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物心ついた時からそばにいて、一緒に行動しなくなったのはつい最近からの事だった。

そこで初めて、あいつが本当に妹とかそんなんじゃあないんだという事を自覚した。

それでも変わらないのは、この思い。

幼馴染としてなのか、はたまた別の存在としてなのか、

とりあえず、あいつが俺にとって大切な存在であるということ。

 

        lovesickness~将臣の場合~

 

最近望美の様子がおかしいと、一番に気がついたのは譲だった。

言われて見れば確かにどことなく変で、

ようやくここ数日胸の辺りにあった違和感の正体が分かった気がした。

譲に望美のことを気にかけるように言われ、あいつはいつから望美の母親になったんだと呆れながらも、

一応心配は心配なのでそれから何日かは注意をして見ているようにした。

しかしそれで新たに分かった事といえばせいぜい、

授業に集中せずぼんやり窓の外を眺めている時間が多くなったようなこと位だ。

普段の様子は何も変わらないように見える。

だというのにクラスも学年も違う譲が変化に気がつくとは大したものというかなんというか、

あいつは本当に昔から望美には特によく気がつく奴だと改めて感心した。

 

そういえば、変わった事というか気になる事がもう一つ、ある。

 

「先生、落ちたぜ。」

「ああ、どうも有難うございます。」

 

この誰に対しても柔和に笑う人当たりのいい男、弁慶だ。

元々望美が弁慶をあまり好いていないことはなんとなく分かっていた。

しかし、最近ではあからさまにこの男に対して拒否反応を示している。

最初はこいつでも教員に対して人並に好き嫌いがあるのか位にしか思っていなかったが、

よくよく考えてみれば少しいきすぎな感じがしないでもない。

 

「(何もなくて急にあそこまで避けるのはさすがにおかしいよなぁ?)」

「?どうかしましたか?」

 

首を傾げ心配そうな声色で問うてくる弁慶は、見る限りではいい保険医だった。

現に生徒達には人気があるし、悪口を言う人間もあまりいない(やっかみは多いみたいだけど)

それを望美はどうしてああも嫌うのか、否苦手というべきか?

 

「あのさ・・・。」

「はい・・・?」

 

聞こうか聞くまいか数秒悩んだ後、すっきりしといたほうがいいかという、

思慮のいささか欠ける理由で聞くことを選択し、将臣は弁慶の目を見据えた。

 

「先生・・・望美に何かした?」

「え・・・。」

 

あまりにもストレートなその質問はカマかけのつもりで口にしたのだが、

実際、鳩が豆鉄砲食らった顔というのはこういうことをいうんだろうなと思うほどに、

弁慶は無防備な驚きの顔を一瞬見せた。

それからすぐに、口の端をつり上げるような笑みを取り繕って、

恐ろしいまでの穏やかな口調で尋ね返した。

 

「失礼ですが・・・君の名前を聞いても?」

「有川将臣。ああ、弟がいるからややこしいんだ、将臣でいいぜ。」

「では、将臣君。僕はその方に何もしていません。

少なくとも、僕の知る限りでは。もっとも、知らずに何か失礼をしたのかもしれませんが。」

「そう、か。・・・時間とらせてすみませんでした、先生。」

 

思い立って言葉を正し軽く頭を下げると、将臣はそのままきびすをかえした。

それなら、やっぱり望美の一方的なものなのだろうか。

まぁ例え何かあったとしても一生徒においそれと口にするものではないだろうけれど。

 

「あ、将臣君。・・・春日さんに、何か?」

「・・・いいや?元気だぜ?」

「そうですか、前にも体調をくずされた事があるので・・・無理はしないようにと・・・。」

「伝えとく。」

 

にかっと笑い返す将臣に、弁慶はいつもの柔らかい笑みを向けてから廊下の向こうへと消えた。

足音が遠ざかり、やがて聞こえなくなったところで立ち止まると、

将臣は眉を一瞬寄せてから、もう誰もいない廊下を振り返った。

 

「春日さん、ねぇ。」

 

本来保険医というものはあまり生徒の名を覚える必要性がない。

それは、この学校での保健の授業は体育教師が担当するという事も関係するのかもしれない、

名前をあえて覚える機会も必要もないのだ。

彼が将臣を知らなかったのが一つの具体例。

係やよほど病弱な人間、インパクトの強い病気でもないかぎり、

そうそう個人のフルネームなんて覚えているものではない。

 

「(確かあいつ一度だけ保健室行った事あるよな。)」

 

その時に覚えた?姓名両方を?

ありえない話ではない、それでも下の名を聞いてすぐ苗字が分かるほど覚えているものだろうか。

残るしこりを気にしないようにして、将臣は放課後の静寂な廊下の中を教室へと急いだ。

 

     *                          *

 

「あー将臣君遅ーい。追いてっちゃおうと思ったんだからね!」

「悪りぃ悪りぃ、けどそれなら先帰ってくれてて構わなかったぜ?」

「あーあーあーそういうこと言うんだ!もぉ待ってて損した。

 

ぶすーと膨れた顔をふいと背け、一瞬間を置いてから噴出す。

それにつられるようにして将臣も一通り笑ってから、 帰るか と視線を望美に向けた。

明るく頷き返す望美は本当にいつもと変わりなく、ともすれば変化など見落としてしまいそう。

だけど確かに、言葉の端々、態度のところどころに元気が感じられなかった。

 

「そういえばさっき保健の、弁慶に会ったわ。」

「へぇ・・・。そう。」

 

何気ない調子を装ってそう言うと、望美は笑顔の消えた表情で無感情に返した。

 

「ってあーーー譲君待ってるよもう!約束の時間二十分も過ぎてる!」

「お前大げさ、どうせ同じ校内にいるんだ、大した問題じゃねーだろ。」

「大問題だよ!約束守らないのは!!」

「はいはい悪ぅございました。どうせ俺が遅かったせいだよ。」

 

わざとらしくみえる話題の転換も、譲に言われる前だったならば気がつかなかったかもしれない。

だけど望美が弁慶のことをを避けているのが、今のでハッキリ、した。

 

  

――――翌日

 

「それで、僕に話ってなんですか?将臣君。」

「先生はさ、記憶力いいほう?」

 

放課後の裏庭に呼び出された弁慶と、呼び出した将臣は、

将臣がふらふらするのでどうにも向かい合えないまま微妙な位置で話を続けている。

不思議そうに目を一度瞬かせた後で、少し考えるようなそぶりを見せてから

弁慶は そうですねぇ とあまりハッキリしない言い方で答えた。

 

「苦手では、ありません。でも特に得意というわけではないと思いますよ。

覚えようとしたものしか覚えない所がありますから。」

「ああ、テストの時とか便利だなそれ。」

 

屈託なく笑う将臣に怪訝そうな、それでもけして気分を害した様子はない表情を向ける。

教師の顔というものは厄介だなと心中で毒づきながら、将臣はまた口を開いた。

 

「じゃあ望美は・・・先生にとって“覚えようと思う”生徒だったってこと?」

「・・・将臣君、さっきから君は何が言いたいんですか?」

「それともたった一度の保健室への来訪がそんなにインパクトあったか?」

「・・・。」

 

弁慶は無表情になり、将臣は笑ってはいるもののその目はひどく挑発的だ。

保険医とはいえ一応教員ではある、こんな態度で許されるはずもないのだが、

その辺はお互いに気にしていないようだった。

 

「ええ、そうですね。印象深い方ではありましたね。

でも彼女の名を覚えた事に他意はありませんよ、君が疑うようなものは、何も。」

「へぇ?まぁ、そうだよな、先生が生徒のに対して何かなんか、あるわけねぇか。」

 

興味がそがれたかのようにため息をついて空を仰ぐ。

そんな将臣を人好きのする笑顔で見つめながらも、

お互いどこかで警戒しあっているような、空気のはりがあった。

 

「俺とあいつは、幼馴染ってやつでさ、ちいせぇ時から弟と三人ずっと一緒で育ってきたんだ。」

「・・・。」

「だからもう家族みたいなもんだ。あいつを傷つける奴がいたらムカつくし、

あいつには幸せになってもらいたい。」

「ええ、わかります。」

 

なんだか将臣くんは彼女のお父さんみたいですね と茶化す弁慶に かもな と自嘲気味に返す。

 

「話はそれだけですか?」

「ああ、それだけ。最近アイツ様子が変だったからさ、

先生なら色々相談されてそうだから聞いてみただけだよ。」

「お役に立てなくてすみませんでしたね。」

「いいや?なんか俺も、思い込むと一直線みたいでさ、

先生のせいみたいな口回しして悪かった・・・っと。」

 

しまった と口を押さえる将臣に、そういわれれば彼の口調は教師に対するそれではないなと気がつく。

かといってそれが気になっていたわけでもない、

むしろその口調のほうがあけっぴろげで彼らしい気もした。

 


「ふふっ、気にしないでください。それでは失礼しますね。」

「さよなら。」

 

背を向けて校内へと足を進める弁慶を、将臣はしばらく見送ってもう一度空を仰いだ。

千切れ千切れの雲は空中に散り、全体がどことなく暗い。

まだそんなに遅い時間ではないけれど、これは後で一雨来るかもしれない。

 

「まぁ、俺はあいつが幸せになるんならなんだっていいんだけどなぁ。」

 

一人ごちたその言葉は夕闇の空気に薄れ、将臣は小さくその場でため息をついた。

教師の仮面は多分壊れていたあの時、あの、望美の名を出した時に・・・。

将臣にでさえ見て取れるほどの動揺が瞳で確かに揺れていた。

ならば何の関係もないというのは多分嘘。

けれど望美のことをそれなりの重さで見てはいるようだったので、

今はただ知らないふりを決め込む事にしよう。

 

幸せになってくれればいいだなんて、

なんだか蚊帳の外の人間だから言える突き放した言葉だ。

 

今はその位置でしか見守れなくても、この願いだけは絆としていつまでもこの胸にあるようだから。

まぁ、いい。

いいさ。

慣れないことはするもんじゃない。

いつもどおりのポジションで、いつもどおりの関係でいよう。

 

        

     *                                *            


 

「春日さん、俺と付き合ってくれない?」

「え・・・。」

 

その頃、

茜色の光が窓から差し込む放課後の教室は、どこか寂しげな影を望美に落としていた。

 

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ごめんなさいすみません一発書きです。しかも直せないと思います。次への繋ぎってことで。

弁慶のキャラも将臣のキャラもとても無理があるよ今回は特に。皆皆偽物だー(壊れた)