「仲間の間では、『次は原発』というのが常識になっている。具体的な作業を始めている人もいるし、ウチもそろそろ準備しないと…」

こう漏らすのは、多重債務者の過払い金返還請求で名を売り、それなりの報酬も得た弁護士である。

「次は原発」とは、事故を起こした福島第一原発の賠償請求を指す。

原発事故被害者は、原子力賠償請求法に基づいて賠償請求が認められる。その指針を作るのは文部科学省の「原子力損害賠償紛争審査会」で、4月15日に初会合が開かれたばかり。今後、賠償指針を7月中に決め、それに従って被災者が東電に被害請求、賠償交渉が行われて、合意に達すれば和解金が支払われ、合意不成立の場合は、簡易裁判所の民事調停や裁判所の民事訴訟で決着をつけることになる。

唯一の先例が1999年、茨城県東海村で発生した臨界事故。避難対象は半径350メートルで屋内退避が半径10キロ圏。避難要請解除まで2日間で、今回とは比較ならない規模だが、それでも賠償額は7000件で150億円。解決までに11年を要した。

本格交渉に至るまでには時間がかかることから、政府は東電に仮払金の支払いを要請、これを受けて東電は、1世帯当たり100万円、単身世帯には75万円を4月中に支払うことを決めた。対象は約5万世帯、約500億円となる。

もちろん、家を離れ、家畜と農地をそのままにし、工場や事業所を閉鎖してしまった被災者の補償が100万円で済むわけはない。指針が策定され、それによって請求が始まれば、積算額は1世帯あたり数千万円になるだろう。一家が生存権を断たれ、いつ家に帰れるかわからず、帰ったとしても家畜は死に、田畑は荒れ、工場は顧客を失い、マイナスからのスタートである。我が身に置き換えれば、1億円の請求でもおかしくはない。



指針の決定はまだ先だが、文部科学省のホームページには、「賠償請求にあたって見込まれる手続き」が紹介されている。

身体障害、財物障害、避難費用、検査費用、休業損害、営業損害と賠償の項目は多く、また休業証明であれば、休業証明書、所得証明書、納税証明書、確定申告書などを用意しなければならず、事細かい。

それに、今は、恭順の意を表している東電だが、賠償交渉となると、窓口は慇懃無礼、顧問弁護士が居丈高に補償額を削ろうとするのは目に見えている。法的知識を振りかざし、書類の不備をあげつらって切り込んでくる東電サイドに、被災者が個人で戦うのは、とても無理だ。仲介役は原子力損害賠償請求審査会だが、膨大な数の請求に対応できるはずはない。

そこで弁護士が登場。成功報酬で代理人を務めることになろう。しかも賠償請求は、5万世帯分にとどまらない。

これまで出荷制限を受けた農家だけで8万4000戸に達し、風評被害は東北から関東一円に及ぶ。避難指示の出ている地域には、約8000社の事業所があり、約6万人が働いていた。東電が海に高濃度汚染水を撒き散らしたおかげで、東北から茨城にかけての魚は売れず、工業製品ですら輸入規制の動きがある。風向きによって放射線が撒き散らされるため、福島の観光客は激減した。

そのすべてに損害賠償請求が発生するのだから気が遠くなる。先例の東海村が7000件なら数十万件となり、風評を含めた被害が、日々、拡大していることを思えば、請求金額が10兆円を上回るのは間違いあるまい。

東北には東北弁護士連合会(所在地・宮城県仙台市)があり、772名の弁護士が所属しているが、個別対応が必要な数十万件をこなせるわけはなく、関東の弁護士が受任していくことになろう。その特需が、弁護士業界を救う。

冒頭の弁護士が率直にいう。

「交渉を重ねれば、東電の要求も手の内もわかってくるし、そうなると、対応もマニュアル化できると思う。消費者金融に対する過払い金返還請求ほどラクではないが、そちらが先細りとなっていただけに、いい稼ぎ場が確保できた」

司法制度改革のなかで弁護士の数は急増、かつて年間500人の司法試験合格者数が、2000人前後まで増え、弁護士の数は1995年の1万5000人が08年に2万5000人を突破、近く3万人を超える。



弁護士が増えても訴訟件数が増えるわけではない。司法修習を終了しても、弁護士事務所に雇われず、事務所に籍だけおいて給料は貰えない「ノキ弁」、自宅を事務所代わりにする「タク弁」、連絡は携帯電話だけという「ケイ弁」が急増した。そうした資格はあっても仕事がなく、技術を磨くヒマもない弁護士を救ったのが過払い金返還である。

多くの消費者金融、商工ローンを倒産に追い込んだこの請求で、弁護士業界は莫大な報酬を得た。統計数字はないが、これまでに約2兆円の過払い金返還が行われ、報酬のメドは約20%なので、約4000億円が弁護士業界に支払われたことになる。

だが、「特需」は長く続かない。武富士の倒産が象徴するように、消費者金融は業界が終焉を迎え、代替を探そうと、弁護士業界は「賃貸住宅の更新料」「残業代」といった「返還ビジネス」に力を入れていたが、過払い返還請求のパワーには及ばなかった。

そこに原発事故である。請求先は東電とその後ろに控える国家。非は「原発は安全」といい続け、「想定」の敷居を低くして安全管理を怠った東電と国(原子力安全委員会と原子力安全・保安院)にあり、相手にとって不足はない。

東電は必死に交渉するだろうが、最低でも10兆円の補償額は、民間企業として存続するレベルを超えている。とはいえ、国は電力という最大インフラを担う東電を潰すつもりはないようで、海江田万里経産相は、「国有化はしない」と、明言している。

国が救うのに国有化しない---。

矛盾した話ではあるが、それをクリアするために、東電以外に原発を持つ他の電力会社にも負担金を拠出させ、賠償金支払いのための基金を設立、そこが賠償金を支払い、足りない分は国が負担する案が浮上している。

結局、政府は、地域独占、発送電一体といった東電を含めた10電力で担う電力システムを変えるつもりはなく、原発も各電力に任せて距離を置く。その前提に立った東電救済の賠償対応なので、請求に上限を設け、請求を切り刻むことになろう。

「特需」ではあるが、敵は生半可ではなく、消費者金融相手のような"手軽さ"はない。それだけに弁護士業界は、「訴訟社会」の試金石となるような案件を手に入れたわけで、弁護士たちは被災者と被害者の期待を胸に、戦うことになる。

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