• 17 Sep
    • 時代の流れ<短期留学編>

      ホームステイが流行った時代があり、高校生くらいになるとクラスで何人かはアメリカに留学していたと思う。ところが大学だと英語はクイーンズなのですよ。アメリカンかクイーンズか?↑この写真はフリーサイトで借りてきたものですが、ケンブリッジのベルスクールの写真だと思う。こんな感じの学校だった。時代はバブルで、私は卒業後に短期で行っただけですが。今は、中学生や高校生の頃に学校の修学旅行が海外が当たり前のようになってしまって、娘の学校は中学ではニュージランドへホームステイ、高校は確か韓国だった。うちは東日本大震災の直後でライフラインが停まっているというのに、学校がバスで迎えに来てくれるというので娘だけ修学旅行に出かけて行った。韓国だとお風呂には入れるからと言い残し、おみやげがシンラーメンみたいなレトルト食品を買って来た。今にして考えると、大学生の頃に行かせておいたらよかったかも。院生になってから慌てて就職のことを考えて、今から留学?本人に訊いたらあっさりニューヨークに行きたいと言われてしまった。普通に就職するのでも、アーチストになるのでも英語が必要だとやっと気づいたからか。もっと治安のよさそうなところに行けばいいのに・・・ビーチサイドの学校よりはましか。資料取り寄せ中。列王記下 14. 21-22

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  • 25 Aug
    • 先祖代々日本人

      バンコクの寿司なんて寿司じゃねー、って思いながらも、近頃、アボガド入りの寿司を気に入っている。チャーハンにパイナップルとかね。マンゴーライスの甘いご飯も好きになってしまったし、日本人の常識では甘いご飯なんてありえないけど、美味しいものは美味しい。トムヤンクンやグリーンカレーなんて迷惑なほど食べたくないけど、何とかタイを食べてきました。GWに姑さんのお葬式があり、お寺で初盆供養も済まし、次にはタイへ。宗教的にはバラバラの家族をつないでくれるのは、はっきり言って先祖代々の供養ですね。激しく実感しました。上の姉のところは聖公会の学校の教師をやっているし、息子はカトリックの学校の教師だし、婿の実家は神道だって。だけど、お葬式は導師をお招きして普通のジャパニーズスタイル。檀家寺というのがあるのがありがたい。私はカトリックのご奉仕が仕事ではないかというくらいこの数年教会どっぷりの生活にほとほと嫌気がさしていたので、お寺が懐かしい。先祖代々、夫のほうも私のほうも院号をいただいている家庭ということを不意に思い出し、過去帳の整理をしているうちに、熱心な仏教徒とは言えなくなっている私は、タイへ行きたくなってしまった。タイのお寺で、地元の人たちの真似をしながらお参りしていたら、お坊さんに呼ばれて家族で聖水なるものをかけていただきました。合掌をして礼をするのを3回繰り返す。堂内に入るのも多すぎて疲れるから失礼しようしていたら、不意にお坊さんに中に入れと言われて・・・美しいものは美しい。ヨブ 33. 19-30

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  • 31 Jul
    • 安っぽい教会

      メダイの鎖が切れて、イエス様のメダイが消えた。代わりに安っぽいフランス製のアルミのアンティークメダイに替えた。安っぽいほうが本物に見えるかも。システィーナ礼拝堂近くのバチカンショップで買ったメダイのほうは偽物だと思われているのかも。本当のカトリック教会ということで、実際には海外に巡礼に出たこともない人が教会の中のことを一生懸命にやっていたり、ボランティアだのバザーだのでお金集めしていたら教会なのかと考えている人たちも多いのかもしれないし、教会になんか行かない信者のほうが多いということを忘れている、というか、知らないのではないかと。ゴキブリ系神父と呼んでいるけど、カトリックの神父なんてらぶらぶ気持ち悪いようなのが多いし、気持ち悪い。外国人ならまだしも、それを日本人がなよなよらぶらぶやっていると思ったら、ハグやめて、キスやめて、おまえはフィリピンへ行けって感じ。そっちの信者のほうには平気でやってるわけ。だけど、日本人にやったら迷惑だしセクハラ行為だ。枢機卿が迷惑だったのは、フィリピン人女性は愛のメッセンジャーって励ましていたのね。その言葉は有名で、それを神父が勝手に教会でフィリピーナに話すから、ミニスカートの連中が喜んで、売春婦が神父にぶらさがっている。売春が愛のメッセンジャーなんですかね。吐き気だ。エゼキエル 5. 1-4何年か前に、信者にキスしようとしてセクハラで訴えられた神父の場合も、74歳で、司祭館のまかないをやっていた若い信者にキスしたとかしないとかで謝ったらしいのだけど、結局、ゴキブリ系の神父で、らぶらぶやられて信者のほうが我慢できなかったのではないかと。フィリピンとか海外でそういうのが当たり前だみたいな顔されて日本の教会で信者相手にべたべたらぶらぶやられたら、我慢しているほうが普通だと考えてほしい。おまえなんか死んじまえ、ってくらい嫌われているのがわからないから、セクハラなんだよ。迷惑だ。しかも母子家庭でお金のことがあるから、神父が気持ち悪いと思ってもなかなか本音を言えないで、どうしても神父様だから愛想よくしてないと、ってなる。セクハラ。エゼキエル 42. 13-14どこが神父の聖性なんだか・・・・吐き気のゴキブリ。

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  • 25 Jul
    • ワットを観たい

      今年の夏は、タイへ行く。初めてのLCCチャレンジで、気軽に海外の時代に入ったのかも。今年は法事で関西を往復しているため予算を控えめに。それと、ワットを観たかった。姑さんが急逝し、仏壇が我が家にやってきたため、旧い過去帳などを整理し、いろいろなことが見えてくる。どうしてお寺が替わったのかとか、何があったのかとか。私が会ったこともない人たちではあるが、私にとってもご先祖様にあたるため、義姉や叔母にも昔のことを訊いてみる。そうすると、ぜんぜん知らなかった時代の話も蘇る。すると、叔母の話と義姉の話などをつなげていくと、二人の知らないことを合体すると、真実が見えてくる。誰も知らなかったことがわかってくるから不思議だ。今のお寺の前のつきあいをどうしようかと思って、前のお寺に電話したら電話が通じない。いつのまにかお寺を廃業しているのだろうか。そちらにもお墓が3つあったはずだけど、連絡がつかないということはうちの責任ではない。というわけで、今のお寺とだけお付き合いしていけばいいのか、と。旧いほうのお寺のほうは、赤ちゃんの頃に父親を亡くしたために、疎遠になってしまったというだけのことで、その後、母親が再婚したために、母親のほうが家を出てしまっているから、それで、お寺が替わった。だけど、先祖代々のほうは続いている、ということでよかったのかな。わからないな。うちは一人娘だから、これから先のこともわからないし、私が洗礼を受けてしまったから、お寺とのお付き合いのほうもどうなるのかわからないし、しかも、お寺のことをやっていくとなったら教会のほうが何となく遠いし、これから先のことを考えると、なるようにしかならない気がするし、お寺のことがあったから、逆に教会が重かったのかもしれないし、何もかもわからない。気晴らしにワットを観たくなった。タイのお寺はゴージャスというか、繊細というか、日本のお寺とは雰囲気がまるで違う。教会へ行くわけでもなく、お寺のことを熱心にやるわけではなく、結局、逃げるようにワットを観に行きたくなった。マルコ 1. 21-39悪霊を追い出す・・・イエス様がいたら一発なのにな。日本だと仏教の仕事のような気がする。

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  • 18 Apr
    • Happy Easter♪

      ご復活祭おめでとうございます。今年は聖木曜日をお休みしたので、連日3日間、聖歌隊のご奉仕をしてきました。ミサに与ってきた、という意味ですが。コングレシオン・ド・ノートルダム修道院からシスターが3名いらしてくださり、これで悪魔の教会から解放されて、のんびりできるかもしれません。信者が日本人だけで560名いて、世界中から集まる研究者やら移民やら、それこそ不法滞在者やら、雑多な外国人を含めると1500人くらいいるのではないかという教会で、洗礼に与ってからまだ浅いというのに役員をやらされて、聖歌隊、手話、障害者支援、その他?とにかく、自分でも何をやっているのだろうか、という生活を過ごし、仕事のほうはたまっているし、のんびり娘のところにも行けず、気が付いたら娘も大学を卒業し、春から院生をやっているみたいです。スマホに替えたので、娘の卒業式の写真があるのですが、使い方をマスターしてないのと、面倒になってきてしまっているので・・・卒業式にゴジラが乱入してくる大学なので、楽しく4年間過ごせてよかったな、としか思えない。デザインのほうの学生が制作したのかな。娘は版画科なので、カスタネット、鈴、縦笛をかなでながら、袴姿の学生が白い狐のお面をかぶって登場し、それから代表者が卒業証書を授与されます。多摩美名物らしいのですが、各学科(全部ではありませんが)が、それぞれ工夫して、卒業式を盛り上げ、保護者は映写室で、その様子を観ています。シアターでしょうかね。集合写真は校舎の一番上に登った先輩カメラマンが、落ちそうになりながら撮影しているし・・・ 写真を撮るのも命がけだなと思いながら、日本のアートや産業を支えていってほしいと思いました。ヘブライ 2.12-18

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  • 05 Feb
    • 迷惑な教会

      明日から大阪へ行く。7日(火)にユスト高山右近の列福式がある。戦国大名で、大名の地位を捨ててマニラへ行ったということくらいしか知らない。それでも日本で列福式があるというので、そこで聖歌隊として歌えることはこれが最後のチャンスかもしれないし、夏にバルセロナに家族と行き、サグラダファミリア教会でパパ様が司式するミサと700人の聖歌隊の姿をうっとりと想像し、私にもそういう機会が与えられますよう神様に願ってしまったのかもしれない。私はサグラダファミリア教会で歌いたかったのだけど・・・結局、教会というのはどういうところかと思ってしまう。チャリティとかボランティアとか、お金を出すことが嫌なのではなくて、強制的にやらされることに反感を覚えているのかもしれないし、教区のほうで聖歌を歌えば、それこそ自分の教会のバザーをないがしろにすると叱られる。それもこれも役員を3年もやらされたせいだ。長くやられている方たちにとっては仕事であり、私の場合は、他にも仕事があり、何となく教会のことだけに翻弄されることが迷惑に感じられる。高齢者のほうが暇で元気なのだから、頑張ってくださいとしか語れない。同世代としては、互いに無理をしないことを誓い合う。逆らったら干される世界だからだ。バチカンでは空港なみのセキュリティチェックがあり、暑い中並んでいてもお水すらない。ペットボトルの水が持ち込めないため。バチカンの広場では、水売りが待ち構えている。バルセロナの教会では、入場料を払うのが当たり前。ローマの教会ではセキュリティチェックが当たり前。つくばの教会では働きすぎは悪魔の元。おかげさまで娘が大学院に合格した。大学も無事に卒業できそうだし、将来のことを考えたら誰でも不安なのだけれども、今は今のことをやるだけだ。なんか、この絵が気に入っている。版画。娘の作品。グループ展もやっているので、そういうのを書いていいのかな、悩む。詩篇 145. 17-21

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  • 25 Dec
    • 悪魔の教会

      毎年この時期になると、来年の役員のことですったもんだする。毎年のことなので、慣れてはいるものの、すでに3年もやらされて、これでもかとやっているつもりなのに、何もしないと言われてしまう。理由は、歌を歌っているほうが楽しいに決まっている。それで、教区大会の合唱フェスティバルの練習へ参加したいと言えば行くなと言われ、来年は役員をやめて教会の外へ出たいと言えば、女性の会ですら反対される。反対というよりも妨害されている。うちの教会は脱会したというのだが、実際には会費を払い連絡員もいる。会長のほうに来年はよろしくと挨拶も終わっているのに、足を引っ張られる。ご奉仕をやったら悪魔と言われ、悪魔と言われないためにご奉仕やって、ご奉仕やれば家にシロアリが見つかり大騒動。いつまでこんな生活が続くのだろう。本当に年年歳歳ストレスがたまり、行きたくないと思いながらも、仕事のように通っている。あの人とは一緒にやりたくないといえば、わざわざ一緒にされたり、どういう感性なんだろう?うんざりだ。エレミヤ 34. 12-17だからうちの教会は嫌われる。

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  • 06 Apr
    • 助祭叙階式

      今年は、うちの教会だけではなく、いろいろな教会に巡礼に行きたいけど、実は仕事が溜まっていてなかなか進まない。とりあえず、いくつかお知らせをいただいて、その中から選べるのは役員の特権かもしれない。実際には、近所の教会へ通うだけでも大変なのかもしれない。古河教会へ行ったのは初めて。以前から手話のことで知り合った方がいて、うちの教会では難聴者がいなくなるため、典礼ミサについてもう少し勉強しようと思い、お話を伺おうと思ったから。神学生の助祭叙階式があり、出身教会で叙階するから、小さい教会だし、静かに行われると思っていたのに、大司教様までいらしていて、参列者もいろいろな教会から集まっているそうだ。普段は本当に小さな教会で、そのくせ二階席があり、椅子もパイプ椅子だけど、本当はそういう小さな教会のほうがカトリックらしくて好きだ。オルガンは1階にあるけれども、私は2階にいた。オルガンの真上。隣にいた方は本格的に声楽をなさっている方だと思う。歌い方が全然違うし、私はいつも二人しかいないアルトのために主旋律を歌うことは少ないけど、たまにはそうやって気分転換に外で歌うのも楽しいと思った。聖歌隊をしていると、ミサのことがあるから、それなりに気を使う。そういう意味では、他の教会へ行くことはそれなりにストレス発散になる気がしたし、勉強にもなった。歌いすぎるのはよくないと思いながら歌っているのと、和声を気にしないで歌っているのとは違う。うちの教会も長くなると、聖歌隊の指定席もあり、役員もやり、・・・という具合だと、ただ座っている、という気がしなくなる。教会のご奉仕というのはそういうもので、毎月行事予定表を作りながら何か忘れていることはないかとか、来月には何があるとか、細々としたことまで考えるようになると、ミサ後には何があって、という具合に何となく落ち着かない気がする。それはそれでよいことなのだと思うけど、普通に信者としてミサに与るほうが楽しい気もする。どちらがいいのかわからないな・・・行事があってもお客様をしているほうがいいのか、皆と一緒にご奉仕するほうがいいのか・・・わからないな。教会とはいろいろな方がいる。肝心の叙階式のほうはお話好きの神学生がよく似た家族に囲まれ、大司教様のユーモアのある司式のもとに和やかに行われた。田舎の教会で和やかに、それでいて大聖堂のような空気。小さな教会が2階席までいっぱいになり、知り合いと外で立ち話をしただけでパーティには出ないで帰ってきた。彼はうちの教会からテントを持ってきているから先に帰れないのだそう。司牧部は大変だ。総務のしらいしになりそうだから、そそくさと帰った。どこの教会も人手不足なのかもしれない。普通に信者でね・・・私は聖歌隊だから、いいや、と思って帰ってきた。ご奉仕か・・・列王記下 10

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  • 12 Jan
    • フランシスコ会の話

      ホーリーカップルになって一番驚いたのは、私が空想のように書いていた話が、現実の世界の出来事だったということよりも、神父様が、本当にフランシスコ会へ異動するということを考えているということだった。フランシスコ会というのは、ルドビーさんとお呼びしていた神父様がいらっしゃるところで、そのご縁があり、私は娘が小学生の頃、アッシジへ行った。1ヵ月くらいイタリアにいたかな・・・ 洗礼を受けるかどうかも迷っていた頃で、ローマではなく、アッシジへ向かったのである。私はカトリックの大学だったのに、アッシジのことはあまり知らなかった。フランチェスコのこともルドビーさんのサイトで知った。将来、美大へ行きたいと言っていた娘のために、本当はパリへ行くつもりだったが、ルドビーさんのサイトがアッシジの写真だらけになり、何となくイタリアへ行き先を変えた。アッシジというのは、私と娘にとっては聖地で、今でも懐かしい。***私のホーリーカップルのパートナーの神父様というのは、実家がお寺なのに、お母さまがカトリックの信者で、叔父さまが神父をなさっていたということで、神父様としてはユニークな存在なのではないかと思う。ブログにもお寺の写真があったり・・・フランシスコ会のルドビーさんも修道院の自室のお写真だと思うけど、美しい仏像があり、フランシスコ会というのは自由なのだと感じたことがある。夫の実家は姉たちがずっと小学校からカトリックで、義母も教会のお手伝いをしており、甥がなぜかカトリックの高校の教師をしているというカトリック生活な家庭だけど、お寺さんのお付き合いというものがあり、そのせいで誰も洗礼を受けていないという不思議な家族だ。洗礼を受けなかったのは、長男の嫁がカトリックの信者になってしまうと、お寺との関係がややこしくなるために、日常生活はカトリック生活のくせに、洗礼を受けることに姑さんから反対を受けていたため。カトリック生活というのを説明しだすときりがないけど、カトリックの影響を強く受けた生活というか・・・人生観の問題か。でも、そういうふうに考えていたら、ルドビーさんのお部屋の写真を見た時、仏像が書棚に置いてあり、大切にしていることがわかり、おそらくは日本人なら最初からクリスチャンだったわけではないと思うので、家族から受け継いでいるものを大切になさっているのかと思った。だから、フランシスコ会なのだな、と漠然と感じたことがある。だから、思い切って行き先をパリでもなく、ローマでもなく、アッシジにした。そういうこともあって、聖書のことだけではなく、フランシスコ会だったら、自由があるのではないかと考えたことがあり、何となく千原神父の場合には、フランシスコ会ほうが向いているのではないかな、と思ってメールに書いていたら、本当に今、青森のフランシスコ会にいるらしい。(ヨブ40.4-5)追記: この話は事実ではありません。青森にフランシスコ会はない?

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  • 31 Dec
    • パウロしみじみ・・・

      大学が冬休みに入り、やっと娘が家に帰ってきた。いつもなら私のお誕生日には帰省するはずだが、だんだん忙しい年頃になってきているので、なかなか戻って来ない。1月に入ったら5日から授業が始まるため、ほとんど家にいない気がするけど、とりあえず、年賀状は作ってくれたので良しとしよう。せっかく美大へ通わせているのだから、それくらいは・・・画像をアップしたかったのだけど、重すぎてアメブロではアップロードできない。残念。***今年はクリスマスという気分ではなかった。毎年そうなのに、今年はクリスマスの朝まで年末調整をやって、ミサへ行き、それからお給料を振り込むという慌ただしさ。採用の面接はあるし、定年退職する看護師の退職金の計算やら、年末の上にパートが一人決まっただけではどうなることやら・・・やることが多すぎ。このままだとお正月という気分でもなさそう。あっという間に一日が終わってしまう。棚卸も終わってないしな・・・休日出勤手当がほしいが、もらえない。なんかね・・・クリスマスイブに、ホーリーカップルになったというお知らせが届いたらしいのですが、実感が湧かず、クリスマスの朝に、教会のお世話になった方たちにメールでお礼状を出し、会うと嬉しそうにハグされたので、やっぱりその話は本当だったのかという顔をしたら呆れられてしまった。仕事が多すぎるのかも。(ガラテヤ2.1-7)いつの時代も、という感じ。

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  • 15 Dec
    • ぼ~っとしている

      やっと止まっていた時計が動きだしたような気がする。とりあえず、塔短歌会のほうにもお金を振り込んだし、少しずつ外へ。筆名があるということはそちらを使ったほうがよいのだろうか。そういうことだよね。筆名だと自分短歌という気がしないし、写実と概念とかそういう風に分類したほうがよいのだろうか?どうでもいいや・・・ネット歌人で大騒ぎしていた頃も終わったし・・・いまだにナカニシヤ出版からカタログを送られてくるし、がしかし・・・心理学はもういいや、というか今からガツガツする気力もないし、娘が院へ行こうかと言っている。世代交代。今日の予定。税務署に職員用の書類と書き損じ用の確定申告の書類を取りに行く。そっちが大事。リクルートの手続きをする。掲載が始まる。それからまだ何かあったような気がする・・・行事予定表を作らないと。頭がぼ~っとしているので、忘れっぽい。加齢現象か?ハープの練習もさぼっている。キャロルスの季節だからと言い訳を考える。簡単なほうがね・・・サウルハープが遊んでいるから、これを練習しよう。ラップトップは結構慣れが必要。グランドハープみたいにじっとしていてくれない。キッチン用のすべり止めを買った。ハープが落ちないように。ぼ~っとしてるな・・・コリント一 6.1-20

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  • 06 Jul
    • なりゆきまかせ

      やっぱりわが子だなぁ・・と思ってしまう。親って、子どもの良いところを見たときより、悪いところを見つけたほうが、何となく自分に似ているような気がするから不思議・・・そうやって、何かをなぐさめているのかもしれない。突然、電話がかかってきて、--- お母さん、実習先、まだ決まってない。--- いつまで?--- あさって。はあ?今からあたっても、書類を送ってもらう時間もないではないか。普通は4月になる頃には動き出し、6月になっても決まってないということはありえない。娘の説明だと、大学の説明会自体が5月だったし、美術の専門の先生を置いている学校が少ないため、なかなか見つからないそう。なんかね・・・今まで何のために教職をとっていたのか。しかも、来年は4年なので、4年で見つけても大学院へ行くか、5年生までやるか、しかない。--- 大学院へ行こうと思うんだけど。4年じゃ足りない。先生が刷りが上手だから院へ行きなさいと言っていて・・・別に驚かない。逆に、--- そーでしょう? 院に行かないと自分のやりたいことやらせてもらえないし。私は、自分が30歳くらいまで院生を続けていたので、娘が大学院へ行くと言って驚くに値しない。でも、せっかく今、就職が回復していて働きやすい時期なのに、わざわざ高い学費をかけるだろうか?でもね、私なんてバブルの絶頂期だったから、そういう意味ではどーでもいい。しかも、娘の専攻は木版画。就職のことを考えて、版画科なんかに行くだろうか?私はシルクスクリーンが好きなので、娘に大学ではやらせてもらえないのか尋ねたが、学部では難しいそう。おそらくは装置などの関係で、順番が回ってこないのだろう、学部では。将来のことを考えないのかと思うけど、私自身、長生きの家系ではないために、そういうややこしいことを考えるのは苦手で、その時々にやりたいことをやってきただけなので、今さら娘に言うことは何もない。それに、将来のことを一生懸命に考えたって、自分の希望するようになることなんてほとんどないし・・・それにしても、計画性、なさすぎでしょう。さすが、わが子。(歴代誌上 21. 1-3)

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  • 01 Jul
    • 合コン

      男の子っておもしろいな、と思ってしまう。家の近所にカフェバーがあり、たまに家族で利用する。そこは徒歩圏内なので、唯一私がアルコールが飲める店。車を利用するような場所だと運転のことがあるので、私は飲めない。(夫はのんべーだから夕方以降は運転してくれません。)今は娘も下宿中で、普段は家にいないし、夫と二人で行くことが増えた。マスターの飼っているトイプードルが看板犬で、犬を連れて入れる店なのだけど、うちの犬は躾が悪いので、家でお留守番。マスターの他に、近所の大学の学生が何人かアルバイトしていて、そのうちの一人の男の子が友達を連れて合コンに来ていた。ただし、学生なので、店の外のテーブル。私はカウンターに座っていたので、最初は気づかなかったが、その中の一人が店内に入ってきて、キャッチャーポーズで座り込んでいる。目当ては犬。何とか手なずけようと頑張っているが、犬のほうは逃げてしまう。そのうちおやつを取り出して、エサで釣ろうとするが、エサだけもらったら逃げる。野球部なんだよね。そーいえば。打率悪すぎでしょう。1ヒットも狙えない。わんころを中心に、次第に店が盛り上がってきて、犬が逃げ回る。合コンの男の子たちは店の中と外を出たり入ったりしているが、女の子たちはテーブルに座ったまま固まっている。犬があちこち移動するので、その後を追いかけまわして、男の子も移動する。そのうち犬がヒョイっと夫の隣に座っている色っぽい女性の膝に乗ると、追いかけてる男の子も彼女と戯れ、私のところに来たら来たでくっついてくる。中にはイケメンで、バイト中の男の子もいるから、当然、顔見知りですし、わたくしとも仲良くお話したりします。で、気が付いたのだけど、外の席に座っている女の子たちの視線が冷たい。結構、可愛らしいお嬢さんたちで、ミニスカートをはき、気合いが入っているのがみえみえ。たぶん、そのせいで興奮してるんだろーな。普段、野球部で女っ気がないものだから、じっとしていられないのか?そっちと話せよ、と思うのだけど、やたらと店内に来る。バイトの子は、礼儀正しい。いや、礼儀正しすぎるところが怪しい。決まり悪そうに私のほうを見る。実は、その子、娘が一緒だとガチガチになってしまい、親の直感ではそういうのは気が付かないフリをすることにしている。(まあ、娘もいないし、今日は合コンだし、楽しくやってください。)(いえいえ、僕は友達に誘われただけですから。)(いえいえ、うちの娘は関係ありません。)↑別に声に出して話したわけではない。でも、何となく伝わるってことあるでしょう?そういう雰囲気を察してか、なぜか外から女性の冷たい視線を感じる。私、何もしてないのに・・・でもね、せっかくの合コンなんだから、犬を追いかけまわしたり、おばさんたちとお話したりせず、きちんと女性の目を見てお話しましょう。アドバイスしたかったけど、ダメだね、きっと。(ローマ 1. 7)

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  • 29 Jun
    • 理解者

      昨日は、休日当番だったけど、電子カルテのメインサーバの電源が故障し、サポートセンターはお休みだし、大変だった。今は、普通はサーバを一つしか使わないのが主流らしいけど、私は基本的に電子の世界を信じていないので、2台置いている。メインが落ちたらサブに自動的に切り替わる、という話だったのに、実際には自動的ではなく、データだけが保管されるけど、それ以外の機能はサポートセンターに頼まないとダメらしい。ムカッ。だったら、日曜日も働けよ、と思ったけど、お休みとは。そうなると診療できない。昔は手計算で診療できるように紙カルテも置いておいたけど、今は気が付けば誰も手計算できない。新しい診療報酬点数表すらないことに気づいた。となれば、休診だ。やったー!あちこちに連絡を入れて、今日は診療できないことを張り紙し、これで終わりかと思って喜んでいたら、一人、健診結果を取りに来る予定になっていたらしい。連絡をしたいけど、電子カルテが落ちているため、連絡先がわからない。これも以前はご本人に書いてもらった用紙を保管していたけど、今は、電子カルテに取り込んだ後は、個人情報のことがあるので、シュレッダーにかけてしまっている。皆は、仕方がないのではないか、という感じだし、明日からまた休みなく仕事だし、休診するなら早く帰りたい。で、父さんが結局、居残り・・・普通、職員が帰ってしまって、医者だけ残っている、というのはありえないけど、うちの場合は結果的にそうなる宿命らしい。よく言えば、やさしいとか、まじめとか、責任感が強い、とか?悪く言えば、神経質、几帳面すぎ、まじめすぎ、他人を気にしすぎ、細かい。調剤薬局の人が気を使ってくれて、お菓子などを差し入れにきてくれたそうだが、結局、2時半に取りに来たため、お昼も食べなかったらしい。で、うだうだ4時までクリニックにいたとか?それで終われば、単なるよい人。が、しかし、家に帰ってくると、ウダウダが始まる。どうして紙で連絡先を保管しておかないんだ、とか、職員も2時間交代でいてくれたらよいのに、とか、サポートセンターがどうして休みなのか、とか、その他諸々、ぐちぐち言う。ぐちぐち言うなら、今日は休診になったのだから、その健診結果を取りに来るはずだった人を待つ必要性はない。他の職員の常識で考えても、それは仕方のないアクシデントらしい。私もそう思う。月曜日の朝に取りに来てもらえばよいだけのこと。なのに、たまたま休日当番だからという理由で、日曜日に取りに来ると、その人が言っていたものだから、夫の性格からして心配になって待ってしまう。よーするに他人に悪口や文句を言われるのが嫌なだけなのではないかと思うけど・・・職員も長くいると、次第にマイペースになって行く。付き合っていたら、疲れるだけだ。自分の生活もある。あなたたちは家に帰れば終わるけど、わたしはそれから始まるの・・・いや、職員には嫌われたくないから、逆に何も言わない。出産で辞めた職員が戻ってきてくれることになった。うれしい。仕事を辞めたいのに辞められない私の理解者。「事務長、大変だから」と思ってくれるあなたが好き。早く戻ってきて。(ルカ 12. 57-59)

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  • 26 Jun
    • さよなら、税金

      昨日は寝苦しかったな・・・聖霊によって押さえつけられてるような感覚。これが悪い奴だったら、金縛り、と呼ぶんじゃない?自分の他人に説明できない変な感覚、どこかシュールな感覚を、他人に説明することはあきらめているので、私は、それを風と呼んでいるけれども、教会では聖霊と呼ぶということを洗礼を受けてから知った。あまりにも便利な言葉。聖霊・・・____やっと税務調査が終わり、納税も済ませ、修正申告の書類を調査官に渡し終えた。来るならもっと早く来てほしかった。医療機関の場合、消費税はお届け制と聞いていたので、悠長に構えていたら、お届け出してなくても支払わなければならないらしい。毎年ならともかく、5年間分となると大きな金額だし、しかも延滞金まで加算されるので、ほんと、バカバカしくなるほど支払わされた。まあ、いいや。税理士をつけていない私のミス。税務調査官にも、税理士への支払いを考えると、お得ですよ、と慰められた。そーいう問題ではないと思うのだけど・・・ それならもっと早く来てほしかったとしか言いようがない。_____働いて、税金を払って、あくせくあくせく・・・そういう日常の中で、どうして神さまとお話する時間があるのか不思議。わからないなぁ・・・でも、短歌ってそういう世界の代物。ごく日常の中で眺める風景が、ふと透明になり、記憶の中で風になる。昔は、短歌は写実、と言われて嫌だったけど、今はそんなものかもしれないと思うようになった。そのうち、納税のことも詠んでやろー。転んでもタダで起きない。いや、支払わされたものはいつか取り返そう。まあ、いいや。もともとは私のお金じゃないし・・・当の本人はまるで他人事のよう。世の中ってそういうものなのかも。税金を取り戻すには、病気にでもなって長期入院でもすればいいかも。そうすれば、元は取れるかもしれないけど、ありがたくないね。さよなら、税金。(コリント二 10. 1-6)

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  • 21 Jun
    • 裏切られても・・・

      先日、久しぶりに義理の叔母に電話した。以前から外国人の就職活動を支援するボランティアをしていたことを思い出したので。でも、うちの教会などとはまったく違う。神戸市が支援している活動で、地元のセレブが集まって、日本で働きたいという神戸大学の留学生の就職斡旋や、ちらし寿司や手巻き寿司などを皆で作ったりするといった感じ。相手にしているのは政府から毎月20万円ずつ奨学金が出ているような学生。オーバーステイで仮釈放になっているような人たちとはまるで状況が違う。にもかかわらず、叔母が言うには、裏切られてばかり、らしい。裏切られるというのは、一生懸命に推薦状を書き、やっと就職が決まったのに、遅刻が多いとの理由でクビなったり、相手先の企業からクレームを言われたり、ボランティアなのに責任を背負わされたり。そのたびに、もう辞めようかと思うらしいけど、一生懸命にやっている方がいて、誘われるままに続けている。でも、その方がご病気になってしまったので、そろそろ潮時かも。____今日、役員会があって、外国人を含めた生活困窮者の支援についての指針を話し合った。他の教会で行われた研修会に出席した人たちの話を聞くと、支援をめぐって教会内が2つに分裂している等、暗い話題が多い。結論としては、経済的な支援はやらないほうがよい、ということらしい。その他にも、厚意で支援してきた家族がようやく国に帰ったと思ったら、国際電話がかかってきて、仕事が見つからないからお金を送ってほしいと言われたとか・・・ 国際電話をかけるお金があるのなら自分で何とかしろ、と思うほうが普通で、その時になって、何やら釈然としないことに気が付いた、とかね。でも、私、思うのだけど、こういうのって裏切られながら、それでも続けているというか、裏切られるほうが普通のような気がするけど。(私が変なのだろうか・・・)経済的な支援をするというのはそういうことで、日本だって生活保護者を見れば、自分で働けよ、と思う人たちのほうがずっと多い。外国人といえども、ずっと支援をしてもらっていたら、それが当たり前になってしまい、自分で働こうとしなくなる、というのはごく普通のことのような気がする。それがバカバカしくなって、支援を辞めたいというのであれば、辞めたらよいだけのことであって、教会は役所ではない。そういう状況でも、自分たちが異国で暮らして苦労しているのに、まだ他人の世話をしている方たちはいるわけで、大変ではないかと訊いたら、神さまへのご奉仕だから、と言われた。そうなんだよね・・・神さまへのご奉仕だから、裏切られても騙されても続けていられる。そして、お金が欲しいわけではなく、日ごとの糧が必要なだけ、状況が改善されれば、お祈りください、というだけのこと。生活困窮者というと、すぐにお金を渡そうとするのは、日本人の良いところでもあるし、悪いところでもある。でも、こういうことにマニュアルは作れない。私たちは役所ではないし、私たちが決めたからといって法的な効力があるわけでもない。やりたかったらやればよいし、やりたくなければ無視すればよいし、ルールなんてないんだよ、ってね、私は思う。とは言いながら、教会として信者から寄付を集めたりすることはしないことになった。つまりは、状況に応じて皆で話し合おう、勝手にやりたいならやれ、というアバウトな結論。ケースバイケース。やりたい、と思うことがすでにみこころなので、やりたくなかったらやらんでもよいでしょう。(たぶん)(ガラテヤ 3. 1-3) 

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  • 20 Jun
    • ハープの弦が切れる季節

      ハープの弦がものすごい音を立てて切れた。昼寝がパア・・・在庫を確認したけど、スペアがない。弦も意外と高いために、全部を揃えてはおけない。梅雨の季節は、弦が切れやすくなる。私はハープをする前は、弦は緩みやすく、調弦しないと音が下がるものだとばかり思っていたが、ハープの場合は湿度によって逆転する。湿度の低い冬は音は下がるが弦は切れにくい。逆に、湿度の高い梅雨の時期は、調弦しないと音が半音くらい高くなっていき、放っておくと3本くらい立て続けに切れたこともある。こんなに手間のかかる楽器は初めて。練習前にいちいち調弦しなければならないし、しかも47弦ある。慣れてきてはいるが、弦を取り換えたばかりだと、ちょっと弾いているうちに下がってくるし、弾かなくても1音以上下がってしまう。持ち運びには向かないし、移動のためにハープを運べる車に買い替えようかと思っているが、今のところ面倒なのでそのまま。それでも、こんなに面白い楽器はないかも。47弦もあると、音のバリエーションとグラデーションがたくさんあり、しかも、音が空気中に拡散するせいか、音が重なり合ってもうるさくない。和音が豊富で美しい。音の強弱がつけやすい。なんて表情の豊かな楽器なのだろう・・・しかも、甘ったるい。____私の使っているのは、ペダルハープの中でもそんなに大きくないタイプ。セミグランド。これより大きいとコンサートタイプになるが、家の中で弾く分には場所をとらないセミのほうがよいと思ったのと、楽器というのもご縁もので、買おうと思った日にちょうど調整が終わったばかりでアトリエ(工房)のほうに置いてあったのが、アリオンだった。電話で問い合わせたときに、自分のイメージを伝えたら、ドンピシャで在庫があると言われた。ゴールドの装飾が入っているので、予算的にはオーバーだったが、それを逃すとイタリア製なので半年後の納品になってしまう。しかも、届いて現物を見たら、自分のイメージしていたものと違っていたり?ちなみに、ラップトップと言われる型のサウルハープでさえ、何故か今は在庫切れで、国産なのに納品に3か月かかるらしい。私の場合、たまたま展示のために作られたハープがメーカーにあったので、ヤマハに頼んでそれを取り寄せてもらった。世界に一つだけのハープ。なんかいいよね・・・(でも、こちらはあまり使っていません。待っている皆さまごめんなさい。)サウルハープは、仕事が忙しくてグランドハープを練習する気力がないときに、先生に勧められて買った。弦が少ないし、軽い。指も傷つかない。(ちなみに絆創膏も厚手のものを先生に教えてもらって使っています。)ハープを始めたきっかけは、教会のチャリティコンサートで生まれて初めてハープを触らせてもらった時に、直感的に自分がこの楽器を弾けると思ったから。何なんだろう、この感覚は。インスパイアされた、と先生に言ったら笑われたが、教会にいると、そういうことは珍しくない。やりたいと思ったのではない。弾ける、と思ったのだ。前世があるなら、前世で自分はハープを弾いていた、と思ったような感じ。まあ、クリスチャンなので、前世のことは考えないようにしてるけどね。とりあえず、聖霊のお導き、ということにしておきませう。(シラ書 37. 16)

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  • 18 Jun
    • 筋肉痛

      筋肉痛・・・昨日までは、大胸筋。今日は腕。大したトレーニングはしていないのに、すぐに筋肉痛になる。怠け者の私が、どういう風の吹き回しかと言えば、この前のハープのレッスンで、「しらいしさん、意外と腕力ないわね」と先生に言われたから。そろそろハープを始めてから1年半以上経ち、気がつけば中級レベルの練習をしているのかな・・・目標だったマックスウェルの「引き潮」も練習させられている。これが10年後に弾けたら、ハープのレッスンを辞めるつもりだったのだが、2年くらいもすれば楽に弾けるようになるのかも。1年前、先生に左利きかと訊かれ、その時になってようやく私は自分の右手の親指が動かないことに気づく。若い頃に脱臼し、途中までしか曲がらないし、左右に動かせない。当然、ハープの主旋律を弾く力が足りない。そのことを先生に告げた時の、なんとも言えない表情・・・それまではキャロルスとか、ライトな曲を好きなように弾かせてくれていたが、私の右手に障害があると知るや、ボクサなどの練習曲で、弦を弾く練習がメインになった。私も、親指を動かすトレーニング?を意識的にやるようになり、今では指が曲がるし動くし、リハビリ成功。もともとが器用なので、今まで「障害がある」とまで感じたことはない。ただ、瓶の蓋を回すとき、蓋を右手で固定し左手で瓶を回さないと蓋が開かないとか、日常的にはその程度の苦労。大したことはない。でも、楽器の演奏となると別。むしろ、演奏家としては致命傷だろう。でも、しょせん、素人でございまして、今から芸大へ行くとか、プロのハーピストになろうとか、そういうわけではない。にもかかわらず、せっせとリハビリをしていた私・・・それから1年、先生の褒め言葉、「あら、しらいしさん、私と同じ音が出るわね」だって・・・ぜんぜん褒められてる気がしないのだけど・・・もう少し別の褒め方があるのではないかと思って顔を見たが、へいちゃら。さすが芸大出身。で、次のセリフが、「しらいしさん、意外と腕力がないわね」だって・・・ちょっとムッとして、それ以来、キッチンのシンクを相手に腕立てふせのマネなどしていたら、腕ではなく大胸筋が痛くなってきた。床を相手に腕立てふせするような根性はない。基本的に疲れるのは嫌いだし・・・無理はしない。次から次へと課題を出されることを喜ぼう。まだ上達する見込みがあるってことでしょ?悪い気はしない。(マタイ 27. 27-31)栄光あれ。

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  • 16 Jun
    • マリアさまといっしょに

      昨日は突然、巡礼の歌のような「マリアさまへの祈り」が頭の中でぐるぐる回り、せっかくだから忘れないように五線譜と受験用の太字の鉛筆を買いに行った。買ったのはよいけど、いざ頭の中をぐるぐる回っている歌を譜面におこそうとすると、意外と難しいことに気づく。しかも、巡礼の歌風なので、なおさらかも。日頃は、渡された譜面が読めないということはないのに、自分で書くとなるとめんどくさい。もっと面倒なのは、祈りの言葉を優先するか、歌のイメージを優先するかで、曲が微妙に変化してしまうので、素人の私にはその判断すら難しい。でも、考えたら、自分の気分で変えても誰にも文句を言われないことに気づく。エフェスのマリアさまの家のある山の中腹に、急に見晴らしのよくなる場所があり、マリアさまの時代にはエフェスの周辺は海だったことを想像すると、つまりマリアさまが見ていた景色を想い浮かべると、エーゲ海に続くその景色はとても美しく、この場所で昇天したのではないかと思うくらい。そんなことを考えていたら、頭の中に巡礼の歌がぐるぐる・・・____マリアさま? はて?神さまとお話する時には聖書を開くが、マリアさまとお話することはない。マリアさまとお話するとすれば、マリアさまへの祈りだけ。ただし、歌がたくさんあるので、うれしい時悲しい時、その時々で、マリアさまの歌がずっと鳴りっぱなしのこともある。ラテン語だろうと日本語だろうと、たいていはマリアさまへの祈りの文句は同じなので、深く考えたことはない。心の中の問題。気持ちや気分の問題。一緒に歌うという感じかもしれない。いつも一緒に歌ってくださる、という感じ。感情に支配されているとき。ニコチン中毒で、慢性的にのどが炎症を起こしているような私が歌えるのは、もしかするとマリアさまのおかげなのかもしれないなぁ・・・(マリアさまのお話なので、聖書は開かない)聖書を持って、マリアさまの歌を歌いながら巡礼へ行く。そんな想像をしながらドライブしていたら、やたらとハッピーな気分になった。

      3
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  • 14 Jun
    • 絵画展

      芸大美術館に、ヘレン・シャルフベック の絵を観に行く。タダ券をいただいたので行っただけだけど、とてもよかった。中でも、「教会へ行く人々(復活祭の朝)」という絵があり、ずっしりきてしまった。背景もない絵で、4人が描かれているだけ。手前に後ろ向きの子ども、左にぼけーっとして正面を向いた若い娘、中央にその母親、一番右に老婆。母親は、顔を十字架を見上げるかのように上に向けているが、視線はうつむき、生活の重さを感じる表情。老婆は背中のまるみに合わせたように視線を下方に向けてはいるが、その視線の高さはまるで棺桶を眺めているときのよう。娘が、「復活祭なのに黒服を着ていくのか」と尋ねてきたが、そんなことは知らん。「ボケっとした顔をしているのはマホで、その隣の母親は私で、その隣の老婆も私」と言ってやったら、黙って絵を眺めていた。(正確には、映写場に置いてあった解説書の絵だが・・・)昔、母が、映画や小説は3回、と言っていた意味がわかる。年齢によって感じ方がまるで違うから。娘がその絵を観て、何を感じたかわからないけど、めずらしく別れるときにずっとこちらを見ていたので、娘も少し大人になったのかも、と思った。(ヨハネ 14. 16)

      4
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プロフィール

りん

性別:
女性
お住まいの地域:
茨城県
自己紹介:
Copyright@Masako Shiraishi /Tanka ほとんど自分では撮影しません。...

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わたしの短歌は
ジョアン・ジルベルトがボサノバを歌うように
シャンソン歌手が詩の朗読をするように
淡々とつぶやくように読んでほしいのです
ロックのリズムでもかまわない
ハウス・ミュージックでもかまわない
アコースティックなギターの調べでも
つまびらやかな流れるようなピアノの調べでもかまわない
潮風に吹かれながらでも
5月の風に窓を開け放したクルマの中でもかまわない

サウンドの中に詩が響きますように
歌だから・・・


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ほっとけない 世界のまずしさ



ハンガー・サイト

Protect Endangered Species at EcologyFund.com

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