助祭叙階式

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今年は、うちの教会だけではなく、いろいろな教会に巡礼に行きたいけど、実は仕事が溜まっていてなかなか進まない。
とりあえず、いくつかお知らせをいただいて、その中から選べるのは役員の特権かもしれない。
実際には、近所の教会へ通うだけでも大変なのかもしれない。

古河教会へ行ったのは初めて。
以前から手話のことで知り合った方がいて、うちの教会では難聴者がいなくなるため、典礼ミサについてもう少し勉強しようと思い、お話を伺おうと思ったから。
神学生の助祭叙階式があり、出身教会で叙階するから、小さい教会だし、静かに行われると思っていたのに、大司教様までいらしていて、参列者もいろいろな教会から集まっているそうだ。
普段は本当に小さな教会で、そのくせ二階席があり、椅子もパイプ椅子だけど、本当はそういう小さな教会のほうがカトリックらしくて好きだ。
オルガンは1階にあるけれども、私は2階にいた。
オルガンの真上。
隣にいた方は本格的に声楽をなさっている方だと思う。歌い方が全然違うし、私はいつも二人しかいないアルトのために主旋律を歌うことは少ないけど、たまにはそうやって気分転換に外で歌うのも楽しいと思った。
聖歌隊をしていると、ミサのことがあるから、それなりに気を使う。
そういう意味では、他の教会へ行くことはそれなりにストレス発散になる気がしたし、勉強にもなった。歌いすぎるのはよくないと思いながら歌っているのと、和声を気にしないで歌っているのとは違う。

うちの教会も長くなると、聖歌隊の指定席もあり、役員もやり、・・・という具合だと、ただ座っている、という気がしなくなる。
教会のご奉仕というのはそういうもので、毎月行事予定表を作りながら何か忘れていることはないかとか、来月には何があるとか、細々としたことまで考えるようになると、ミサ後には何があって、という具合に何となく落ち着かない気がする。
それはそれでよいことなのだと思うけど、普通に信者としてミサに与るほうが楽しい気もする。
どちらがいいのかわからないな・・・行事があってもお客様をしているほうがいいのか、皆と一緒にご奉仕するほうがいいのか・・・わからないな。教会とはいろいろな方がいる。

肝心の叙階式のほうはお話好きの神学生がよく似た家族に囲まれ、大司教様のユーモアのある司式のもとに和やかに行われた。
田舎の教会で和やかに、それでいて大聖堂のような空気。
小さな教会が2階席までいっぱいになり、知り合いと外で立ち話をしただけでパーティには出ないで帰ってきた。彼はうちの教会からテントを持ってきているから先に帰れないのだそう。
司牧部は大変だ。
総務のしらいしになりそうだから、そそくさと帰った。
どこの教会も人手不足なのかもしれない。
普通に信者でね・・・
私は聖歌隊だから、いいや、と思って帰ってきた。
ご奉仕か・・・

列王記下 10



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