紀州庵

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台湾にはたくさんの日本統治時代の建物が残っています。
今回、偶然友人が働いているところに遊びにいって知ったという
紀州庵について書きますね。

紀州庵はもともとレストランだったんです。

日本統治時代の1917年川端町
(統治時代の町名も日本からきています)
平松家によって経営されていたようです。
一番最初に本店が開かれたのは1897年で、
ここは支店の場所になります。
経営が一番栄えたのは1928年ごろ。
料亭は三階建ての「本館」・宴会広間の「離館」
そして重要な貴賓を接待する「別館」があり、
水際に建てられた紀州庵は眺めがとてもよく、
料亭としてとても有名になりました。

太平洋戦争期間は営業停止、臨時患者収容施設となり、
神風特攻隊の招待をしていたことも。
きっと最後の時間をここで過ごし、
国のためと散っていったのでしょう。

1945年の終戦後、紀州庵は日本人の臨時居住場所となり、
その後は国民政府が引き受けて、
公務員宿舎と変貌していきます。
ここには小説家の王文興も少年時代をここで過ごし、
小説<家変>もここでの生活を基に書いたものです。

1996年、1998年と二度の大火災により、
紀州庵の本館と別館はほぼ焼け落ちてしまいました。
2002年末よりガジュマル保護の使命からスタートした運動は
紀州庵とその周りの文学と歴史を保護する使命へと繋がり、
2004年1月、台北市政府は紀州庵を重要文化財に指定しました。
2013年1月より台北市文化局が紀州庵の修復工程を始め、
現在の写真のような建物として生まれ変わりました。

建物の中はもちろん入れます。


ただ保護するために必ず靴下を履くように言われます。
夏場はサンダルの人が多いと思うのですが、
ここに入りたい人は必ず靴下を持参で。
忘れても大丈夫、1足20元で向かいの書店で販売しています。


紀州庵の向かい側には書店と喫茶店があり、
優雅な時間を過ごすことができます。


MRT古亭駅2番出口、徒歩10分
定休日 月曜日


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