巡礼ボイコット事件

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去年は巡礼年だったので、私もあちこちの教会へ巡礼に行った。教区内の指定教会をはじめとして隣の教会や教区大会の練習のために遠くの教会やら、叱られるくらい外の教会へ出ていたかもしれない。夏には、ローマとバルセロナへ行き、バチカンやカテドラルを回ってきた。

 

残りは、司牧担当の修道会のフィリピン巡礼ツアー・・・

うちの教会では全員がボイコットしたらしい。私も行かないし。

 

本当のカトリックを知ってほしいと障がい者の集まりが名古屋であり、私も黙想会へ行ってきました。自分が障がい者というわけではないのですが、母が要介護5で7年以上生きていたために、難聴者の世話などをしているうちに、手話を通してそういう集まりに参加するようになった。名古屋は福祉がよくて、そういう状態の人たちでも24時間ヘルパーさんがついているのが当たり前らしく、会にもヘルパーさんが一緒に来ていた。

 

難聴者の世話というのも本人が大変なわけではなくて、周囲の人たちの考え方の相違があって、いろいろ精神的に苦労した。大学生となると、娘と同い年で、障害者手帳を持って学費免除の苦学生と娘と同じレベルではいかない。で、私が何もしないとか?

普通に手話通訳したり、本の貸し借りをしたり、交流活動をしているとは思ってくれないのか?

 

教会で何がきついかと言えば経済支援のことで、それこそ移民の世話、障害者の世話、その他諸々金出せの世界なので、いい加減にしろ、という気分になる。

ボランティアをやっている人たちのたかぴーさにはうんざりだ。大金持ちだからね、神父で

さえ。大金を持って貧しい人たちに施している。それは良いところなのでしょうけど、協力しないと言ったら嫌がらせやら虐めやら、どうなってるの?という世界だ。そういうのって強制的にやらされるものか?

神父さまあ、なんてくっついているババアの嫌がらせは、神父には近寄るな、とか、おまえはほのじ?だ、とか、そういうことを言いふらして、司祭館の出入りは婆さんたちだけとかね、いろいろ仕切っているやつがいる。

好き好んで女中をやりたいわけじゃないからいいんですけどね。

そういうことを考えると、神父さんたちの顔をみるのも嫌だし、口もききたくない。また虐められるので。そんな教会へは行きたくないほうが普通では?

だから、教会には最低限度のことしかしないという意味で、維持費でも献金でも減額したら、それこそまた嫌がらせ。友部修道院には入ってはいけない、教会の活動を手伝わせないとか?

しょせんボランティアですからね、やらなくていいのなららっき~なんだよね。おかげで、教会から若い子たちが消えた。

 

春だからまた新しい学生が来て、難聴者だったりしたら、新歓の争奪戦みたいに頑張らないと。プロテスタント教会は若い人たちばかりだというのに、カトリック教会は高齢者ばかりで、幼児洗礼なんて何の役にも立っていない。

 

フィリピンの巡礼ツアーにしても、そういう背景があって、ボイコット。

私は聖歌隊が長いので、ユスト高山右近の列福式には参加してきた。これさえ邪魔されて、行かれないかもしれなかった。ほかの教会の信者さんファミリーの協力で、どうにか行けた。私一人で聖歌隊に参加させようという感じだったのかな。とにかく気に食わないとなったら嫌がらせされるからね・・・関わり合いになりたくないよね。

 

平和旬間ミサ。

ご主人が牛久の管理センターの仮放免中で、奥さんが働いて、友人の家のキッチンに寝泊まりしている家族の話を聞いてきたが、率直に語れば、本国へ帰ったほうがよい暮らしができると思うのね。なのに、どうして日本にいるのか尋ねただけで、シスターはヒステリックになるし、何の迷惑をかけているんだと怒鳴られた。

日本で暮らしたいだけなのかもしれないけど、私はフィリピンを知らないから。

そういう人たちを支援して、少しお金ができたら教会に献金してもらうとか?

そのお金で神父さんたちがスキーへ行って遊んでいる。神学生への寄付だって、どうやって使われているのかわからない。本当に神学校なんてフィリピンにあるのかな?

支援のお金を着服したってわからないし、あのイメルダでさえ議員を続けていたとか?

10万でも100万円の価値があるのがフィリピンだからね・・・私たちにはわずかな金額でも大金だ。それで食べて飲んで家を買っている人たちもいる?お墓まで?

神様のおかげなのだろうか?

 

なんかね・・・

チャリティもボランティアもお金が集まりすぎているそうな。

釈然としない。

 

コヘレト 12. 1-2

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