっていた。

吾郎には、本当の両親がいない。私が見始めたとき、お母さんは既に病気で亡くなっていたし、暫くしてからお父さんは、試合中に受けたデッドボールが原因で、亡くなった。吾郎は、お父さんが婚約していた、吾郎の幼稚園の先生に引き取られて育つ。その後、先生は、吾郎の父親の元同僚のプロ野球選手と結婚し、血のつながりのない子どもを持つ家族が出来上がる。

そういう、少年が負うには過酷とも言える状況と、でも、どんな状況でも野球を続ける強さと、血のつながりのない親子の愛情とが、すごく心に染み入って、なんだかジンとすることが多い。今日のストーリーは、その、血のつながりのない父親が、プロ野球を引退することになり、それにまつわるコチャコチャした親子のことが、なんだかジンとして、ポロポロと泣いていたら、息子@2歳が「ハハ、泣いてるの?」って聞く。「あんまり良いお話だからね、感動して、ハハ、泣いちゃったのよ」と言ったら、ニコニコ一生懸命笑って、全身でドーンと私に抱きついて甘える。あらあら、作り笑いして、一生懸命ハハを笑わせようと思ってるのね、この子ったら、って、なんだか嬉しくなってまた泣いた♪
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:
久しぶりに着たコートのポケットに手を入れたら、紙切れが一枚出てきた。キティちゃんのピンクのメモ用紙。娘@5歳の字が、「ABCDEFG」って踊っている。

最初の「ABCD」までは、Dのふくらみがどうしても左になっちゃって、2回書き直してある。挙句、最初に書いた、ABCDEFまでバッテンで消して、もう一度、今度は正確に「ABCDEFG」まで書いた。

朝の地下鉄に乗りながら、その紙切れをじーっとじーっと眺めていたら、なんだかとても嬉しくなって、ニヤニヤ笑ってしまった。

小さな娘が、一生懸命書いたんだっけ。
「ねぇ、ねぇ、英語のエーはどうやって書くの?ビーは?」って、聞きながら。
いつものダイニングテーブルで、青いボールペンを持って、一生懸命書いたんだっけ。

そんなこと思い出して、ニヤニヤニヤニヤ♪

何年か前、どこかの新聞社が、「2000年前(だったかなぁ。。)からモバイルです」っていうようなコピーで広告を出していた。そうそう、紙って、2000年以上前から、モバイルメディアなんだ。

そして。
これだけ、ネットが発達しても、モバイルPCが小型化して高機能になっても、携帯電話に色々な機能がついても、iPhoneが発表されても、でも、やっぱり、小さな娘が書いた肉筆の文字、ピンクの紙切れの折り目、そういう、生々しい温度は、どんな機械でも再現できない。紙には勝てないんじゃないか。

2000年以上前からモバイルで。
紙は、数え切れない人々に、感動を与えてきたはず。冷徹な現実も伝えてきたはず。愛も優しさも悲しみも喜びも、時には憎しみも、温度を持って、伝えてきたはず。

電子ペーパーの研究も進んでいるようだけど、そして、そういう科学の進化は本当に素晴らしいと思うけれど、肉筆、温度、呼吸、空気、そういう生々しいものには、ある部分では、やっぱりかなわない。

そして。
体温のない文明の便利な部分と、大昔から変わらない生々しさを、両方とも享受できるのは、今に生きる私達が持てる贅沢なんだろう。
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:
何かを判断するときに、私が一番大切にしているのは、「ハッピーかどうか」。
二者択一の場合も、「どっちが、私にとってハッピーか」が判断基準。

ビジネスにおける意志決定には、「事実前提」と「価値前提」というものがあるらしい。数字とか客観的な事実や現象から判断するのが、事実前提。価値観や心理的なもの、フィロソフィーなどから判断するのが、価値前提。「右手にバイブル、左手に算盤」といったところか。

私の「ハッピー前提」は、どちらかと言えば「価値前提」なんだろうけど、それともまた違う。
何しろ、「ハッピーかどうか」なんだから。

あ、ま、その「ハッピー」っていうのが、私が生きていくにあたっての最大の「価値」なんだから、やっぱり、「価値前提」そのものか。
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。