リアル・ベジタリアン②

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前回に書きました、リアル・ベジタリアンという提案 という記事に大きな反響を頂き、

勢いに乗って書いていこうと思います(^^)

 

「 リアル・ベジタリアン 」はあらゆる定義を優しくほどいてゆく新世代の定義だと思っています。

ただ一つの軸、核なる部分は、「 生を楽しみ尽くす為の食 」という考え方。

ですから、リアル・ベジタリアンのカタチは、人の数だけあるのです。 

無限に個性的な人の體と、ココロと、魂の組み合わせの その数。

 

フルタリアン、ヴィーガン、オリエンタルヴィーガン、ペスコ、ラクト・オボ 色々な定義があります。

では、それを実践している方々が皆不自由なのかと言うと、そうではありません。

それぞれを楽しみながら実行するという事ももちろん可能なんです。

でも、やはりどこかその定義を氣にしてしまい、それを止むを得なく外れた場合には、

「 罪悪感 」の如きものが心に生じてしまう。

 

そういう作用は人により大なり小なり、必ずあります。

「 あー食べちゃった… 」とか

知らずに、とか、提供する側の不理解(たとえば、〝えっベーコンって肉なの?″という認識の人も少なくないw)により「 食べさせられた 」と怒りや後悔の感情に見舞われる とか

僕も全部体験しました(;A´エ` )

 

結局全て「 定義 」のもたらす鎖の重さだなあと思うのです。

「 定義 」はより純粋な忠実さ、完璧さを求めます。

でも、食べ物の事で人間関係に不和が生まれたり、

落ち込んだり心が疲れるというのは、望むところでは無いんですよね。

誰でも 本当のところは。

 

「 食は、人に幸せをもたらすものでなくてはならない。 」

 

ぼくは なくてはならない という言葉は嫌いですが、

これについては、もうぼくは断言します。

そうでなくては、なりません。

食す側、調理する側、作る側 その1食に関わるヒトモノコト全てにおいて ですよ*

 

ぼくたちは、一人ひとり全く違う出来事、場面、感情、ことばを、体験してきて

同じ世界を共有しているようで、全くちがうレンズで世界を認識しているのだと思います。

人によって認識している色も実はそれぞれ違うという事実は、フェイスブックのアプリでもおなじみですよね。

 

食に関する感覚、體感は、全く人それぞれであります。

ぼくが美味しいと食べている目の前で同じものを美味しいねって 食べている方の

味覚をもし體感する事が出来たらその違いに驚愕するかもしれません。

実際は分からないですよね。

 

でも共通する概念として、「 人を幸せにする 」「 人を繋げる 」「 體を強くする 」

── 食 

というのは共有出来ると思うのです。

 

食べ物で不幸になる事はもう終わり。

食 という生命に感謝して、

その命に生かされている自分の生命に感謝し、敬意を表し

その命に生かされている隣人の生命に敬意 そして愛を。

 

しかしながら、人と自らを幸せにする食 というのは、出鱈目に食べるのではなく、

きちんと體感を学び、自分の体調や氣分などと検証しながら、

そうやって「 真摯に向き合う 」という態度は必要と思います。

 

誰に学ぶ必要もありません。

師は己の體、己の感覚であると思います。

 

人は、己の幸せ、調和を持って初めて周囲に

その幸せエネルギーを波及させてゆく事が出来ます。

 

この考え、スタンス、態度表明

これがもしこれからの主流となりえるとすれば、

世界の平和が訪れる日もそう遠くは無いかもしれません。

 

one pieceのルフィは言いました『支配なんかしねぇよ この海で一番自由な奴が海賊王だ!!』

 

「 否定なんかしねぇよ!この世界で最も自由な存在が リアル・ベジタリアンだ! 」

と、言ってしまいましょう*

 

 

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