愛云々、についてメモをしておく面倒くさいアラサーです。
でも寝る前なので軽めに。
聖書だと、ユダヤ教の偉い人(当時だとマジで偉い人)とかが
異端者であるイエスに「もっとも大事な事は何ですか?」って詰問したら
「神への愛です。あと、それと同じくらい隣人を愛することです。」
とかって答えるくらい 根本的に大事なものです、と。
(もう10年以上昔の記憶なので曖昧だけど)
で、仏教で言うと、慈悲心。・・で、いいかな。
(プロに言わせたら違うのかもしれないけど、
素人目には大体一緒だ。と思う。)
「極悪人でも愛されます。いわんや善人をや。」
という、よく聞く(よくは聞かないか)話。
で、ここで、「私、当然に彼岸にいける善人だし」
とか思っちゃってる人のほうが救いようがなくて、
シンプルに「あー。マジで俺、悪者だ・・」
なんて思ってる人のほうがよっぽど救われます。
これもよく聞く(よくは聞かないか)話。
ちょっと話はズレますが、
聖書では、有名な羊とか放蕩息子の話などで、
かいつまむと「だめな子ほどかわいい」
みたいなシーンの数々が描かれていますが、
「だめな子でも神様は愛してくれてるから大丈夫」
っていう安心感を本気で持ってる人って、
なんかこう、人生のギリギリのところで、
そうじゃない人に比べて強いね、うん。
って、昔、友達と飲み会で話したな。
とにかくだね、古今東西、根っこは愛だねー。
で
こういう、「愛」を前提にして生活すると、どうなるか。
例えば満員電車に乗っても
妊婦さんに席を譲らない おっさん・・というか、
腰が痛いかもしれないから百歩譲って おっさん はいいとして、
明らかに私より若いサラリーマンとかにムカついて
「この時間に帰れてるんだ、さして疲れてるわけは無かろう、
DSやってる元気があるなら貴様は立て」
とか
「じゃーおまえ、自分の奥さんが妊娠してても奥さんに席譲るんじゃねーぞー」
とか言いたくなり、
とにかく同世代で妊婦さんに優しくない男性は、
市中引き回しの上逆さ張り付けにしたいと思う
・・その前に。
日々を必死に生きるばかりで次の世代を守る気になれない男性陣に
雄の蟷螂の行く末をみてしまって、なんだか哀れんでしまって、
「成仏しますように(そりゃちょっと意味違うか)」
と、そのしょーもなく見える若造にさえ愛情をもって接すればイライラしない。
ま、私なんぞにどう思われようと座りたいもんは座りたいんだろうけど。
(若干、ところどころ不適切ですが、気にしないでください。今日の主題はここです。)
ふう。
ところで、
般若心経によると、「幸せ」だと思うことも、
苦のはじまりだからだめなんですってね。
ここで、「そりゃちょっとさびしい人生だなー。」って思ってしまう
その価値観が既に苦の原因で、仏教的な幸せな状態には到底行けないんですと。
んー。まぁ、蓼食う虫も~~だな。
お坊さんにかわいそうがられてもいいから、
美味しい!とか、大好き!とか、
そういう気持ちを持てるままでいたいな~~。
viva 煩悩!Buono!


