私たちの個々の命の生き死には、自分の命ではあるものの「仏の御いのち」であります。
すなわち自分化、わたくし化、個人によって所有化されるべきものではなく、天地自然の大いなる命の川の流れに任されるべき、大海の一滴水である。
これを自ら嫌い、捨ててしまうことも、仏の命の営みを損ない、失う、壊す事。
また逆にこの命に執着することも、仏の命の在り方を失うものです。
(引用:お坊さんだから伝えられること・安穏寺 丹下 覚元住職の回答より)
自殺をしてはいけない理由に、このことをあげても信仰心のない人には響かないだろうなぁ。
もっとも自分にも信仰心があるわけではないから、偉そうには言えないが。
そういえば昔、大好きだった彼が「自分たちは生かされている」とよく言っていた。
彼は仏の御いのちを十分に理解していたんだろうな。