千秋更紗 - バスの車窓から ~ 新人バス運転士の乗務日誌

とある小さな街、とある小さなバス会社の新人バス運転士(前職はSE)の乗務日誌。免許取得から転職活動、新人研修、乗務までを網羅するバス運転士志願者必読のブログ。新人バス運転士が綴る、笑いあり、涙あり、へぇ~と納得の無駄知識も満載のハートフルストーリー。

--2012年12月31日をもちまして、新規記事の投稿は終了いたしました。ご愛読いただき誠にありがとうございました。--


【このブログの読み方】
このブログは、大型二種免許の取得からバス会社への転職活動を経て、バス運転士として乗務にあたる現在までを掲載しています。
時期ごとに、テーマを設定して記事を書いています。

バス運転免許取得(2010年2月~3月)
http://ameblo.jp/chiaki-sarasa/theme-10020397621.html
大型二種免許取得のための合宿教習の際に掲載したものです。
それと同時に、大型特殊とけん引も取得致しました。

ビル転職活動(2010年3月~7月)
http://ameblo.jp/chiaki-sarasa/theme-10020484836.html
主に地元のバス会社を受験した際に掲載したものです。

学校新人研修(2010年7月)
http://ameblo.jp/chiaki-sarasa/theme-10025011579.html
バス会社に就職後、新人研修を受けている間に掲載したものです。

メモ乗務日誌(2010年7月~)
http://ameblo.jp/chiaki-sarasa/theme-10025501437.html
ひとりで乗務するようになってから書いているものです。

バス運転席のご紹介
http://ameblo.jp/chiaki-sarasa/theme-10047437366.html
全国のバス男さん、バス子さんのために運転席周りを紹介しています。


このブログの用語集を作りました。
わからない言葉が出てきたらまずはこちらをご覧くださいね。
メモバスの車窓から - 用語辞典
http://ameblo.jp/chiaki-sarasa/entry-10649324747.html

転職活動中に、バイクの免許も取得いたしました。
ご興味ある方はこちらもどうぞ。
自転車普通自動2輪(2010年5月)
http://ameblo.jp/chiaki-sarasa/theme-10022743503.html
自転車大型自動2輪(2010年5月~6月)
http://ameblo.jp/chiaki-sarasa/theme-10023278158.html

テーマ:
これまで私の物語にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
私のお話はこれで終わりです。

家族の病状が気になる?
まぁ、私のブログは本来バスのブログですから。
退職に至った経緯をお話しするために書きましたが、私がもうハンドルを握ることを辞めてしまった以上、書くわけにはいかないと思っています。

読者の皆様にも、バスと関係ない話を色々とお読みいただいてしまいました。
この場を借りてお詫び申し上げます。

また、これまでいただいたコメントやメッセージに対するお返事が出来ていません。
本当に申し訳ありません。
いただいたもの全てに、確実に目を通しています。
なにぶん、私はインタラクティブなコミュニケーションが苦手な人間なので、ブログを一方的に書きなぐってるだけ、ってな状態になってしまいました。
本当に申し訳ありません。
バスに対する熱い思いをお持ちの方が大変多く、本当に恐縮しました。



今回は、私も色々な意味で試されたのだと思います。

長い勤務によって身体的に。
休みもあまりなくプライベートな時間も持てずに精神的に。
生活も成り立たないようなお給料で金銭的に。
また、プロとしての自覚はあるのか。

総合病院を私が家族に代わって受診するように言われたとき、私は本当に穴をあけてでも行こうと思ってしまいました。

また、こうも思いました。
なぜ乗務するのが私でなければならないのか。

そのバス会社が人手不足に悩まされているという個別の事情を除けば、バス運転士には代わりがいくらでもいます。

もし、私が大物舞台女優かなにかであったなら、そうは思わないでしょう。

この舞台には穴は開けられない。
この役は私にしか務められない。

そんなふうに考え、気丈に振る舞い、舞台に立ち続けたのかもしれません。
が、実際には私は大物舞台女優なのではなく、代えの利く単なるバス運転士です。
その路線に乗務する事が出来る運転士であれば、乱暴に言えば誰でもよいはずです。



とはいえ、やはりこのような考え方はいけないとも思います。
生粋のバス屋、真のプロフェッショナルであったなら、やはり仕事に穴をあけても構わないという考え方はしないでしょう。

私は違ったのです。
真のプロフェッショナルではなかったのです。
そのことは、はっきりと自覚をいたしました。

私が勤めているのが大手であったなら事情は違ったのかもしれません。
大手バス会社には、待機と呼ばれる運転士がいると聞きます。
出勤はするのだけれども、車両故障や運転士の体調不良、当日になっての欠勤などに備えて予備で待機している運転士のことです。
勤務表の中に、そのような勤務をする日が組み込まれていると聞きます。

これがあったなら、私もすんなり休みがもらえていたのかもしれません。

そうは言ってもやはり、私がいたのが大手ではなくても、私が乗りまわしていたのが大型車(11メートル)ではなくても、プロフェッショナルにはそれ相応の振る舞いが求められます。

その点において私は失格だったのでしょう。



書きたいことはもっとたくさんありました。
ただ、新しく入った会社の拘束時間の長さがそれを許しませんでした。
この会社に入ってからのことは、書きたいことの1割どころか5分も書けていませんでした。

過去、私も様々なバス運転士の先輩方のブログを見ていましたが、その量的な少なさに驚いていました。
長い勤務が多い会社を経験した今となっては、それもうなづける話です。
何しろ書く時間がありませんでした。

前の会社は片番ばかりの会社でしたので、その点は大変ありがたかったのだと辞めてからわかりました。



もう私はバスのハンドルは握らないでしょう。
トラックでも無理かもしれません。
絶対的な運転士の頭数が揃っていないと仕事が回らないということは、休みや勤務時間についての融通が利きづらいということでもあります。
それを考えると、運転職自体が私にはもしかしたらもう無理なのかもしれません。

かといって、ホワイトカラーには戻りたくない、戻れないし……。

などと悶々と考える日々を送っております。

今の私は無職です。
また一から出直しですね。




千秋更紗が何者であったのか。
千秋更紗がいたバス会社はどこであったのか。

それらを表に出すつもりはまったくありません。

考えてみればインターネット上での皆様とのお付き合いです。
これから街ですれ違ったとしても、お互いがそうであると認識する機会もないというのは寂しい気もいたします。

私があの大手バス会社の高速バスに乗務できたなら、

●月●日 ●●駅発 ●●行き ●●バスに乗務致します!

とか宣伝して皆様にご乗車いただくつもりだったりしたのですが…。
いまさら言っても仕方ありませんね。



本日をもって、新たな記事の投稿は終了とさせていただきます。
今後は、アメンバー限定記事を編集した上で全員への公開に切り替えることを検討しております。
何しろたくさんの方々からアメンバー申請をいただいてしまい、大変恐縮いたしました。
単に他の方が出てくる記事を限定記事にしていただけなのですが……。
何かバス会社受験の虎の巻でも公開されていると思われてしまったのでしょうか……。



このブログの執筆中、バス運転士になるにあたり私のブログが参考になったというお話や、私のブログがきっかけでバス運転士になったというメッセージをいただいたことがありました。
著者といたしましてはこれにまさる喜びはありません。



今、バス運転士への転職や、大型二種免許の取得を考えている方に贈る言葉があります。



“自分に都合の悪い意見には、耳を貸すな”



これは、私がSEを辞め次のことを考えている頃、とある友人から言われた言葉です。



皆様が、大型二種免許の取得や、バス運転士への転職を相談すれば、こんなふうに返事をする方が周りにはいるかもしれません。

“運転職は大変だ。”
“朝も早く夜も遅い。”
“お給料が安い。”
“事故を起こしたら大変だ。”



それらの意見は、確かにどれも的を射ています。



しかしながら、大変なことがあるのはどの仕事も一緒です。
私に言わせれば、国家公務員になることだって、

“職場にセクハラまがいのことをしてくるような上司がいたら大変だ。”
“人間関係を良好に保つのは大変だ。”

ってことになります。

私は大型二自動二輪の免許も持っています。
二輪免許の取得にあたり、家族にはこう言われました。

“バイクは身体を守るものがないから、事故を起こしたら大変だ。”

これもその通りです。
これだって、私に言わせれば、

“風を切って走るあの爽快感は最高だ。”

ってことになります。

バス運転士だって、

”小さなお客様から手を振ってもらえるのは大変にうれしいこと”

です。



要するに

“やりたきゃ、やっちまいな(´0ノ`*)”

ってことです。


もし、バス運転士が大変で、続かなかったら?
お給料が安かったら?
事故を起こしてしまったら?
もう続けられないと感じてしまったら?


辞めて次を探せばいいじゃないですか。
それだけのことでしょう。



何かがあっても、その責任を自分で引き受ければよいではありませんか。



家族が反対しているからできない?



家族が反対していようとも、最終的にやるかやらないかを決め、行動するのは自分自身です。



私はかつて、ビジネスの勉強をしていました。
とある会社の有名な経営者が次のようなことを言っています。


“自分の運命を自分でコントロールせよ。
 さもなくば、他の誰かにコントロールされるだろう。”



何をもたもたしているのです?
今すぐに、教習所に電話をかけて入所の手続きをしてしまいなさい。
バス会社の採用担当者に連絡をして、受験のエントリーをしてしまいなさい。

バスに限らず運転の仕事は素晴らしいものです。
今、あなたのまわりにある全てのものは、陸送という手段を通じて倉庫や店舗に運ばれたはずです。
パソコンも、ケータイも、机も、冷蔵庫も、洗濯用洗剤も。

あなた自身も、バスやタクシーなどの陸送手段を使って移動したことがあるはずです。
陸送なくして現代の社会は成り立ちません。

そんな素晴らしい仕事があなたを待っているのです。



な~んて、上から目線で語っちゃいましたけど、やらないで後悔するより、やってみた方がいいでしょう?



私はこれからも皆様のご健勝と交通安全をお祈りしています。
大型二種免許取得を志す皆様を、バス運転士を志す皆様を陰ながら応援しています。

名残惜しいのですがこのへんで。



当ブログ、“バスの車窓から”にご乗車いただきありがとうございました。
よいお年をお迎え下さい。



じゃあね、みんな。
バイバイキーン。

千秋更紗 - バスの車窓から ~ 新人バス運転士の乗務日誌
千秋更紗 - バスの車窓から ~ 新人バス運転士の乗務日誌

2012.12.31
千秋更紗



おことわり

今回、病気について若干記述している部分があります。
私は医療の専門家ではないため、その病気についてお問い合わせなどをいただいても的確にお応えいたしかねますので、専門医にご相談下さい。
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テーマ:
そして最後の出勤の日。
私はこれまでと同じように乗務していました。
何も変わったことはありませんでした。

寂しくはありませんでした。

それよりも明日からは自由に動ける。
そのことに安堵していました。

前の会社を辞める時も、最後のお客様についてはよく覚えていましたが、この会社でもなぜか強く印象に残りました。

私の最後の運行は、ドル箱路線とは到底呼べない空気ばかり運ぶとある地元の路線。

駅からの最終便にご乗車になったのは、3名の男性でした。
スーツ姿だったり、作業着姿だったり。
皆、仕事帰りだったのでしょう。

3名様とも、駅から出発してすぐの住宅街の停留所で降りて行かれました。
何事もなかったかのように、ただ目的地に着いたから。

お客様の後姿に向かって私は丁重にご挨拶をさせていただきました。
ありがとうございます。

私はすぐには扉を閉められませんでした。
これが最後なのだと思いました。

歩道を歩いてバスを離れていく男性の後姿にもう一度小声で呟きました。
ありがとうございます。
言ってから、涙が出てきました。

あの日以来…。
家族があの病であると言われたあの日以来、私はもう何回泣いてしまったかわかりませんでした。

涙をぬぐって後ろを振り返りました。
車内には誰もません。
この先の停留所から人が乗って来ることなどないことは、たった半年間の経験ではありましたが、わかりきっていました。



カラになったバスで、私は最後のドライブを楽しみました。



こうして、次の日から、私の病院通いが始まりました。
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テーマ:
家族の転院の日がやってきました。
この日も、私は仕事でした。
家族は、その時に入院していた地元の病院が送迎車を出してくれるということで、その車で年下の家族に付き添われて移動することになりました。
まだ肺がやられていた家族は、病院が貸し出してくれた酸素吸入器をつけていたと聞きました。

転院の日程を知らされた私は、会社にお願いして休みを変わってもらおうかとも思いました。
しかし、思い立ってすぐに、バカバカしいとその考えを打ち消しました。

あの受診の時、誰にも変わってもらえなかったどころか、会社からは放置された苦々しい思いが脳裏にこびりついていました。

それに、もうあの時と違い私の退職は決定事項でした。
なおさら相手にされないだろうと思いました。

出勤をすると、所長さんから声をかけられました。

「千秋さん、退職の日のことなんだけどね……」

やっぱりダメだったのでしょうか?
ここまで来てそう言われても私も困りますが…。

「○○日までで結構ですよ。」

それは、私が退職願に書いた日付の3日前です。

「こちらの都合はなんとかつけましたから、後はご家族の看病に専念して下さい。」

どうやら、新しく入った未経験の新人君がメキメキと頭角を現していたようでした。
未経験とは言え、それはどうやら“バス”の話し。
前職はトラックを運転していたそうです。
その彼を単独乗務に組み込むことで、私が抜ける分をカバーできるようです。

まさかそんなご配慮をいただけるとは思ってもみませんでした。
私が所長さんに家族の入院について話をしたのは、

内勤者に話した内容とつじつまが合わないから

ただそれだけの理由でしかありませんでした。

「家族の病状はいかがなんですか?」

私は、この日に転院すること。
移動に際して送迎車を出していただけることや年下の家族が同行することをお話ししました。

本当にありがとうございます。

言いながら私は思いがけない心づかいに声が詰まりそうになりました。
泣いているところを見られたくなくて、慌てて事務所から飛び出しました。

そう言えば、叔父さんが亡くなった時、明日からの休みでよいと言って下さったのはこの所長でした。



なにはともあれ、年下の家族に全てを任せて、この日も私は乗務していました。
もう退職の日は目前です。
あと数日で自由になれる。
病院にも好きなだけ行ける。
その事が私を安堵させていたのでしょう。
この日は、前ほどにはイラつかなかったように思います。



転院が無事に済んだことは年下の家族からの連絡で知りました。
同時にすぐに様々な検査が行われていることも聞きました。
その結果は、夜には出ました。
これにより、永らく“高い可能性”でしかなかった病名が、診断名として確定しました。



白血病でした。
その中でも、とても珍しく治療も難しい種類のものでした。



やはり祖母と同じ病気を発症していました。

もう驚きませんでした。
突然の呼び出しを受けたあの日以来、ずっと覚悟はしていましたから。
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