本家GibsonやFenderのギターにどれだけ迫れるか、コピーの完成度を競っていた70〜80年代の日本のエレキギター界で、林 信秋はエレキギターの本場アメリカでもちょっとした評価を受けるオリジナルギターをデザインした。それが今回のAria proⅡのPEだ。
実際、アメリカのディーラーではGibson並み、またはそれ以上の値段で売られたとも言われているが、それはちょっと過剰な評価だろう。彼自身はギタープレーヤーではなかったようなので、プレイヤビリティよりデザインが先行している感が強いからだ。
日本でもこんなの美しく素晴らしいギターが作れるんだとヘッドに誇らしげに入った”Designed &Approved by H.Noble”の文字。
いやいや、ヘッドにはそんなこと書かなくてよろしい。石ロゴ期のFernandesもヘッドに全く意味のない英字が羅列してあったが、それが当時格好いいと思われていた。
ちょうどクルマやウィスキーのCMでも、読めるかどうかは別として英字のスペックを羅列していた。そんな流れでヘッドに文字が入れられているのか…今となっては陳腐で美しくない。みうらじゅんがバック トゥ エイジと呼んでいる、コンビニで売っている紙袋に書かれた意味のない英字と同じだ。3行の細かい英字で何を書くか、内容に苦慮しているとはいえ、自分をNobleと公言することを許すというのはどうなんだろう。ニックネームなのはわかるが。
PEとは、まぁそんな人のセンスでデザインされたギターということだ。
シリアルから81年製と思われるPE-R80。
6弦側からカッタウエイまでボディの線を延長させるという手法は単純すぎる感じ。林は気に入っていて自身のアトランシアブランドのThe CENTURYというギターでも活かされたようだが。
そしてこのギターの特徴がその線に沿ってヒールレスになったネックジョイント。カッタウエイにかけて6弦側から線を繋げているおかげでハイポジションへのアクセスは楽だ。
ただ、レスポールのようなセットネックのシングルカットのギターの場合、ハイポジションを弾くには母指球辺りをネックヒールに当てることで運指を安定させる場合があって、ここまでヒールレスになっていると、拠り所がないからかえって不安を覚えたりする…なんてことはプレイヤーではない林は考慮していないのだろう。
このギターのもう一つの特徴、カーブドバックも本当に必要なの?という感じ。
質量の問題ならば別なのだが、表に出てこないデザインに積極的にコストをかけるというのはどうだろう。楽器というより、なんかお盆などの木工品を抱えているような気持ちになる。全体的に薄いしね。
落とし込まれたスイッチなんかも、木工細工っぽい。Gibsonをコンクリートの家に例えるなら、華奢な木造の家だ。
ミニスイッチでアクセスするピックアップのシリーズ、パラレルの切り替えは不便だが確実で、ライブでも視認性が高く音も使える。こんなところの細やかさも日本的だが、パラレルにしたフロントピックアップはキレも良く、スタジオを渡り歩く職人なら出番は多いはずだ。
当初のメイプルだけのボディは重かったようで、早々にモデルチェンジして真ん中にマホガニーを挟む3層構造になった。同時にピックアップもディマジオのデュアルサウンドから、ゴトー製のオリジナルClassic Powerに変更され、硬くてトレブリーだったサウンドが使いやすくなる。ハムバッカーとしてはパワーのあるClassic PowerはRSユーザーだった渡辺香津美が関わっていると言われるが本当のところはどうなのだろう?
いずれにしても小ぶりで薄め、線の細いデザインにパワーあるピックアップを搭載した少しチグハグなギターだが、そのデザインを引き締める意味で付属のレスポールより少し小さなピックガードが案外よく似合う。PE1500からの林デザインを美しいと思う人はピックガードレスを尊重するようだが、仕事人松原正樹はピックガードを付けていた。このピックガードは購入者の後付けなだけに欠品が多く貴重かも知れない。
前回のパラシュート繋がりで、惜しまれながら他界してしまったギタリスト松原正樹。言わずと知れた日本を代表するセッションギタリストだ。
晩年Two-Rockのopalを愛用していた彼のSDキャビにはALTECのER12Sが入っていた。僕がたまたま使っていないER12Sを持っていたので、当時タハラを通じて譲ってくれないかというオファーをもらったことがある。
僕はEVM 12Lを愛用していて、ER12Sもフランジ部分に付けられたガスケットとマグネットのシール以外、EVM12S SerieasⅡと全く一緒のALTECのシールが貼ってある珍しい(もしくは一流ブランドの名前の入った)EVとして持っていた。
当面使うあてもなかったので、松原さんなら…とお譲りした。
ウチにある、そんな松原正樹の3枚のアルバム。彼は26枚ものソロアルバムを出しているらしいのでごくごく一部なのだが、聴く限りインプロヴァイザーとしての瞬発力がある人ではない。その代わり完璧なミュートでノイズを極力出さず、チョーキングしてもピッチは正確で、走ることもモタってしまうこともないお手本のような正確性で、おそらく100回ライブをすれば100回、全く同じプレイができる人なんだと思う。
作品のことを「仕事」と呼ぶことがある。この人のソロアルバムはまさに松原正樹の仕事集って感じ。
プレイスタイルとは別に、アルバムからは彼が何をやりたかったかは伝わってこない。他のアルバムを聴いたことがないのでこの3枚に限ってだが、音楽としては刺激的なわけでもなく、例えていうならスーパーマーケットでずーっとかかっているような音楽。お買い物のBGMに刺激は不要なのだ。いったい誰がかしこまって耳を澄ましてインストの「上を向いて歩こう」なんて聴きたい?
誤解しないでいただきたいが、スーパーマーケットの音楽がダメというわけではない、こういう仕事をする人も必要なのだ。
晩年、PEでプレイしている動画が残っていた。Two-RockにSDキャビも見えるが、その中にウチから渡ったER12Sが入っていたらいいな。
今更ながらありがとう、松原さん!