2011年01月16日(日) 18時15分17秒

「プロ意識」の完成を目指して

テーマ:ギャンブルのリスク


こんにちは。


さて、今回は、「プロ意識」ということの補足説明です。


前回までの内容と同じように、「プロ意識」が必要でない方には無関係な話です。


私は、全国のパチンコホールが全て同じシステムであるとは認識しておりません。


ですから、平均的な攻略技術でカバーできない部分に対して、

前回からの「プロ意識」の必要性をご提案しております。


カオスメンバーの皆さんであれば、その時間帯でのシマの状況について、

「勝てそうな雰囲気」と「勝てそうでない雰囲気」の区別が付かれると思います。


負けるときの大きな要因は、

「勝てそうでない雰囲気」の場合にも挑戦をされることではないかと思います。



「ああ、ちょっと当たっても伸びそうにないな・・・」


「当たりが発生する可能性が低いかも・・・」


「初当りまで15000円くらい必要かもしれない・・・」


「チェーンロックの制御が厳しい・・・」


「激アツ反応の遅延現象が起こっている・・・」



シマの状況を観察すればわかっていても、どうしても手を出してしまう。


このような症状が、「プロ意識」が弱い、という話になります。



ですから、「プロ意識」という言葉が適切でないのであれば、


思い切って言葉を変えてもいいと思います。


「余計な投資をしない考え方」



「打っても無駄とわかっている状況で自分を抑える方法」



「他のお客さんが当っている状況に、自分が射幸心を煽られない心構え」



このような考え方、心構え、意識・・・ 


今後の課題としまして、皆さんとノウハウの共有をさせて頂きたいと思います。


私がご提案するノウハウも、ひとつの方向性や意見でしかありません。


より良いノウハウに進化させるために柔軟に進歩していきたいです。



さて、数年前に書き下ろしたテキストの一部ですが、

今回のテーマに対しまして、何かの材料になると思いまして掲載します。


当時、自分が書いた内容を見ると恥ずかしくもなりますが、

別にそんなに間違っていることは書いていないと感じました。


正直な話ですが、

ここ2年くらいの急激な攻略技術の進歩により、それに溺れていたところもあります。


私自信も、攻略技術が先行してプロ意識が弱くなっていた・・・ そう省みました。


過去を振り返るということは大切なことです。




真剣に取り組む必要があるということの前提


 サイト公開より一年が経過しましたが、これまでに多くの方々とのご縁を頂きました。この場を借りてお礼申し上げます。


 私の攻略理論につきましての皆さんからのご質問やご要望を頂きまして、そうした需要に対してベストな供給をと考えてはおりますが、このパチンコの世界というものは断定した結論を出しにくい分野であり、例えば、「A+B=C」という現象を一時的に発見できても、人事所に依存することなく毎回同じように、「A+B=C」となるとはとてもいい切れません。


 それはこれまでに説明してきましたように遊戯客数の「ランダムな変動の要素」が原因です。同じホールでも曜日や時間帯によって変動します。


 それ故に、全国どこのホールにおいても、毎日のようにランダムな当たりの演出で遊戯客を困惑させることが可能になっているのだと思います。


 前置きが長くなりましたが、つまり、「どのようなパチプロといえど、輝かしい未来を保証されることはない」、ということです。


 それは会社勤めのサラリーマンや自営業者も同じことではありますが、パチンコの世界はそれよりも遥かに渡世が厳しいものであるということを、どうか再確認をされて頂きたいと思います。そうした認識の上でこれからの内容をご参考にされて下さい。


「ギャンブル=真剣での殺し合い」


 私は個人的に「水戸黄門」などに代表されるような時代劇は好みではありませんが、映画などで傑作と評判が高いものは見ています。


 この時代劇でのワンシーンに、「真剣での果し合い」という、いわゆる何かの因縁での殺し合いということなのでしょうが、そうした正に命懸けといえる人間対人間の鬼気迫る決闘の場面があります。ちなみに、誰かの敵討ちでそうした決闘をする場面もあると思います。


 つまり、その果し合いで敗れた者は原則として殺されてしまいます。善悪は無関係のような雰囲気で剣の技術が優る方が生き残ります。


 正義の名の下に悪党を成敗しようと頑張っても、相手の極悪人が自分よりも剣道の達人であればあっさりと殺されてしまいます。


 テレビドラマなどの時代劇の場合は、例えば、「水戸黄門」の放送第一回目で水戸光国(ご隠居さま)が暗殺されたら話が終わってしまいます。


 或いは、家来の角さんがタバコの吸いすぎから肺ガンで倒れたり、助さんが吉原の女郎と蒸発したりしても一緒に旅をするお供がいなくなるので話が終わります。


 ちなみに、八兵衛に関しては、あれだけ甘いものを食べておりましたので糖尿病で長生きはできなかったと予想されます。


 つまり、艱難辛苦の戦国時代を実際に生き抜いていた人達に言わせれば、テレビドラマの物語など、あくびが出るほどに甘い時代描写でしかないと私は思います。


 「善」や「悪」につきましても、今の時代の考え方や観念が、何百年も昔と比較してそれと同じと考えることの方が不自然ではあります。


 「命懸け」ということの意味があまりにも希薄に認識されている現代社会の一例として、時代劇のような娯楽の世界を取り上げてみました。


 訳のわからない前置きが長くなりましたが、つまり、「ギャンブル=真剣での殺し合い」と、私は考えております。


 「ギャンブル=遊び」と認識されておられる方が多すぎるのではないでしょうか。


 例えば、パチンコで1回でも負けたら「即、打ち首獄門の上さらし首」であるなら皆さんはどうされますでしょうか。


 おそらくパチンコホールの周辺には近付かれないと思います。私もそこまでしてパチンコをしたいとは思わないでしょう。


 つまり、リスクの問題でもあるということです。時代劇にも賭博場(2個のサイコロをコップに入れて振るゲーム?)のシーンがありますが、大抵はお客さんがすっからかんになると身包みを剥がされて屋敷の外に放り出されます。


 そして電灯もなくて何が出てくるか想像もできないような真っ暗な夜道を、フンドシ一枚でひたひたと帰ることになります。


 自動車やバイクもなく、どこを探してもコンビニもありません。博打をすることも命懸けの時代があったということです。


 では、何百年前の博打との付き合い方と現代のそれとでは何が違うのでしょうか。ひとつには生命の危険の代償として金銭的なことで問題の解決をする傾向性が強くなっているということがあると思います。


 現代での様々な人間関係における葛藤や因縁問題、損害問題などのトラブルに関しては命を差し出す代わりにお金で解決できることが多く、さすがに金銭至上主義国家とはいいませんが、現代人の苦悩の約8割は金銭で解決できるとまでいわれます。


 パチンコでもやや同じことが言えると考えます。何かの定期的な収入が期待できる方であればサラリーマンや主婦の方々でもそうですが、給料日を遠くしてパチンコで財布が空になると、それはそれは哀れなものです。お金が無くなって初めて冷静な状態に戻る方も多いかと思います。


 「後の祭り」という言葉は、現代にパチンコ産業が蔓延してより更に使用頻度が高くなったのではないでしょうか。


 しかし、苦しくて悲しくてどうにもならないと悲嘆に暮れていても、基本的には命までは奪われません。最悪の場合では、食べる物もなくなって餓死する方もおられるかもしれませんが、余程のことがない限り命までは奪われません。


 つまり、ギャンブルに対しての耐性といいますか、抵抗力が弱いために、そこまでの危機感を感じられる方が少ないということだと考えます。


 そうした事前の抵抗力や危険を察知する意識が弱いために、失敗した後になって我に返るということを繰り返される方々が後を絶たないのではないでしょうか。


 それから、ふたつめに重要なことですが、どうしても付け加えておきたいことがあります。


 つまり、今の世代の特にお若い方達は、仮想現実といいますかバーチャル感覚でギャンブルを捉えている気配があり、ギャンブル本来の生々しい有害要素についての認識が甘く、それらを含めギャンブルをひとつのステータスとして習慣化されているようです。


 少し辛口で書いておきますが、「ギャンブルは人間の魂を腐らせる要素がある」という認識が限りなく甘い方々が多すぎる、ということです。


 私も最近になって知りましたが、ご近所の韓国では2006年末にパチンコが全面的に禁止になっていたようです。


 韓国ではパチンコのことをメタルチギと呼びます。ご興味があられる方は「メタルチギ」で検索されて下さい。


 今回の韓国での非合法化の理由としては、大当たり払い戻し時における法定上の倍率の上限を無視した遊技機器が登場したことで社会問題となり、更にそうした経緯を追求していく上で韓国政府内の汚職疑惑にまで発展したために、終にはパチンコが全面禁止となったようです。


 しかし、看板は撤去したが密かに営業している店舗や、表向きはゲームセンターのように偽装してまでしぶとく営業している店舗も多いようです。


 結局は、ギャンブル性が深刻化したために社会問題となったといえます。蔓延化したギャンブルが国民に与えるダメージは計り知れません。


 そういう意味では逸早くことの深刻性に終止符を打った韓国は、呑気に寝ぼけている日本よりも精神的には先進国なのかもしれません。


 韓国のホールコンピューターのシステム構造図などが流出しないだろうかと、何気に期待している今日この頃です。




長々とすみませんでした。


では、ありがとうございました。





 
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コメント

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4 ■Re:真剣勝負ですね

>マキロンさん

 私達も遊び感覚でパチンコをすれば負けることが多いです。地域性にもよりますが、適当に座って偶然で当たることは極めて少ないと思います。

 隣の台のお話ですが、明らか様に順番を待って当たるような現象も、パチンコがコンピューター制御で管理されていることの証明材料になることもあります。或いは、似たような時間帯に連続で当たっていく現象などもあります。

 観察だけで確認できることもありますので、今後、注意して観察されましたらいいかもしれません。

3 ■Re:まぁ…

>夏の扉さん

 あら、こんばんは。無駄に長い・・・ 3917文字も読んで頂きましてありがとうございました。

 講釈のプロ・・・ 今日一日で、一番面白い表現でございました(笑) さすがプロですね。

 確かに必要ありませんね。まだ、笑ってます。

2 ■真剣勝負ですね

パチンコは遊びで打てば火傷しますね。わかっていてもパチンコにいけば遊び気分になります。で、家に帰り負けたことを後悔します。パチンコがコンピュータなのかわからない初心者なのでこれからも勉強させてください。そういえば昨日!隣りの台が終わったすぐに僕の台が当たりました。これもコンピュータのせいなんですか?思いだせば何回もあったかと思い出しました。

1 ■まぁ…

田舎には世の流れに左右されぬ本物のプロが多いですよ…爺さん、婆さんが良か例です
ビジネス…仕事…生き甲斐…趣味、どう捉えるかでプロ意識は変わりますもんね~ですけど、講釈のプロだけは田舎にはいらんですね(笑)

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