これはすごい映画です。お勧めです。面白い!


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実は、お約束のべたべたした濃い歌と踊りにやや抵抗があり、元来インド映画は苦手でしたが、この映画で見直しました。実に好いですね!


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さすが、インド歴代最高の興行成績を記録したコメディだけのことはあり、実に愉快で、かつ、心に響く、ほろりと泣けるところもふんだんにあり、とっても好い映画でした。


舞台は、エリートが集まる国内屈指の工科大学ICE。天才肌のランチョー、動物好きのファラン、神頼みのラージューの3人組の青春と友情物語。

キーワードは、「All is well」そう、「きっと、うまくいく 」です。

この言葉、大事ですね。


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170分があっという間でした。強引とも思える友情ドラマも、バカ騒ぎも次第に心地良くなってくるのがこの映画の不思議な魅力なのでしょうね。



【きっと、うまくいく (3 IDIOTS)」 】
2009年/インド

邦題;きっと、うまくいく

原題;3 IDIOTS(3バカトリオ)
http://bollywood-4.com/index.html

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やはり、友達はありがたいものですね。
久々に逢うだけで、笑顔がこぼれる。

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昨晩は、前職時代の同期有志で愉快に再会談笑。

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同期の1人の細君が創業しオーナーをしている渋谷の粋なBar RHODESで、時間を忘れて語らいました。

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ワインも料理もとっても美味しかったです。.


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実に愉快な晩でした。世田谷徒然日記



【バール ローズ(Bar RHODES)】
渋谷駅徒歩5分。これだけの好立地で、
美味しくワインが飲めるバーは貴重な存在。
しかも、お値段もお手頃です。お勧めのバーです。

東京都渋谷区桜丘町17-9 第二昭和ビルB1F
050-5861-8256
渋谷駅徒歩5分
月曜日~木曜日 18:00~翌1:00 L.O(FOOD 23:30)(DRINK 翌0:30)
金曜日 18:00~翌4:00 (FOOD翌3:00)(DRINK 翌3:30)
土曜日17:00~翌0:00 (FOOD23:00)(DRINK 23:30)
定休日:日曜日・祝日

JR渋谷駅西口を出て左手に歩道橋があ、斜めに横断して歩道橋専用のエレベーターを降りると、右手にファミリーマート、道路を挟んで向こう側にKEY楽器店が見える桜並木の坂があります。そこを右に曲がり、桜並木の坂を上っていくと、最初に左に入る道路の角にお店があります。ガラス窓の大きな赤く丸いロゴが目印です
<地図>http://www.hotpepper.jp/strJ001029557/map/
もっと見る
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こんな楽しくくつろげる店が渋谷に誕生。素晴らしい!


前職時代の友人が、美味しい料理を集めたバール「ローズ(Rhodes)」を開きました。


生のJazzやR&Bも楽しめるお店です。


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ご主人の、「小さいながら気軽に美味しいお料理を食べていただけるバールにしたい」という気持ちが形となってなっていて。とっても気に入りました。


もし渋谷で、美味しい料理とワインを味わいながら好い音楽を楽しみたい方は、どうぞ、一度訪問してみてください。

【ローズ(Rhodes)】

渋谷区桜丘町17-9 150-0

お料理は、イタリアン中心ですが、美味しいものは何でも出したいと意気込む店長の利根川貴弘(*‘∀‘)お手軽で美味しいワインなどのお酒も揃えます。普段は、JAZZやR&Bなどの音楽をBGMに、お食事を楽しんでいただく店です。そのRhodesの中でも、日本に5台しかないビンテージのFender Rhodes Suitcase Silvertopをお店に置きました。得も言われぬまろやかな生音を楽しんでいただきたく、不定期ですが、若手の実力あるミュージシャンが生演奏をすることもある、そんな楽しい空間です。このRhodes(ローズ)という店名は、スティーヴィー・ワンダーが愛用していたほか、レイ・チャールズ、ダニー・ハサウェイなども使用していたことで有名なエレクトリック・ピアノのこと。チック・コリアは、Rhodesピアノが弾けて初めて本物の鍵盤弾きだと語ったとか。。。


(地図)This place was found here: http://www.facebook.com/187136948107645


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東京都内に、学生時代から35年以上にわたって通い続けている「とっておきのお店」が幾つかあります。カフェであったり、レストランであったり、居酒屋であったり、様々です。

こうしたなかでも、特に相当回数通い続け、お店の方々ともなじみに
なっているお店が数店あります。

その中の代表格がここ、銀座の老舗印度料理店の「ナイルレストラン」です。

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いまから64年も大昔の1949年に、インドの独立運動家で京大に留学したA.M.ナイル氏が立ち上げた日本最古のインドカレー店です。

日本で最も古く、最も成功したインド料理店と言われる店とも言われてます。

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50周年記念パーティーにもご招待されましたが、その長年のファンの錚々たるメンバーに感動しました。

根っからカレ―大好きな私が、最初にこの「ナイルレストラン」を訪問したのは、学生時代。大学1年、18歳の春でした。大学の先輩に連れてっていただきました。

まだ創業者のA.M.ナイル氏が入口のレジのまえですわっておられ、初参者の私のところに来て、名物「ムルギ―カレ―」の食べ方
を丁寧に教えてくれたことを、昨日のことのように思い出します。

ムルギランチは、ご飯に鶏もも肉のカレーとキャベツ、ポテトがかかったもの。A.M.ナイル氏は、これを「混じぇて食べて」とご指導くださいました。食べ方も決定されるお店なんて初めてでしたので、当初は面喰いましたが。

この初代オーナーのA・M・ナイルは、すごい方でした。インド独立運動の志士でした。諜報員として、ラス・ビハリ・ホースの片腕として暗躍し、戦後の東京国際裁判ではインドのパール判事の通訳まで務めた男でなんです。

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いまは、現在の経営者の2代目のG・M・ナイルは、とっても仲のよい友人です。彼の誕生日会にも毎年ご自宅にご招待されてます。彼はすごい。オーナーとして店や貿易事業を軌道に乗せ、加えて、
著述業やタレント活動にも忙しく、ご活躍されてます。

彼の憎めないところは、ストレートで明るいお人柄にあります。そ
の口調はいつも自信たっぷり。臆面もなく「僕はものすごい頭がい
い!」と言い切るのですが、まったくそこに嫌味を感じさせないの
も、彼の人望なんでしょうね。

そして、驚くなかれ、G・M・ナイルは、清元の「名取」でもあります。

「名取」襲名のご披露の会にもご招待されて伺いましたが、それはそれは、「口上」も立派でした。おもわず涙腺が緩みました。

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三代目のナイル義己は、歌舞伎の海老蔵似のイケ面。インドのゴアで修業を積んできたそうですね。日本でも数少ない本格派の腕前を持っていることは確かですね。

こんな不思議な魅力一杯の大好きな「ナイルレストラン」の100周年パーティーにも参加できることが、いまのささやかな楽しみです。

そのためにも、これからも、足繁く銀座に通わなくっちゃ。


【ナイルレストラン】
東京都中央区銀座4-10-7
03-3541-8246
日比谷線・都営浅草線 東銀座駅A2出口から徒歩1分
東銀座駅から88m
平日/11:30~21:30
日曜・祝日/11:30~20:30
定休日/火曜日
ランチ営業、日曜営業
公式HP;
http://www.ginza-nair.co.jp/  
あれから2年。

日本全国で、様々な思いで、3月11日を迎えられただろうが、実は、まだ避難生活をせざるを得ない人たちがいることは、厳然たる悲しい現実である。

埼玉県旧騎西高校には、双葉町の避難所の方々がいまでも住んでいる。原発事故直後、井戸川町長(当時)は町民の安全を求めて
福島県からできるだけ遠い地での避難を選んだ。しかし、2年が経ち、さまざまな問題のはざまで町は揺れている。

埼玉在住の給食調理員・堀切さとみさんは、その避難直後から人々に寄り添い生の声を撮り続け、56分の映画にした。マスコミには伝えられない本音のドキュメンタリー作品だ。


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昨日この映画「原発の町を追われて~避難民・双葉町の記録」上映会が下北沢の「らぷらす」であり、観てきた。


素晴らしかった。心に響いた。


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(右が堀切監督)

映画では、「かつては、原発を信じていたこと。」「そして、多くのものを失ったこと。」「誰かに話をしたかった」と、多くの町民が吐露している。


そして、上映後、堀切さとみさんと双葉町の方にお話をうかがった


「世田谷から未来をつくる会」「都民カフェ渋谷」「下北沢+被災地命つなごうプロジェクト」などのグループの皆さんが、共同で準備してくださったもの。


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直接、堀切監督(ご本人は監督と呼ばれることをとても嫌がっておられた)とも名刺交換すお話をすることができた。


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【堀切さとみ監督】

さいたま市桜区の給食調理員さん 46歳。ドキュメンタリー制作と障害者ボランティア。二足のわらじを履いてますが、本業は調理師さん。1999年発生の茨城県東海村のJOC臨界事故で反原発の思いを強める。はじめて作ったショートドキュメンタリーは、山口県の上関原発に抗う瀬戸内海の島民を描いた「神の舞う島」(2008年)福島第一原発のお膝元から役場機能ごと埼玉県に避難した双葉町。避難生活を送る町民に1年間密着。2012年4月「原発の町を追われて~避難民・双葉町の記録~」を発表、各地で上映会が開かれている話題作。

【関連記事 毎日新聞 7月19日(木)10時48分配信 】

さいたま市桜区の給食調理員、堀切さとみさん(46)が、福島第1原発事故の影響で加須市に避難している福島県双葉町民に密着したドキュメンタリー映画「原発の町を追われて-避難民・双葉町の記録」(40分)を制作した。東京都港区で開催される「レイバー映画祭2012」で21日、上映される。旧騎西高校に1年以上通って被災者の声を集めた作品で、堀切さんは「双葉町の現状を知ってほしい」と訴える。堀切さんは、1999年に発生した茨城県東海村のJCO臨界事故で反原発の思いを強め、日本の原発の現状を調べ始めた。08年には山口県上関町の離島・祝島で上関原発に反対する島民の姿を3分間の作品にまとめている。 昨年3月の原発事故で双葉郡の被災者がさいたまスーパーアリーナ(さいたま市中央区)に集団避難した際、炊き出しを手伝った堀切さんは「みんないつ戻れるのか不安に思っているはず」と感じ、ブログで被災者の声を発信し始めた。双葉町が加須市に避難することが決まると、ある男性町民は「加須に行ったら、どうせ俺たちは世間から忘れられるんだ」とつぶやいた。「私は追っかけていこう」と決意したという。

当初はカメラを回さず、ひたすら話を聞いた。原発を信じていたこと。多くのものを失ったこと。「誰かに話をしたかった」と、多くの町民が吐露してくれた。仕事帰りの平日夜や土日に高校へ通い続けると、撮影に理解を示す町民が次第に増え、インタビュー映像も撮れるようになった。 3分間にまとめた映像を見てもらおうと、初めて井戸川克隆町長と面会したのは昨年11月末だった。町長は町長室で映像を見終え、静かに語りかけた。「私には後悔していることが一つある。町として(事故後の)映像を残してこなかったことだ。撮ってくれてありがとう」。その後、町長インタビューも実現した。 作品には昨年3月から今年4月までの約1年分を編集した。「これからも町民の変化を見ていきたい」と現在も撮影を続けている。いずれ長編作品にして町民に見てもらうつもりだ。

(7月19日朝刊)


素晴らしかった。

都心でふと時間が空いた時に、ゆっくりと滞在できる場所は、至福の「とっておきの場所」である。そんな、理想的な隠れ家のような素晴らしい場所を昨日観てきた。


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開館間もないJPタワー内の2・3階にできた学術文化総合ミュージアム「インターメディアテク」の「東京大学コレクション 」である。




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数多くの学術文化財に囲まれたアカデミックな空間で、静かにじっくりすごせるのが嬉しい。


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【学術文化総合ミュージアム インターメディアテク 】

「東京大学コレクション」

URL; http://www.intermediatheque.jp/


(概説)公開情報より抜粋

東京大学は明治10(1877)年の創学以来、数多くの学術文化財を蓄積してきた。これらは、たしかに過去の遺産である。しかし、同時にそれは、われわれが現在から未来に向けて活用すべきリソースでもある。このことを実証してみせるべく、われわれは歴史的な遺産を可能な限り収集し、それらを現代のニーズに叶うよう、「ReDESIGN+」すなわち装いを改めて再利用することにした。「インターメディアテク」が旧東京中央郵便局舎という、かけがえのない歴史遺産の「転生」と「継承」の上に建つように、古い建物を改修し、新しいミュージアムへと生まれ変わらせる。これもReDESIGN+である。しかし、だからといって、ReDESIGN+を、ただ単なる装いの改変と考えてはならない。ReDESIGN+は、日本語の「デザイン」という言葉がそうであるように、見かけの問題であると同時に、モノの見方や世界の見方に関わる認識論的な問題提起でもある。展示物の配置にあたっては、来館者導線を想定するという常套的手法をあえて採用しなかった。自分の眼で見て、発見し、驚くという体験の場を、来館者、とりわけ若い世代に体験させる場としてのミュージアム空間。「インターメディアテク」の目指すものはそこである。 展示スペースは、旧局舎が昭和初期を代表するモダニズム建築であるという与件を踏まえ、レトロモダンの雰囲気を醸し出す空間演出をデザインの基調としている。展示空間内は、建物のオリジナル・デザインを尊重し、21世紀の感受性に働きかける折衷主義的様式美——仮称「レトロ・フュチュリズム」——の実現を企図した。このことにより、19世紀から21世紀まで、足かけ三世紀に亘る時代を架橋して見せる。それが「インターメディアテク」のデザイン戦略の基本となっている。この企図に従い、博物館に保存蓄積されてきた戦前の木製什器をReDESIGN+し、積極的に再利用した。一方、モダンの感覚を生み出しているのは、肉厚グリーンガラスを主材料とする組み立て式展示ケースである。それらは「インターメディアテク」オリジナルのプロダクト・デザイン研究の成果の一部である。 このような基本理念としての「ReDESIGN+」と基調としての「レトロ・フュチュリズム」のうえに、常設展示の中核をなすのは、総合研究博物館の研究部ならびに資料部17部門の管理下にある自然史・文化史の学術標本群である。ミンククジラ、キリン、オキゴンドウ、アカシカ、アシカの現生動物、さらには幻の絶滅巨鳥エピオルニス(通称象鳥)などの大型骨格については、本展示が最初のお披露目の場となる。また、(旧)医学部旧蔵の動物骨格標本と教育用掛図も、本格的な公開は今回が初めてとなる。 もっとも体重が重いとされる絶滅鳥エピオルニス、もっとも身長が高いとされる絶滅鳥モアの巨大卵殻、世界最大のワニと目されるマチカネワニの交連骨格、さらにはペルーのクントゥル・ワシ遺跡で発見された南北アメリカ大陸最古の金製王冠、人類進化の歴史を塗り替えたラミダス原人化石歯の第一号標本、19世紀に制作された巨大ダイヤモンド・コレクション、世界最大金塊、世界最大白金塊、弥生時代の名称の起源となった第一号壺型土器など、専門研究の枠を超え、社会的に大きなインパクトを与えた歴史的標本は精巧なレプリカで見ることができる。 歴史的な標本として博物館資料部岩石・鉱床部門所蔵の「被爆標本」も特記に値する。被爆直後に東京帝大の学術調査隊が長崎浦上天主堂で回収した「獅子頭」は、「被爆標本」コレクションのなかでも、出自来歴を確認することのできる貴重標本のひとつである。総合研究博物館小石川分館に収蔵されていた、明治・大正・昭和前期の歴史的な学術文化財コレクションも、収蔵用什器を含め、展示に供されている。 また、学外の機関・団体からのコレクションの寄託ないし貸与もいくつか実現した。主なものとして、財団法人山階鳥類研究所の所蔵する本剥製標本(多くは昭和天皇旧蔵品)、江上波夫収集の西アジア考古資料コレクション、岐阜の老田野鳥館旧蔵の鳥類・動物標本、江田茂コレクションの大型昆虫標本、仲威雄収集の古代貨幣コレクション、奄美の原野農芸博物館旧蔵の上記マチカネワニを挙げることができる。 資源獲得やエネルギー供給に限界が見え始めた現代社会にあって、蓄積財のReDESIGN+活用は人類にとって喫緊の課題のひとつであるといっても過言ではない。そうした認識に立って、われわれは先端的なテクノロジーと伝統的なモノ作り技術の融合を図りながら、今後の活動に取り組んでいくことになる。われわれが謳う「Made in UMUT」の掛け声には、来るべき世代に向けてのささやかなメッセージが込められている。


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【アクセス】

東京都千代田区丸の内二丁目7番2号 JPタワー2・3階
JR東京駅丸ノ内南口から徒歩1分/丸ノ内線東京駅地下道より直結

http://www.intermediatheque.jp/ja/info/access

はたして、進歩は善か悪か。


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いまや、我々現代人類は、人口増、大量消費社会や地球環境破壊など、問題は深刻さを増すばかりであり、そのカタストロフな惨状は目を覆いたくなる。


映画『サバイビング・プログレス - 進歩の罠』を渋谷で観てきた。製作総指揮にアカデミー賞受賞監督のマーティン・スコセッシ、「ザ・コーポレーション」監督マーク・アクバーを迎えた壮大なスケールと、圧倒的な映像表現で人類の進化史と、人類生存のために疑問符を投げかける渾身のドキュメンタリーである。


そして、「人類の頭脳は、5万年もの間、アップグレードされていない。」という思いがけない問題提起をいきなり受けて震撼とした。


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その旧態依然として古い脳で、21世紀に私たち人類が直面する難解な問題解決を図ろうとしていることには無理があるのだと。


問題解決のために生物化学や宇宙開発という進歩への挑戦が試みられるなか、ベストラー作家で『暴走する文明「進歩の罠」に落ちた人類のゆくえ』の著者ロナルド・ライトは、目先の利益のために将来を犠牲にする「進歩の罠」によってこれまでの文明が繰り返し破壊されてきたことを指摘し、現在、人類が文明の崩壊の瀬戸際にあると警告する。

この映画は、ライトがナビゲーターとなり、インタビュー形式で進行する。


コリン・ビーバン(『地球にやさしい生活』監督)、ジェーン・グッドール(霊長類学者)、スティーブン・ホーキンス(理論物理学者)、デイビッド・スズキ(遺伝学者/活動家)、サイモン・ジョンソン(前IMFチーフエコノミスト)などと人類の未来を考察する。


上映後、光栄なことにロナルド・ライト氏の著書『暴走する文明』の訳者星川 淳(ほしかわ・じゅん) と関根氏との対談を伺う機会を得た。



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星川氏とは、対談後、名刺交換し、しばしお話をさせていただいた。いまは屋久島に住んでおられるとのことで、今日も屋久島から東京に来たばかりだとおしゃっておられた。

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星川氏の、お話の中で心に残った言葉は「フライトレコーダー」という言葉であった。


人類は過去に何回も墜落してきている。その事故機の残骸から「フライトレコーダー」をさがして解析したら何かのヒントがみつかるのではなかろうか?と。そして、この映画はまさにその解析のプロセスをたどったチャレンジングな試みなのではないかと。


【サバイビング・プログレス - 進歩の罠】

本作の製作総指揮にアカデミー賞受賞監督のマーティン・スコセッシ、『ザ・コーポレーション』監督マーク・アクバーを迎えた壮大なスケールと、圧倒的な映像表現で人類の進化史と、人類生存のために疑問符を投げかける渾身のドキュメンタリーです。数々の映画祭やBBCなどでも放送され大反響となっている作品です。トロント国際映画祭2011 バンクーバー国際映画祭2011 アムステルダム国際映画祭2011 ほか


監督:マチュー・ロイ

共同監督:ハロルド・クルックス

プロデューサー:ダニエル・ルイ、デニース・ロバート

プロデューサー:ゲリー・フライブ(カナダ国立映画制作庁)

原作:ハロルド・クルックス、マシュー・ロイ

エグゼクティブ・プロデューサー:マーティン・スコセッシ、マーク・アクバー、ベッツィー・カーソン、エマ・ティリンガー・コスコフ、シルヴァ・バスマジアン

編集:ルイ-マーティン・パラディス

音楽:パトリック・ワトソン、マイケル・ラムジー

撮影:マリオ・ジャネール

出演:

マーガレット・アトウッド、コリン・ビーバン、チェン・ミン、ジェーン・グッドール、スティーブン・ホーキンス、マイケル・ハドソン、サイモン・ジョンソン、ゲイリー・マーカス、ダニエル・ポヴィネリ、マリナ・シルヴァ、デイビッド・スズキ、ロバート・ライト、ロナルド・ライトほか

英題:SURVIVING PROGRESS 86分/カラー/英語/カナダ/2011年

配給:ユナイテッドピープル

URL;http://www.unitedpeople.jp/archives/147


【予告編】

http://www.youtube.com/watch?v=PBchhkpQRm8&feature=player_embedded


【原作『暴走する文明「進歩の罠」に落ちた人類のゆくえ』】

暴走する文明「進歩の罠」に落ちた人類のゆくえ

http://www.amazon.co.jp/%E6%9A%B4%E8%B5%B0%E3%81%99%E3%82%8B%E6%96%87%E6%98%8E%E2%80%95%E3%80%8C%E9%80%B2%E6%AD%A9%E3%81%AE%E7%BD%A0%E3%80%8D%E3%81%AB%E8%90%BD%E3%81%A1%E3%81%9F%E4%BA%BA%E9%A1%9E%E3%81%AE%E3%82%86%E3%81%8F%E3%81%88-%E3%83%AD%E3%83%8A%E3%83%AB%E3%83%89-%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%88/dp/4140810807/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1364089944&sr=1-1


【星川 淳(ほしかわ・じゅん) プロフィール
1952年、東京生まれの作家・翻訳家。1982年より屋久島在住。2005~10年、国際環境NGOグリーンピース・ジャパン事務局長。現在、一般社団法人アクト・ビヨンド・トラスト理事長。著書に『魂の民主主義』(築地書館)、訳書にP・アンダーウッド『一万年の旅路』(翔泳社)、共著に坂本龍一監修『非戦』(幻冬舎)ほか多数。



坂本龍一氏から、シルビオ・ゲゼル(Silvio Gesell(注1)の名前が出たのは、会場の方々には、やや唐突感もあって意外でもあったようでしたが、自分にとってはとても嬉しくもありました。


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Silvio Gesellに触れた坂本龍一氏


なぜなら、「3.11」以前から、もう、はるか大昔、大学院時代に修士論文を書いていたころから長年心に描いていた自分の問題意識を、いみじくも坂本龍一が共有していたことを知ったからです。


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311日の1446分、日比谷公園で、坂本龍一、加藤登紀子、辻信一、飯田哲也等々日ごろ敬愛してやまない諸氏とともに黙とうを捧げました。


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(黙とうを呼び掛けるC.W.ニコル氏)



その後、坂本龍一氏は、後藤正文氏や飯田哲也氏、辻氏とのダイアローグをしました。その席上で、坂本龍一氏の口から出たのが、シルビオ・ゲゼルの言葉でした。



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(飯田氏と坂本龍一氏の対談)



この日は、奇しくも敬愛してやまない宮崎駿監督が1984年にアニメ映画『風の谷のナウシカ』を公開した日あると同時に、いまから80年以上も前の1930年に稀代の経済学者シルビオ・ゲゼル(生年 1862年)が亡くなった命日でもありました。



「なぜ、国民の健康や安寧の危険を犠牲にしてまで、原発はあれほど増設されたのか?」


「なぜ、人々は、あれだけの事故が起きたにも関わらず、いまだに、根本的なパラダイムシフトができないでいるのか?」


「人の命や健康や家族の絆がもっともかけがえのなく、尊いものであることは、誰しも異存ないはずなのに、なぜ、経済成長が人々の幸福よりも優先されるのか?」。


「どんなに政権が交代しても一考に人々の真の幸福が担保されていないのは、なぜなのだろうか?」


こうした誰しもが抱く素朴な疑問への回答は、現政権等為政者や官僚の責任なのだというだけでは説明つきそうもないことは、みんさんが、薄々感じていることです。


その根本問題はどこにあるのでしょうか?


それは、「通貨の本質」にあると考えます。


つまり、人間が創りだした「通貨」と言う魔力が、換言するならば、どんどん肥大化し、増殖してゆく「貨幣経済」の仕組みそのものの本質に、人間と地球環境に優しくない根本要因があるのではないかと。東電等の企業活動も、政府の行動も、結局、こういった「貨幣経済」の不幸な従属変数にすぎないのではないかと?この根本問題の解決なくして、人類の穏やかな安寧は到来しないのではないかと。


その解を、真正面から解き起こそうとした人物がいました。それが、シルビオ・ゲゼルです。かつて、メイナード・ケインズはその主著『雇用・利子および貨幣の一般理論(The General Theory of Employment,Interest and Monay)』の第6編「一般理論の示唆する若干の覚書」のなかでシルビオ・ゲゼル(Silvio Gesell)について触れ、「将来の人々はマルクスの精神よりもゲゼルの精神から多くを学ぶであろうと私は信ずる」と述べ高く評価しています。


シルビオ・ゲゼルは彼の論文「自然的経済秩序(Die Natürliche Wirtschaftsordnung, Rudolf Zitzmann Verlag; Lauf bei Nürnberg; 9. Auflage August 1949;)」の第3部「お金の実態(Das Geld, wie es ist)」の「序論」にてこう述べています。


100世代を通じて何十億人もの人間の手から手へと渡っていった、4000年もの歴史を持つ貨幣について、学問の方法が確立しつつある時代にわれわれが確固たる概念規定や理論を持たず、また世界どこでも貨幣の公式な取り扱いが学問的裏付けのないまま従来通り行われているという事実は驚くに値しない。」(注2



また、さらに、同書の第4部「自由貨幣:お金のあるべき、そして可能な姿(Freigeld Das Geld, wie es sein soll)」の「序論」の中でこう述べています。


「山を前にした牛のように、人間の精神は抽象的なものの前で困惑してしまう。そして今まで、お金は完全な抽象物だった。お金にたとえられる物は何もなかった。金貨や紙幣など、異なった種類のお金はあったが、お金の本質である流通の制御能力との関係ではこれらの変種は完全に同じもので、このため貨幣学者はお金の本質に対してお手上げとならざるを得なかった。完全に同じだと比べようがなく、理解の糸口も見い出せない。通貨理論は常に乗り越えられない山に直面していた。世界のどの国にも、法的に認知され、お金を管理運営するための通貨理論なかつたし、今もない。どこでもお金の管理は経験則を基にして「だらだらと進められ」るが、お金の力は無制限に野放しのままにされている。ここでは金融や経済の基盤、すなはち、何千年もの間人間の手を次から次へ渡り歩き、その実際的な働きによって想像力が刺激される対象が問題になっているが、その対象をわれわれは3000年前から人工的に作り出していたのだ。これはどういうことなのか、考え直してみよう。政府部門でも民間部門でも最も大切とされることが、3000年前から意識もされず、盲目的に理解もされずに見過ごされてきたのだ。このいわゆる抽象的思考への絶望の証拠がまだ必要なら、それはここにある。」(注3



シルビオ・ゲゼルが逝去してからすでに80年物年月が経過しておりますが、はたして、我々は、ゲゼルの問題提起から何を学んだのでしょうか?世界中の為政者、経済学者や官僚達の、その間の無作為の罪を感じざるを得ません。


我々は、先の「3.11」の原発震災を契機に、単に脱原発やエネルギーシフトの議論だけに終始するのではなく、そのもっと奥深くに通底してきた人類社会経済システムの根本問題である貨幣に本質に切り込まざるを得ない時期に来ているのだと思います。



世田谷徒然日記

(加藤登紀子さんからアメージンググレースも)

(注1)Silvio Gesell 1862-1930 ドイツのバイエルンの大蔵大臣も経験したアルゼンチンで成功したドイツ商人。

(注2J. Maynard Keynes ”The General Theory of Employment,Interest and Monay”(1971) ケインズはゲゼルが利子率と資本の限界効率を明確に区別し実物資本の成長率に限界を画するのは利子率であると喝破している点を高く評価すると同時に彼の「スタンプ付貨幣」を「健全なものである」と評価している。一方、彼が流動性選好の考え方を見落としてる点を彼の理論の限界であると批判している。(邦訳本「一般理論」356p参照)

(注3Silvio Gesell Die Natürliche Wirtschaftsordnung”(Rudolf Zitzmann Verlag; Lauf bei Nürnberg; 9. Auflage August1949



ゲーテ協会からのご招待で、ドイツ文化センター図書館で開催された勉強会「マルティン・ハイデガーの技術論を解明する」に出席してきた。


世田谷徒然日記


マルティン・ハイデガー(Martin Heidegger)を含め、哲学はまったくの門外漢なので、最初は若干の躊躇と途惑いもあったが、結構面白く、質問もさせていただいた。



20世紀の最も重要な哲学者の一人マルティン・ハイデガーは、どのような技術論を展開したのであろうか。興味津々で臨んだ。



世田谷徒然日記
(轟孝夫氏と加藤氏の『ハイデガーの技術論』)

『ハイデガーの技術論』(2003年理想社)の共著者、轟孝夫准教授が明晰な解説をしてくださった。


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(会場は熱気にあふれていた)


ハイデガーの戦後の技術論展開を概観し、ハイデガーの「技術論」に対してくわえられる批判を検討しつつ、この技術論が現代に生きる我々にとって持つ意義を確認する作業を行った。


世田谷徒然日記


勉強会で最も心に残った言葉は、Ge-StellとGelassenheitという2つの言葉である。ハイデガーの技術論の核心部分のキーワードである。



Ge-Stellは、いろいろな解説があるが、「集立」、「全仕組み」とか「総かりたて体制」「立て組み」さらには、「巨大な収奪機構」といった翻訳・説明まである。


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ハイデガーの講演録「Gelassenheit」




Gelassenheitは、「平穏さ」とか「落ち着き」「放下」という意味である。


ハイデガーは、自身の技術論で、こう説く。


そもそも、Ge-Stellは、もはや人類がどんなに、あがなおうとも抑止できないトータルシステムであって、それが自己増殖してゆく魔物である。


彼は、著書『技術論』の中で、原子力にもこう言及している。


「鉱物はウランに向けて、ウランは原子力に向けて、原子力は徴用可能な破壊行為に向けて。。次々とかりたてられてゆく。」


まさに先の「3.11」の原発事故は、人類のあがないきれない制御不能なGe-Stellの断末魔の帰結として、すでに、ハイデガーの予見の範疇にあったのである。ハイデガーは説く。人類の持つ技術の本質を見極めろと、そして総体としてのGe-Stellの本質を謙虚に理解しろと。


それでは、はたして、我々人類は、どうしたらいいのか。


そこで、ハイデガーは説く。平穏さ(Gelassenheit)が肝要だと。人類は、巨大な収奪装置のようなGe-Stellに呑み込まれるのではなく、平穏さ(Gelassenheit)一定の距離を置くべきだと。


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2022年までに既存原発の全廃を判断したドイツの英断と、方や事故当事者でありながら、責任回避と問題の先送りに終始し、既得権からの短視眼的な利害調整見終始して結局何も判断できていない日本のおそまつな状況の大きな違いを考えるに、実は、この対称的な両国の根本的な違いは、こういった「技術」に対する距離の置き方、さらには、Ge-Stellに対する警戒感の相違に起因しておるのではなかろうかと、ふと、思った。


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【補足説明】・・今日の講義ノートより抜粋

ハイデガーの主著『存在と時間』は、ドイツ駐在時代に、書店で原書を購入したが、多忙と難解を言い訳にいまだにしっかりと読んでいない。ハイデガーにとって「存在への問い」が、哲学の中枢問題であるとされているが、彼は、ヨーロッパがその全歴史を通じて忘却してきた「存在への問い」を新たに立てようとしていると説明されている。そして、今日の解説によると、「存在への問い」を考える上で、「技術」は、重要な意味をもつ。「技術の問題」を見てとることが、ハイデッガーの哲学の全体としての理解に不可欠の要件ともなってくるとのことである。ハイデガーは、その技術論を「立組Ge-Stell)」や「用象(Bestand)などの特異な用語を展開しつつもっぱら戦後に展開したと受け止められているが、実はその思索の展開の全過程で「技術の問題」と取り組んできたともいえるのである。今回の講演と解説では、この「技術への問い」をその生成から段階を追って外観し、またそれを通じて彼の技術論の内実を一層的確にとらえることを試みた。さらにこのハイデッガーの技術論への一般的な批判を踏まえつつ、この技術論が現代に生きる我々にとって持つ意義を確認した。ハイデガーはまた「技術の本質への問いは、芸術の本質への問いと同時に立てられなければならない」と考える。つまり、技術による存在者の開示は、芸術による存在者の開示と対比され、こうして「存在への問い」は、技術と芸術への同時的問いの内で展開されてくるのである。ハイデガーの技術論と芸術論は相互に呼応しつつ「存在」の所在を照らし出す。したがって、今回の轟孝夫氏による解説は、「存在への問い」の理解をさらに深めてくれた。芸術が生きて働いていたギリシアにおいては、技術と芸術は区別されずにテクネーτέχνηと呼ばれていた。芸術と技術の本質への問いはテクネーτέχνηへの問いとして展開される。

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南青山の骨董通りで好い店を見つけた。


鎌倉の旧来の友人で藝術家夫婦の個展が南青山であり、ご招待いただいたので、夕方、家内と、ぶらりと、行ってきた。


帰りに、骨董通りあたりでどこかで軽く飲もうということになり、たまたま立ち寄ったBarがなかなか粋で気にいってしまった。


名前を「東京十月(Tokyo Octubre)」と呼ぶ。


不思議な名前だ。


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Barは、好い感じ。気に入った。



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フランス人彫刻家のアンテ・ヴォジュノヴィック氏による意匠がまた素晴らしい。


18人がけの噴水ダイニングテーブルや、アスティエ・ド・ヴィラットのテーブルウエアなどを使用。


お洒落かつ落ち着けるオールジェネレーションがくつろげるBarだ。


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「東京十月(Tokyo Octubre)」という店の名。ユニークだ。

実にお洒落で凝っている。


お店のご主人自らの解説によると、アッシュ・ペー・フランスによる表参道の藝術祭のクリエイティブ月間「TOKYO OCTOBER」にちなんでいるとのこと。


アルゼンチンワインも美味しい。和洋折衷料理も良心的なお値段で十分楽しめるのがまた嬉しい。

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【東京十月(Tokyo Octubre)】

2010年10月1日開店 Bar Tokyo Octubre
東京都港区南青山
5-7-17 小原流会館地下1階
Tel:03-3409-6077
営業時間:17:00~23:00 日曜定休



メールアドレス info@tokyo-jugatsu.com
ウェブサイト http://www.tokyo-jugatsu.com

URL; http://www.tokyo-jugatsu.com/master.html

facebook; https://www.facebook.com/bar.tokyo.octubre


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