自問自答

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看護師として働いて8年目、職場としては2箇所目。
「ココでできることが余所でできないわけがない」そう自負して 同業を続けるなら一度は職場を変わる方が良い経験になる と1年目から考えていた。
この春からの現在。専ら…社会勉強の場であり、人世は簡単でないことを知る。

先日、40代の若さでの脳出血を生じ、以後意志表示すらできないまま 在宅でご家族の援助のもと生活されていた方が 「嘔吐している」とのことで救急来院された。
実際は吐血の状況で 結局数時間のち死亡退院された。
救命の処置中に その方はとても大切に看られていただろうことが伺え、「救えなかった」ことが …痛かった。
以前勤めていた中規模病院では 延命処置に疑問を抱いた事はあったが、今回 規模の小さな今の病院で 延命すら できなかったと 考えずにはいられなかった。

ご本人にとって 救命する事は望ましいことか 疑問もある。
あるいは果たして 搬送先が違っていたら救命できたかという事も明らかなことではない。

医学の日進月歩が謳われて久しく 実際最先端では考え及ばないほどで、また その逆も然りであろう。超高齢化へと進む社会の中で 価値観は多様・複雑化し 一概には何ものをも語れない、とも思う。
その上で 医療の現場に臨み 年々強く思う事は「病は気から、は 真実であり 命は何者にも図れない」と。医療がどれほどに高度化しようとも あくまで私は看護師である。だからこそ 「患者(あるいは家族、但し両者の関係が思いやり等で成り立っていること)が良いなら・望む結果なら」それが一番であるという想い。それだけに支えられ歩いてきた。そして これからも。

ただ その想い自体 ともすれば自身の主観的判断や感情論になるのかもしれない…等と 自問自答も増す
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藤原新也 1970年代アジアから旅し、混沌の印度をも 澄んだ描写と映像で表されている著書がある。

本書の舞台は四国。 
綴られ撮られたものは、日常的で儚く・そして対象に関わらず意思の濃さを感じる。。。
そのファインダーで 私はどう映るだろうか。

現実というものはしばしば人間の尺度でつくられた’言葉’を裏切るものである。




著者: 藤原 新也
タイトル: なにも願わない手を合わせる
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著者: よしもと ばなな
タイトル: デッドエンドの思い出

去年の春から9ヶ月間「三十路前にしたかったことのひとつ:無職」を経験した。
ただ のんびりしたかったのだと思う。
本を沢山読んで、思う存分波乗りしようと思っていたが、
本当にあっけない程に毎日は過ぎてゆき、
沢山というほども読まないまま・思う半分波乗りし、
今年から社会人復帰してしまった。
何でもない日々で強く感じたこと、
朝干した洗濯物が昼過ぎには乾いて それは陽だまりの匂い?がして
お日様ってすごいなぁ…と。

吉本ばなな

川の恐ろしさは、時の流れのはかりしれなさ、おそろしさ そのものだと。
…ああ、これが長く続くということの意味なんだ、と…
いつもそこにある川のように、全てを飲み込み、
なかったことみたいに どんどん進んでいくのだ。

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絶版中の本書を、図書館で何度借りて読んだろう。
初版が '96年12月。池澤夏樹

再読はあまりないので、yahooのオークションで見つけた時は思わず・迷わずID登録し手にした。

文明?の未来を あくまで未来の日常の視線で淡々と そして考える事を、考え感慨させられる語り。

この日は私が作った。ミートBにたっぷりのスパイスPをすり込んでステーキにして、ヴェジPのマッシュを添える。グリーンAを茹でて、グリーンLやフルートGと和え、VSOのドレッシング作って混ぜる。カーボハイドはBではなくSを注意ぶかく茹でて、ディアリーBとC、それにスパイスBで味つけする。立派なものだ。飲みのもはビヴァWの赤。


著者: 池澤 夏樹, 普後 均
タイトル: やがてヒトに与えられた時が満ちて…


著者: 麻生 哲朗
タイトル: ビーナスブレンド

ごく、最近読んだのは麻生哲朗の「ビーナスブレンド」
読み終わって気付いたこと、「ホテル ビーナス」として映画化されていたこと。
勿論、興味が湧いて すぐDVDを見た。これに関しては、作家が脚本も手がけているようで だからか どちらからも透明感…みたいなものを感じた。
けれど、映像化する?演出??なんて、なんて難しいんだろって、初めて考えた。

カンの想う一節
好きという言葉の響きの軽さと、意味の重さを、僕は上手く捌けない

ホテルビーナスに泊まりたい気もするけれど、依存してもしまいそうで、まだまだ泊まれない三十路です。