2011-04-06 12:01:35 テーマ:まちづくり

小林一三翁(阪急電鉄創業者)の田園都市論その1

日頃からまちづくりに関する記事にはとても興味がそそられる。


今回から数回にわたって、阪急不動産オーナー倶楽部の会報誌からの一文を抜粋し、

今から約100年も前に、「まち」を作り上げたその経緯を見ていく。

以下、抜粋


「小林一三的郊外生活のススメ」


関西の私鉄沿線には、鉄道会社が開発した戦前からの素敵な郊外住宅地が各所に点在していますが、

その第一号地は現在の大阪府池田市室町地区でした。

阪急電鉄の創業者である小林一三が、宝塚線沿線の有力な振興策として、

山紫水明かつ南に開けたその地を、都市生活者のための最適の分譲住宅地としたのです。

いまからちょうど100年前の明治43年(1910)のことでした。


日露戦争後の当時の大阪市は日本第一の重工業都市で、

その工場群から吐き出される煤煙と絶えざる人口流入は、

住環境の劣悪化を増幅させるばかりでした。

大阪はロンドンなど世界都市と同じ悩みを抱えていたのです。


イギリスのエベネザー・ハワードが、都市と農村の結婚をコンセプトとして

職住近接型の人口2、3万人規模の都市計画・田園都市を提唱したのは、

19世紀から20世紀初頭にかけてのそんな時期でした。

残念ながら彼の都市論は、ロンドン郊外のわずかな事例を除いてあまり普及しませんでした。

しかし、そのハワードの住環境を大切に考える精神は、

ドイツやはるか極東の日本にも受け継がれていきます。

大阪では小林一三の「理想的郊外生活」、

そして第7代大阪市長となった関一(せきはじめ)の「大大阪ビジョン」において

住のさまざまな快適環境づくりは模索され続けたのです。


抜粋終わり


その2へ続く


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