こんばんは。
長南華香(ちょうなんはなこ)です。

今日はセッションで
このようなご相談をうけました。

今している仕事を辞めたいです。
社長に辞めたいと切り出すと

『今、仕事を辞めると、Aさん自身、信用が無くなる。』

『仕事の出来ない人間だと思われていいのか?』

『Aさんがここで辞めるという事は、人生に負ける事だ!』

『なんでもっと頑張れないんだ!』

『ここで逃げ出すのは、これからどの会社に行っても逃げる。
同じことを繰り返していいのか?』


など、言われるので、
私の頑張りが足りないのかなぁと思い、

辞める事ができません。

…というか、このような事を言ってきて、辞めさせてくれません。

Aさんの会社を辞めたい理由は

お金の事
会社の理不尽な要求
仕事が回っていないのに、酷使される
などなど
まだまだたくさんありました。

しかし、
一番辞められない理由は
上の言葉を言われる時

そして決まってAさんは
その言葉を聞くと
辞めさせてくれないと感じるのです。


Aさんは
とっても頑張ってきて
仕事もきっちりやってきて
信用を得て来た方なのでしょうね。

そして、「負けたくない!!」という反骨精神もあり
人生に起こる、様々な困難にも立ち向かい
一生懸命、生きてきたのでしょう。

だから、
こんな所で私は終われない

と、鼓舞して
前に進もうとしています。



けれど、
前に進めない
身体の疲労、困憊した精神が立ちはだかり
苦しいのです。


きっと
このブログを読んでくれている方の中には
頑張りやさんで
甘える事が苦手な方がいらっしゃるかもしれませんね.


私も、頑張り屋さんで
なんでも一人でやろうとしてしまうので
自分が苦しくなって
燃え尽きてしまうタイプなんです。

私のテーマは
人に頼る事
甘える事


Aさんの気持ちが、痛いほどわかります。


遡ると
Aさんも私も子どもの時、
親に迷惑をかけないように
とっても頑張って、
何かにつけては成果を出そうとした。

その対価として
親や、まわりに認めてもらう

という循環があったのです。


だから、尚更
成果の見えやすい
「仕事を頑張る!」という所に
ハマりやすいのかもしれませんね。

そんな自分で頑張ってきた人ほど
『信用がない わたし』
『仕事ができない わたし』
『いつも負ける わたし』
『頑張れない わたし』
『逃げ出す わたし』


という、今起きている現実を見るのが
何よりも怖いのです


絶対にこんな私は認められないのです

こんな私を見たくないから
社長の言葉に、苦しむのです

こんな私を受け入れられないから

私はまだまだだ…
まだまだいけると

自分を追い込むのです。


でもね
『信用がない、わたし なんだ』
『仕事ができない、わたし 
なんだ
『いつも負ける わたし なんだ』
『頑張れない わたし なんだ』
『逃げ出す わたし なんだ』

そんな、等身大のわたしを
受け入れる

条件をつけて
自分を評価していた
わたし
その条件にたどり着けない
わたし

それが、今のわたしなんだ


こうして自分の状態を認める事は

「頑張り屋さん」には
とても難しいこと…
涙が出てきます。

こんなにも
出来ないわたしを
嫌ってるし

出来ないと
親に、周りに、みんなに愛されないと
ず~っと思ってきたんだもの。

子どもの時から
こんなに頑張れば
こんなに我慢すれば
きっと愛される

と、
勘違いして、疑わなかった私たち


だから
この勘違いをひっくり返すには

一番怖い事
絶対に出来ないと思っている事

ありえない
今までの自分のセオリーを
ひっくり返す事なのです。

↓ ↓ ↓ ↓ 

出来ないわたしを認める
弱いわたしを認める


でも、
そう簡単に認める事って出来ない

もちろん、簡単ではないです。

人間ですから。

だから
そんな揺れ動く
どっちつかずの感情すら
大事に持っていく。

どんなわたしでもいい
「今」のわたしをそのまま大事にしていく。

今までのセオリーの自画像に降参してみる

「悔しいよーーー」
「悲しいよーーー」
「何でだよーーー」
「こんなに頑張ったのにーーー」
「わたしの何がいけないのーーー」

そうやって、感情のまま
思うまま
いっぱい泣いてみる



するとなぜか

…いけなくない

ダメ、、じゃない…

わたし
ダメじゃないよ

いいんだ
いいんだ!

そんなわたしでいい
そんなわたしがいい

それでも愛されてる

それが今のわたし
どうしようもないわたしを
受け入れてみよう

わたしを生きていこう


だから、生きていける



そんな風に転換されてしまうのです


すると
これ以上、
自分に条件をつけて
自分をいじめませんように

と、願わないわけにはいかないのです。


本当に自分を大切にしようと思えるのです。

こんな人間臭いわたしを
愛おしいな
と感じるのかもしれません。
(コレ、私の体験談です)

冒頭のAさんは、
今までのセオリーの自画像を超えていくでしょう。

等身大の自分の扉を開いていくでしょう。

すると、今まで見る事の出来なかった
Aさんの、本当のたおやかさが
芽吹いてくるでしょう。



だって、私たちは
どんなにあがいたって

愛されているのですから。

愛は簡単に
勘違いを超えていくのですから。


お読み頂きありがとうございます