去年の春、東京都大田区の『桜坂』へ行きました桜

 

桜橋からの眺め目

 

多くの方が訪れていました。

 

桜 桜 桜 

 

桜坂から歩いて行った『多摩川浅間神社』。

田園調布の氏神様で、

 

亀甲山古墳カメ(多摩川流域最大とも

 

言われる前方後円墳)のお隣の、

 

浅間神社古墳に鎮座しています。

 

 

神社の創建は文治年間(1185~1190)で

 

当時 右大将の源頼朝が

 

豊島郡滝野川に出陣したとき、

 

夫の身を案じた妻 北条政子が

 

後を追ってきましたが走る人

 

わらじの傷が痛み出したのであし

 

多摩川畔で傷の治療をすることになり、

 

少しの間この辺りに滞在したそうです。

 

 

そのときに亀甲山カメに登ってみると

 

富士山が鮮やかに見えたので富士山目

 

北条政子は、そこから

 

自分の守り本尊である

 

富士吉田の浅間神社へと

 

手を合わせて夫の武運長久を祈りキラキラ

 

身に着けていた『正観世音像』を

 

この丘に建てました。

 

 

村人たちは、その像を

 

「富士浅間大菩薩」と呼んで永く尊崇し、

 

これが神社の起こりとなったそうです。

 

 

【神社が創建された文治年間(1185~1190)は

 

源平合戦で平氏が滅び(1185)、その後

 

頼朝を怒らせた源義経をかくまっていた

 

奥州藤原氏を、源頼朝が攻め滅ぼした頃で(1189)パンチ!

 

 

頼朝が出陣したという豊島郡滝野川は

 

現在の東京都北区の滝野川公園に

 

むかし豊島郡衙(ぐんが:郡司が郡政を

 

行った役所)が置かれていたといい、

 

桓武平氏 秩父流の豊島氏が、その地域を支配

 

していて、源頼朝の奥州征伐に豊島氏が

 

参加していたそうです馬

 

境内の狛犬。

 

本殿。

御祭神は 木花咲耶姫命。

 

 

神話の天孫降臨のときに、

 

高天原から地上へと降り立った

 

天津日高日子番能邇邇芸能命が

 

木花咲耶姫命に出会って求婚した際、

 

木花咲耶姫命は

 

「父親の大山津見神が申しましょう」と

 

答えたので、邇邇芸能命は使いを遣わすと

 

大山津見神は大いに喜び音譜

 

姉の石長比売(いわながひめ)も一緒に

 

(姉妹が同じ男性に嫁ぐのは、古代では

 

よく見られる風習だったそうですおひなさま

 

多くの持参品を持たせましたが、

 

姉の石長比売は とてもみにくかったため、

 

一目見て恐れをなして、送り返してしまった

 

といいます。

 

 

大山津見神は、石長比売を返された

 

ことを大いに恥じ

 

「私の娘二人を一緒に差し上げたのは

 

石長比売を お側において下さるなら

 

天つ神の御子の寿命は

 

雪が降り雪風が吹こうとも台風

 

永遠に変わることなく盤石でありましょう晴れ

 

 

また、木花咲耶比売(姫)を

 

お側において下さるなら、

 

桜の盛りのように栄華を極めることでしょう桜

 

と、誓約(うけい)をして差し上げたからなのです。

 

 

しかし、このように石長比売を返し

 

木花咲耶比売だけを お留めになりました。

 

それ故に、天つ神の御子の寿命は

 

木の花(桜の花)のように

 

もろく儚くなることでしょう」

 

と言ったとされ、

 

 

以来、歴代の天皇の御子の寿命にも

 

限りがあることになったのだとか。

 

 

また、神社の由緒書きによると

 

木花咲耶姫命は“桜の花が咲き匂うような…”

 

と表現されることもあるようです。

多摩川浅間神社の社紋は、「桜」のほかに

 

「左三つ巴」と「八咫烏」もあり、これは

 

かつてこの辺りにあった下沼部村には

 

浅間・赤城・熊野の三つの神社がありましたが

 

明治四十(1907)年に「一村に一神社」という

 

政令が出されたので、みんなで相談して

 

三つの神社を合祀したからだそうです。

 

境内からは、多摩川と、

画像では分かりづらいのですが

 

富士山も見えました富士山

 

境内に置かれていた大きな水晶宝石白

人の頭部くらいありましたえっ

干支を富士山に合わせて

 

遥拝するそうです(-人-)富士山

 

桜が咲いている時期に来られて

 

良かったなと思いました。

 

桜 桜 桜

 

同じ頃、友達のCちゃんといった中目黒の桜まつり。

花はもちろん、川を流れる花びらも綺麗でした。

Cちゃん、見に行くの付き合ってくれて

 

ありがとうございましたm( _ _ )m

 

桜 桜 桜

 

満開の桜と青空が綺麗だったので、

 

桜色のようなローズクオーツと

 

薄水色のサザレ石を使って

 

ブレスレットを作りました。

桜の花弁に合わせてローズクオーツを5つブーケ2

 

 

同じ石でネックレスも作りました。

後ろ側と合わせてローズクオーツが8コ

 

(+小さいローズクオーツが7コ)ありますブーケ2

 

『ローズクオーツ』

 

石ことば…愛の告白

 

石の力…恋愛成就。

 

   美しさや若さを保つ。

 

   過去の恋愛で傷ついた心を癒し

 

  自分を愛する力を与えてくれる。

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前回に続き、山梨県の富士御室浅間神社。

 

境内にあった男女の像。

台座に『不老』と『長寿』と刻まれていましたカメ

 

 

竹取物語では、かぐや姫が月へ帰るとき、

 

迎えに来た天人が姫に穢き所(地上)での汚辱を

 

浄化するために『不死の薬』をなめさせたそうです。

 

 

かくや姫はその薬と、帝への手紙を

 

頭中将に託して月の都へと昇天し手紙

 

それらを受け取った帝は「どの山が

 

天に近いか」と下問し、勅使に命じて

 

山頂で手紙と不死の薬を焼かせましたメラメラ

 

 

帝の命で山に派遣された勅使が

 

大勢の“つわもの(兵士)”を連れて

 

山に登ったことから、この山を

 

『富士(ふじ)…つわものに富む』と

 

呼ぶようになったのだとか富士山

 

 

(「ふじ」については、ほかにも

 

唯一無二の山だから『不二』、

 

不死の薬を焼いたから『不死』

 

などあります)

 

 

また、富士山南麓の『かぐや姫伝説』は

 

かぐや姫は月に帰ったのではなく、

 

富士山の洞窟に入ったと伝わるそうです。

 

 

かぐや姫は富士山の御神体であり、

 

世の中の人々を救うために女性の姿の

 

浅間大菩薩としてこの世に現れたのであり、

 

 

お爺さんは“愛鷹大権現(あしたかだいごんげん)”が、

 

お婆さんは“犬飼明神(いぬかいみょうじん)”が

 

この世に現れたものだといいます。

 

 

馬の像。

甲斐国(山梨県)では、昔は各家で

 

馬を飼っていたそうです馬

 

 

伝説では、聖徳太子が良馬を求めて全国に

 

おふれを出し、集められた数百頭の馬の中から

 

甲斐国から献上された、足のみが真っ白の

 

黒々と輝く馬を、聖徳太子は一目で神馬だと見抜き目キラキラ

 

その馬に乗ると天高く飛び上がって、

 

そのまま空を飛び、富士山上空を周遊して

 

3日をかけて都へと帰ったと伝わります流れ星

 

 

また、神社では毎年4月に流鏑馬の御神事が

 

行われていますいて座

 

 

天慶三(940)年に藤原秀郷が

 

平将門の乱を鎮圧した帰りに戦勝を祝って

 

流鏑馬を奉納したことにはじまり、

 

現在では武田流の流鏑馬神事として

 

行われているといいます馬

 

 

同じく山梨県に鎮座する

 

『富士山下宮 小室浅間神社』では

 

むかし流鏑馬を富士御室浅間神社と共同で

 

奉仕していたそうですが、そのつど村間の

 

争いが激しく、何度も流血騒ぎが起きたそうで叫び

 

各自の村で行われるようになりました。

 

 

その後、富士御室浅間神社の流鏑馬は

 

明治時代に一度途絶え、昭和五十五年に

 

復興しましたが、武士の流鏑馬に変わったといいます。

 

 

小室浅間神社では休むことなく存続されたので

 

内容崩れが少なく、古いものが受け継がれて

 

きたそうです。その流鏑馬神事は、武士の

 

武芸練磨のためのものとは異なり、

 

 

そもそも流鏑馬奉納の意義はいて座馬

 

秋の収穫おにぎりを待って、山の宮へ詣で

 

そこで行われるところにあるといいますもみじ

 

 

春の種まきの頃、山から里へと

 

降りてきて下さった“田の神様”が

 

秋になって収穫が終わりおにぎり再び

 

山の宮へ還られるときに流鏑馬を奉納し、

 

 

田の神様が翌春桜再び里へと

 

御降りになられるまでの、留守の間の

 

氏子たちの生活の安穏などが祈願され(-人-)

 

馬の足跡の占いにより御神威を仰ぐといいます馬 キラキラ

 

 

京都の宮司さんが書いた本によると本

 

「サ」は“田作りの神”を意味し、

 

「クラ」は“神の寄る所”、神がそこを目印として

 

降りてくる、その“しるし”を指すそうで、

 

 

「サクラ」の語源は「サの神様」が降りてくる場所であり

 

桜の花が咲くのは、里山に「サの神様」が

 

降りてくることで、桜の開花はすなわち

 

田作りをする合図だったといいます桜

 

 

小室浅間神社のお守りは、女性の神様が

 

馬に乗って富士山から里宮へと馬

 

降りてくる姿が刺繍されていましたおとめ座

 

 

また、神社の名前の「小室」も「御室」も

 

“そこに神霊が常在する”という意で、

 

富士山で四囲に石柱をたてて

 

祭祀されていたことからきていて、

 

 

小室浅間神社の御祭神は、かつて

 

浅間大明神と、天照大神と

 

富士山南麓に伝わるかぐや姫伝説に登場した

 

愛鷹大権現と犬飼大明神の、四柱の神様でしたが

 

 

明治時代に入った直後、御祭神が

 

木華咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)

 

一神のみとなってしまったそうですえっ

 

 

明治時代の神仏分離令による廃仏毀釈で

 

多くのお寺が焼かれたり仏像が叩き壊されて

 

大変だったそうですがメラメラ

 

神社も色々大変だったんだなと思いましたブタネコ

 

 

今日(2月23日)は富士山の日だそうで富士山

富士山てほんとに偉大だなと思いましたキラキラ

 

 

流れ星 流れ星 流れ星

 

「長寿」の意味を持つ真珠を使って

 

ピアスを作りました満月

グレーとピンクが混じったような色の淡水パール。

 

 

もうひとつ、グレーの淡水パールと

 

流鏑馬で使うような矢と弓を持った

 

天使のチャームのイヤリングいて座

もう一方を流鏑馬の的のような丸いものに

 

しようかと思いましたが、わけがわからないので

 

ハートにしました恋の矢

 

 

『パール(真珠)』

 

石ことば…健康・長寿・富

 

石の力…潜在能力を引き出してくれる。

 

      芸術的な才能をアップする。

 

 

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前回に続き、富士御室浅間神社富士山
 
大鳥居の扁額に『里宮社』とありました。
『本宮』は富士山の二合目に
 
文武三(699)年に創建されましたが、
 
『里宮社』は氏子の祭祀の利便が良いようにと

村上天皇により、天徳二(958)年に

河口湖の南岸に創建されたそうです。
 
表参道を歩くと正面に隋神門が、
さらに奥に里宮社が鎮座していました。
 
木造の、立派な社殿キラキラ
明治二十二(1889)年に再建されたものだそうです。
 
周りには、たくさんの松の木が。
奥に河口湖も見えました。
 
『武田信玄公御祈願所』の碑。
富士御室浅間神社は
 
戦国時代の武将、武田氏の崇敬が篤く、
 
武田信虎(信玄の父)は
 
甲府古城と富士御室浅間神社の本宮とを
 
南北に向かい合うように改造し、
 
武田氏の祈願所として
 
日夜遥拝していたそうです晴れ(-人-)満月
 
 
本宮の本殿は、社殿の保護のために
 
里宮社の境内地に遷座されました。
もとの地には拝殿が残され、
 
新たに『奥宮社』が建立されたそうです。
 
 
本殿は慶長十七(1612)年に
 
徳川家の臣で当時この地方の領主だった
 
鳥居成次が造営し、何度か改修されましたが
 
桃山時代の特徴を持つ優れた建造物だそうで、
 
重要文化財になっています。
 
参道からUターンするような所に位置しているので
 
何でかなと思っていたら、社殿を拝むと
 
富士山も拝むことが出来るようになっていました。
 
側の石碑に“富士御室大権現大神”とありました。
社名にある“御室(おむろ)”とは、
 
かつて祭祀を石柱を巡らせた中で
 
執り行っていたことによるものだそうです。
 
 
創祀について刻まれた石碑もありました。
最初の方に
 
「富士山ヲ霊峰ト云フ是レ
 
御室大神ノ惟神ノ大道ヲ世界に博スル
 
神坐ス磐境ナニテ依ル 時旬刻限ハ
 
人皇第六代 孝安天皇 庚申六月朔日
 
初メテ雲霧ハレテ共ノ容姿を拝(?)ス」
 
とあり、
 
読むのが難しくて詳しいことは分かりませんが、
 
第六第 孝安天皇の御代は
 
紀元前392~291年(101年間程)とされているので、
 
神社の創祀より前のことが
 
少しだけど刻まれているのが分かりました。
 
 
(第二代~第九代の天皇は
 
事績の記載が極めて少ないことから
 
創作されたのではないかという説もあります)
 
西鳥居の扁額には『御室大社』とありました。
 
 
さすが富士山には、色々な神名があるんだなと思いました富士山
 
 
…またブログが長くなってきたので
 
次回に持ち越します。
 
霧 霧 霧
 
木造の社殿が立派だったので
 
ウッドビーズのブレスレットを作りました。
松の木がたくさん生えていたので
 
緑色のビーズを使いました宝石緑
 
本宮の社殿が赤かったので
 
赤いビーズを使ったものも作りました宝石赤
 
 
ハートが描かれたビーズは
 
S姉が色々くれたビーズの中にあったもの口紅
 
いつもありがとうございますm( _ _ )m
 
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