(いまさらながらだが、2016年秋の旅行記の続き)

2016年秋 仙台・気仙沼旅行 12 ズンダったヅンダった♪

 

青葉城址からバスに乗って駅周辺まで帰ってくる。バス

その道すがら、

青葉山が結構なお山であることを再認識。大山

バスだからいいけれど、

これ、昔、武士たちは、お城までの道を登ったり下りたり、アップダウンダッシュダッシュ

さぞ通勤は大変だったろうね。あせる

山の途中に家臣たちの住居跡らしきものもなし。

武士たちの家々は麓にあったに違いないよね?

青葉山の往復…片道どのくらいかけて行き来していたのやら?はてなマークダッシュ

マイカー通勤ならぬ、マイホース通勤できるお武家様ならよいけれど、競馬

徒歩組は、ダッシュ

健脚でなければお城勤めもあいならなかったことであろうね 。あせる

 

ってなことをおしゃべりしながら、辿り着いた仙台駅周辺。

仙台の街路樹は槿が多かった。ハイビスカス

槿が街路樹に使われているのは、初めて見た。

花の咲く街路樹って、いいよね♪

 

仙台と言ったら、私はなんといってもズンダラブ

ズンダだっちゃ!ラブラブ

 

ズンダとは、

枝豆を擂り潰してペースト状にしたもの。

ズンダは宮城に限ったものではないらしいが、

関東に住んでいると、「ズンダ餅」というと「仙台」のイメージが強いし、

仙台のズンダ餅しか手に入らない。見かけない。(→o←)ゞ

そもそも「ズンダ」自体がなかなか手に入らない。(ノ_・。)

自分で作ると、と~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っても大変。あせるあせるあせるあせるあせるあせるガックリ

 

なので、仙台に行ったら、私はズンダを味わいまくるのであった。グー

毎日ズンダ!ドキドキ 時間の許す限りズンダ!ドキドキ

ズンダシェイク、ズンダ餅、ズンダアイス!ラブラブ音譜

ズンダ、ズンダ、ズンダ!ラブラブヽ(゜▽、゜)ノ

ズンダ、これほど美しい色合いがあろうか!

食べるエメラルドや~。うっとりしてしまう。:*:・( ̄∀ ̄)・:*:

 

駅中や青葉城址でもズンダは色々食したが、

どれもそれぞれ美味しかった。チョキ

しかし、究めつけは、

友達が見つけてきた「村上屋」さん。

「づんだ餅」と“づんだ”色の暖簾が掛っているけれど、

(「んだ」でなくて、「んだ」なのね。あせる

庇の上には「」の一言!目

 

そう、ここは餅が凄かった!グー

ズンダ餅屋というより、「餅」ありきの店という感じ。

黒ゴマ、づんだ、クルミの三種の餅。

きれいでしょ♪ 美味しそうでしょ♪ 美味しいよ~。ウシシ

搗きたての餅というものを私は一度も食べたことがないのだが、

これか! という感じ。ビックリマーク

 

もっち~!としていて、しっかりもちもちとした歯ごたえがある。

ちょっとやそっとでは箸で切れない。あせる

――友曰く、箸がしっかり扱えれば、なんなく餅は切れるとのことで、

彼女は涼しい顔をして上手に箸で餅を切り食べていたが、えっ

私や隣の席の若い女の子たちは、悪戦苦闘。結局スプーンできしきし切るようにして食べたのであった。あせる

 

これが、これこそが「づんだ餅」というべし! って感じ。ベル

駅辺りで食べられるずんだ餅は、もう別物。|彡サッ

餅が違う。駅中で食べられるズンダ餅は、“餅もどき”?って感じ。あせる

もちろん食べやすくて、それはそれで十分満足の美味しさであるが、

(おやつ代わりにはむしろあちらの軽さの方が受けるかもしれない)

「餅」といったら、村上屋でしょ。 と軍配をあげざるを得まい。軍配

 

ついでに頼んでみた“づんだ羊羹”。

これも美味しかった。ラブ

 

が、

心の中で、これは私が作るのと同じくらいの美味しさね……と思ったのは

ここだけの話。ゲラゲラ

 

 

 

今回、生ホヤが食べられなかったのは残念だが、

ズンダ三昧もできて、

素晴らしい餅も味わえ、感謝感謝なのであった。(。-人-。)

 

 

それにしても、今回気仙沼と仙台を少々歩いただけだったが、

被災地は、まだまだまだまだ平静な日常生活ができる状態を取り戻したとは言えないと見えた。汗

仙台と気仙沼との間の道は、バスから見ただけでも、

瓦礫を詰めたと思われる黒い袋が山積みになっていたり、汗

まだまだ工事中だったり。汗

放射線はいかんともしがたいのかもしれないが、

それ以外の部分、

しっかりフォローするっきゃないっしょ!パンチ!

急いでせにゃ! と思う。

もう何年経ったことか!パンチ!パンチ!パンチ!

 

政治家さんたちの醜聞てんこ盛りの弁解やら、心無い失言やら、

そのことで時間と税金を使う無駄遣いが目に余る昨今。

そんなことに使うお金があったら、有意義に復興やら防災やら非暴力のために、

難病やら介護に苦しむ人々のために、

将来の不安に脅えないで済むよう国民の生活のために、

税金を使ってほしいものだ。

 

とりあえず、仙台・気仙沼旅行記、これにて終了なり

だらだら旅行記に、おつきあいありがとうございました。グラサン

AD

(いまさらながらだが、2016年秋の旅行記の続き)

2016年秋 仙台・気仙沼旅行 11 仙台四郎

 

青葉城址を訪れてみた。走る人

大震災により被害があったとは聞いていたが、

どこか崩れたようにも見えない見事な石垣。キラキラ

石と石とがびっちりとくっついている。

 

“お決まり”の伊達政宗像も拝見。目

大きな三日月が付いた兜は、戦の際、邪魔ではなかったのだろうか?あせる

 

 

狛犬も縦にほっそりとした、あまり犬っぽくない感じ。

 

 

青葉城資料展示館が面白そうだったのだけど、

なぜかこの日、私はあまり気分が乗らず、ダウン

(朝早く気仙沼から仙台まで移動したので疲れていたのかも?ガーン

なぜか見学に身が入らず、ダウン

折角の資料館の展示がどうも頭に入ってこず、汗

じっくり見たそうな友を残して、ひとりさっさと出口へ向ったら、

見つけた。ひらめき電球クラッカー

仙台四郎」とな。びっくり

こういう“なんじゃ、こりゃ?”的なものが好きなのよ~♡爆  笑

 

しかも、この年齢不詳の男の像が何万という値で売られている。¥びっくり

実在した福の神」とな?

いったい仙台四郎とは何者??

山下清的存在だったのかな???

 

仙台四郎なる人物のことは、今回初めて知った。ビックリマーク

 

後日調べたら、

仙台四郎(「仙臺四郎」) とは、

1855年頃 - 1902年頃(江戸時代末から明治時代)に

現在の宮城県仙台市に実在した人物の通称、とな。びっくり

知的障害があり会話能力が低かったが、四郎が訪れる店は繁盛するとして存命中から各地でもてなされた、とな。ウインク

(これは、四郎が好き勝手に店のものを食べたり飲んだりしたら、後で彼の家の人がちゃんと払いに来たから、お店にとって四郎はありがたい客だったということもあったらしい。お金

「四郎ばか」と馬鹿にされることもあったようだが、素直な性格と笑顔で多くの人から愛されたようだ。ドキドキ

没後、商売繁盛のご利益がある福の神とみなされ、「仙臺四郎(仙台四郎)」と名付けられてその写真等が飾られるようになった、とな。カメラ

 

明治時代とはいえ、一介の無垢な知的障害のある男の写真が、

プロマイドよろしく売買されていたとは、驚きである。びっくり

(ネットより拝借画像。仙台四郎30歳の頃の写真……らしい。)

 

ううむ……。 私はちょっと飾る気になれないが。(^_^;)

 

それにしても、

障害があるからと馬鹿にして顧みないのではなく、

「福の神」としてその笑顔を愛し、彼に暖かく接したであろう仙台の人々って

素敵だなぁと思う。ラブラブ

――しかし、「商売繁盛」という損得勘定がその裏にあったかもしれないことを思うと、

ちょっと複雑。ニヤ

しかし、最近つくづく、人というのは、損得で動くものだなぁとも思う。

かくいう私もその一人に違いない。 汗

 

「得」と「徳」は、もしかして通じるところがあるのかも……?ねー

 

 

今回、仙台駅近くの商店街の中にあるホテルに宿泊したのだったが、

地図をプリントアウトしていくのを忘れた私は、

ホテルを通り過ぎて道に迷った。あせる

その際、商店街のアーケードの中に寺院があったのに、びっくりした。ポーン

三瀧山不動院(ミタキサンフドウイン)」。

 

商店街に並んでいるのが、お店ではなく山門(?)。びっくり

奥の方に寺院があるようだ。

なんじゃこりゃ? とワクワクなスポットだったが、爆  笑

ホテルが見つからず焦っていたので、あせる

参拝することもなくこの不動院の前を行ったり来たりするばかりだったのだが、走る人走る人走る人あせる

 

後日調べていたら、

なんと、

「仙台四郎像」がこの寺院に祭られているらしい!ビックリマーク

手前の方になにやら小物グッズが売られているように見えたが、

あれらが「仙台四郎グッズ」だったかもしれない。

……手前まで行きながら、素通りする私は、やはり福の神に縁がなさそうだ。ガックリ

 

 

「仙台四郎」の存在を知ってから、仙台駅に“駅員姿の仙台四郎像”発見。

今まで目にも止まらなかったのに。σ(^_^;)

 

「福の神」とは、自分の幸せに気づかせてくれるもの。ひらめき電球

幸せとは、自分の幸せに気づくこと……じゃないのかな。ひらめき電球

 

……なんて思った仙台四郎発見の旅でありました。ゲラゲラ

 

追記:

仙台四郎をググっていたら、

仙台四郎の子孫によるサイトを見つけた!びっくり

仙台四郎の長兄の玄孫(ヤシャゴ)にあたる方のブログですと!

仙台四郎.jp

 

AD

(いまさらながらだが、2016年秋の旅行記の続きあせる

2016年秋 仙台・気仙沼旅行 10 美しいサンマ

 

仙台からバスに乗って(チケットの予約はできなかった。予約できれば、安心なのになぁ。汗

気仙沼へ移動。バス

(このバスも、ネットで探したり、友が電話で問い合わせてくれたりと、ちょっとわかりにくかった。経由が違ったり、止まるバス停にちょっと違いがあったり……。あせる

 

仙台から北上する途中、海側には黒いビニール袋の山が堆く積まれていたりした。叫び

瓦礫の処理がまだまだつかないのだろう。

復興はまだまだだ……。汗

 

気仙沼駅

 

あちこちで見かけた気仙沼市観光キャラクターらしい「海の子ホヤぼーや

 

ホヤ、だーい好き♡ラブ

でも、このキャラクターは……微妙。あせる

手にしているのは、サンマの刀か?

あのホヤ独特の生命感溢れる鮮烈な海の宝石のような味わいを表わし切れていないのではないか?(ま、ゆるキャラだから、それでいいのか?ウシシ

 

復興商店街・復興横丁(?)などを回る。

 

何箇所かに別れて、プレハブアパートのような棟が、復興商店街で。

平日のお昼時だったからか、かなり閑散とした雰囲気。

 

軒先でおしゃべりしていたおじさまに薦められたお寿司やさんでランチ。

「復興にぎり」(だったかな?)1000円。

 

ホヤはあいにくなし、とのこと。

で、サンマの刺身を頼んだら、

これが、まっこと美味いっ!!!!!

ホヤぼーやが刀として振り上げもしようというものだ。アップ

ぴっかぴか!キラキラ

脂の層がくっきりと縞のようになって見える。ベル

(酢味噌が添えられたが、それはむしろ不要。ここでサンマを寿司で頼むと、酢味噌が最初から乗せられてきてしまっていた。折角の秋刀魚になぜ酢味噌を乗せてしまうのか、関東人の私には謎だった。あせる

 

この美味しいサンマを食べてしまった後、

関東でサンマの刺身が食べられなくなってしまった。あせる

見た目から、もう違うのだもの。汗

 

今回、残念ながらホヤは全然食べられなかったのだが、ガックリ

このサンマを食べられただけでも、旅行の大収穫であった。クラッカー

――いやまぁ、東北を旅すること自体が目的だったんだけれどー-あせる

 

プレハブ棟(横丁?)の脇に、石碑が。

気仙沼は「冷蔵庫創業の地」とな。びっくり

 

「冷蔵庫創業」って意味がわからない。!?

冷蔵庫工場が初めてここに作られ、ここで初めて冷蔵庫が大々的に作られ始めたということなんだろうか?

それとも、日本で鮮魚を初めて冷蔵保存し、“新鮮な流通を可能にした最初の場所”ということなんだろうか?はてなマーク

 

後日ぐぐったら、

復興屋台村事務局」さんのブログhttp://ameblo.jp/fukko-yatai/entry-11056188888.html

に、津波に流された石碑がここに戻ったことに対する感動が綴られていた。ヨカッタヨカッタ。チョキ

 

どうせなら、シャーク博物館に併せて、「冷蔵庫博物館」とか「冷蔵冷凍技術の歴史館」(?)とか鮮魚を扱う技術の歴史や苦労話などをまとめて勉強できる施設があれば楽しかろうと思うのだが。ひらめき電球

 

あいにくの風雨の中、

新しく敷かれる道、新しく建てられたマンションが

まだ入居者もいないのか、無機質な感じでドンドンと建てられていた。

早く明かりが灯って人々の生活が感じられるようになることを願う。

 

それでも、復興市場から元に店があった場所に戻り再開できたお店などもあり、

少しずつ新しい軌道に乗り始めているようでもあった。

 

 

が、ちょっと港の方を歩くと、まだまだ工事中で。あせる

その中で営業している小さなパン屋さんは

パンも焼き菓子もすばらしく美味しく、材料もきっちりといいものを使っているお味だった。クラッカークラッカークラッカー

しかも、お値段も良心的。いいお店が、頑張ってる!グー

また大津波が来たら……と思うと怖いくらい海に近いのに、頑張ってる。グー

 

私の大好物、斉吉さんの「金のさんま」も健在だった!

 

(ネットより拝借画像)

「斉吉」

http://www.saikichi.jp/SHOP/SS-01.html

相変わらず美味しい!合格合格合格クラッカークラッカークラッカーラブ

 

         つづく

AD

2016年秋 仙台・気仙沼旅行 9 yamanbaさんを思いながら

 

なんとか歌枕ふたつをクリアし、チョキ

多賀城駅(仙石線)を通り越してさらに多賀城国府駅(東北本線)へ戻らんとす。走る人

 

 

帰り電車時間までに、余裕があったら「多賀城廃寺跡」やら「博物館」やら寄ってみたい。ドキドキ

それにしても、ここは多賀城市。

ブロ友のyamanbaさんの住まう土地。

 

もしやそこら辺を歩いておいでではないかしら?デレデレ

などとついキョロキョロしてしまう。 ヽ(´Д`;≡;´▽`)丿 

 

yamanbaさんにお会いしたことはないけれど、

見かければ一発でわかる気がしていた。ウインク

 

――私はブロガーさんとオフ会はしない。ただその人の住んでいるであろう県に行ったら、あぁ、同じ空の下で、今頃どうしているかな? などと妄想に浸って楽しむのが常である。ラブ

(商売をされているブロガーさんは例外で、正体をばらさずに客として参上するという“一人オフ会”を楽しむ癖がある。グラサン)――

 

 

通りかかった「多賀城市文化センター」。

お~、ここでyamanbaさんは合唱してたりするんじゃない?カナヘイうさぎ

お孫さんたちの発表会などあったりするんじゃない?てへぺろうさぎ

 

などと、ゆかしく見上げたりしているうちに、

 

多賀城駅から多賀城国府駅へ着く……はずだったのに、

また多賀城駅へ戻ってきてしまった。滝汗

途中で道を尋ね尋ねて、その通り歩いているつもりだったのに、

ぐるっと一周してしまっていたのだった……。ガックリ

なんでーーーー?えーん

 

こうなると、もうyamanbaさんのことを感じながら優雅に歩いてなどいられず、あせる

どっちじゃ? どこで間違えたんじゃ?と、もう必死。滝汗

急がねば電車に乗りそびれるわい。あせる

その夕方、友と待ち合わせをしていたので、

焦りに焦った。あせる

 

台風が来ると思って着込んでいたレインコートのお蔭で

またも汗だくになりながら、小走る。滝汗滝汗滝汗あせるあせるあせるあせるあせる

路地を楽しむ余裕もない。えーん

どっちに行ったらいいのーっ?ガーン

 

が、

これまた親切な東北学院大学生なるナイスガイがキラキラ

駅までご一緒しましょうと誘導してくれて、デレデレ

なんとか多賀城国府駅に辿り着けたのであった。クラッカー笑い泣き

 

今回、何度人に道を尋ねたことだろう。あせる

で、その度にみなさん、親切に教えてくださった。(その結果無事に辿り着けたかどうかは別として)

ありがとうございました~♡キスマーク

 

 

で、

多賀城跡廃寺も博物館も諦めて、ダウン

なんとか仙台駅まで戻ってきて、合格

友達との約束にも間に合い、

美味い酒を飲んだのであった。クラッカー


栗駒山……飲むのもよいが、登りたひ。

すごく中だるみしちゃったけれど、去年の旅日記がたまっているので、続きを書きとめておこうと思う。あせる

 

去年の秋、友達に誘われていった仙台・気仙沼旅行の続き~。

まずは、一日目、一人で仙台は多賀城を散策している途中でした~。無気力ピスケ

 

 

 

2016年秋 仙台・気仙沼旅行 8 議員さんは何でも屋さん?

 

この旅で、ちょっと気になったことがあった。注意

それは、多賀城駅から「末の松山」や「沖の石」などの歌枕を探そうと、

歩き始めた辺りでのこと。走る人

 

歌枕が記された地図はインフォで手に入れてはいたものの、

根っからの方向音痴の私。ドクロ

幹線道路を外れると、一気に己の中の磁石が狂う。叫び

で、まだ大通りのうちに、予め通りかかった人に道を尋ねてみた。つながるうさぎ

いかにもこの界隈に住んでおられそうな、優しそうな60代後半とおぼしきご婦人。カナヘイピスケ

 

しかし、その方は、引っ越してきてまだ間もなく、カナヘイびっくり

この地に詳しくないとのこと。ダウン

そして、数メートル先にある政治家の事務所を指して、

あそこで聞いてみるといいですよ、と。カナヘイピスケ

きっと知ってるはずだと、

あの人はなんでも教えてくれますよと仰る。チョキ

 

……いち議員さんの事務所のドアを叩いて、道を尋ねる?えっ

そんな発想、私にはなかった!汗

 

交番や商店の人、住宅の庭先におられる人になら尋ねてもみるが、

政治家さんのオフィスに道を聞きに入るとは……?汗

 

地方の議員さんは、市民のみなさんの何でも屋さんなのだろうか。はてなマーク

ってか、みなさん、そんなことまで議員さんに頼っているのだろうか。はてなマーク

 

考えたら、年をとってから引っ越してきた人などは

まだ知り合いもなく、見知らぬ地でいかに生活したらよいか、

途方に暮れることも少なくあるまい。

そういう時、なんでもその土地に詳しい(であろう)議員さんは頼りがいのある存在であろうね。ドキドキ

ついつい頼っちゃうだろうね。

そうすると、あぁ、なんて親切な議員さんだってことで、

1票入れるってことになるんだろうな。ぼけー

 

地域に根ざした地域の政治……地方議員さんってのは、そういう存在なんだろうと思っていた。

私には昔から今に至るまでそういう方たちとの付き合いも関わりもないので、

地方議員さんは地方の行政、その地方の将来など、もっと大局的な仕事をするんかなと思っていたわ。あせる

 

引っ越してきたばかりの人が、すぐにその地に慣れるように、

瑣末なことでもその地の慣習や生活に困ったことに対応してくれるステーションを設けるなどのシステム作りなどに尽力することこそが仕事じゃないのなかなぁ。えー?

 

……という違和感を抱えながら、

優しく微笑むご婦人が、ほら、そこですよ、聞いて御覧なさいと見守り続けてくださるので、あせる

とりあえずそのオフィスをガラスドア越しに覗き、あせる

誰もいないことにむしろほっとして、DASH!

その旨をご婦人に伝え、失礼したのであった。おじぎ

 

市民からあんなに頼りにされている議員さん、

これって素晴らしいこと……だよね?

 

だがしかし、違和感を払拭できないことであった。とびだすうさぎ1

 

この後、案の定、標識もいくつかあったにもかかわらず、

私は道にひとり迷ったのであった。チーンガックリ