スーパー フライ

テーマ:
かなり前の作品ですが ベスト盤に合わせてPVが新しく発表されたみたいです
個人的には 初期のNO1の楽曲です





これも初期の作品で お気に入りの一曲、 故大滝詠一氏の作品の影響なのか
オールド・アメリカンポップスのエッセンス満載のポップソングです



3曲目は スーパーフライの代表曲のライヴバージョン
2014 サマーソニックのパフォーマンスから

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ヒーリング デュオ

テーマ:
相当前の作品ですが ひょんな事から見つけて
二人の声の相性や歌唱力に魅せられ 載せました

スモーキーボイスの手嶌葵  透明感溢れる池田綾子
見事なコラボレーションに 引き込まれます

池田綾子は BSの番組のテーマ曲で知っていたのですが
その曲では よく有りがちな 日本語のイントネーションを
無視した部分が気になり スルーしていました。

じっくり聴くと ビックリする程安定した歌唱力
この人の音感凄いな~と感じ プロフィール見てみたら
音大の声楽科の出身との記述があり 納得しました。

個人的には ただ歌が上手いというのは
ポップス畑では 逆に面白くないと思う事も多く
TVのカラオケ選手権など観ても 歌の上手さだけで
聞き惚れることは 殆どありませんが ・・・ 、

この作品には 脱帽です。





次に 別のコラボからの曲です、 こちらも声の相性がピタリ
気持ち良い作品です。





続いては その池田綾子の作品から
月9ドラマのテーマ曲で有名になった曲

ミュージックフェアでのテイクのようです。


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熊本の仲間たちへ

テーマ:
まだまだ 落ちつけない日々だと思います

弱まってはいても まだまだ揺れているようで

少しでも早く 安心して寝られる夜が迎えられますように

遠くからは願うだけです。


仲間達はもとより 今回の災害に遭われた方々

皆様に 心からお見舞い申し上げます。
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Marble Dooooo  今

テーマ:
バンド活動中(1989~92年)のさまざまな音源を聞き返してみて
新たな発見が有ったり 以前とは違う感触を得たりしています

この曲がまさにそれで 改めて納得の 完成度の高さです

元々は福岡でインディーズ発売用に 5曲録音されたものの1曲で
ボーダーラインよりカセットで発売され その後

バンド活動中にも大変お世話になった 増本さんの企画で
メインストリートのトリビュートアルバム(CD)の1曲として
日本晴 Records から 発表されました
( 残念ながら現在は カタログ落ちしています )

この録音を期に メインストリートのギター 吉田光洋をメンバーに迎え
1990年秋 5人のメンバーでの 活動が始まりました

実際は この録音の時点では ゲスト・プレイヤーとしてでしたが
数本のライブと 録音をこなして 丸々一週間24h 寝食を共にして

帰京した頃には 誰も 口には出さなかったけれど
暗黙の了解で 光洋はメンバーだと 確信していました

後日 当時の話を聞いてみると 本人的には ドサクサに紛れて
半分騙されたみたいで ・・・ 納得出来ていない部分も有り

メンバーとしての活動には 半信半疑だった様なのですが
もうすでに手遅れ こちらの作戦通りに 事は進んでいました

ギターなら光洋しかいないから 録音を口実に引っ張り出して
こっちのペースに 巻き込んじゃえというのが 事前の作戦でした

そんな想いの中 博多でレコーディングされたのが この曲
メインストリート時代からの代表曲で ライブのたびに演奏され

他のミュージシャンからも カヴァーされている名曲です

曲名はライブ中では ” 僕らの生まれかわりに ” と紹介しますが
通常の会話の中で出てくる時には ” 今 ” と呼ばれていました

演奏内容も勿論ですが 前回紹介した ”帰るべき扉 ”と比べると
音質も格段に上質で 安定した仕上がりになっています

改めて この録音に参加できた事は幸運だったと 思い返しています

この時にはドラマーの宮本秀二 しゅ~チャンは 現在のバンドでは
ヴォーカル・パフォーマーとして この曲をカヴァーしています

1990.10.24/25 博多 ー フォニックスタジオ

Special Thanks To

フォニックスタジオ: 宇野さん  日本晴 Records : 増本さん


A 野田敏一  Vo, Gu、  作詞・作曲
O 宮元秀二  Dr
B 入江修哉  Ba
B 吉田光洋  Gu、 Key
O 安藤知明  Per


Marble Doooo 帰るべき扉

テーマ:
メイン・ストリートの解散が決まってからも
メインで出会ったメンバーとは まだ何かしたいと

無謀にもベテラン達の中に飛び込んで スタジオセッションに参加
音創りに加わって 最初に形になった 2曲のうちの1曲が
この曲です

この時にはまだ ギターも決まってなかったので
ヴォーカルの 野田敏がギターパートも全て担当しています

ギターソロは 意識的にですが ヘタレ感いっぱいで
第一印象は どうなんだかな~?なんて思ってもいましたが 
今こうして聴き返してみると それはそれで
なんとも 味のある演奏になっています

各パートは ほぼ一発録りで コーラス・パートなども
今聴くと薄っぺらく聴こえ 音数・幅が中途半端で 微妙~

自腹の録音なので 時間もお金も賭けられず 音的には
ややチープな仕上がりにも感じますが 別の捕らえ方をすれば
お金を賭けても出来ない 何かが刻まれています ← 大げさ

マラカスのパートなどは 何小節かを録音(サンプリング)して
それをつなぎ合せて 繰り返させ(ループ) 使いますが

この録音では なぜか最初から最後までずっとプレイしていて
時々ビートが怪しくなり ボロが出ていたりします が
ライブ感が有って良いという事で お許しください

曲中間の見せ場の 大サビのタンバリンは
本来ならパーッカッションの担当なのですが ・・・

アクセントに タンバリンを入れようと ドラムの宮本秀二の
提案で リズムパターンまで創って貰ったのですが
いざ録音となっても 駆け出しパーッカッションには 難しく
結局 おんぶに抱っこで 録音まで任せてしまいました

任せて正解 最高のグルーブのプレイを聴かせてくれています

同じ場所に居て 同じ空気の中にいたので 新しいものを創りだそうと
集中していた空気感というか エネルギー感みたいなものが
今でも思い出されます

この後にも 活動期間中 1989年春 -1992年 初夏 に 
曲は何曲も出来ましたが ベスト3に入る 名作だと感じています

本当の意味で 愛を沢山持っていた・いる 男の歌詞が最高で
作詞過程を見ていたのもあり 特別な想い入れが有るのかも
知れません

これは メインストリートの解散時のドラマーであり マーブルでも
一緒だった しゅーチャンが 画像を付け アップしたものです

活動中は 野田敏& で 紹介された事はなく バンド名だけでしたが
ココでは 野田敏&Marble Dooooで紹介されています

メインストリートファンなどが 検索し易いように
そう紹介したのだと思いますが ちと違和感を感じてしまいます

細かい事が 気になるもので ・・・ 。。。


1989年 吉祥寺 ペンタスタジオにて録音 :


野田敏一(A) Vo & Gu 、 宮本秀二(O) Dr & Per

入江修哉(B) Ba & Ch 、 安藤知明(O) Per& Ch



現在までの自分を振り返ってみると
このバンドとの出会が大きかったなと つくづく感じます
その前後では 生活の中心も大きく変わり
この時期が 転機・分岐点だったのだと思われます

この曲に出会い 引き込まれ 交流をするようになり
勢いでマネージャーとなり 数年間を共有し一緒に過ごしました

ドラマーの出入りの激しいバンドで
この録音の時のドラマーとはまた別のドラマーの時に上京(1986年)

上京後の活動2年半で ドラマーは3回入れ替わり
ライブ活動以外では 自主制作のシングル盤を 1枚発表しただけで

2年後の1988年11月2日 当時都内でも有数の大型ライブハウス
外国のアーティストのライブもよく行われていた 渋谷 ライブイン
でのライブを最後に メジャーシーンの光を殆ど浴びる事も無く
解散してしまいました

上京までは全員熊本出身者のバンドで 福岡でも活動していたので
ライブなどで沢山の支持を集め その時代の熊本・福岡エリアの
アマチュアバンド・シーンでは イケテル存在だったようです

付き合い始めの頃には 日本語のオリジナルをやる熊本のバンド
くらいにしか感じていなかったのですが

ライブのたびに 九州時代の熱心なファンに会うことになり
マネージャーになってから後に その事実を知らされました

この録音時のドラマーが ユーチューブにアップしていたので
30年以上前の録音で ミストーンもあり
未完成なところもありますが ・・・ 紹介します、
是非 聴いてみて下さい

コーラス部分では 一足先に若くして逝ってしまった
メンバーの声も聴けて 特別な想いが湧き上がってきます

ユーチューブには 他にも同じテイクの音源がアップされています
そちらは 解散時のドラマーが画像製作してアップしていますが

むか~し 昔 若かりし頃 ヴォーカル 野田敏が
熊本のJ・レノンと呼ばれていたらしいので こちらを選びました

冒頭に DJ? ナビゲーターの声が入っているので
熊本のラジオ局でオンエアーされた時の
エアチェックのようです 。。。 


野田 敏一    作詞・作曲 Vo、Gu
渡辺 三希雄          Kye      1955-2013 没
松尾 光洋            Gu、Cho   1964-1998 没
入江 修哉           Ba、Cho
青井 慶昌           Dr.