chihointokyoの毒皿ブログ

生活お役立ちのつもりがツイッターのノリでお笑いに...ということで毒を食らわば皿まで、と命名したブログ名。
311以降はそのまま原発・放射能関連満載に。


テーマ:
このブログのメッセージボードにも実際に原発の現場で働いてきた平井憲夫さんの「原発がどんなものか知って欲しい」という1996年講演の書き起こしサイトをずっと貼り付けていますが、YouTubeにアップされた動画が発掘されてから徐々に拡散されてきました。
★約100分の完全版動画はこちら
「原発がどんなものか知ってほしい」の平井憲夫さん 完全版

ここでは同じ講演(亡くなる三か月前の1996年10月12日の講演)の、途中で停止再開しやすい8分割版を埋め込みました。

手記内のリンク先も古いせいかエラーが出やすく、311震災直後は、どんなに検索しても平井さんという方の人物像や背景が出てこない現象が続いており、手記捏造説や、死語に感情的に加筆修正されたいい加減な文書という攻撃が飛び交っていました。エビデンスがとれないので自分のウェブサイトから削除していた人も。

が、この録画で見ると、議員会館で国会議員にも何度も原発についてレクチャーされており(特に5/8の動画以降)、菅直人氏が厚生大臣として薬害エイズと闘うさらに数年前からの知り合いだった人だと解ります。どんな業種であれ「現場」と呼ぶに値する場所で働いた経験があれば、嘘でここまで語れないことは見分けられます。

手記では政治的な印象を与えない表現でまとめられていますが、この講演、特に最後のQ&Aのあたりでは、市民が政治に関わることの重要性について、熱く具体的に語られています。ご自身も以前はそうではなかった、との反省をこめて。

政治というのは自分たちが住む場所のルールをどうしていくか、という共同体づくりの一環であり、それを人任せにする人間だらけなのに民主国家を謳い、政治家に期待や失望するほうがおかしいわけです。

手記を既に読まれた方、もしまだであれば最後の7/8, 8/8だけでも視て下さい。

ここが危ない日本の原発 1-8 故・平井 憲夫 氏の遺言ともいえる講演


ここが危ない日本の原発 2-8 故・平井 憲夫 氏の遺言ともいえる講演


ここが危ない日本の原発 3-8 故・平井 憲夫 氏の遺言ともいえる講演


ここが危ない日本の原発 4-8 故・平井 憲夫 氏の遺言ともいえる講演


ここが危ない日本の原発 5-8 故・平井 憲夫 氏の遺言ともいえる講演


ここが危ない日本の原発 6-8 故・平井 憲夫 氏の遺言ともいえる講演


ここが危ない日本の原発 7-8 故・平井 憲夫 氏の遺言ともいえる講演


ここが危ない日本の原発 8-8 故・平井 憲夫 氏の遺言ともいえる講演


「平井憲夫さん」について:
1997年1月逝去。
1級プラント配管技能士、原発事故調査国民会議顧問、原発被曝労働者救済センター代表、北陸電力能登(現・志賀)原発差し止め裁判原告特別補佐人、東北電力女川原発差し止­め裁判原告特別補佐人、福島第2原発3号機運転差し止め訴訟原告証人。
「原発被曝労働者救済センター」は後継者がなく、閉鎖されました。


YouTubeにアップして下さったhayabusa123ableさんに感謝です。(完全版のx3flowerさんにも~。)

なお、こちらは2002年ごろにどこかで記事になった手記の画像
「緊急報告 原発の真実を暴露します」(中にPDFリンクもあります)。廃炉が如何に困難であるかも、作業させるためのロボットが放射能で狂ってしまうことも既に解っていたのに新設が繰り返されてきたんですね。

この96年講演時点で、原発の危険性が知られ、米国でももう15年も新設はないこと、原発増設しているのは(先進国では)日本だけである事が語られています。

が、今また推進派が「事故経験国」として海外から原発受注が伸びているとのことで活気づいて、報道でも巻き返してきています。それが単にプロパガンダでなく事実であれば、タバコと同じでしょうか。健康への害に関して国内消費者の認識が高まってきたら、まだ認識が低い消費者がいそうな市場へ宣伝・輸出にまわす、と。(インドでも激しい原発立地反対運動は起きていますがw)

ご存知の通り、日本の報道は多分に米国の影響を受けています。一部の海外メディアも嘲笑する政府の「冷温停止状態」宣言は、米国政府とIAEAが公式に肯定、歓迎しているほどですから。そしてSPEEDIデータや首都圏避難の最悪シナリオも、米政府だけには迅速に提出されていたことが(NHKでは今さらですが昨夜)報道されました。




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